赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第20話  到着

「着いたよー、リーナっ!」
「ん……」
「もうみんな降りちゃったよ?」


 ペチペチと頬を叩かれる。目を擦りながら顔を上げる。いつのまにか寝ちゃってたんだ。
 口元を手で隠して欠伸をする。ちょっと眠い。ぼんやりとユリアの顔が見えた。今起こしたの、ユリアか。
 出発してから約一日。次の日の昼頃に着くってことは、相当な速さで此処まで来たんだね。
 ちょっと談笑した後、ボタンを押すと階段が出現し、ずっと下の方まで行ける事が発覚して行ってみると、凄く広くて、部屋がいっぱいあって……。此処はある奥の方の部屋。もう荷物はみな降ろしてくれたみたいで、私はユリアと一緒に階段を上がる。


「あ、リーナちゃん、おはよう、こっち!」
「ほら、早く行こう!」


 遠くでラザールお兄様たちの姿が見える。もう此処から出て、陸の上に居たみたい。
 私の足の事を知ってるユリアが手を握って注意してくれながら、一緒に階段を下り、今、獣人族べスティエ王国に到着。
 手を後ろにして伸びをすると、空気がだいぶ白魔族ヴァイス王国と違う事に気が付いた。
 同じアレスヴェルトの中なのに、国によって此処まで空気が違うんだ……。あれかな、種族によって纏う魔力が違うからかな?


(……あれ?)


 ふと、みんなの胸に、私が付けているのと同じような石のペンダントがある事に気が付き、私はラザールお兄様を見る。
 その視線に気が付くと、ラザールお兄様は近くに来るよう手招きする。手の中にはペンダントトップ。チェーンに新しいトップを付けてくれた。
 これで、獣人族べスティエ語に翻訳してくれるようになったんだね。色がちょっとオレンジっぽいから区別できる。
 それから、私の髪をちょっとだけ持ちあげて、耳にイアリングを付ける。風が通ってスゥッとする。このイアリングが、獣人族べスティエ語を白魔族ヴァイス語にしてくれる。
 でも……。その仕草、いちいちドキドキしてしまう私が居る。


「さ、王城に急ごう。真っ暗の中歩くのは、女の子ばかりだから嫌だよ」
「すみません、グリフィン様でいらっしゃいますか?」
「あ、はい、そうです。王様からの?」
「ええ。馬車の用意が出来ておりますので、此方へどうぞ」


 馬車はあまりにも大きかった。これならみんな乗れそう。
 王女様は私達が王城に泊まれるように手配してくれているらしい。人数は『(護衛も含めて)だいたい五人くらい)』と伝えてあるって言ってたから、心配ない。
 王城っていっても、きっと白魔族ヴァイスの王城とはだいぶ違うだろうなぁ。一体どんな感じだろう。そんな事を想像しているうちに、馬車はどんどん進んで行き、夕焼けが見え始める頃、王城に到達した。


「此処の王様はどんな方なのかしら?」


 ユリアの問いにラザールお兄様が答える。


「ええと、確か、獅子だったはず」
「はい。王はとっても立派な方ですよ」


 王の使いとして一緒に此処まで来た獣人族べスティエの男の人がそう言う。獣人族べスティエ王国の人々は、本当に王の事が好きらしい。と言う事は、凄く優しい人、とか?
 一体どんな人なんだろう? 私は白魔族ヴァイスのフランセット王女様しか知らないからなぁ。しかも王女様しか知らないし。
 すぐに謁見の間に着いた。白魔族ヴァイスとあんまり違うから、唖然としてしまった。
 道に敷かれた真っ赤なカーペット。金色の装飾。豪華絢爛、と言った印象を受ける。一面雪に覆われたような、神秘的な印象を受ける白魔族ヴァイスとは正反対だ。
 けど、すぐに理由が分かった。
 白魔族ヴァイス王国の王族はみんな、神の血を引く神聖な存在。神同然の存在とされている。その為、無闇に飾り立てるのではなく、敢えて白で統一。色がない分、神の存在が引き立つということなのだろう。


「ラザール殿のみが来るのだとばかり思っていたが……」
「フランセット王女は『グリフィンが向かう』と伝えているようですが」
「ああ、だから、ラザール・グリフィン殿が来るのだと……」
「いえ……。グリフィンと言うのは、私のパーティの事です。ですから、パーティとともに参りました」
「本当に、あの娘は賢いな」


 そう言ってから、玉座に近づき跪くと、顔を上げて微笑む。


「お久しぶりです、オズボーン王。お変わりのないようで」
「前に会った時、お主はまだ五歳だっただろう? 覚えてるはずもないと思うがな」
「ええ。ですが、話には聞いておりました。その侍女メイドが一緒に来ていますから」


 急な展開に、どうしていいのか分からず隣を見てみると、みんな同じように困った表情をしているから、ちょっと安心。いや、それじゃ駄目だけど。
 獣人族べスティエ王の言葉でラザールお兄様は立ちあがると、一人一人の紹介を始める。


「彼女はアンジェラ。グリフィン家の侍女長ハウスキーパーを行っております」
「彼女はミレ・エージー。白魔族ヴァイスで有名な冒険家の家の娘です」
「彼女はユリア・ローズ。有名な貴族の家の娘です。貴族ではありますが、魔法が得意な家系です」
「彼女はリーナ。姓は、場合によって変えていますが、そうですね、リーナ・グリフィンとしておきましょうか? 私の妹として連れて来ていますから」


 どう反応すればいいのが一番良いのか分からず、ラザールお兄様をちらっと見てみると、「まかせて」とペンダントを通さずに囁いてくれた。取り敢えず、何もしないのが一番かな? 余計な事はしない方が良いよね。


「随分女の子ばかりだな」
「すみません、流れで」
「まあ、そんな事は良いのだが、この少女が、お主が拾ったと言う」
「はい、リーナです」
「確かに、似ている、な」


 見定められるような視線に、ドキッとして思わず目を逸らす。失礼だとは思うんだけど、じっくりみられるのは慣れてなくって怖いんだ。怖がってますって目で見ても仕方ないし。
 王様はふっと視線を外すと、ラザールお兄様の方に戻す。


「皆の物、長旅御苦労だったな。今日はゆっくり休んでくれ。部屋はその侍女メイドが案内する事になっている。また明日、此処で話そう」






「にしても、どうしたものかしら……」
「え?」
「だって、条約でしょ? 今まで外交をほとんどやって来なかったんだもの、知識があまりにも無さ過ぎるわ。親に出来る限り聞いては来たけれど、ほとんど分からなかった。どうなるかな」


 ユリア、口調がだんだん変ってく……。ちょっとおもしろい。けど、それはともかく。
 部屋は、ほんとはみんな一人部屋だったんだけど、私、一人は嫌だから、一つだけ二人部屋にして貰った。
 其処で問題が。誰が一緒に? と言う事なんだけどね。女性陣みんな私が、って言ったんだけど、どうしても譲りそうにないユリアに気圧されて降りた。だから、ユリアと一緒になった。
 もうお風呂も入り終わって、食事も終えたから、あとは寝るだけ。ユリアは髪を降ろしてる。お泊り会以来だ。
 あの時よりもちょっと伸びた、思ってたより長い髪がユリアの動きに合わせて小さく揺れる。隣に座って、私の手を握る。髪から良い香りが漂ってくる。


「やばい」
「え?」
「リーナと二人きりとか……。やばすぎ」
「え……?」
「やっぱ、ちょっと早すぎたかもしれない。我慢できるかな」
「嘘、だよね、ユリア?」
「だといいんだけどね……」


 そう言うユリアの頬は赤い。ちょっと息も乱れてる。待って、やばくない、これ……。
 ユリアは私の髪を弄りながらチラチラと視線を送っていく。ちょっと待ってよ……。こんなの聞いてない。
 吐息のような「あぁ」と言う声を漏らし、そのままベッドに飛び込んだ。


「無理だよぉ……。こんなに可愛いリーナを傷つけるなんて、穢すなんて、出来っこない。でも、それはそれで辛い」
「ユリア」
「私ね、前、彼女居た時あったんだけどね……。あの子、本気じゃない、ってね、私、だいぶ傷つけられた」
「えっ?!」
「酷いよね……。私、本当に嬉しかったんだよ。でも、本気じゃなかったんです、ごめんなさいとか。そりゃないよって」


 ユリアの瞳からぽろぽろと涙が零れる。待って、泣かないでよ、ユリア……。
 私、断れなくなっちゃうよ? 駄目だよ。それ以上、言わないで。


「でも、あの子ね、泣いてたの。後で。ほんとは、惹かれかけてたのかもしれない。なんだけどね、あの子、友達に、私の事、喋ったんだって」
「え、それが、どうして……?」
「あの子、長年思い続けてた人が居てね、その人に告白するんなら、早く振っちゃえって言われたって。どうせ本気じゃないんでしょって」
「嘘、酷い」
「こんな事に、二人とも傷つく事になるんなら、最初から付き合わなければよかった。だから、私……。リーナには、告白しないつもりなの」
「……え?」


 え、ちょっと待って、そんな落ち? もう、身構えちゃったよ。
 ユリアはベッドに来るよう手招きする。隣に入ると、ユリアに優しく頭を撫でられた。え?


「今日は、何にもしないから、安心してね。ついでに、怖くも無いよ。絶対一緒に居るから」
「……うん」
「おやすみ、リーナ」


 え、あ、寝るの、あ、うん……。
 なんか妙にあっさりしてるなぁ。でもまあ……。何にもしないでくれるんならいいや。


 おやすみ、ユリア。

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