剣神勇者は女の子と魔王を倒します

鏡田りりか

第37話  リーサとお父さん

「数日前のことなんだが。リーサと二人で買い物に行って、帰り、人気のない公園で話をしていたんだ。その時、リーサが言った。『私、行ってみたいところがあるんだぁ』『へえ、何処だ?』『妖精の森』『妖精の、森?』
 リーサは、其処に、沢山の精霊や妖精が住んでいると説明した。其処では、救済が行われている、本当に辛くなった時、其処に行くと、何だか救われる。そう言う人が、沢山居るらしい。何処まで本当か分からないけれど、一度、行ってみたい、と」


 エレナが真面目な顔をする。
「本当です。あそこには、癒し系の精霊が沢山居るんです。精霊には種類があって。あの森の精霊は、人を癒す力がある」
「そう、なのか。その時、何かあったのか、訊いてみた。そうしたら、『何となくだよ』と呟くと、何でもない話をし出して。これ、SOSだったのか・・・」


 このまま、もっと無理矢理でも掘り下げていたら。次の日にでも精霊の森に行ったことだろうけど。そういうの、好きなのかな。程度で終わらせてしまったから・・・。ああくそ、ちゃんSOS、出していたんじゃないか。


「とりあえず、此処に居るってことは少しはもつと思います。王女様の連絡が早く来る事を祈りましょう」
「リーサ・・・。そんなに、思い詰めていたなんて、気付かなかった」
「リーサちゃんの魔力量で操られるとなると、相当ですよね・・・」


 そう。そうなのだ。リーサは強い。なのに操られた。これは相当の傷だったと考えられる。心の傷を消すのは、容易ではない。まさか、こんなことになるなんて・・・。メリーは倒れてしまったし、子供たちが太刀打ちできるレベルではないから、会わせられないし、俺はこの状態、本気で戦えるとは思えないし、その、例の封印の技はメリーが居ないから使えない。しかも、エディに聞いたところ、解けるか分からないそうだ・・・。相当の賭けになる。怖い。一体どうすれば・・・。


「よし、分かりました! 私も探します。リーサちゃんを助ける方法」
「・・・え?」
「私の情報網嘗めないでくださいよー? 商売を制す者は情報を制す者なのですよ!」


 エレナはカチカチとキーボードを操り、マウスを操り、次々にページを変え、情報を探していく。なんて早いんだろう。此処までコンピュータを使い慣れているって・・・。知らなかったな。
 数十分経つと、エレナはうーん、と困った様に首を傾げる。


「ええと、そうですね・・・。事例はあるそうです。でも、なんか変なんですよ」
「変? それってどういう・・・」
「というのも、事例は沢山出てきました。なのに、解く方法だけが分からないんですよ」
「え? なんで・・・?」
「ええと情報源は・・・。あぁ!」


 エレナはまた忙しく動かし始める。その表情が焦っているようだったから、此方まで緊張してくる。
「そうか。魔王はコンピュータの内容まで改ざんしていたのか・・・」
「と、いうと」
「解く方法だけ、全部消してるんですかね。もしくは、それを入れられない様に全サイトにに制限を掛けているか」
「そんなこと、出来るのか?!」
「魔王ですからね。何でもできそうな気がしますよ」


 部下が慌ただしくコンピュータを弄っている様子を思い浮かべ、みんなは少し笑った。けれど、それはすぐにおさまる。みんな、リーサの事が心配だから。
「ならば、権限を持っている人に直接・・・。時間がかかります。みなさん、向かってあげて下さい。分かり次第、エディナのスマホに連絡を入れます」


 それが良いだろう。俺たちは頷き、精霊の森を目指して出発した。メンバーは俺とエディ、リリィ。子供たちにはエレナと一緒に待っていて貰う事にした。メリーも運び込み、看病という理由をつけて。
 子供たちを危ない目に会わせたくない。今更何を、と思うが、それでも、少しでも被害が減らせれば・・・。


「ユーリ様。大丈夫。私たちが付いてるよ」
 リリィは馬車で、ぎゅっと俺を抱きしめてくれた。エディも頭を撫でてくれる。ちなみに、馬は最近賢くなり、場所を教えてやると、勝手に進むようになっている。エリーの調教によるものだ。
 二人の嫁の慰めで少し落ち着いた。エディもリリィも、俺の手を握ったまま離さない。これが結構助かった。


 森に着くと、あぁ、確かに。凄く癒される場所だ。エディもリリィも、幸せそうな表情で辺りを見回していた。
 リーサの居場所はどこだろう。辺りを見回しながら歩いて行く。居た。俺たちに背を向ける形で座っている。


「あれか」
「そうね。でも、どうしたらいいのかしら」
「連絡が来るまで待ってみようよ。それよりも前に暴れたら・・・、頑張って抑えよう」
「ああ。わかった」


 一時間くらい待ったが連絡はない。それどころか、リーサに気が付かれた。戦闘モードになっているから、俺たちも戦闘態勢に入る。もう、これ以上は無理だ。
 エディは連絡が来るのを待つ為、戦闘には参加しない。が、もしもの時はそんなこと、言っていられない。ひとまずは、俺がリーサの相手をする事になる。


 なんて力なんだろう。俺の大きなバスタードソードを、小さなナイフで跳ね返してしまうのだ。片手で。軽々と。絶望しかない。これは、勝てない。その上、魔法を撃ってくる。さっき、コートに当たったのだが、当たった部分とその周りが溶けて無くなった。ゾクッとした。


 リリィに援護の魔法を掛けて貰っているはずなのに。なのに、何でこんな力の差が生まれてしまうのだろう。俺の訓練が足らなかった? もっともっと強ければ。
 いやダメだ。訓練をしていたら、もっと子供たちを見てやれない。それも甘えか? 訓練を増やしても、見てやれる人はいるのかもしれない。努力が足りないのだろうか。経験が少なすぎて、分からない。


「あっ・・・」
 これは・・・。マジでヤバい。この感覚。剣が折れる。そう思って咄嗟に身を引く。バスタードソードを小さなナイフで折るなんて、どんな怪物・・・ッ! そして、目の前のリーサは、息が一切乱れていない。それに比べ、俺はピンチに陥っている。ああ、どうしよう。このままじゃ、勝ち目がない。


「! ユーリっ! エレナからよ!」
「やっとか! 何と?」
「愛する人の、キス。それは、恋人じゃなくて、家族でも良いって」
「な、なんだと?!」


 この状態でキス、だと?! 近づいたら殺されるって。冷や汗が浮かぶ。せっかく調べてくれたっていうのに、実行できそうにない。それどころか、今すぐ殺されそうなんだが。ヤバい・・・。リーサの体力無尽蔵か? このままだと、押し切られる。


 その時、俺の剣は根元から音を立てて折れた。もう予想していたが、実際起きると焦る。武器の無い俺に何ができるって? でも、だったらいっそのこと、捨て身で。


「! ユーリっ!」
「ユ、ユーリ様ッ!」


 リーサの唇を奪う。家族同士のキスなんてよくやっていること。今更何でもない。けれど、今は状況が違うだろ・・・。
 唇を離した俺は数歩後ろによろけ、その場に倒れた。栓の抜けた傷口から、熱い液体が流れ出る。
 一方リーサの方も気を失ったようで、その場に倒れていた、赤く染まったナイフが地面に転がる。
 ああ、やっぱりこうなるよな。でも、武器が無いってことは、どうしてもこうなっていたと思う。だったら、リーサを助けてから・・・。


「ユーリ様! しっかりして!」
「ちょっと待って。治療トリート


 うん知ってる。すぐ治せるんだよ、これくらい。だから無理矢理でも行った。当たりどころが悪かったら死んでたと思うが。
 治して貰ったとはいえ、痛かったな。左の横腹をそっと抑えると、リリィが泣きそうな顔で「ま、まだ痛いの?」と訊いてきた。そう言う訳じゃないんだよ。


「リーサ、リーサ」
 俺はリーサを揺すり起こす。ナイフは奪ってあるが、もしあれが出鱈目だったら、俺はあの魔法で一発で死ぬ。


「ん・・・。お、お父さん」
「リーサ! よかった、元に戻ったんだな!」
「元? え、ちょ、ちょっと待ってぇ・・・。私、一体、何しちゃったのぉ・・・?」


 これは言わない方が良い。俺は何でもないと伝え、馬車に乗せる。
 スマホでエレナに『何とかなったよ』と送る。それから、子供たちに王城へ向かわせた。迷惑を掛けてしまったからな。


「ごめんなさいぃ、お父さん」
「え? 何がだ?」
「本当は全部、覚えてるよぉ。頑張って抗ったんだけどねぇ、負けちゃって・・・」
「・・・!」


 覚えてるのか。これは相当落ち込むんじゃ・・・。でも、リーサは俺を見て微笑んだ。
「ありがとう。私、お父さんのこと、大好きだよぉ」
 大きな瞳から涙が零れる。リーサも学校には行かせられないかも・・・。




「うわあああ! リーサぁ! 無事でよかったぁ!」
「お、お母さん、ごめんなさい!」
「いいのいいの! 私の大切なリーサ!」


 メリーは元気になった。ほんっとうに、リーサがメリーの事を呼んだ途端、起きたんだから不思議なものだ。あ、そう言えば、さっき王城に寄って王女様に謝って来た。そしてお礼を言った。王女様は笑って
「良いんですよ、ユリエルさんなら、いくらでも」
 というと、頬を染めて俯いた。ちょ、ちょっと、いくらなんでもそれはまずいですよ・・・?

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