赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第67話  ユリアの体調不良

 朝。目を覚ますと、まだ五時半だった。いつも通り、此処から寝ることは不可能な為、隣でぐっすり眠っているユリアの頭を撫でてからベッドを下りる。
 夢を見た。何の夢なのかは、忘れてしまったけれど。でも、何故かもやもやする。どんな夢だったっけ? ……、分からない。何か大切な事を忘れている様な、そんな感じ。でも、分からない。
 小さく息を吐く。分からないものは分からなのだから、諦めよう。身だしなみを整える為、洗面所へ向かった。






「ねぇ、ユリア、起きてよッ!」


「ユリアってば!」


 揺すっても呼んでも起きやしない。ああもう、どうすればいいんだ。忘れてたんだ、ユリアが起きないって。
 もっと刺激でもあれば起きる? どうしようかな……。そっと頬に触れると、違和感を感じた。はっとして、ユリアの額に手を当てる。
 ――熱い。
 全てを放り出してミルヴィナのもとへ向かう。慌てて入ってきた私を見て、ミルヴィナは小さく「どうした」と問う。


「ユリアが、あの、その、熱……」
「分かった、すぐ行く」


 そう言って白衣を纏うと、先に歩き出した私についてくる。自然と速足になる私に、何も言わず。ただ、黙ってついてくる。
 部屋に入り、ユリアの額に触れたミルヴィナは、なにやら呪文を唱え始めた。そっと眉を顰める。


「結構高いな。だが毒物ってわけじゃなさそうだ。呪いでもない。ウイルスによる感染が妥当なところだろう」
「そう……」
「だがな。病気によっちゃ、相当危ないからな。もうちょっと細かく検査するから、リーナは先にみんなのところに行ってればいい」
「うん……。分かった」
「任せろ、大丈夫だからな?」


 頷いて見せる。ミルヴィナの事は信頼してる。とても強力な治癒魔術師だから、大丈夫。だと、思うけど。不安なのは、変わらない。だから、ミルヴィナの顔は見ないで、部屋を出た。この気持ちが、全部、ばれちゃいそうだって、そう、思った。余計な心配はさせたくない。
 みんなはこの城のロビーにいる。其処が集合場所だから。ちょっと早いけど、もう結構集まってるはず。
 案の定、みんな揃ってた。冷静なつもりではいたけれど、実際かなり慌ててたんだろう。一通り話してみたけれど、伝わらなかったみたい。でも、一つずつ問いを投げかけてくれて、それに答えているうちに、全部話す事が出来た。みんな、優しい。


「そっか。じゃあ、今日はユリアちゃんなしで戦わないといけないんだね」
「ミルヴィナさんも来れないですね」
「うん……。ユリア、大丈夫かな」
「何言ってるの! 大丈夫だよ!」


 ミレが元気にそう言ってくれた。ちょっとだけ安心する。ぎこちなかったかも知れないけれど、笑ってみると、みんなも返してくれた。


「だ、駄目です!」
「なんで?! どうして駄目なの!」
「女王様が戦う事は、許せません!」


 向こうから、大きな声が聞こえて来た。女王様と誰かが言い争っている。また、女王様が何か無茶を言い出した模様。


「私だって何かしたい! ユリアが倒れたと聞いたの。なのに、なんで駄目なのよ!」
「女王様は、神の血を引く、我が国にとって大切なお方です、万が一にもお怪我をされたら……」
「それが嫌なの! どうして王家に生まれたからって、こんな!」


 悲痛な叫び声が響き、ドキリとした。周りを見てみると、みんなが驚いているようだった。


「女王様は、大切なのです。その為に、いち早くシェルターにも、逃げて頂いた。貴女だけが、この国の頂点に立てるのです。貴女が亡くなることは、この国の滅亡を指します」
「でも」
「考えて? ルージュの皆さんが、シェルターに来た理由。それは、彼らがいないと、戦争が長引くからです。死者が増えるからです」
「!」


 私、知ってるから。女王様が、最初の日。一人で泣いてた事。みんなが逃げ場もなく殺されているというのに、自分は安全なところにいる、と。女王様、優しいから。


「その為に、助けたい、と思っても見捨てて、ここまで来た。誰か一人が欠けたら。ルージュは悲しみ、機能しなくなる。同じ戦力でぶつかれば、ギリギリの状況で長引き、多くの方が亡くなる」
「……」
「人には、役割があるのですよ。女王様、貴女は、頂点に君臨していて。大丈夫、貴女という守るべき方がいれば、私達は強くなれる。役に立てなくなんか、ありません」


  少し間があり、女王様は「分かったわ」と言った。それだけだった。


 それからはいつも通りだった。唯一違うのはユリアとミルヴィナがいないだけ。朝食を食べてから馬車に乗り込み、戦場へ向かう。
 いつも隣に寄り添ってくれるユリアがいない。こんなに不安なのに。こういう時、真っ先に助けてくれる子がいないと、こんなにも心細いんだ。ユリア、私の中で、こんなに大きかったんだな。昨日の事も合わせて、そう思う。


(もしかして……)


 昨日の私の話のせい、かな。ユリア、考え過ぎちゃったのかもしれない。そうだったら、私に出来る事、全部やろう。ユリアの為に、何でもする。だから、早く良くなってね? 絶対だよ……?
 その時、馬車が急に大きく揺れた。何の準備もしていなかった私達は、その勢いで席から投げ出される。慌てて立ち上がるけれど、特に何かあったというよりは、戦闘で開いた大きな穴に落ちただけみたい。
 安心すると、急に痛みが襲ってきた。左足を床に擦った? ちょっとだけ血が出てる。まあ、大したことないし……。


 急に前が見えなくなった。ふわりと香るのはとても安心する香り。


「え……」
「今。何処か、痛かったんでしょ? 頭打った?」
「あ、い、いえ。此処」
「あぁ、ほんとだ、擦っちゃったんだ? エティ、お願いしても良い?」


 これは。ラザールお兄様。抱き締められてた。私の本当に小さな表情の変化に気が付いたみたい。あんまりぎゅっと抱きしめられているものだから、前が見えない。どんな表情、してるのかな。
 そっと離されて。パッと顔を上げると、仄かに頬を染めたラザールお兄様。堪らなく恥ずかしくなって、顔を背けると、丁度アンジェラさんと目が合ってしまった。それに気が付いたアンジェラさんは、面白そうにニヤリと笑う。止めて……! 恥ずかしいって。
 よく見てみれば、みんな私たちを見てた。慌てて右手で口元を隠すと、何故か笑われた。一拍遅れてエティが立ちあがる。ラザールお兄様の言葉、届いているようで届いてなかったんだろう。でもさ……。なんで、そんな遠くから魔法かけるの?


「え、えと……」
「ごっ、ごめん! つい……」
「い、いえ。あ、その……。嫌じゃ、ないから」


 ああああっ! 今、私、なんてことを! またニヤニヤと……。止めてよ、恥ずかしくて死んじゃう。まあ、そんな風に死ぬ事はまずないと思うんだけどね?
 目だけでラザールお兄様を見上げると、視線を合わせてはくれなかったけど、頭を撫でられた。やだ、もう。恥ずかしいじゃん。そんな、明らかに照れた様子で撫でないで。


「う、うう……。あ、あの、そろそろ、止めて、ください。恥ずかしいです……」


 でも、よく分かった。ラザールお兄様も、私の事、よく見てくれる。いざって時に守ってくれる。あんまり態度には出さないんだけど、寄り添ってくれる。
 うーん、余計に分からない。ラザールお兄様とユリアって、よく似てるんだ。タイプがちょっと違うような気はするけど。私の好きって、どう違うの? 分からない……。






「ねぇっ、リーナちゃんがどうしたって?!」
「……」


 勝手に大袈裟にしないで、ラザールお兄様。そういえば、ユリアも勝手に私の事殺してたっけ。止めて。
 別に、大した事じゃない。ラザールお兄様のせいでだいぶ大袈裟に伝わってるみたいだけど。
 怪我をした。とはいっても、ただちょっとナイフが刺さっただけ。傷も浅かった。けど、ユリアの事、結構深いみたいで、注意力は散漫だし、今日は休むことにしたの。それだけ。ベルさんごめん。


「ああ、よかった。んじゃ、あたしは戻るね」
「なんか、ごめんなさい」
「ううん。ラザールくん、ちょっと危ないかも」
「え……」
「あ、いや、違うっ! 何でもない。気にしないで。あたしが援護に向かっとく」


 それなら良いけど……。結構取り乱してたし。大丈夫かな。私のせいで、みんな……。
 もう嫌になってくるよ。なんでこんな足手纏いになるの! 私はなんで此処にいるの? 何のために?


「――ん、――ちゃん、リーナちゃん!」
「ひゃあっ!」
「ご、ごめん! びっくりした?」
「いえ……」


 ラザールお兄様がいた。びっくりしたけど、ボーっとしてた私が悪い。
 もしかしたら、ベルさんが呼んでくれたのかもしれない。


「何でしょうか」
「いや? 傷、大丈夫だった?」
「はい」
「そっか、よかった。じゃあ……、リーナちゃん、大丈夫?」
「……、え?」


 ラザールお兄様は、一体何を、言ってるの?
 分からなくて顔を上げると、ラザールお兄様は私の目もとを拭う。指に水滴が付いているのが見えた。嘘……。
 私が俯くと、ラザールお兄様は私の隣に座る。


「心配しないでも、リーナちゃんの居場所は此処、ルージュだよ?」
「えっ?」
「此処にいれば良い。誰も、迷惑だなんて思わないから」


 考えてた事、分かっちゃったんだ。ラザールお兄様に体重を預けると、ユリアのようにただ受け止めて、という事はしなかった。体勢を変えて、私を包み込むように抱きしめてくれる。これは、これで、良い。
 怖いんだよ。此処まで、みんなに支えて貰って、ようやく此処まで戻ってこれた。今、みんながいなくなっちゃったら、私はもう、どうなるか分からない。そんな事ばかり考えているから、些細な事で心が揺れる。
 でも、ラザールお兄様は、言ってくれた。私の居場所は此処だ、って。はっきりと、言ってくれた。それ、凄く、安心する。嘘じゃないか、って気持ち、なくはないけど。それでも、安心出来るの。


 ユリアは、私の御蔭でみんなが変わった、って、言ってくれた。人は、人と関わる事で変化する。そんなの、知ってる。でも、変えられて、その後に放置されるのが、一番大きな傷を残す。例えば、ミルヴィナはジェラルドさんと会って変わった。この状態で別れたら? きっと……。
 そういう事でしょ? 深いかかわりじゃなくても、ただ、違う人を知った、とか、そういう事でも、人は変化したりする。
 私は、変わった。だから、今、一人にされたら。もう、生きていけはしないんじゃないかな。


 でも、それが分かってるのに。今、私が居なくなっても、誰も困らないんじゃないか、って、思ってしまうのは、なんでなんだろう。私、我が儘だよね。でも、ときどき、どうしようもなく怖くなる。


 だけど。こうやって、ラザールお兄様の事見てると、さっきのベルさんを見ると、私の事を必要としてくれる人も居るんだなって、そう、思える。


 こういう、矛盾した気持ちが入り混ざって、訳が分からなくなって。そういう事を繰り返して来た。
 何が正解なのか。正解なんて、あるはずない。だけど、正解を求めてしまうのは、人という生き物が正解を求めたがる生き物だからなのかな。人は『答え』を欲しがるの。
 あぁ、もう、わけがわからない。人に大切にされたい、一人にしないで欲しい、って思ってるけど、実は、一人になったほうがいいんじゃないか、って思ってて、でも、必要としてくれる人も居るって事だって、ちゃんと知ってる。


 人間関係って、難しい。この感情たちの中間なんてものは、存在するのかな……?

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