赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第56話  『斬首ノ刑』とエリュシオン

 時は遡って四月の事。魔物が活性化し始めた。魔王の魔力に反応したんだろう。
 そんなわけで、大型のドラゴンの駆除を頼まれた。すぐに向かうと、私達で対処できるかあやしいほどの強さだった。
 ミレは攻撃する前に大きな羽で吹き飛ばされてしまうし、アンジェラさんの剣は体を貫通出来ないし、ベルさんの攻撃は大型魔物には向かないし、ユリアの魔法はバリア魔法で跳ね返される。ラザールお兄様の剣はダメージを与えられたけれど、すぐに復活されてしまうレベルのものだけ。
 残りは私だけだった。レアじゃ駄目だ、ベルさんと変わらないもの。ミアはもっとだめだ、攻撃できない。ネージュも多分無理だ。ってなると、あとは大型獣……。アル達だ。
 でも、駄目だった。攻撃は全て跳ね返されて、寧ろ私達が危なかった。
 となると、手の打ちようがない。激しい攻撃の雨。ミアが防いでくれているけれど、逃げる隙はない。それに、ミアももう限界だ。


「うぅ……」
(ミアっ! もう、無理しないで!)
「ううん。ご主人さま。ミアがみんなを守る。逃がしてあげられなくて、ごめん。でも、私を残してベルさまがあれ使えば……」
(あ……)


 そう、私達が走って逃げるなら、ミアも走らないとバリアの範囲から出てしまう。でも、走りながらだと注意力が散るから、上手くいかない。
 だけど。もし、ミアを残したままみんなが瞬間移動で逃げられるなら? それは、大丈夫だけど、でも、ミア……。


「ミアのバリアが平気なうちに決めて、早く!」
(う……、そんな事、出来るわけないでしょうがっ!)


 視界が真っ赤になる。手を正面に向けると、ゴウ、という音とともに魔力の波動が生まれる。いつもと違う。頭の中に、自然と文字が浮かんでくる。操られるように口に出していく。


「炎地獄」


 ドラゴンの周りで、大爆発が起こった。その波動は随分大きいのに、私達には全く届かない。ミアがバリア魔法を使ったわけでもない。
 制御、出来てる? でも、私がやったわけじゃ……。一体、どういう、こと?


『ん……。魔力、量、増えた、ね』
(え……)
『私、リア。何回か、接触、しようと、思った、けど、リーナ、これ、使う、と、魔力、無くなってて、私、話し、掛けられ、なかった』
(リア……?)
『そう。一番、最初。森で、ラザールを、助けた、時。あの、時、契約、した。でも、私、実態、持ってない。こうやってしか、干渉、出来ない』


 それで、初めて分かった。今まで私が使えたあの魔法は、全部、リアの御蔭なんだって。
 だから、自力じゃ魔法が使えなかったんだ。こうやって私の中に入り込んで魔法を使ってたのか。
 思わず笑みが零れた。やっぱり、召喚魔法しか使えないんだなぁ。


(そっか。よろしくね、リア)
『う、うん……。今度、ゆっくり、お話、しよ?』
(いいよ。じゃ、今は)
『うん、また、あと、で』










 そうして、私はリアを使えるようになった。どうも、主人に自分の存在を認知させないと喋る事が出来ないらしく、その後はちょくちょく話しかけてくる事があった。
 リアは攻撃に適した魔法を使う。だから、思い切り攻撃したいときは、リアに限る。


(リア、準備できてる?)
『う、うん、大丈夫』
(じゃ、いくよ)


 軽く瞬きをする。視界は真っ赤に。リアの鼓動が、吐息が聞こえるような気がする。この時、一番リアが近くに居る。私とリアが一つになった時。一番強い力を発揮する。
 何度も練習した魔法。みんなには言ってない。ユリアにすら。だから、誰も知らない、私の魔法。


『斬首ノ刑』


 魔力が鋭利な刃物と化す。私が右手を上げると、大きな刃物が一緒に動く。一気に左下へ降り降ろす。
 フードの人も、まさか破れるなんて思ってなかったんだろう。驚いたように、ガラスが割れる様な音とともに砕けたバリアを見ていた。
 エリュがパッと駆け出す。待って、ちょっと早いッ!


「にゃっ?!」
「遅い」


 腰に手を回され、空いた手で目隠しをされていた。エリュのトップスピードはユリアでも反応できない。今のエリュは、トップスピードで突っ込んでいった。という事は、ユリア以上の実力を持っている。
 だから、早かったの。確かに、隙が出来たようには見えた。でも、そんなに甘い敵じゃない。エリュは、そういうところが駄目なんだ。


「どうする?」
「にゃにが?」
「今……。どうすることだってできる。君を生かすも殺すも、ね」
「……で?」
「君が大人しく死ぬっていうなら、主人は見逃してあげよう。助かりたなら……。全力で相手をしよう」
「はっ? リーナ様が大人しく殺されるとでも思ってるのか?」


「てめえこそ、『どうする』?」


 あ、ヤバい、エリュ、怒っちゃった。イノ相手の時みたいな、それでもふざけてる、って感じじゃなくて。本気で。間違いない、怒らせたらマズイ敵ナンバーワン。これは、地雷を踏んだな?
 真っ赤な猫が宙返り。怒ったエリュシオンは本当に強いよ? それこそ、超大型獣のみんなで掛かっても勝てない。それは何故か。
 手加減をしないんだ。本当に本気で掛かる。のに、無駄がない。あと、単純に。怒りって、炎みたいなものだから。炎使いのエリュには一番相性がいいのかもしれない。
 遠くに居ても暑い。いや、熱い。その証拠に、地面に生えている草がどんどん枯れていく。パチパチと火花が散る。此処はエリュシオンの世界。


 エリュシオンとヴァランチは温度を使う。だから、相手の動きは温度でも感知出来る。透明化したって分かる。逃げようがない。
 山みたいに大きなエリュシオンにとって、人間なんて、ちっぽけなものに過ぎないから。逃げ回っても、捕まるに決まってる。
 いつもの姿じゃ、ただの獣人族べスティエか、召喚を見たなら猫型悪魔にしか見えない。こんなの聞いてない、って言われても仕方ないだろう。ま、関係ないけど。
 でも、フードの人も、そんなに弱くなかった。エリュシオンの動きを見て上手く逃げ回る。でもね。


「くっ!」


 捕まっちゃった。


 エリュシオンはその人を捕まえたままエリュに戻る。エリュを中心に、周りが火柱で囲われてる。
 フードの人を転がして、片足を乗せている。こんな表情、見たことあったっけ。エリュは酷く冷たい瞳を向ける。


「リーナ様に逆らうにゃんて、早いんだよ。あたしも倒せやしないのに、大口叩いて……、どんな気持ち?」
「……」
「悪いけど、気が済まないから、殺させて貰おう。じゃ」


 掌を向ける。瞬く間に炎に包まれていった。エリュはふらふらと私のもとまで歩いて来て、座りこむと、力ない笑みを向ける。


「ちょっと力、使い過ぎちゃったみたいにゃ。……殺すつもり、にゃかったんだけど」
(エリュ……?)
「あたしの悪い癖。カッとにゃっちゃうと、にゃんにも考えられにゃくなる」
(えっ?)
「んにゃ、あたしは帰らせてもらうにゃ!」


 そういうから、仕方なく私はエリュを帰した。なんだか、凄く疲れた。と、丁度レアが戻って来たところだった。


「先ほど、ラザール様から。もう今日は帰るとのことです」
(そっか、わかった)
「では、案内しますから、此方へ」






「リーナ、どうだった?」
「凄く疲れちゃった」
「お疲れさま。なんか眠そうだなって思ったら。魔力使い過ぎちゃったんじゃない?」
「多分……。こんなに魔力使ったの、初めてかも」


 レアとネージュを全開放、ミアは常にバリア魔法の上に、私は結構な量レアに接続して、エリュ召喚して本気で魔法使わせて、リアの『斬首ノ刑』まで使っちゃったんだ。
 馬車に揺られながら王城に向かう。みんなと状況について話し合い、それぞれ褒め合っているうちに到着した。誰も大きな怪我をしてなくて良かったな。
 女王様の計らいで少しだけ眠らせてもらう事になった。話し合いはその後で。このままやっても多分、まともな話し合いは出来なかっただろうから。


「で、ですが。一応獣人族べスティエ国と人間族ニヒツ国に状況だけ説明しておきました」


 でも、小人族クライン国と巨人族グロース国に攻められているから、援軍は厳しいらしい。
 昨日の空襲で兵の数も少ないし、少し厳しいな。今日のフードの人くらいの強さの人ばかり来たら、それこそ。
 うーん、これは、必殺技の準備もしておいた方がいいのかもしれない。


「え……。使う?」
「その方が早く終わると思うけど。でも、失敗したら死ぬわ」
「そ、それは言い過ぎだよ、ユリアちゃん。でも、まあ」


 それでも、いざという時に備えて準備をしておくは良いかもしれない。『斬首ノ刑』だって、使うつもりはなかったし、このレベルの魔法を使ったってことは、必殺技も必要になってくるかもしれない。
 ……って、あ! 朱色の武術、鎖鎌、使ったじゃん! あれ、必殺技なんだけどな。そっか、もう使ってるってことは、絶対使うね。
 空気は重いまま。黒魔族シュヴァルツが、思っていた以上に強いのだ。負けそうな気すらしてしまうのだから、不安にもなる。
 みんなが口を閉ざしてしまうと、余計に。慌ててミレが口を開く。


「と、とにかく、必殺技、準備しとこ?」
「そう、ね」
「では、今日はこれくらいにしましょう。明日に備えて、ゆっくり休んで下さい」


 明日、か。何時まで、続くんだろう……。

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