赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第40話  レア

 私は部屋で考え込んでいた。隣には、ラザールお兄様が座っている。
 暫く迷っていたけれど……。覚悟を決めて、ラザールお兄様を見る。


「やって、みよう、かな」
「本当?!」
「頑張って、みます」


 私はそっと目を閉じた。乱れた息を整えようと、数回深呼吸。そして、震える手を強く握りしめた。それでも、ドクドクと大きな音を立てる心臓の音が恐怖を煽る。
 大丈夫、恐くない。大丈夫……。


「大丈夫……。召喚、やってみます」
「うん」


 ティアが死んで以来。召喚魔法をほぼ使わない様にしていた。あれ以来、使ったといえば、一度だけミアを呼んだくらい。けれど、いつまでもそうしている訳にはいかない。私は召喚魔術師サマナーなのだから。
 そういう事で、新しい子を呼んでみる事にした。つまりはきっかけ作りだ。魔法を使えるように戻す為の。
 私が立ちあがると、しゅるりと魔力の波動が生まれた。私の全身が魔力で覆われている証拠。まわりの空気をぶつかって音を立てる。
 一度小さく息を吸うと、キュッと目を瞑り、魔力を集結させる。
 目を開くと同時に今まで通り、召喚魔法を使う時の動かし方をする。呪文を使わない私特有みたい。魔力の動かし方で魔法を覚えている。
 すぐに、魔力を集めたところが光り出す。ミアの時は緑。ティアの時は桃。ネージュの時は白。今度は……。


(……、紫)


 どんな子が出てくるだろうか。成功した時の感覚の中、そんな事を思う。


 パッと光が弾け、召喚された少女が姿を現す。
 濡れたように艶やかな黒い髪。陶器のように白く、透明感のある肌。豊満な胸は半分ほどしか隠れておらず、スカートの裾も短い。それも、だいぶ変わった服を着ている。開かれた目は、切れ長で、綺麗な黒い瞳をしている。相当レベルが高い美人さん。色々と。
 少し宙に浮いていた少女は、左足を曲げて、右足を地面につけ、その後、ゆっくりと左足を下ろす。俯き気味だった顔をまっすぐ前に向けて。少女は、真っ直ぐに私を見つめる。


「初めまして、ご主人様。私、レアと申します」
「レア……。よろしく」


 にしても、黒髪に黒目。変わっている。黒い髪も、黒い瞳も珍しいというのに、両方。黒魔族シュヴァルツは暗い色の髪や瞳の人が多いらしいけれど、それでも真っ黒と言うのは珍しいらしい。しかも、造り物かと思ってしまうほど美しいのだから、本当に初めて見た。


「あの、その服」
「ああ、和服は見慣れないですよね」
「ワフク」


 どうも、布を羽織って、太く固い布である『帯』で止める、という形になっているらしい。
 帯の後ろには大きなリボンがある。丈は、本来なら足首くらいまであるそうだけど、これは膝よりずっと上までしかない。肩は出ていて、少し下からアームカバーで覆われている。


「ちょっとアレンジを加えてますけれどね。動きやすい様にしています」
「へえ……。あ。悪魔の、服って」
「部屋と一緒ですね。イメージすれば変わるというか。でも、思い通りの服を出すのは難しいです」
「そう、なんだ」


 と言う事は、ミアは相当上手いのかもしれない。白と桃色のいつものロリータ服だけでなく、ネグリジェやドレス、偶には制服を真似てみる事すらあった。そういえば、部屋の扱いも上手いらしいし、そういう魔法が得意なのかも。
 で、次にレアの魔法について。


「私が使うのは、そうですね、変わった魔法、でしょうか」
「え?」
暗殺者アサシンに似ていますが、少し違うような。例えば……」


 レアが得意なのは、変装系、心理系、侵入系、錬金系の魔法、それから呪術らしい。
 変装系は、その名の通り。見た目や声を変える魔法だ。ただし、しぐさや言葉は自分で真似をしないといけないので、割とそちらの技術が必要らしい。
 心理系は、人の心理を動かす魔法。情報収集に使えるとか。
 侵入系は、身体能力を上げる様なものと、少しの間だけ壁をすり抜けられるようにするものとあるらしい。
 錬金はそのまま、薬の類を作るのが得意らしい。
 とにかく、彼女は情報収集や、錯乱を得意とした悪魔みたいだ。


「まあ、見てみた方が早いと思います。なので、一度使ってみてください」
暗殺者アサシンとの違いは?」


 ラザールお兄様が問う。確かに、ベルさんに似たり寄ったりな気がする。


「ん、そうですね……。私達は、魔法を多用するんです」


 確かに、暗殺者アサシンは魔法よりも、身体能力、自らの力で侵入し、殺す事を得意としているように思う。例えばベルさんは、壁を登るのも、戦いも、全て魔法には頼らず、とにかく自分の力だけで進む。
 なるほど、それなら違いが分かる。どっちが凄いのかは……、分からないけれど。


「なるほどね……。リーナちゃん、この子、凄いね」
「そう言って貰えるなんて……。恐縮です」
「あとで、一緒に外、行こうね」
「はい」
「あっ、じゃあ、午後行かない? 暇なんだ」






 変わった形をした剣『カタナ』と言う武器を、レアは静かに鞘に戻す。武術も相当出来るみたいだ。レアが動くたびに舞う黒髪が美しい。
 森の中に入る前、魔法の類を少し見せて貰った。
 変装は、此処に来る前、少し会話をしただけのアンジェラの真似をしてみせた。侵入では、ゲートの様な物を作り、壁をすり抜けるという技を見せてくれた。また、呪術として、錯覚を見せる魔法を使ってみてくれた。
 その後に美しい剣術。万能なのかと思ってしまった。


「私が苦手なもの……。そうですね、予想外の動きをするものですとか、あと、操れないもの」
「操れない?」
「はい。そういう耐性を持っているとか、そういう場合です」
「ん? 操るって、何でも出来るの?」
「そうですね……。感情を操ることと、それから、能力の使用を操ったりですとか……」


 ラザールお兄様が何かを思いついたようにニヤッと笑う。レアの言葉を遮った。


「ってことは、ミネルヴァの特性も、押さえられるのかな?」
「特性。どんなものですか?」
「夢魔の血が入っているから、異性を惑わしちゃうんだ。常に発動。オフがない」
「そう、ですね……。鍛えてあげれば、自由にオンオフできるようになるかもしれません」


 私とラザールお兄様は、同時に声を上げた。鍛える? それって・・。


「「克服、出来るって、事?」」
「た、多分、ですけれど」


 今度こそ、良い相手を見つける事が出来るようになるかもしれない。
 その時、レアの表情が急に変わる。キュッと唇を結ぶと、剣を引き抜き、小さな声で呪文を唱える。どうやら、また魔物を見つけたみたいだ。魔法により、五官の感度を最大まで引き上げてあるレアは、魔物を見つけるのが早い。
 動きに乱れは一切ない。無駄な動きも無い。殺気も感じられない。少しも気持ちを揺らさず魔物を倒す。こういった事が出来る人って、実は結構少ない。
 と言うのも。誰だって、攻撃すると言うのは殺す為に行うのだから、少しは殺気が外に出る物。ラザールお兄様だって、静かに攻撃しているように見えて、実は結構殺気を外に出てる。
 でも、そのせいで攻撃する前に相手に気付かれてしまう事もある。だから、出来るだけ努力をするのだけれど、完全に消す事は素質がないと難しい。


「もしかしたら、ミネルヴァ、上手くいくかも」
「試してみる価値は、あります、ね」
「うん……。やってみよう」


 二人は、顔を見合わせてそっと笑った。
 ずっと気にしていた事が、ついに、何とかなるかもしれないんだから……! 






「え?! そんな事が出来るんですか?」
「絶対、とは言えません。もしかしたら、と、思って下さい」
「で、でも……。直せるん、ですか?」
「抑える、と言った感じでしょうか。もしくは、自分の意思で制御すると言う感じでしょう」


 ミネルヴァさんは、パッと顔を輝かせた。レアの手を取って頭を下げる。


「お願い! 私を助けて」






 その日から、二人は練習を始めた。
 まず、ずっと解放したままの特性を、自分で感じられるようにする事。


「能力が解放されている『感覚』が分からなくては、どうする事も出来ません」
「どうすれば、良いんですか?」
「ミネルヴァさん、あなたは今、能力が解放されています」
「えっ?」
「あなたは今、能力を解放した状態です。それを感じられるようにしましょう」


 解放されている感覚が分かれば、あとはそれを操れる様にするだけ。
 レアの独特のやり方で、少しずつ鍛えて。一ヵ月後。


「どうしよう……。終わらなかった」
「ごめんなさい、レアの言った通りに出来なくて……」
「い、いいえ、違いますよ。もっと、分かりやすい説明が出来ればよかったのですが」


 次のパーティーは二日後。けれど、ミネルヴァさんはまだ、完全にオンオフできるようにはなっていない。
 その次のパーティはもう一カ月あとになる。見送ってしまうと、習得しても、長い間待たなくちゃいけない。


「それは嫌……。今回、行きたい」
「出来れば今回、出来るようになっていて、大丈夫だった、と自信を付けた方が良かったのです」
「でもね」


 中途半端で行っても、多分、駄目だろう。寧ろ、もっと自信をなくすかもしれない。
 ミネルヴァさんは口を結ぶ。分かっているんだろう。今回のパーティーに行っても、また、失敗すると。
 でも、このパーティーを目標に今まで頑張ってきた。もう一回あとは、嫌なんだろう……。


「分かりました。ミネルヴァ様、これを」
「? これは?」
「こういう事になるかもしれないと、作っておいた御守りです」
「えっ?!」
「まずは、自分の力で。どうしても駄目だと思ったら、これに、魔力を注いで下さい」
「……。わかった。私、行くわ」


 ミネルヴァさんはキュッと口を結ぶと、真面目な顔をして頷く。大丈夫だと良いな。今まで、一生懸命頑張ってきたんだもん。報われて欲しいな……。

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