赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第16話  それぞれの思い

「おおおっ? わかる!」
「「ええええっ?!」」


 ドロシアさんとノーラが同時に声を上げる。ユリアが問題をスラスラ解くなんて、初めて見たよ……。
 にしても、ちょっと、教える才能があったみたいだよ。素直に嬉しい。


「へええ……。こうやって解くんだ」
「ユ、ユリアが、ユリアじゃない」
「な、なによぉ……。私が問題解けちゃ悪い?」
「わ、悪くはないけど、なんか悔しい」
「ご、ごめんなさいっ!」


 頭を下げると、三人は顔を見合わせて、笑った。
 あぁ、なんか、いいな。友達といるって、こんなに良いんだ。初めての事だから……。凄く、嬉しくて。凄く、何か……。


「リ、リーナ……? なんで、泣いてるの……?」
「わ、悪い、私達が……」
「ち、違うよ、違う、違う……!」


 いけない、って思ったんだけど、止められなくって。ああ、でも、なんかこれも心地いい。
 久しぶりに、速記で答える事にした。


<ごめんね、私、こんな風に、友達と一緒に居るのは、初めてなの。なんだか、嬉しくって。私も、みんなと、一緒に居て、一人じゃないって……>


「リーナ……」


 みんなは、私の過去なんて、知らない。ラザールお兄様ですら知らないんだから。
 でも、其処は訊いて来なかった。黙って、それだけ読んで、笑ってくれた。
 ユリアに頭を撫でられて、ちょっとびっくりして顔を上げると、ギュッと抱きしめられた。


「ずーっと一緒だよ! リーナ!」
「ユ、ユリア……。私も、一緒!」
「ふふ、私が一緒に居るんだから、リーナが一緒に居るのは当然だよ?」
「え、あ……、そうだよね!」
「リっ……、あ……」


 あ……。私……。


「何だ、リーナ、笑えたんだ? あ、あれ、なんか、私……」
「も、もう、なんでユリアが泣くの?」
「分かんないよ! リーナのせいだよ、もう!」


 みんなのおかげ。本当に、本当に。
 あぁ、みんなと一緒に、ずっとずっと居られたら本当に嬉しいな。


 でも、この幸せな時間は、意外にも早く終わりを告げる事になるのだった。


 だけど、それは、もうちょっと後のお話。






「じゃあね、リーナっ!」
「うん、またね、ユリア、ノーラッ!」
「ああ、明後日、二人とも、勉強頑張れよ!」
「「うん!」」


 迎えに来てくれた馬車には、ラザールお兄様が乗っていた。上から私の手を引いてくれた。
 なんか、ほんのちょっと会ってなかっただけのはずなのに、随分久しぶりな気がして。それが、不思議で。私の中で、ラザールお兄様はこんなにも大きな存在なの?


「楽しかった?」
「はい!」
「! そっか、良かった」


 そういうと、そっと私の頭を撫でる。やっぱり、私は、此処が良い。
 ユリアは、なんとなく、私のお姉ちゃん、って感じがする。面倒見てくれるし(え、なんかおかしい)、守ってくれるし。大好きなお姉ちゃん。
 でも、ラザールお兄様は、違う。お兄ちゃんじゃない。私は、きっと……。
 考えると、胸が苦しくなって、でも、その感覚も嫌じゃない。よく分からないけど、今は、これで良い。










「ユリアお譲様」
「なによ」
「随分機嫌が宜しいですね」
「はっ? これの何処が……」


 言われて気が付いた。私、笑ってたのね……。
 初めて見た、リーナの笑顔。泣き笑いみたいな感じだけど、でも、可愛くて、リアナにそっくりで、でも違う。あんな可愛いあの子を見て、なんとも思わないはずがない。


 けれど、その感情の、行き場はない。
 あの子は可愛いけれど、私のものじゃない。


(ラザールがあの子を妹にした理由、よく分かるわ)


 可愛くて、守ってあげたくなるのに、何処か、人を寄せ付けない感じがある。
 あの子の過去に、何があったのか。私は知らない。でも……。あの子との一番良い立場は、きっと、恋人じゃない。守ってあげられるけど、でも少し遠い、あの距離が、一番良い。


(でも、私は……。姉妹で、居られるかしら?)


 きっと、それは無理だ。好きな人には、近づきたい。もっと近くへ、もっと一緒に。私、求めてしまう方だから。
 だったら、ラザールって結構我慢するタイプなのか、凄く奥手なのか、もしくは自分の感情に気付いてないのか……。


(ラザール、意外にああいう事に気付かないのよね……)


 気付いてないのかもしれない。


 あと、リーナも、自分の気持ちに気付いてない。
 いや、あの子はまだ、本当にそう思ってはいないんだろう。ラザールを見て、嬉そうな表情はしても、あれは、恋する乙女のそれじゃない。


(まあ、私の物にはならないのだけれどね……。悲しいけれど、仕方ないわ)


 リーナと一緒になっても……。きっと、あの子に我慢させてばかりになってしまう。だって、自分の気持ち、一切言わない子だから。
 いや、自分の気持ちに気付けない子なのかもしれない。一体、あの子の過去に何が?


(もうちょっとしたら……。探ってみても、良いかもしれないわね)










「ノーラお譲様」
「なんだ?」
「嫉妬、してますよね」
「……何故?」
「ユリアお譲とリーナお譲が一緒に居て。嫌なんじゃ、ないですか?」
「別に……」


 まさか、そんなわけはない。リーナは、私の友達だから……。
 いや、無理だ。ユリアは、私のものなんだ。私には、ユリアしかないない。他の所に、行かれたくない。
 でも、ユリアはそれに気付いていない。それに、リーナと関わるようになって、どんどん、変わっていって……。


「嫌だ」
「え?」
「私、嫌。ユリアは、私のもの……」
「……」


 ドロシアは、黙って部屋から出て行った。
 分かってる、リーナに当たったって、仕方がない。ユリアに執着し過ぎてる事は、分かってる。
 でも、悔しい。ユリアは、私の事を、恋愛対象としては見てくれていない。リーナの事、好きで仕方ないのに? なんで? なんで私じゃ駄目なんだ?


「なんで……」










「ご主人さま! なんで今まで呼んでくれなかったのー?」
(ごめんね、ノーラの家で勉強してたから)
「あら、そうなのですか。楽しかったですか?」
(うん)


 友達同士でお風呂入るのは、初めての経験。
 ユリアとノーラはよく一緒に入るそうだけど、私は初めてだから、ちょっと恥ずかしくって……。
 なのに二人に体を洗われるなんて……。どうしてああなったんだ……。
 なんかノーラに捕まえられて。ユリアが面白そうっていいながら混ざって来て。
 もう、わけわかんないよ……。


 あと、友達とおんなじベッドで寝るなんて初めて。ダブルのベッドを三人って、ちょっと狭いけど、でもまあ、私はそれくらいが良い。
 ほぼ二人の抱き枕になっちゃったけど。まあ良いか。


「なんか、色々あったようで……」
(でも、楽しかったよ。こういうの、嫌いじゃない)
「……。ふふ、良かったですね」


 今日は、機嫌が良いんだ。だから、特別だよ? 普段は多分、こんなに笑ったり、しないと思うんだ。






「ああー! やっと終わったぁ!」
「お疲れ、ユリア」
「どうだったんだ?」
「んー、リーナ。ノーラ。多分ね、今までよりはいい」
「そうか。良かった。じゃ、帰りの支度して」
「はいはい、分かってるわ。リーナ、じゃあね、またあした」
「うん」


 やっとテストが終わった。勉強は嫌いじゃないとは言っても、流石にちょっと疲れた。
 この前席替えをして、ラザールお兄様と真逆と言っていいほど席が離れてしまった。
 私は窓際から二列目、後ろから二番目の席。ラザールお兄様は廊下側の、一番前の席。
 あんまり、露骨に一緒に住んでると分からないようにしたいから、馬車までは別々で歩く事にしてる。前は隣の席だったから結構自然だったんだけどね。
 その代わり、斜め前のユリアとは結構よく喋れる。ユリアの一個前はノーラ。最近二人の機嫌が良いのはその御蔭でもあると思う。
 まあともかく、私は一人で階段を下りて、馬車へと向かう。
 私に声を掛けてくる人なんで居ないから、いつも通り、普通に下に到達する。


 今回のテストは、結構出来が良いと思う。絶対出来ない様な問題(Aクラスの一部の人のみが解ける様なの)も幾つか入ってるから、それも考えると、相当良いはず。
 結果出るの、楽しみだな。ラザールお兄様、褒めてくれるかな?
 テストの丸付けの関係だとかで、明日、明後日は休みになる。其処で、みんなと冒険に出る予定。今からもう楽しみ。


 なんか、こんな風にみんなと一緒に楽しく過ごせるのって、良いね。
 私はもう、独りぼっちじゃないんだ。


(だから……。『あの子』の事も、もう忘れよう)

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