剣神勇者は女の子と魔王を倒します

鏡田りりか

第34話  エリーとお父様

 其処に居たのは、長い金髪の少女。羽と尻尾のある少女。俺たちの探していた、まさにその少女。
「エリー!」
「・・・。お、お父、様?」


 そうは呟いても、エリーは振り返らない。が、その理由は分かっている。
「エリー。尻尾を解くんだ」
「嫌なの」


 エリーは自分の尻尾を、首に巻き付けていた。


「私はこのまま・・・。居なくなるの・・・」
「ダメだエリー! リリィが心配している!」
「嘘だ! お母様だって、きっと・・・。私の事が、嫌いなの」


 そうは言いつつも、エリーはゆっくり尻尾を解く。ふるふると震えている。小さな声しか聞いた事がなかったのに。此方を振り返らず、叫んだ。
「もう放っておいて欲しいの! 止めて!」
「エリー!」


 身投げしようとしたその体を、俺はしっかりと抱きしめた。エリーは驚いたように俺を見る。
 何とか間に合ったな。俺は安全な場所まで連れ戻り、エリーの頭を撫でる。
 エリーは泣いていた。エリーの泣き顔を見るのは、随分久しぶりだった。それは、なんでだろうか。エリーが表情を崩す事は滅多にないから、で、本当にあっているんだろうか。気づかなかっただけなのかもしれない。そう思った。


「何で・・・?」
「そりゃあ、当然、大切な俺の娘だからに決まってるだろ」
「本当に・・・? 大切だって、思ってる・・・?」
「当たり前だ。子供が嫌いな親なんているはずがないだろ」


 エリーは何か言いたそうだったが、そっと口を閉じ、俺を見る。
 ああ、なんでそんな風に思うようになってしまったのだろうか。ちゃんと、家族全員の事を見れていなかったのだろうか。そう考えたら、やはり、家族が多すぎたのだろうか。
 ああくそ、悔しい。なんでエリーが泣いているんだよ。なんでエリーが泣く様な事になったんだよ。俺は一体、みんなの何を見て家族を名乗っていたんだ。魔王を倒すも何もない。まず、家族を見てやる余裕すらない。そんな父親・・・。信じられない。


 視界が霞む。見られたくない、訳じゃないんだろうけどな。何となく、少しだけエリーと離れる。エリーは地面に座ったまま、どうしていいのか分からない、といった様子で俺を見ている。俺がエリーの立場だったとしても、どうしていいのか分からないだろう。そうは分かっていても、止める術が見当たらないのだから、仕方がない。
 ああもう・・・。ダメな父親だな。


 エリーは落ち着くと、俺をぎゅっと抱きしめた。ああ、俺より先にエリーが落ちついてどうする。
 胸に顔を埋めると、エリーは「お父様」と呟いた。


「ん・・・。なんだ?」
「私・・・。間違ってた・・・の・・・。みんな、私のこと、嫌いじゃ、なかった、の」
「そうだ。家族なんだから。俺たちは、エリーの味方、だ」


 エリーのさらさらした髪を撫でる。エリーは顔を上げて俺の目を見た。
「うん・・・。私の事で・・・。泣いてくれる、人がいる。だから・・・」
「・・・あのさ、ちょっと良いか? まず、何で、嫌われていると思ったんだ?」
「街に出て。公園で遊んでたら、みんな、嫌そうな顔、してた・・・。被害妄想、なの」


 ええと、街でみんなが自分の事を嫌がっていた。まあ、黒魔族差別のせいで、悪魔も結構嫌われているからな。仕方ないだろう。それに・・・。本当は、もっと酷い事をされたのかもしれないな。
 ともかく、自分は嫌われてる、と思ったら、何もかも疑うようになってしまって、ちょっとした事に大袈裟に反応してしまって。もうみんな嫌になって来て。気がついたら、自分に味方が居ない、生きている意味なんて無いんだ、と思うまでに発展していた。


「私が悪いの・・・。だから、泣かないで欲しいの・・・。お父様が泣いてるの、見るの、辛いから・・・」
「そ、そうだな。じゃあ、もう少し待ってくれ」
「・・・。そっか。今日は、いいの。お父様、凄く心配、してくれた、でしょ・・・?」


 エリーは本当に強いな・・・。俺なんかより、ずっと・・・。それも、無理をしているだけだろうか。エリーは俺に座って頭を肩にそっと乗せた。なんだか、エリーの頭を撫でていたら落ち着いた。
 もう平気だ。みんなも心配してるよな・・・。早く帰らないと。エリーを立たせ、駅へ向かおうとし、其処で違和感に気がついた。


「ん? ルミ・・・?」
「ルミ・・・・・・?」
「ああ。エレナのホムンクルスで、此処まで一緒に来たんだが・・・」


 エリーと共に近くを探してみると、あるものを見つけた。紫色の封筒に入った手紙だ。
 其処には、ルミが攫ったという内容が書かれている。そして、この封筒は・・・。


「魔王だ・・・ッ!」
「え・・・っ! ど、どうするの・・・?」
「とにかくルミを探そう。エリーはどうする? 先帰っているか?」
「ううん。一緒に、行く。・・・邪魔、かな」
「いいや、大丈夫だ。一緒に探そう。ルミは淡い紫の髪をしたホムンクルスだ」
「分かったの・・・」


 辺りを散策してみる。ったく、やっとエリーを見つけたのに・・・。
 スマホでエディに連絡を入れ、エリーは見つけたが、すぐには帰れない事情が出来た事を伝えておいた。


「ルミーっ! 何処だーっ!」
「み、見つからないの・・・」
「だな。くっそ、魔王め・・・」


 そうしていると、エリーが「あ」と声を上げた。しゃがんだエリーの手には、紫色の封筒。
 その中を読んだ時。まさか、こんなことは考えてもいなかった。じわりと汗が浮かぶ。
「騙されたッ!」
「え、ど、どういうことなの?」


 ――うちの可愛い可愛いルミちゃんは任務を果たし、帰還してきました。
                       ユリエルさん、御苦労さまです。


 あのホムンクルスは、魔王側のものだったのだ。完全に騙された。そして。
「こんにちは、ユリエルくん。家のルミちゃんをありがとね~」
「外が自由に歩けて楽しかったです」
「だ、そうだよ。よかったね、ルミ」


 前から二人、歩いてきた。男の人と、淡い紫の髪の女の子。
 この男は一体誰なんだろう。紫色の瞳で、またあの例のスーツを着ているから間違いないと思うが・・・。まず、ディランが魔王の使いなのか分からないんだったな。


「お前は、魔王の使いで、間違いない、か?」
「まあね。魔王様はユリエルくんのこと、よっぽど嫌いなのかな?」
「さあ? 俺が知るわけないだろ」
「でも、剣神で魔王を倒すなんて言ったら、魔王様の敵になるのは当然なんだろうね」


 その人は冷たい目で俺を見ると、ルミの頭をふわっと撫でる。ルミは嬉しそうな顔をして微笑む。これは間違いない。本当にルミは、こいつのホムンクルスだったのだ。エレナの名前が出て来て、ついうっかり信じてしまった。どうやら、ルミの任務はこの男がこの場に到着するまで引き留めておくことらしい。


「あぁ、デリック様ぁ。これ以上の至福はありません・・・!」
「ルミは本当に可愛いな。帰ったらたっぷり愛してやるから、ちょっと待っててな」
「もちろんです。約束ですよ」


 まあ、これくらい、普通なら何とも思わない。俺もよくやってるし。でも、これが敵とそのホムンクルスなのだ。少し話は違ってくる。何せこいつら、俺たちを一瞬で倒せる、そんな前提で話しているのだろう?


「ってわけだから、お前は邪魔だ!」
「援護します」
暴風ウィンドストーム!』


 そのまま俺たちは吹き飛ばされ、崖の下へ真っ逆さまに落ちて行く。しかも、上から風魔法で押さえつけてくるから、抗う事が一切できない。其処に居るエリーの体を抱きしめたいけれど、それも不可能。
 そのまま海底まで沈められた。魔法の効果範囲から抜けた、もしくは魔法を止めたらしく、自由に動けるようになっていた。まずは水面を目指す。


「っはぁ、はぁ・・・。エリー、居るか? エリー!」
「お父様、大丈夫・・・?」
「ああ、俺は大丈夫だ。エリーは・・・。お、おお、大丈夫そうだな」
「うん」


 エリーは俺の所まで飛んできた。この子は魔法で飛べるんだった。俺の手を掴んで引き上げ、崖の上まで連れて行ってくれた。
「助かった。ありがとう」
「・・・。う、うん」


 エリーは顔を少し赤らめて頷く。エリーは俺と自分の服を乾かしながら、デリックとルミを見ていた。俺もそちらに視線を向ける。
 まさか上がってくるとは思わなかったらしく、彼らは驚いたように俺たちを見る。


「エリー、避けろ!」
「え、わっ」


 数歩手前に居たエリー(俺の声でしゃがんだ)の上を飛び越し、剣を引き抜きデリックに向けて振り降ろす。
 大きな衝撃が来た。ルミの魔法に阻まれたからだ。攻撃が届かない。それを
「お父様!」
 エリーが解除。鮮血が舞うと同時に、デリックが小さく声を上げる。


 エリーに目を向ける。と、少し頬を紅潮させていた。そうして呟く。
「た、楽しそう・・・」
 この子も悪魔だったな。エリーは楽しそうに目を光らせて二人を見る。
日光サンシャイン


 ゴウ、と大きな風が吹く。あまりの強さに目を開けていられないほどだ。その後、カッと強く光る。やっぱり目を開けていられない。エリーの魔法は目に悪いな。って違う違う。
 二人は悲鳴を上げてその場に蹲る。手加減はちゃんと出来る様だな。


「お父様・・・。早く、帰りたい・・・」
「ふふ、わかった。帰るか」
「ま、待て、まだ、負けて・・」
「もう無理だろう。じゃあな」


 俺はエリーの手を握る。もうエリーを離さない様に。ああ、もっと早く帰る予定だったのに、デリックはなんてことをしてくれたんだろう。
「ところで、エリーは此処までどうやって来たんだ?」
「飛んできた・・・」
「・・・嘘だろ」




「エリーッ! 心配したんだからね?! もう家出なんて絶対にしないで!」
「ごめんなさい、お母様。た、ただいま」
「うん、お帰り! ユーリ様、ありがとう!」


 リリィは泣きながらエリーを抱きしめる。エリーの目も少し潤んでいるようだった。
 この様子だと、エリーは学校には行かせられないな。そして、エリーの事を良く見てやらないといけない。もう、こんなことをしようと思わなくて良いように。エリーの事、ちゃんと愛しているんだって、態度で教えてやらないと・・・。

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