赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第28話  ベル

「リーナちゃん、ちょっと良いかな」
「あ、はい」


 学校で声を掛けてきたのはベルさんだった。
 一緒に昼食を食べようと言うので、ラザールお兄様に言ってから後を付いていく。
 ベルさんは購買で買ってきたというパンの袋を振りながら、校舎を出て、木の下のベンチに座る。


「あたし、いつも此処に居るの。あたしの場所なんだ」
「へえ」
「さて、じゃあちょっと喋りしながら食べよっか」


 最初は何でもない事を話していて、次第にパーティの事に話題が移ると、ベルさんはちょっとためらいながら言う。
 ベルさんは私達のパーティに入りたいのだそう。だけど、何となく恥ずかしくて言えなかったとか。
 で、ユリアをパーティに入れたと聞き、私にお願いしてみようと思ったらしい。


「えっと、分かりました。私でよければ」
「うん、よろしくね!」






「え、あ、そうなんだ。良いんじゃない、歓迎するよ」
「なら、よかった、です」
「そっか、ベル姉も入りたかったんだね。気づいてなかったや」


 べル姉、という呼び方に、少し違和感を覚える。ラザールお兄様、あんまり、こんな風な呼び方をしたりはしない人だし……。
 なんだか気になって、それとなく訊いてみると、小さく笑って言う。


「ああ、そうか。べル姉、僕を助けてくれた事が合ってね。それから、なんとなく?」
「え?」
「べル姉、凄く強いうえ、気配消せるからね。なんでだったか忘れちゃったけど」


 私はそっと唇を噛む。ラザールお兄様の周りには沢山の女の子が居るけれど、みんなの事、どう思ってるのかな。
 一体、どうしたら、この気持ちに気付いて貰える? まず、ラザールお兄様は、私の事を、見てくれるの?






 と言う事を部屋で使い魔たちに話してみたら、何故か笑われてしまった。


「馬鹿。見て貰えるに決まってるじゃないですか」
(ば、馬鹿……。主人に向かって、馬鹿……)
「そりゃね、ラザール様に見て貰えない? あり得ない」
(で、でも……)
「にしても、やっと気付きましたねぇ」
「ほんと。いつ気付くんだろって思ってた」


 気付いてなかった訳じゃないよ。信じられなかっただけ。ううん、そうじゃない、信じたくなかったの。
 だって、全部壊れちゃったら、嫌だったから。そういう風に思っても、全部嘘だって封じ込めてきた。
 でも、もう、本当に分かったから。この気持ちの事。そうしたら、伝えないで放っておくなんて無理。
 でも、ラザールお兄様、私の事、どう思ってるのかな。怖い。どう思われるか、分からない。
 それに、許嫁も居るし。それも王女様ときてる。流石に、私情で放棄は、出来ないよね。
 ところで、許嫁って、いつ結婚するの?


「え? そんなところから? そりゃ、成人したら。十八歳だよ」
(そ、そんなにすぐ……?)
「何言ってるんですか、まだあるじゃないですか」


 あと四年。もうそれしかないって思うか、まだそれだけあるって思うか。……どっちも、って感じ。
 四年で伝える事って、出来るかな? 自信がない。上手く伝えられる自信も無いし、まず、覚悟を決められる? 無理。


 私とラザールお兄様は、兄妹だ。
 ラザールお兄様には、許嫁が居る。
 そもそも、私なんかで良いの?


「だーかーらっ! そんな風に考えちゃダメなの! いい? 絶対、ぜったい、大丈夫!」
(う、うん)
「では、もう心配は要りません。ゆっくり伝えましょうね」
(うん……)






「ありがとう! 楽しみだなぁ」
「そう言ってくれると、嬉しいです」
「これから、一緒によろしくね」


 ベルさんはパッと顔を輝かせた。喜んでくれるなら、私も嬉しい。でも、ラザールお兄様と一緒に居る時間が長くなっちゃうな。少し嫌。
 とはいえ、ベルさんはそんなこと思っても居ないみたいだし、疲れちゃうから、余計な心配はしない方が良いね。


「あ、もうこんな時間。あたし補習あるからこれで。じゃあ」
「はい」
「リーナちゃん、帰ろう?」
「はい」


 そっとラザールお兄様の顔を除いては、視線を外す。見たいような、見たくないような気がする。
 でも、同じ空間に居れるってこと、しかも二人きりってこと。それだけでも幸せ。
 でも、嬉しいのと同時に、ちょっと居心地が悪いような、妙な感覚に襲われて、こうやってちらちらを視線を動かす事になってる。


「どうかした?」
「いえ」
「そう」


 こんなんじゃ、会話も弾むはずがない。ラザールお兄様の小さな動き一つ一つが気になる。反応してしまう。
 でも、これでも、私が、ラザールお兄様の事、どう思ってるのか、よく分かる
 だって……。このままこっちに来て、抱き締めてくれたら、もう、何よりも嬉しい。そんな風に考えちゃうのって、ね。
 まあ、それは叶わない事、充分過ぎるくらい分かっているけれど。






「ベルは、凄く頭が良いんだよ」
「へえ」
「首席は間違いないし、そのうえ強いんだもん、凄いよね」


 ミレが楽しそうにそう言う。前に、あとで教える、と言った事を覚えてくれていたみたい。教室まで一緒に昼食を食べよう、と迎えに来てくれた。
 ユリアとラザールお兄様も一緒で人数が多くなっちゃったから、校庭に出る事にした。
 風は少し冷たいけど、この前、ベルさんの特等席に行った時よりはましか。あそこ、日陰だったから、すっごく寒かった。


ただ、ちょっと人見知りがあるんだ。まあ、大丈夫だけど」
「人見知り」
「そう。そんな風には見えないでしょ?」
「はい」
「でも、仲のいい子じゃないと、本当に喋れない。後輩は平気らしいけど」


 そう、なんだ……。私に対するベルさんは凄く明るかったから、普段からあんな感じなのかと思ってた。実は、クラスでは目立たない方だとか。いや、偶におかしなことやらかして目立つらしいけど。
 でも、ミレ、本当にベルさんの事が好きなんだろうな。凄く幸せそうに話しているミレを見ながら、ふと、私にはそう言う人がいるかな、と思い、俯いた。






 想像通りと言うか、ベルさんはとにかく強かった。
 瞬間移動をしたかのような動き方。だって、ほんと唐突に現れるんだもん。びっくりした。


「ラザールくん、だいぶ強くなったじゃん」
「べル姉こそ、何時ぞやリーチが短くて、と泣いていた時とは違いますね」
「なっ?! あんなの昔のことだって。リーチが短いなら、近づけばいい」


 ニヤッと笑みをを浮かべ、ベルさんは地面をトンと蹴る。
 視界から消え去ったベルさんを探してきょろきょろとしていると、枝の上から、魔物に向かって一直線。軽く短剣を振ると、刺さったままだった魔物はどこかに吹き飛んで行った。
 速く、軽やかで、それでいて力強い。ミレに似てる。
 でも、これが特待生の実力なんだ……。くるっと回りながら、飛びかかってきた魔物を蹴飛ばす。


「ふぅ、この辺りにも結構強い魔物居るんだね、あたし、知らなかった」
「べル姉は、いつも何処まで行くんです?」
「何処までも、ってね!」


 さっきと同じように笑みを浮かべると、軽くステップを踏んでまた次々と魔物を倒していく。
 喋りながらで余裕がある様に見えるけど、実際、此処に居る魔物は凄く強い魔物ばかり。私じゃ本気で掛かっても倒せないな。ネージュの召喚は必須。
 短い黒のワンピに、肩近くまである大きな肘当て、首に巻かれた長いスカーフが風に棚引いている。右手には本当に小さな短剣。でも、殴ったり、蹴ったり、武器なしでの攻撃が多い。


「わっ!」


 ベルさんの体が揺れる。丁度、着地点に石があって、バランスを崩したから。
 すると、ベルさんを挟むように二つの影が動く。


「べル姉、大丈夫?」
「もう、なんでそうドジかな」
「ごめんね、ラザールお兄様くん、ミレ。……あぁっ、ヒヤってしたぁ」


 二人は体勢を崩したベルさんに攻撃をしようとしていた魔物を全て薙ぎ払う。もちろん、ベルさんの背中に手を回して支えるのも忘れずに。
 苦笑いを浮かべたベルさんは、小さく息を吸って、また攻撃を開始。
 それをずっと、アンジェラさんとユリアと眺めている。
 というのも、私は倒せないだろうからもちろん戦わないし、ユリアの魔法というのは、接近戦は仲間を巻き込む事が多いので禁止され、アンジェラさんはさっき剣が刃毀れしたので一時中断。手入れを行っていたところだった。終わったは良いけど、どうも入れそうにないから、此処で一緒に見てる。


「良く見ていましたね、今」
「かっこいい」
「もうちょっと広ければ私も戦えるのだけれど」


 ラザールお兄様と一緒に楽しそうに戦ってるベルさんとミレを見て、胸がキュッと痛くなる。
 唇を噛んで俯く。だって、私は召喚魔術師サマナーだから。あの中に入れる事は、まずない。
 一緒に、戦ってみたいよ。あんな風に、一緒に笑いたい。でも、私には出来ない。みんなは、私の手の届かない所に居るの。


(私だって……)


 ラザールお兄様の事、好きなのに。

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