剣神勇者は女の子と魔王を倒します
第26話 白狐の踊り子
「ぎゃあああああっ!」
悲鳴が響き渡っている。全て目が紫色に輝く兵士だ。
なんだかんだ言っておいて滅茶苦茶弱い。こんなんでメリーを助けるつもりだったんだろうか。
あれから一週間後、場所は街からずっと離れた草原。辺りには魔物しか住んでいないから、人も巻き込む心配はない、と此処にしたのだ。
で、何時反撃が来るんだ? このままだとあっさり勝つことになりそうだけど・・・。
しかも、父さんもエレナも到着していない。もちろんユーナや姉さんもいない。兵士だっているはずがない。さっき来なくていいと連絡を送っておいた。
「なあ、本当にこんなんでメリーを救うつもりだったのか?」
「そりゃあ! って、俺たちを馬鹿にしているのか?!」
「いやあ、この前の言葉の割に弱いから・・・」
「ユーリ、話してる暇はないよ。早く全滅させよう」
「・・・メリー、落ち着いて。其処までする必要が、一体、本当にあるのか?」
メリーはキョトンとした。そんなこと、考えてもいないようだった。コテっと首を傾げ、くるくると視線を巡らせる。それから、顔を元に戻して言う。
「うーん・・・。必要、無いかもだけど、ユーリが馬鹿にされたみたいでいやだったんだもん」
「ああ、そうか・・・。よし、お前に聞こう。大将は何処だ? 言わなければ、メリーが悪魔と化すぞ」
「! わ、わかった」
なんてことだ。全く、考えてすらいなかった。
大将はこの場に居ないと聞かされた俺は、すぐさま踵を返し、全てを置き去りにして走りだした。メリーの慌てた声が聞こえたが無視。今はそれどころではない。
向かう先は、ベルトワーズ家。
「エレナ! 無事だったか」
「はい。兵士がいっぱい来てびっくりしましたけど、大丈夫です。それより、ルーズヴェルト家!」
俺たちは囮だった、というべきか。俺たちより、父さんやベルトワーズを先に倒してしまった方が勝ち目は大きい。父さんが家に居れば良いが、居なかったら、姉さんやユーナは・・・!
「ユリエル! 何故此処に?!」
「兵士が、兵士が来ませんでしたか?!」
「来たぞ。全て返り討ちにしてやったから、心配はないだろう」
「大将が居るはずなんですが・・・」
「・・・。悪いな、ユリエルの居るであろう場所に送ってしまった」
「遅かったんですね」
父さんがいて良かった。でも、本当に無謀だよな。一体どうしてうちに攻めてきたんだろう。
とにかく無事で良かった。ああでも、みんなが心配してるよな。帰らないと。もう、今日は走ってばかりだ。俺はみんなの居る場所に走り出す。
「ユーリ! びっくりしたよ!」
「悪い、メリー。大将、来たか?」
「気絶してたけどね。今エディに起こして貰ってるところ」
起きた大将に条件を突き付ける。
もうメリーに付き纏わない事。もう戦いを仕掛けてこない事。ルーズヴェルトとキングストンが仲良くする事。
「し、仕方あるまい」
「そうか。じゃあ契約は完了だな。メリー、良かったな」
「うん。これで何の心配も無くユーリと居られるね」
メリーは俺に抱きついた。頭を撫でていると大将が不思議そうに聞く。
「ですが、本当にメリッサ御譲様はユリエル殿を?」
「当然じゃない。私はユーリの事を愛してる」
「ああ。あと聞きたいんだが、どうしてうちと戦争しようと思ったんだ? 戦力に差があり過ぎる」
「アリッサお嬢様が、勝てば取り返せるんじゃないか。もっと強くなるから急いで、とおっしゃった」
ああ、アリッサさんか。確かに、これで付き纏われる心配もない。厄介事は先に、ってことだな。
子供たちも集まり、俺たちはキングストンの兵士を全て生きたまま帰す事にも成功。完全勝利。俺たちの完全勝利は普通のそれと違ってくる。
「これでメリーも心置きなく私たちと一緒に言われるのね」
「うん、エディちゃん、ありがとう」
「さて、帰ろっか! エリー!」
「あの・・・。どうしてもわた・・・じゃなくてボクじゃなきゃダメ?」
「当然じゃない。適任よ」
「うー・・・。本当にボク嫌なんだけど」
メリー・・・、じゃなくてメリルは呟く。
さて、何が起こっているのかというと、メリーが男装を始めました。
い、いや、趣味なわけないだろ。嫌がってるんだから。当然、家族の趣味でもない。仕事だ。
あっさり終わった戦争から帰ると、家の前に王様からの使いという人が立っていた。依頼を持ってきたらしい。
その人は言う。「男の人のみ参加できるパーティに潜入して頂きます」と。
で、俺一人でいくのは嫌なのでメリーを連れていく事にした。
何故メリーなのかというと、リリィは論外。羽や尻尾、牙は隠しようもない。悪魔は流石に入れない。
で、残りはエディなのだが・・・。一瞬で「私は嫌!」といったから、渋々メリーが引き受けた。
髪や胸は魔法で誤魔化す。ついでに身長も。本当は、この手の魔法を使っている人がいないか検査を行ってから会場に入るらしいが、俺たちはやる振りだけして貰うとか。この状態で潜入出来る。
「ほら、なんだかんだ言って一人称が定着してきたわよ」
「なっ?! 終わってもボクって言ってたらどうしよう」
「それはそれで良いと思うわ。頑張って」
「ちょ、エディちゃん・・・。酷い」
考えた末、メリーの偽名はメリルになった。以下メリルで。
メリルはエディに文句を言いながらも俺と二人きりの任務にとても嬉しそうだ。・・・おっと、間違えるな、メリルは男の子だぞ?
リリィは「シミオンと良い、メリーと良い、魔族は性別を変えられるの?」などと呟いていた。確かに、メリルは男の子にしか見えない。い、いや、男の子だって! うっかりメリーと呼びそうだ。
「さて、じゃあ行ってくる」
「うん、気をつけてよ・・・?」
「大丈夫だよ、エディちゃん。じゃ!」
パーティに潜入して何をするのか? 昨日、犯行予告が届いたらしい。
パーティにて。一番美しい踊り子を盗む
と。パーティでは沢山の踊り子による舞が見どころになっていたので、これは大変だ、と俺たちに頼んだらしい。俺たちはすぐに引き受けた。
決して踊り子の舞に興味があるわけではない。パーティに行きたいからではない。
・・・あ、一応、言っておく。ちゃんと理由があって引き受けたのだ。
依頼を言われた時、俺が嫌そうな顔をしたところ、王様は俺に城の地下室にある本を見せてきた。預言書らしい。それによると、踊り子を攫いに来るのは魔王なのだ。後々、ルーズヴェルトと戦う時の武器にするため、らしい。そんな事を言われたらやらないわけにはいかない。っていうか、教えてくれた王様に感謝だ。
という訳で俺たちは引き受けた。絶対に踊り子を救わないと。予言書では俺たちは負けることになっているらしいからな。詳しい事は教えてくれなかったが。当然だ、未来が分かるのだから。普通は人に教えられない。
俺たちの任務は他の客には知らせていない。っていうか、この中にその犯人がいるかもしれないのに知らせるわけにはいかない。ただし、俺は剣を持っているから、もしかしたら「おかしい」と思っている人はいるかもしれない。
不自然にならない程度に食事を摘み、他の客と会話をし、こっそり王女様とコンタクトを取り、時間が経つのを待った。
そして舞の時間。俺たちはこっそりとステージに近づき、少女と目を合わせる。緊張したような表情だったけれど、頷いてくれた。
俺たちはこの会場に来る前、王女様と流れを確認し、この『一番美しい踊り子』と会い、事情を説明した。その少女はティナといい、白狐の妖孤らしい。髪は真っ白、瞳は赤。大きな耳とふさふさの尻尾が特徴的だ。
彼女は、攫われるかもしれないというとびくりと肩を揺らし、泣きそうな表情をしたが、その為に俺たちが来たと伝えると、お願いしますと頭を下げた。とても可愛い顔と、鈴の様に美しい声をしている。
「・・・。頼みましたよ」
「ああ、任せてくれ」
ティナはまだ心配そうだったが、キュッと顔を結び、パッと両手の扇子を開く。確かに。この中で、一番本気で、一番美しく舞い、一番赤い和服が似合っている。『一番美しい踊り子』に相応しいだろう。誰が、彼女以上美しく舞う事が出来るというのだろう。
一通り終わり、ティナ以外の踊り子がステージを下りる。この後、此処からが問題だ。
ティナはマイクを受け取ると、優雅な動作でお辞儀をした。それから、口を開こうとした時。
ステージ上で、大爆発が起こった。
「ティナ、大丈夫かっ!」
「は、はいいっ・・・」
その一瞬前、俺はステージ上のティナを抱き、後ろに大きく跳んでいた。着地した先はテーブルの上だったが・・・。仕方がない。後ろまで気にしていられなかったのだから。今、最優先はティナの命だったからな。
「メリル! 無事か?」
「うん。ユーリ!」
メリルは背伸びをして手を挙げる。それを頼りに、逃げ惑う観客とは反対の方向を目指す。ティナにどうするか聞くと、ついて行くと言った。犯人が捜しているのはティナ。一緒に逃げたら、他の人が危ないと判断したのだろう。結構勇気あるかも。
メリルは頬に小さな掠り傷があったが、それ以外、目立った傷はなさそうだった。
「初めまして、ユリエル、メリッサ」
「?! な、なんでお二人の本名を」
「それはなティナ。俺らのボスがこの事を予想していたからだ!」
紫のマント。魔王の使いで間違いないだろう。男の人は炎の上がるステージから、何もなかったような状態で出てきた。怪我どころか、洋服の乱れすらない。髪の色は茶色。瞳はやはり紫色。黒魔族だ。
「何で、ティナを?」
「それは、その踊りに決まってるだろう。知らないのか?」
「・・・。ああ」
「わざわざ言う必要もないだろう? それより、早く戦わないか? その気で来たんだからな」
黒魔族の男の人は、紫色のマントを投げ捨てた。中には濃い紫のスーツを着ていた。
「これ、動きづらいんだが、ボスの命令だ、仕方ない。俺はディランだ」
そう言うと、奇妙な武器を取り出した。確か・・・。
「ショーテル」
「そうだ」
三日月形の刀身を持つ剣、ショーテル。軌道が読みづらくて、避けにくい。こんな武器と戦わなきゃいけないなんてな。
俺が剣を抜くと、メリルも魔力を少しずつ開放していく。ただ、これは飽く迄ティナを守る為に使う。それ以外で、人を傷付ける事は許されない。別に、法律で決まっているわけではない。でも、俺自身の理想としては・・・。
「私の為に、すみません」
「大丈夫だ。良いか、ティナ。巻き込まれる、と思ったらすぐ逃げろ」
「はい」
「私たちが負けることはないからね」
実際、負ける事がない、なんて言いきれない。でも、ティナを安心させるため、メリルはわざとそう言った。
「メリル、準備はできてるな?」
「うん」
「・・・。メリル、か。メリッサ、俺の前では男の振りをしなくても良いぞ?」
「何言ってるの? ボクはボク、メリルさ」
男の人が剣を構えるのと同時に、俺たちも武器を構えた。向こうが構えた状態から一歩でも動いたら・・・。向こうに俺たちを傷つける意思があるとし、此方から攻撃する事になる。
「心配はいらない・・・。俺はお前たちを殺すつもりだからな。本気で掛かって来い」
「・・・。わかった。メリル、良いな」
「了解だよ。本気で行かせてもらうね」
ティナを守るため、本気のバトルが始まる。
悲鳴が響き渡っている。全て目が紫色に輝く兵士だ。
なんだかんだ言っておいて滅茶苦茶弱い。こんなんでメリーを助けるつもりだったんだろうか。
あれから一週間後、場所は街からずっと離れた草原。辺りには魔物しか住んでいないから、人も巻き込む心配はない、と此処にしたのだ。
で、何時反撃が来るんだ? このままだとあっさり勝つことになりそうだけど・・・。
しかも、父さんもエレナも到着していない。もちろんユーナや姉さんもいない。兵士だっているはずがない。さっき来なくていいと連絡を送っておいた。
「なあ、本当にこんなんでメリーを救うつもりだったのか?」
「そりゃあ! って、俺たちを馬鹿にしているのか?!」
「いやあ、この前の言葉の割に弱いから・・・」
「ユーリ、話してる暇はないよ。早く全滅させよう」
「・・・メリー、落ち着いて。其処までする必要が、一体、本当にあるのか?」
メリーはキョトンとした。そんなこと、考えてもいないようだった。コテっと首を傾げ、くるくると視線を巡らせる。それから、顔を元に戻して言う。
「うーん・・・。必要、無いかもだけど、ユーリが馬鹿にされたみたいでいやだったんだもん」
「ああ、そうか・・・。よし、お前に聞こう。大将は何処だ? 言わなければ、メリーが悪魔と化すぞ」
「! わ、わかった」
なんてことだ。全く、考えてすらいなかった。
大将はこの場に居ないと聞かされた俺は、すぐさま踵を返し、全てを置き去りにして走りだした。メリーの慌てた声が聞こえたが無視。今はそれどころではない。
向かう先は、ベルトワーズ家。
「エレナ! 無事だったか」
「はい。兵士がいっぱい来てびっくりしましたけど、大丈夫です。それより、ルーズヴェルト家!」
俺たちは囮だった、というべきか。俺たちより、父さんやベルトワーズを先に倒してしまった方が勝ち目は大きい。父さんが家に居れば良いが、居なかったら、姉さんやユーナは・・・!
「ユリエル! 何故此処に?!」
「兵士が、兵士が来ませんでしたか?!」
「来たぞ。全て返り討ちにしてやったから、心配はないだろう」
「大将が居るはずなんですが・・・」
「・・・。悪いな、ユリエルの居るであろう場所に送ってしまった」
「遅かったんですね」
父さんがいて良かった。でも、本当に無謀だよな。一体どうしてうちに攻めてきたんだろう。
とにかく無事で良かった。ああでも、みんなが心配してるよな。帰らないと。もう、今日は走ってばかりだ。俺はみんなの居る場所に走り出す。
「ユーリ! びっくりしたよ!」
「悪い、メリー。大将、来たか?」
「気絶してたけどね。今エディに起こして貰ってるところ」
起きた大将に条件を突き付ける。
もうメリーに付き纏わない事。もう戦いを仕掛けてこない事。ルーズヴェルトとキングストンが仲良くする事。
「し、仕方あるまい」
「そうか。じゃあ契約は完了だな。メリー、良かったな」
「うん。これで何の心配も無くユーリと居られるね」
メリーは俺に抱きついた。頭を撫でていると大将が不思議そうに聞く。
「ですが、本当にメリッサ御譲様はユリエル殿を?」
「当然じゃない。私はユーリの事を愛してる」
「ああ。あと聞きたいんだが、どうしてうちと戦争しようと思ったんだ? 戦力に差があり過ぎる」
「アリッサお嬢様が、勝てば取り返せるんじゃないか。もっと強くなるから急いで、とおっしゃった」
ああ、アリッサさんか。確かに、これで付き纏われる心配もない。厄介事は先に、ってことだな。
子供たちも集まり、俺たちはキングストンの兵士を全て生きたまま帰す事にも成功。完全勝利。俺たちの完全勝利は普通のそれと違ってくる。
「これでメリーも心置きなく私たちと一緒に言われるのね」
「うん、エディちゃん、ありがとう」
「さて、帰ろっか! エリー!」
「あの・・・。どうしてもわた・・・じゃなくてボクじゃなきゃダメ?」
「当然じゃない。適任よ」
「うー・・・。本当にボク嫌なんだけど」
メリー・・・、じゃなくてメリルは呟く。
さて、何が起こっているのかというと、メリーが男装を始めました。
い、いや、趣味なわけないだろ。嫌がってるんだから。当然、家族の趣味でもない。仕事だ。
あっさり終わった戦争から帰ると、家の前に王様からの使いという人が立っていた。依頼を持ってきたらしい。
その人は言う。「男の人のみ参加できるパーティに潜入して頂きます」と。
で、俺一人でいくのは嫌なのでメリーを連れていく事にした。
何故メリーなのかというと、リリィは論外。羽や尻尾、牙は隠しようもない。悪魔は流石に入れない。
で、残りはエディなのだが・・・。一瞬で「私は嫌!」といったから、渋々メリーが引き受けた。
髪や胸は魔法で誤魔化す。ついでに身長も。本当は、この手の魔法を使っている人がいないか検査を行ってから会場に入るらしいが、俺たちはやる振りだけして貰うとか。この状態で潜入出来る。
「ほら、なんだかんだ言って一人称が定着してきたわよ」
「なっ?! 終わってもボクって言ってたらどうしよう」
「それはそれで良いと思うわ。頑張って」
「ちょ、エディちゃん・・・。酷い」
考えた末、メリーの偽名はメリルになった。以下メリルで。
メリルはエディに文句を言いながらも俺と二人きりの任務にとても嬉しそうだ。・・・おっと、間違えるな、メリルは男の子だぞ?
リリィは「シミオンと良い、メリーと良い、魔族は性別を変えられるの?」などと呟いていた。確かに、メリルは男の子にしか見えない。い、いや、男の子だって! うっかりメリーと呼びそうだ。
「さて、じゃあ行ってくる」
「うん、気をつけてよ・・・?」
「大丈夫だよ、エディちゃん。じゃ!」
パーティに潜入して何をするのか? 昨日、犯行予告が届いたらしい。
パーティにて。一番美しい踊り子を盗む
と。パーティでは沢山の踊り子による舞が見どころになっていたので、これは大変だ、と俺たちに頼んだらしい。俺たちはすぐに引き受けた。
決して踊り子の舞に興味があるわけではない。パーティに行きたいからではない。
・・・あ、一応、言っておく。ちゃんと理由があって引き受けたのだ。
依頼を言われた時、俺が嫌そうな顔をしたところ、王様は俺に城の地下室にある本を見せてきた。預言書らしい。それによると、踊り子を攫いに来るのは魔王なのだ。後々、ルーズヴェルトと戦う時の武器にするため、らしい。そんな事を言われたらやらないわけにはいかない。っていうか、教えてくれた王様に感謝だ。
という訳で俺たちは引き受けた。絶対に踊り子を救わないと。予言書では俺たちは負けることになっているらしいからな。詳しい事は教えてくれなかったが。当然だ、未来が分かるのだから。普通は人に教えられない。
俺たちの任務は他の客には知らせていない。っていうか、この中にその犯人がいるかもしれないのに知らせるわけにはいかない。ただし、俺は剣を持っているから、もしかしたら「おかしい」と思っている人はいるかもしれない。
不自然にならない程度に食事を摘み、他の客と会話をし、こっそり王女様とコンタクトを取り、時間が経つのを待った。
そして舞の時間。俺たちはこっそりとステージに近づき、少女と目を合わせる。緊張したような表情だったけれど、頷いてくれた。
俺たちはこの会場に来る前、王女様と流れを確認し、この『一番美しい踊り子』と会い、事情を説明した。その少女はティナといい、白狐の妖孤らしい。髪は真っ白、瞳は赤。大きな耳とふさふさの尻尾が特徴的だ。
彼女は、攫われるかもしれないというとびくりと肩を揺らし、泣きそうな表情をしたが、その為に俺たちが来たと伝えると、お願いしますと頭を下げた。とても可愛い顔と、鈴の様に美しい声をしている。
「・・・。頼みましたよ」
「ああ、任せてくれ」
ティナはまだ心配そうだったが、キュッと顔を結び、パッと両手の扇子を開く。確かに。この中で、一番本気で、一番美しく舞い、一番赤い和服が似合っている。『一番美しい踊り子』に相応しいだろう。誰が、彼女以上美しく舞う事が出来るというのだろう。
一通り終わり、ティナ以外の踊り子がステージを下りる。この後、此処からが問題だ。
ティナはマイクを受け取ると、優雅な動作でお辞儀をした。それから、口を開こうとした時。
ステージ上で、大爆発が起こった。
「ティナ、大丈夫かっ!」
「は、はいいっ・・・」
その一瞬前、俺はステージ上のティナを抱き、後ろに大きく跳んでいた。着地した先はテーブルの上だったが・・・。仕方がない。後ろまで気にしていられなかったのだから。今、最優先はティナの命だったからな。
「メリル! 無事か?」
「うん。ユーリ!」
メリルは背伸びをして手を挙げる。それを頼りに、逃げ惑う観客とは反対の方向を目指す。ティナにどうするか聞くと、ついて行くと言った。犯人が捜しているのはティナ。一緒に逃げたら、他の人が危ないと判断したのだろう。結構勇気あるかも。
メリルは頬に小さな掠り傷があったが、それ以外、目立った傷はなさそうだった。
「初めまして、ユリエル、メリッサ」
「?! な、なんでお二人の本名を」
「それはなティナ。俺らのボスがこの事を予想していたからだ!」
紫のマント。魔王の使いで間違いないだろう。男の人は炎の上がるステージから、何もなかったような状態で出てきた。怪我どころか、洋服の乱れすらない。髪の色は茶色。瞳はやはり紫色。黒魔族だ。
「何で、ティナを?」
「それは、その踊りに決まってるだろう。知らないのか?」
「・・・。ああ」
「わざわざ言う必要もないだろう? それより、早く戦わないか? その気で来たんだからな」
黒魔族の男の人は、紫色のマントを投げ捨てた。中には濃い紫のスーツを着ていた。
「これ、動きづらいんだが、ボスの命令だ、仕方ない。俺はディランだ」
そう言うと、奇妙な武器を取り出した。確か・・・。
「ショーテル」
「そうだ」
三日月形の刀身を持つ剣、ショーテル。軌道が読みづらくて、避けにくい。こんな武器と戦わなきゃいけないなんてな。
俺が剣を抜くと、メリルも魔力を少しずつ開放していく。ただ、これは飽く迄ティナを守る為に使う。それ以外で、人を傷付ける事は許されない。別に、法律で決まっているわけではない。でも、俺自身の理想としては・・・。
「私の為に、すみません」
「大丈夫だ。良いか、ティナ。巻き込まれる、と思ったらすぐ逃げろ」
「はい」
「私たちが負けることはないからね」
実際、負ける事がない、なんて言いきれない。でも、ティナを安心させるため、メリルはわざとそう言った。
「メリル、準備はできてるな?」
「うん」
「・・・。メリル、か。メリッサ、俺の前では男の振りをしなくても良いぞ?」
「何言ってるの? ボクはボク、メリルさ」
男の人が剣を構えるのと同時に、俺たちも武器を構えた。向こうが構えた状態から一歩でも動いたら・・・。向こうに俺たちを傷つける意思があるとし、此方から攻撃する事になる。
「心配はいらない・・・。俺はお前たちを殺すつもりだからな。本気で掛かって来い」
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