赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第57話  救出

 朝。私の悲鳴が城中に響き渡った。


 こんな時、いや、こんな時じゃなくても、私が悲鳴なんてあげたらみんな驚く。何事かと集まって来てしまった。実際、大したことじゃないからほんと申し訳ない。
 実は、また空襲があるかも居れないけれど、王城のバリア魔法は結構強くて、シェルターに入るまでしないでも大丈夫そうだ、という事が分かった。ので、客室で眠る事になった。
 私は一人で寝てた。なのに、隣に誰かがいたら、そりゃ、驚くでしょ。


「も、もしかして、リアっ?! ちょっと、どういうこと……?」
「ん……。リーナ様、起きた……? おはよぅ」
「あのね……」
「昨日、なんとなく、試したら、大丈夫だった」
「はい?」


 どうも、ずっと実体化する為の魔法を練習していたらしく、それが成功したんだとか。だからって、ねぇ、こんなのないよ。死ぬかと思った。
 扉を無理矢理破ってはいってきたみんなには謝りきれない。しかも、驚かせた張本人はいつも通りぼんやりとしているんだし。もう、何この状況。
 リアの頭をちょっと叩いて躾け。ほんのちょっとだけど。


「急に出てこないで、良い?」
「うん、ごめんなさい」
「はい。もう……。ほんと、すみません」


 朝から疲れさせないで?






 リアは肩くらいまでの金髪に、驚くほど真っ赤な綺麗な瞳をしている。私よりちょっと背が高いのをいい事に何となく子供扱いしてくる。仮にも主人だよ?
 まあ、リアが居ればとても心強いというのは間違いない。仕方ないから全部許す。機嫌損ねて出て来てくれなくなったら堪らない。まあ、リアに限ってそんな事はないと思うけど。
 で、昨日のように馬車に乗って戦場へと向かう。また空襲があったらしい。場所はちょっと離れた大きな街。大きな被害が出る、と思いきや、みんな先に避難してたらしく、最小限に留まったと言える。
 昨日は結構私達だけで戦ってたみたいな感じだったけど、それは違うところに兵が行ってたかららしい。敵の数も少なかったし、もっと敵の多いところに多く行かせたんだろう。そのせいで手薄になってちゃ仕方なかったんだけど。まあ私達が何とかしたから、もう大丈夫になったらしい。
 今日行くのはもっと敵も味方も多い場所。だから、他の兵にも気を配る必要があって。大丈夫かな。


 昨日の失敗から、今日はちょっと遠くで馬車から降りた。此処から歩いていく事にする。あれを何度もじゃ、流石に御者が可哀想だ。
 私達はそれぞれ分かれ、戦闘の準備を整えていく。ミアとレア、リア、ネージュを召喚する。昨日の様に自由に戦わせておこうかとも思ったんだけど、それには敵の数が多すぎるから、一緒に行動する事にする。
 場所を決めて、一気に敵軍へ。私はネージュに乗る事になったけど……。しがみついてるので精いっぱい。手に持ってる首輪が切れたらどうしよう? まあ、切れる様には見えないけど。ただ、戦いの様子が分からない。これ失敗したな。
 因みに、こういうときは仕方ないから跨る事になる。そうでもしないと一瞬で吹き飛ばされちゃうし。
 振り回されること約……、時間が良く分からない。まあともかく。ネージュが動きを止めた時には、そりゃあもうひどい有様だった。
 転がる遊びつくされたおもちゃ達。真っ赤に染められた地面。ネージュも満足そうだし、レアもリアも楽しそうな顔をしてる。何とか地面に下ろして貰った私は、戦ったわけでもないのに非常に疲れた。もう二度とこんな事はしない。


(えっと……。何があった?)
「あ、話はあと。囲まれてる」


 レアがそう言ってカタナを引き抜く。周りには兵士が沢山居るけれど、さっきまでの戦いを見て、なかなか入る気になれてないみたい。
 これ、一気に飛びかかられたらアウトじゃないの? 私に向かって来られたら死ぬよ? 対抗できないからね? そんな私の心配を余所に、レアは挑発する。


「何故、掛かって来ないのですか? 負けるのが怖いんですか? 戦闘を行うものとして、失格ですねぇ?」
「……」
「ふふ……。案外、黒魔族シュヴァルツというのも考えの甘い人たちだったのですね」


 ああもう! 一体この数の兵士相手にどうするつもりなんだろう。レアは「そうこなくちゃ」と呟くと、カタナを掴んで走り出す。そっちは任せた、と言い残して。
 ネージュも体を撓らせて行ってしまう。リアは攻撃魔法に夢中。じゃあ……。


「ミア、頼んだよ……?」
「わ、わかってるよ!」


 ミアのバリア魔法だけが頼りだ。こんなにドキドキさせられる戦いは久しぶりだ……。全く、なんてことをしてくれるんだろう。こういう意味でドキドキしたくはないんだけど。
 そりゃあ、ミアの事、信頼してるよ。でも、流石に怖い。大丈夫だと、思ってる、けど……。不安を感じ取ってか、ミアは私に笑いかけてくれた。途端に不安は溶けていく。
 その時、私ははっと振り返る。今、声が聞こえた様な……。悲鳴みたく大きなものじゃない、微かに聞こえた、って感じだ。魔法を使ったりして集中してるみんなには気づかない程度だったんだろう、なにもしてなかった、私だけが、聞こえた。
 躊躇うはずなんて、なかった。パッと駆け出した私を見て、ミアは動揺したらしい。バリア魔法が大きく乱れる。でも、残念だけど、ミアに構ってる暇なんてない。急がないと……!
 体が軽い、走れる。声のする方へ。


 私が聞きとれたのは、それが、聞いた音のある声だったからだ、という事に気が付いた。其処に居る少女は、見た事のある少女だから。
 でも、一瞬躊躇ってしまった。さっきまでは助ける気でいた。でも、その顔を見たら……。ゾクッとして、思わず足を止めそうになった。でも。
 もう、決めたの。助けるって!


「リ、リーナっ?!」


 手から真っ赤な血が溢れだして、思わず目を瞑る。思っていた以上の強い痛みに、口から息が漏れる。
 間に合いそうになかった。どの方法も。咄嗟に思いついたのは、剣を手で受け止める方法。馬鹿みたいな事をしたって、今さら気が付いた。
 手が無くならなかったのは、ミアが酷く動揺しながら、パニックになりながら、私に強化魔法を何重にも掛けてきたから。助かった。


「ノー、ラ……」
「な、んで……。助けた……、の……?」
「友達、だから、だよ?」


 そう、襲われていたのは、ノーラだった。
 色々あって、恨んだりもしたけど。ユリアはやっぱり、いつも、ノーラを見ると嬉しそうな顔をする。だって、友達だから。
 もう、忘れることにした。私達は友達だった。もう一回、やり直せるはずだ!
 青緑の瞳に涙を溜めて。彼女は私の顔と手を交互に見つめる。そんな顔、しないでよ。ノーラは悪くなんかない。


「気に、しないでよ。大丈夫」
「で、でも! あ……」


 相手の人がもう一度剣を構え直す。冷たい目で、私たちを見る。こんな私達に勝ち目? あるわけない。でも、そろそろ!


「ご主人さま? 手、どうしたの……?」
「貴方? 貴方が、ご主人様を傷付けたのですか?」
「ゆるせない……」
「許しません……」


 怒り狂ったミアとレアが飛んでくる。ミアはすれ違いざまに私の手に治癒魔法を掛けて行った。まだちょっと痛いけど、だいぶ平気になった。ってか、器用だなぁ。
 金属のぶつかり合う音が響く。剣がガチッと組み合うと、レアはひょい、と地面を蹴って近くまで飛んでくる。


「朱色の武術・鎖鎌!」


 え……! 怒り狂ったレアを止める事は出来るはずもなく。殺気を振りまきながら鎖を振り回す。でも、これ、あんまり一対一には向かないような気がするんだけど。そんな事は、レアにはもう届かない。任せるしかない、か。でも、体透けてるんですけど。もう……。
 ところで、ミアは攻撃魔法は使えないはずなんだけど、一体どうするつもり?


「あはは、許さないぃ!」
「レアお姉ちゃん!」
「了解ぃ!」


 レアはひょいっと何かを投げた。朱色の……。魔石? ミアはちょっとだけ手を上げてそれをパシッと受け取ると、何かを唱え始める。
 赤い、大きな鎌が出来上がった。
 パタパタと羽を動かすと、地面を蹴って宙に浮く。


「じゃ、いくよ!」


 ブン、と振ると、真っ赤な魔力が飛び出す。鋭利な刃物のようなそれは、黒いコートを着た相手の剣士に向かって一直線。でも。全て剣で弾かれてしまった。強い。
 隣で座り込んでいたノーラ。さっきまでは震えていたっていうのに、今はキュッと唇を結んでいる。目にも、強い光が。
 ノーラは立ちあがろうとした。でも、足元が覚束無い。フラッとよろけてまた地面へ。


「ノーラ。摑まって」
「え?」


 私はノーラの手を持って自分の肩に乗せる。ノーラの腰に手を回して、立ちあがる。思ってたより、こういうのって、力がいるんだね……。
 ノーラの綺麗な瞳が正面を捕らえる。何か、使おうとしてるけど……。結構消耗してるよ? 大丈夫、なの?


「Создайте(サズダーチェ) проклятие(ロクリャーチエ), Повинуй(パヴィヌー)тесь(チュシ) моему(モーエム) заказу(ザカーズゥ).呪いの精よ、我に従え」


 ノーラの口元がすっと歪む。その瞬間、禍々しい魔力を纏う。瞳の色が変色していく。染みていくように広がる紫色。魔力と同じ色。不気味な紫。
 胸の前で両手を合わせて、器を作る。特に何を乗せるでもなく、ただ、器を作っただけ。ノーラはそれを嬉々として握り締める。
 時が、止まったような気がした。
 ピシ、という音がした。風が止む。音が消える。空を見れば、雲が止まっている。


「な……」


 後ろを見れば、大きな時計が出現していた。針が止まっている。ノーラは静かに笑みを湛えたまま。一体、何が起こっているの……?
 前を見ると、黒いコートの剣士、だけじゃない。私とノーラ以外の全員が固まった様にぴたりと動きを止めている。
 ノーラは右手の掌を上に向けると、キュッと握りしめた。
 途端に全ての動きが戻ってくる。黒いコートの男の人は動きを止めると、そのまま崩れ落ちる。何事かと驚いてしまった。横を見ると、ノーラの笑みが一層濃くなっている。


「な、んだ……?」
「呪術。それ以上は教えない」
「ぐ……」


 レアもミアも怒り狂ってる。情なんてあるはずもない。冷たい目で、淡々と、作業をこなすかのように止めを刺した。


「ノーラ……?」
「内臓を一つ潰した。時間は止めてるから、相手には何が起こってるのか分からない。みんな呪いだって騒ぐ」
「え?」
「だから。呪術の仕組みっていうのは、時間止めてるだけ。その後、魔法を掛ける。でも、受ける方は魔力すら感じられない。魔法だって気付かない。呪術って、そういうもの」


 私だけに聞こえるよう、ノーラは囁く。そう、なんだ。でも、時間を止めてるから、使えない魔法っていうのも結構あるらしい。火とか、普通の魔法が駄目らしい。
 使えるのは、ただ壊すだけの魔法と人の体内に何かを仕掛ける魔法くらいなんだとか。
 ようやく怒りが収まったレアとミアが私を見ている。怯えたような目をしている。


「ど、どうしたの……?」
「勝手な事をしてしまって」
「ごめんなさい!」


 なんだ、そんなこと……。


「ふふ、あははっ! 気にしにないでいいよ。戦争って、こういうものだし」
「!」
「だからね、よく頑張りました!」


 頭を撫でると、二人は顔を赤らめて俯く。可愛い、なんて思っちゃった。
 それより、そろそろノーラが辛そうだ。ノーラはレアに任せ、すぐに帰る事にした。

「赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く