赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第61話  戦争 ラザール

 不安で不安で仕方ない。リーナちゃんが今一人で出歩いているという事実。いや、使い魔たちと一緒だし、ノーラも一緒だけど、それでも、僕達と一緒じゃないのに、この数の敵を相手にするっていうのは、多分初めてだ。本当に不安。
 なんて心配してる暇はない。ちょっとまずいな。思ってたより強い敵と当たっちゃったみたいだ。押されてる。
 それと、実は、隠してたんだけど、朝からちょっと頭が痛くて……。集中できない。誰か手伝ってくれればいいんだけど、生憎周りに人がいない。ミルヴィナとかミネルヴァとかも来てるはずなんだけど……。
 口から零れる息が熱い。熱もあるかも……。もう、やっぱり休めば良かった。こんな中の戦いじゃ、ハンデが大きすぎる。


(せめて、誰かいれば……)


 周りを見回してみても協力を求められそうな人なんかいない。なんでこんな時に限って……! ああもう、逃げも出来ないし……。
 相手の剣は速く重い。受け止めた時に掛かる負荷が大きい。攻撃する隙がないから、このままじゃ負ける。一体、どうすれば?
 一つ。相手、女の人なんだよ。なのに、こんなに力が強いなんて。これじゃ、男の人だったらどうなるの? みんなは大丈夫かな……? って心配してる場合じゃないんだけどさ。
 次に来た衝撃が思っていたよりずっと大きく。思わず剣を取り落とした。まずい、と思った時にはもう遅い。


(くっ……)


 咄嗟に隠してあった短剣で受け止めたけれど、こんな小さな剣……。手も一緒に斬れた。これじゃ、戦えない。慌てて後ろを振り向くと、見覚えのある人が見えた。後ろ姿だけど。


(あ、あれは……!)


「ジェラルドさん!」
「! ラ、ラザールくん!」
「ごめんなさい、助けて!」


 本当だったら、助けなんか求めたくない。でも、もう仕方ない。僕一人じゃ、勝ち目はない。
 緑掛かったグレーの髪。見た瞬間、とても安心した。ジェラルドさんは、とても頼りになるから。それに、それほどまでに、緊張していたんだろう。涙が出そうになった。


「くっ、重いな……。悪魔か?」
「え?」
「御名答。そう簡単に負けるつもりはないわ」
「ラザールくん、下がって」


 僕の異変にすぐに気付いたらしい。でも、ジェラルドさんだけで勝てるような相手じゃない。これじゃ……。危険すぎる。
 案の定、ジェラルドさんはふき飛ばされて此処まで転がって来てしまった。


「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないけど……。ラザールくん、逃げられる?」
「えっ?」
「此処は何とかする。だから……」
「そ、そんな!」


 ミルヴィナと結婚した、ばかりなのに。こんなところで、死なせてしまって、本当に良いの? 駄目に決まってる。
 一つだけ、僕に残された物があるとしたら、必殺技。使う、か。ジェラルドさんには、死んでほしくない。


「待って、それはダメだ、今の体じゃ……」
「だって、これしかない!」
「ラザールくんの体が大事だ! お願い、逃げて!」
「嫌、嫌です! ミルヴィナを一人にしないで!」
「そりゃあ。でも……」


 息を吐く。失敗したら最後。本気で行こう。ゆっくりと立ち上がる。
 剣を構え、前を見る。悪魔の女の人は、薄ら笑みを浮かべたまま、動かない。負けるなんて、思っていないって顔だ。


「紅剣奥義」


 乱れた息を整える。大丈夫、失敗はしない! 散々練習して来たんだから。
 一つ一つ、確認しながら、ゆっくりと所作を行う。魔力を最大まで高める。リーナちゃんじゃないから、すぐに大量の魔力を用意なんて出来ないし。


「霊獣の剣!」


 グリフィン家に伝わる魔法剣術必殺奥義。本当だったり、リアナが使うはずだった……。
 涙が伝う。この技を使う時、いつも、いつも、リアナの事を思い出す。そうして、悲しくなる。けど、そんなこと言っていられない。
 大きく剣を振りかぶった。剣が真っ赤に染まる。後に現れるグリフィンは、魔力によって形作られた物。剣に合わせて走り出す。
 剣の先から光線が出る。それと同時に、後ろのグリフィンが飛びかかった。


「う、うわああっ?!」


 こんな変わった剣士、そう居ないはず。だから、不意打ちにもなる。
 悪魔の女の人は、それでも、まだ大丈夫だと思っていたらしい。けど。グリフィンに食べられてる。流石に、そんなはずない。これは僕の全魔力を込めた最高傑作、必殺技。レアでさえも怖いと言っていたのだから。
 レアが前に、言っていた。悪魔の欠点として、自分より強いものを知らないのだ。怖いもの知らずなのだ。だから、こういうとき、危機に気付けない。
 でも、やっぱ魔力、使いすぎちゃうな。視界が……ぼやけて……。


「ラザールくん!」






「う……」
「あ、気が付いた。大丈夫?」
「ジェ、ジェラルド、さん。あ……」
「あ、まだ起きないで……。此処、救護テントだから、大丈夫。で、なんで無理したの」
「だって……」


 言葉が、でない。休まなかった理由は……。色々あるから。
 みんなが戦ってるのに、一人だけ休みたくなんて、なかった。少しでも多く戦って、倒して、早く戦争を終わらせたかった。それに……。


「剣を持っていないと、自分じゃない様な、気がする」
「え?」
「……」


 一番活躍できる魔法剣士の時の立場。それが、自分にとって一番居心地の良いもので、自分らしく感じられる時で、その他の事を、忘れていられる時で……。
 つまり、魔法剣士の時が、一番、楽だから。それ以外になりたくないのだ。改めて考えてみると、随分と自分勝手だ。
 思わず嘲笑が漏れる。ああ、そうだ、僕は、とても、弱い。


「ん……。取り敢えず、リーナちゃん呼んだから」
「……、え! ど、どうして!」
「だって、うっかりレアちゃんにばれちゃって、問いただされて……。そしたら、連れてくるって」


 その時、テントを叩く音がした。ジェラルドは微笑を湛えてリーナちゃんと何かを喋り、出て行った。……二人きり。
 リーナちゃん、凄く不安そうな顔をしている、其処まで酷くないのにな。なんで泣きそうな顔してるの?


「馬鹿……。ラザールお兄様の、馬鹿」
「え?」
「心配、させないでください! 倒れたって聞いて、どれだけ心配した事か!」
「ご、ごめん」
「朝から調子悪そうだったから、ずっと大丈夫かな、って。だから、私……」


 えっ、気付いてたの?! そんな驚いた様子も気にすることなく。リーナちゃんは僕の近くまで来て抱きしめてきた。


「もう誰も、失いたくないの。だから、心配だし、怖かった。もう……、こんな思い、させないで!」
「っ!」
「嫌だ、もう、これ以上、周りの人は失いたくないから。だから、お願い、無茶、しないで!」


 頬を伝い、布団を濡らす。リーナちゃんは泣きながら、強く、きつく僕を抱き締める。こんなに、不安、だったんだ。そう思うと、胸がチクリと痛んだ。僕は……、一体、なにをやっているんだ?
 華奢で、触ったら壊れそうだと思うくらい繊細なリーナちゃん。守って、決めたはずだった。なんで、こんな思いをさせてるの? リーナちゃんを、泣かせたのは、僕だ。なんで、そんな事が、出来るって言うんだ……。
 とても、遠くに感じた。こんな近くにいるのに、離れている様な気がして。僕が、歩み寄ってあげなくちゃいけない、と思った。この距離を埋めて、ぬくもりを届けてあげないと。でも、そういう時、リーナちゃんは酷く繊細に見えて、これ以上近づいちゃいけないんじゃないか、と思ってしまう。だから、一定以上の距離に行くことを、拒んできたのかもしれない。


「ごめん、リーナちゃん……」
「ごめん、じゃ、済まされない」
「分かってる。リーナちゃん、怖かったよね。ごめん、もう、こんな事、しないよ」
「ほんと? 絶対? 私の傍から、離れない?」
「もちろん」


 そういうと、リーナちゃんは安心したように微笑んでくれた。やっぱり、リーナちゃんの笑顔は可愛い。最近笑うようになってくれて、ほんと、よかった。
 頭を撫でると、照れたようにして目を合わせてくれないけれど、嬉しそうな顔してるの、分かるから。僕も嬉しくなる。
 リーナちゃんは、満足げに僕から離れると、涙を拭って出て行こうとした。ま、待って。


「行か、ないで」
「えっ?」
「まだ、近くに居て……。駄目?」
「もう……」


 リーナちゃんはちょっぴり悪戯っぽく笑ってベッドの中に入ってきた。


「え! それはちょっと……。うつっちゃうかもだし……」
「大丈夫……。今日は、ラザールお兄様の為に、尽くす」
「え、そ、そう……」
「お休み、お兄様」


 リ、リーナちゃん……。それじゃ僕、寝られないよ……。

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