剣神勇者は女の子と魔王を倒します

鏡田りりか

第13話  ルミア

「あ、ほら、宝箱だ」
「本当だぁ!」
「エディナ、走ると危ないよ」
「あ、そうだった、ごめん、エレナ」


 開けてみると、中から出てきたのは白い球体のものだった。
「・・・? ユリエル、これ、なぁに?」
「・・・。エレナ、これって」
「た、多分」


 俺たちの考えは、おそらく一緒だ。
『これは、魔物の卵だ(です)』




 ――時は遡って二年の夏休み。
 俺は、エレナにホムンクルスの作り方を見せて欲しいと頼んだ。最初は嫌がったエレナだったが、見た後手伝うなら、という条件で見せてくれた。


 実験室に入ると、薬品の匂いがした。俺は少し慣れない匂いだが、エレナはもう気づいていないかのようだった。
 エレナは迷う事無くある機械に近づき(電子レンジみたいだ)、中から真っ白の、楕円形の大きなものを取り出した。


「これは?」
「ホムンクルスの卵です」
「卵?!」
「此処まで来れば、後は孵すだけ。だから、これを作る工程をお見せしますね」


 そう言うと、その卵を機械に戻した。此処で孵化させるらしいな。
 エレナは隣の棚に近づくと、さっきの卵より二回りくらい小さな球体を取り出した。やっぱり楕円形。


「これは、魔物の卵です。ホムンクルスの卵は、魔物の卵を遺伝子組み換えして作っています」
「そんなこと、出来るのか?」
「機械と魔法とその他諸々を駆使すれば」


 そう言うと、エレナはパソコンの前の椅子に座った。その後、俺にその卵を機械に置くよう言った。その機械は、接眼レンズの無い大きな顕微鏡みたいだった。
 エレナは俺が卵を置いたのを見ると、マウスをカチカチと動かした。


「この機械を使えば、中の生物DNAが分かるので、何の生物だか分かる・・・。とはいっても、ユリエルさんは見ても分からないですよね。おそらくミュースでしょう」
「あ、ああ・・・」
「魔法道具って便利ですよね。壊さないで調べられるんですから」


 エレナはそう言いながら、またカチカチとマウスを動かす。ふいに手を止め、椅子から立ち上がる。
 卵をさっきの機械から取り出し、隣の機械の中に入れる。透明な大きなコップの様なもので、下にはなにやら沢山のボタンがある。


「あ、動力足りるかな」
「動力?」
「ほら、機械って、魔石の魔力を動力として動いているでしょう? ちょっと見てみないと」


 エレナはボタンが沢山付いているところのすぐ隣にある扉を開くと、中から、紫色に光る綺麗な石を取り出した。これが、魔石・・・。


「あれ、見たこと無いですか?」
「ああ。写真でしか」
「魔力の量は問題ないですね。さ、じゃ、組み換えと行きましょう」


 そう言うと、エレナはしゃがんだ。なんだろうと思っていたら、どうやら、さっきから使っている幾つかの機械を置いている台は、棚になっていたようだ。扉を開け、中から何かを取り出していた。
 ええと・・・。大きなアルミ缶? 油とか入ってそうだな。エレナはポンプを使って、その中身をコップの様な機械に入れていく。透明な液だった。
 少し入れると、今度は別の缶から。別のポンプを使っている。繰り返して、卵が浸かる位まで入れると、エレナは液体を移すのを止めた。


「これ、遺伝子が入ってるんです。魔法を使って取り出し、液体にしたものですね。昔はもっと科学的な事でやっていたそうですが・・・。今は魔法が主流ですかね。これを、この機械で強制的に導入させます」
「? あ、ああ」
「じゃあ、ちょっと離れていて下さいね」


 エレナはピッピッと迷うことなくボタンを押していく。そして、一番大きなボタンを押すと、
 ――急に機械がカッと光り、雷のような音がした。


「あ、心配しないでください。いつもこんな感じです」
「これで良いのか?!」
「まあ、澪桜ちゃんもリリィちゃんもこれでやってますから」


 だんだん光は強くなり、風が現れる。一歩手目に居るエレナのスカートの棚引き具合からも、その事はよく分かる。中身は俺が目を少ししか開けられないせいで確認できない。
 全ての現象がぱっと収まると、エレナは歩いて機械に近づいた。中の液体は消え去っていた。


「ほら、出来ましたよ。これがホムンクルスの卵。あそこにある孵化器で孵せばいいんです。その後、好みの年齢になるまであのカプセルで成長促進をさせ、出た時にはもうホムンクルス」
「なるほどな・・・?」
「ちなみに、カプセルから出た後、ホムンクルスが年を取る事はあり得ません」


 その後俺は、約束通り手伝いということで、エレナに魔物狩りに連れていかれ、卵と遺伝子を入手して解放して貰ったのだった。




「アンジェリカ先生」
「ええ、じゃあ、空間魔法で安全に保管しておいてあげましょう。でも、エレナさんも使えませんでしたっけ?」
「ちょっと危なっかしいので」
「分かりました」


 多分、途中で割れる心配があるんだろう。アンジェリカ先生は卵を異空間に仕舞った。
 で、また道を急ぐ。道の形が変わるって言ってたけど、これ、進んでるのか? 戻ってるのか?


「・・・。誰も印、付けていないんですか?」
「一応、僕が付けてるよ。ほら、こんな感じで、白いチョークの跡」
「あ、ありがとう。忘れてたや」


 シミオンがちゃんとやっていてくれたらしい。白いチョークの跡か。
 って、あれ? さっき、チョークの跡、みたよな? 俺たちは誰からともなく立ち止まる。


「今僕、こんな感じって、指したよね」
「あ、ああ」
「印、見ましたね・・・」
「じゃあ・・・」
『戻ってる?!』




 俺たちはくるりと回って走り出す。何で気付かなかった! チョークの跡が随分小刻みだ。気づかないで二回つけてたってわけか。シミオンって意外におっちょこちょい?
 印の無いところまで来ると、前から魔物が襲ってきた。


『・・・、え?!』


 さっきまで、百足しか出なかったって言うのに、急に蛇?! 俺は剣を振って倒す。


「なんでだろ・・・。一応、両方に気をつけよう」
「ああ、そうだな」


 いや、すぐに気をつける対象は変わっていった。蚯蚓みみず蜥蜴とかげ、甲虫など・・・。沢山の魔物が現れるようになった。
 特に気をつけなくてはいけないのは蝶。その蝶の鱗紛は、魔力を動かせなくなる効果があるからだ。魔力が動かせなければ、魔法は出来ない。蝶が羽ばたき、鱗紛を飛ばす。と、俺たちに鱗紛が掛かる。その時から一定時間、俺たちは一切魔法が使えなくなる。俺は関係が無いが、シミオン、エディナ、エレナ、梓桜、澪桜、奈桜、それからリリィは魔法が使えないと少々厳しい。つまり、俺以外全員。


「ごめんね、ユリエル。さっきから戦わせてばっかりで」
「いや、大丈夫だ。何のために体力をつけてると思ってるんだ?」
「・・・。ふふ、そっか」


 とはいえ、『あの技』の事を考えると少し厳しいかもな・・・。すぐにボスの所までたどり着ければいいんだが。先が見えないって、結構怖いもんだな。そう思いつつ、進んでいく。




 なんてことだ。絶体絶命って、まさにこの事なんだろう。俺たちは今、ピンチに陥っている。
 まず、最初。俺たちは、大量の悪霊ゴーストと戦っていた。実体のない悪霊ゴーストには、物理攻撃は効かない。攻撃方法は魔法のみだ。普通だったら、エディナが一瞬で倒せるんだが、そうならなかったのにはわけがある。例の蝶が現れたのだ。
 敵を倒すには魔法しかない。にもかかわらず、魔法が使えない。
 それだけだったら、一定時間待てばいい。俺が蝶を倒し、防御をして時間を待った。が、そう簡単にはいかなかった。
 向こうから、次から次へと蝶が現れたのだ。俺の攻撃が追いつかない。このままだと、全滅する。


「きゃああっ!」
「ディオネ!」 


 そう、その上俺たちはディオネを抱えている。魔法の使えないみんなを庇いつつこの状態を脱する方法が、思いつかないのだ。あれ以外。
 もう、仕方が無いな。


 俺は後ろをそっと振り向いた。彼女はちゃんといる。頷いてくれた。
 この方法は、相当の体力を使う。だから、先の見えないうちは使いたくなかったんだが、この際仕方がない。アンジェリカ先生しか知らない、俺のとっておきの技。


「ルミア、頼んだぞ。『クラウド』」
「?! ユリエル?! 水のウォームアップマジック?!」
「サブスティテュート・レイン」


 先に水のウォームアップマジックを設定しておいただけあって、レインの威力は相当だった。
 全ての悪霊ゴースト、蝶を殺す。上手く操れるか不安だったが、何とか味方を避けて展開できた。


「はぁ、はぁ・・・。何とか、上手く、いった、な」
「ユリエル! 大丈夫?!」
「ああ。ただ、少し疲れた」


 魔法が使えない人の魔法。禁断の代用サブスティテュート魔法。これを初めて使ったのは、去年の冬。図書室で偶々見つけた本に乗っていた。
 魔力の代わりに、他のもので魔法を作る。代用されるものは人によって様々。興味があったので、呪文を唱えてみた。全員が使えるわけじゃないらしいし、出来ないだろうと思っていた。
「サブスティテュート・ストーン」
 ――図書室の机が一つ壊れた。


 その時は、近くに居たアンジェリカ先生に助けを求めて何とかなった。が、相当びっくりした。まさかこんなに簡単に出来るとは思っていなかったのだ。急に疲れたので、代用されたものが体力だというのはすぐに分かった。
 その後、練習を重ね、精霊ルミアと契約を結んだ。


「多分、召喚魔法もそうだと思う。いつも、唱えた後、呪文は、分からないんだが・・・。その時頭に浮かんで、すぐ消えるような感じで。もう呪文もいらないしな」
「御主人様は、呪文なしで召喚魔法使いますもんね」


 そう、其処も調べてある。召喚魔法を使える人は少数だから、細かいところは分からないが・・・。
 召喚魔法は、使えば使うほど上達するらしい。人によって大差あるんだが。
 使う魔力、またはその代用品の量が格段に減っていき、その内何も感じなくなる。人によって違うというのは、全然変わらない人もいるし、すぐに感じなくなる人もいる、という事だ。俺はおそらく後者。
 本来なら、使い魔を呼んでいる間はずっと魔力か代用品を使うらしい。が、俺はリリィを呼んでも何も感じなかった。ただ、思い返してみれば、最初に召喚魔法を使った時、ものすごく疲れた。が、繰り返しているうちに今の状態までになっている。
 つまり、すぐに感じなくなったというのが妥当だろう。


「ええと、ユリエルの友達ですよね? なら、姿を見せても良いでしょう」
「?! 立派な人魚・・・」
「初めまして、わたくし、ルミアと言います」


 エディナが驚いたようにルミアを見ていた。そんなに凄いのか? 俺はルミアしか精霊を見た事が無いから分からない。
 ルミアは人魚だ。金色に光る髪を持つ。瞳は深海の様な青。尾鰭も青い。頭から、鰓の様なものが二つ、飛び出している。まわりには水の塊? の様なものが浮いていて、中に魚や他の水棲動物がいる。この子たちから、ルミアは魔力を分けて貰う。だから、相当強いウォームアップマジックが使える。


「褒めて頂き光栄です。ユリエルは水と光の魔法が得意なんです。髪と目の色そのままです」
「あ、私も水得意なんだー」
「そう言えばそうだな」
「だから、人魚の精霊とも契約交わしてるよ。こんなに豪華じゃないけど」
「僕も、此処まで豪華な人魚は見た事が無いよ」


 そうか。なんか嬉しいな。俺がルミアを見ると、いつもの様なふわっと笑った。ただ。


「御主人様ー。私を忘れてない?」
「んなわけないだろ」
「ほんとー?」


 ルミアは、リリィの嫉妬の対象になった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品