Ten Little White Dolls

鏡田りりか

Ten Little White Dolls

 一人の少女が、扉の前で立ち尽くしていた。手の中には古びた鍵。半分だけ差し込んだ状態で止まっていた。
 青白い光を背に受けながら、彼女は、中から聞こえる小さな物音に耳を澄ませていた。中には誰もいないはずである。先月、住人は死亡した。
 異様ではあるが、引き受けた以上、放置するわけにはいかない。
 ゆっくりと鍵を引き抜き、後退りをする。一体、中で何が起こっているのだろうか。扉を開けるのを躊躇ってしまう。
 すると、その時。少女の瞳が大きく見開かれ。


 悲鳴が、冷たい夜空を切り裂いた。




















「ねえねえ、裏野ハイツって知ってる?」
「何それ。知らない」
「なんかね、駅の近くにあるハイツ」
「別に、そんなのあっても普通じゃないの?」
「そうなんだけど、そうじゃないの」


「あそこ、呪われてるんだって」


 少女たちの声を聞きつつ、ああ、また始まった、と思った。
 今、話に出ていた『裏野ハイツ』は、私の家のすぐそばにある。お隣さんみたいなものだ。


 私は幽谷ゆうこく麗依れい。あのハイツの隣にある家に一人で住んでいる大学三年生だ。


 あのハイツが呪われている、という話はよく出る。それは、濃い紫色の葉をもつ蔦植物が絡みついているせいかもしれないし、203号室に入居する人が、必ず一カ月以内に死んでしまうからかもしれない。
 確かに異様ではあるが、まあ、呪いなんて本当にあったら、ほかの住人がずっと住んでいられる理由がわからないし、そんなことはないと思う。


 現に、101号室の男性はいつもにこやかに挨拶をしてくれるし、201号室のお婆さんも、私のことを気にかけてくれる。
 あれで呪われているといわれても、私には信じがたいことだ。


 でも、この噂は定期的に広まり、大学でも私の耳に飛び込んでくることがある。が、いつの間にか噂は消え、気付くとまた生まれている。
 前に噂が立った時に知らなかった人を巻き込みつつ、徐々に大きくなっていくこの噂。
 家の周りが賑やかにならなければいいのだけれど。










「幽谷さん、おかえりなさい」
「妖崎さん、こんばんは」


 201号室のお婆さん、妖崎ふざき花夜かよさんだ。
 彼女はいつも私に挨拶をしてくれる。夕食を振舞ってくれる事もしばしばだ。


「幽谷さん、今日は時間ある?」
「ええ、この後の予定はありません」
「なら、うちへいらっしゃい。美味しい野菜を頂いてねぇ」
「そうなんですか。じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」










 物の殆どない部屋だ。妖崎さんは一人暮らしだ。これで十分らしい。
 チェストの上には子供の写真が飾ってある。年齢的には、孫、だろうか。そういえば、どこか妖崎さんに似ている。
 白いワンピースを着た、黒髪の少女。儚げに微笑む少女は、美少女といっても過言ではない。
 だけれど、妖崎さんに彼女のことを聞いても、何も教えてくれない。良く考えれば、家族が遊びに来たこともないはずだ。何か理由があるのだろうか。そう思って、深くは聞かないことにしている。


 二人で他愛もないことを話しながら食べていると、ふと、真面目な顔をした妖崎さんが言う。


「幽谷さん、お願いがあるんだけれどねぇ」
「? なんでしょうか」


 私はにこやかに答える。いつもお世話になっている妖崎さんからのお願いだ、断るはずもない。
 彼女は表情を崩さず、私の瞳を見つめながら言う。


「203号室なんだけれどね」










 まさか、こんなことになるとは思っていなかった。


 私の右手の中には鍵が一つ。暗い廊下を、203号室に向かって歩いていた。
 お願いというのは、先月開いたばかりの203号室の様子を見に行くことだった。
 妖崎さんが大家から頼まれたのだが、何かわけあって出来ないので、代わりに行ってほしい、と。


 別に、それくらいなら、と思って引き受けたものの、あの部屋は何人もの死人を出している。それを思ったとたん、急に怖くなってしまって、今は本当に後悔している。


 が、もう仕方がない。引き受けた以上、やるしかないのだ。
 もうすぐ夏という季節。夜だというのに風は生暖かく、絡み付いてくるかのようだ。


 203号室に着いた。大丈夫、どうせ、ただの部屋だ。すべて偶然だ。
 深呼吸したのち、ゆっくりと、鍵穴に差し込もうとして。


 その手を止めた。


 私は中から聞こえる小さな物音に耳を澄ませる。一瞬、物音がした気がしたのだ。中には誰もいないはずだが……。
 ゆっくりと鍵を引き抜き、後退りをする。一体、中で何が起こっているのだろうか。扉を開けるのを躊躇ってしまう。
 いや、だが、引き受けた以上、後戻りはできない。鍵をしっかり握りしめ、扉に近づく。が。


 私は、思わず悲鳴を上げた。


 何かが、目の前を横切った。驚いて下がると、その拍子に鍵は手からするりと抜け、小さな音をたてて床に落ちた。
 その場に座り込み、横切った正体を探すと、すぐに見つかった。


「なに、猫か……」


 真っ黒な猫が、こちらを見ていた。安心するのもつかの間、猫は鍵を咥えると、そのまま走って行ってしまう。


「あ、ま、待って」


 慌てて追いかけるも、細い道を自由に抜けていく猫に追い付くのは容易ではなかった。
 暫く駆け回り、猫から鍵を奪い返した時には、自分が何処にいるのか分からなくなっていた。


「あれ……?」


 いくら駆け回ったといっても、そこまで家から離れたはずもない。しかし、立ち並ぶのは、見慣れない家ばかり。この道は来たことがなかったのだろうか。
 不思議に思いながらも歩いて行くと、すぐに見知った道に着いたため、特に気にしないことにした。


 ハイツに着き、鍵を開ける。カチリ、という音に、安堵する。これで開いていたらどうしようかと思ったものだ。
 ゆっくりと扉を開けると、中は真っ暗だった。生暖かい風に身震いする。なんとなく、気味の悪い風だ。
 電気が通っていないのだろう、スイッチを押しても着くことはない。うっかりしていた。何か、明かりを持ってくればよかった。
 良くは見えないが、とりあえず、不審な人物などは居そうにないので大丈夫だろう。これで鍵を返して……。


「えっ?」


 私は慌てて振り返る。やはり、音が聞こえた気がするのだが……。
 何か、足音ような音。とはいえ、鍵は閉まっていたし、人は間違いなくいない。なら、やはり、聞き間違いだろう。


 鍵を返して、今日は早く寝てしまおう。急いで部屋を出て、201号室へと足早に向かった。










 昔は、ごくごく普通のハイツだった。
 それが、私が引っ越してきた頃から次々に亡くなり、今までに九人亡くなっているのだとか。
 流石に気味が悪い。これではまるで、私が死神か何かのようだ。
 とはいえ、今まで身の回りで誰かが死ぬようなことが頻発したことはないし、無関係だと思いたい。


 例の、203号室を見に行った日の翌日。休日だ。
 どうやら、猫の騒ぎで鞄に付けていたストラップを落としてしまったらしい。
 それで、203号室の前まで来てみたのだけれど、ストラップは見つからない。まあ、少し気に入っていたけれど、そこまで高価なものでもない。諦めるか。


 そこで、ふと気がつく。202号室のことだ。物音はするし、誰か住んでいるんだろうけれど、肝心の住人の姿を見たことがないし、窓にも厚いカーテンがかかっていて中の様子はわからない。
 昨日の音は、202号室からのものだったのかもしれない。そんな事を思いながら通り過ぎようとして。


 足を止める。


 202号室の扉の前に、昨日の黒猫がいた。明かりのもとで良く見てみると、なんとも不気味な猫だ。目が赤く光っているし、爪も赤い。
 なんとなく目を離せなくて、暫く猫を見つめていたのだけれど、猫が立ち上がった時。私は自分の家の前まで後ろを振り向かずに走った。別に、何か理由があるわけではない。ただ、何故か危険な気がしただけだ。


 そういえば、あの猫といえば。昨日のあの道はどこなのだろう。今日は時間はたくさんある。探しに行ってみようか。
 レンガ造りの家が建ち並ぶ、この辺りとは全く違う、外国のような場所だった。
 目立つから、行けば絶対に分かるだろう。探しに行くことにした。


 しかし、いくら歩いても目的の場所にはつかない。


「おかしい、なぁ」
「なにがおかしいの?」


 その声に驚いて振り返ると、一人の少女が私のことを見ていた。
 真っ白な肌に、長い黒髪。純白のワンピースを見に纏っていて、何故か、この暑い中、白いマフラーを巻いていた。
 どこかで見たことがあるような気がしないでもないが、会ったことはない。


「え、いや……?」
「例えば、何処かを探しているとか。行ったことのある場所にたどりつかないとか」
「えっ」


 長い前髪が風に揺れる。露わになった大きな目。ゾクリとした。光が、感じられない。
 これは、まさか、初の心霊体験だったりするのだろうか。


「例えば、何かを追いかけて迷い込んだとか」
「ね、ねえ、ちょっと」
「例えば……、なに」


 目に光さえあれば、そこらのアイドルなんてなんでもないほどの美少女だろう。でも、その美しさが、ただただ怖い。良く考えれば、肌も白すぎるのでは? それに、白装束ともなれば。
 そもそも。何故、周りに人が誰もいない?
 人通りが少ない道というわけではない。それだというのに、今、此処には、私とこの少女しかいない。


「……だから、なに?」
「え、あ、いや……」
「貴女、名前は」


 いうべき、だろうか。はじめてあった、見知らぬ、しかも生きているかもわからない少女に、自分の名前を?
 だが、待つことに飽きた少女の機嫌は悪い。いつの間にか睨まれている。


「ゆっ、幽谷麗依! 幽谷麗依だよ」
「ふぅん、れいさんねぇ。私はこころ。心に、太陽の陽で、こころ」
心陽こころちゃん。いい名前だね」
「さあね。それより、結局、何してたの」


 忘れたわけじゃなかったのか。正直、この目で見られると怖いからやめてほしいんだけど。
 暫くじっと私を眺めていた少女は、不意に私から目を離し、小さくため息を吐くと、ぽつりと呟いた。


「……こっち」
「え?」


 少女は私の手首を掴むと、何処かへ向かって走り出した。
 ひやりと冷たい手。驚いたけれど、触れるということに安堵した。これなら、多分生きているんだろう。
 少女は何やら歌を口ずさみながら、路地裏を走り抜けていく。
 そして。気付けば。


「あ……。此処……」


 まさに、昨日来たあの道だった。一体、どうしてここが分かったのだろう。
 少女に声をかけようとし、視線を落とすと。


「あれ?」


 少女など、どこにもいなくて。辺りを見渡してみたけれど、人の姿はない。
 やっぱり、生きていなかったのか……? 触られちゃったけれど、大丈夫なのか?


「The little White dolls went out to dine」
「え?」


 さっきの少女の声だった。でも、なんだか変な感じがする。直接脳に届いているような、そんな感じなのだ。
 そもそも、こんなにはっきり聞こえるのに、近くに少女の姿はないのだ、何かがおかしい。


 そういえば、この曲、聞いたことがある。ええと、なんだったか……。
 しかし、歌の続きが歌われることはなかった。ヒントはこれ以上手に入らないのか。
 絶対に知っている歌なのだが。考えながら歩いていく。


 道沿いには、いくつかの家があるが、人は居ない。
 チャイムはついていない。家をノックしてみるが、返事はない。ドアノブを回してみると、開いているようだった。
 思い切って開けてみる。怒られるかもしれないが、このまま道を放浪するのは嫌だ。それに、どうせ来たのだし、何か、少しでも情報を手に入れて帰りたい。


 部屋には、誰もいなかった。ただ、大きな、一体の人形が転がっている。
 右手にスプーンを持った状態で倒れている。その時、ある歌が私の頭をよぎった。


「十人のインディアンの男の子、食事に出かけた。一人が咽喉を詰まらせて、残りは九人」


 なるほど、これか、さっきのメロディは。なら、もしかして。私は家を飛び出し、隣の家に入る。
 怖かった。が、気になった。私の予想が正しければ……!


「九人のインディアンの男の子、夜更かしをした。一人が朝寝坊をして 残りは八人」


 ベッドに入った状態の人形。やはり、そうか。それなら、さっきの歌の理由も分かる。
 ならば、次は。


 三軒目の家に飛び込む。飛行機に乗った人形が一体。


 四軒目には、斧を持った人形が一体。


 五軒目には、倒れた人形と、おもちゃの蜂が落ちている。


 六軒目には、証言台の上に立つ人形が一体。


 七軒目には、水着姿の人形が一体。


 八軒目には、熊の入った檻を見つめる人形が一体。


 九軒目には、サングラスを付けて椅子に座る人形が一体。


 そして、最後。一人のインディアンの男の子、一人になった……。


「……、あれ?」


 しかし。最後の家には、人形は居なかった。今までは全てあっていたのに。ここに来て、何故?
 なにか、間違っていたのだろうか。今までのは、全て偶然?


 というか、どうやって帰ればいいの? この前みたいに、適当に歩いて帰れるのかな……。
 家の外に出ると、黒いネコがいた。こちらをじっと見つめている。私も猫を見つめていると、猫は急に歩き出す。


 そういえば、この猫はあのハイツの近くでよく見る。それに、今朝は202号室の前に居たし、あそこに住んでいる人が飼っているのかもしれない。
 では、ついていけば、帰れるのではないだろうか。










 運よく家に帰ってこれた私は、心陽ちゃんのことが気になった。私の心を読んだかのようにあの場に連れていったし、目に覇気がなかった。それに、今更だけど、手が、氷みたいに冷たかった。この世の人じゃないような気しかしない。
 あの道も、行ってはいけなかったのかもしれない。幽霊街道、みたいな。私、大丈夫かな……。


 そういえば、ストラップはどこに行っちゃったんだろう。赤いビーズの目が埋め込まれた、黒猫のストラップ。
 え……? あれ、なにか、おかしい。凄く、違和感を感じた。なんでだ……?










 帰ってきてから、どうやら私は眠ってしまったらしい。いや、むしろ、そこから夢だったのだろうか。あの不思議な道に行ったのも、心陽ちゃんに会ったのも。
 何処から夢なのか、よくわからない。でも、あんな鮮明な夢があるのだろうか。


 とりあえず、夕食の買出しにでも行こうと思い、家を出ると、白いワンピースの少女がハイツの階段を登っていくところだった。なんとなく眺めていると、203号室の扉を開け、部屋に入って行った。
 そんなはずはない。あの部屋の鍵は、妖崎さんがもっているはず。なんであの子は、鍵を……?


 急いで階段を登り、203号室の扉を開けようとするが、鍵がかかっていて開かない。
 途方に暮れていると、201号室から妖崎さんが出てきた。私を見て、こちらに歩いてくる。


「どうかしたの? 幽谷さん」
「え、あ、いや……」


 すると、彼女は黙って私に鍵を差しだした。プレートに書いてある番号は、203。
 妖崎さんは黙って頷くと、家に戻ってしまった。私は鍵と扉を交互に見る。開けて……。大丈夫だろうか。さっきの女の子は、おそらく。
 好奇心には勝てない。鍵穴に、鍵を差し込み、ゆっくりと回す。


 強い風が吹いた。手で遮りながら前を見ると、カーテンが大きく揺れているのが見えた。
 窓が、開いている。そういえば、昨日来た時も開いていた。
 窓なんて、開けっぱなさない。あのとき、誰かがいたのか……?


 それよりも。何故。誰もいない? 間違いなく、少女が入って行ったのに。
 部屋に足を踏み入れる。昨日ほど暗くはないが、昨日のほうがまだ怖くなかったかもしれない。なんだか、変な感じがする。落ち着かないし、何か、怒りや、憎しみのような、負の感情を感じる。
 ふと視線を落とすと、気がついた。黒髪の人形が、うつ伏せの状態で置かれていることに。
 拾い上げようと手を伸ばすと。後ろから、物音がした。


「っ?! ね、猫……?」


 例の、黒猫だ。紅い瞳が不気味に光っている。
 一体、この猫は何なのだろう。あのストラップと、関係があるのだろうか。そして、この部屋とも。


「麗依さん」
「っ! こ、心陽ちゃん、いつの間に」
「あら? 私はずっと此処に居たんですよ?」


 そう言ってほほ笑む彼女の眼は、やっぱり生きている人のものとは思えない。
 黒髪が風で揺れる。しかし。あぁ、気付いてしまった。スカートが動かない。やっぱり、何かがおかしいんだ。


「簡単に誘われてくれて、助かりましたよ?」
「え?」


 大きな音に、私は思わず振り返る。開けておいたはずの扉が閉まっていて。この感じだと、簡単に開いてくれないだろう。
 罠だったのか。絶対私が来ると信じていたと。私なんかを呼び出して、一体、何をするつもりだろう。


「この部屋で人が死んだのは九回。全部知っていますか?」


 それは、もちろん。すべて、私が越してきてから起こったのだから。


 最初の人は、食事中に亡くなったと聞いた。
 二人目の人は、寝坊をしてデートに遅れ、彼女に殺されたと聞いた。
 三人目の人は、旅行の途中に、飛行機が墜落して死んだと聞いた。
 四人目の人は、木を切っている時に梯子が崩れ、チェーンソーによって死んだと聞いた。
 五人目の人は、通勤中に蜂に襲われて死んだと聞いた。
 六人目の人は、裁判の相手と喧嘩になり、夢中になって階段から落ちたと聞いた。
 七人目の人は、詐欺に騙されて自己破産、結局自殺したらしい。
 八人目の人は、動物園の檻から逃げ出した熊に殺されたと聞いた。
 九人目の人は、サウナで脱水症状で倒れ、そのまま死んだと聞いた。


「……、十人の白いお人形さん、食事に行った。一人がのどを詰まらせて、残りは九人」
「え?」
 少女は、くるりと後ろを向くと、綺麗な声で言い始める。


「九人の白いお人形さん、夜更かしをした。一人が寝坊して、残りは八人」
 白い人形は、ベッドの中。


「八人の白いお人形さん、旅行に行った。一人がそこに残って、残りは七人」
 白い人形は、飛行機の中。


「七人の白いお人形さん、まき割をした。一人が自分を割って、残りは六人」
 白い人形は、斧を持っていた。


「六人の白いお人形さん、蜂の巣で遊んだ。一人が刺されて、残りは五人」
 白い人形は、蜂のすぐそば。


「五人の白いお人形さん、訴訟を起こした。一人が裁判に行って、残りは四人」
 白い人形は、証言台の上。


「四人の白いお人形さん、海に行った。一人が燻製ニシンに飲まれて、残りは三人」
 白い人形は、水着姿。


「三人の白いお人形さん、動物園に行った。一人が熊に抱きしめられて、残りは二人」
 白い人形は、熊を見ていた。


「二人の白いお人形さん、日向に座った。一人が陽に焼かれ、残りは一人」
 白い人形は、日を浴びていた。


 やっぱり、家の中の人形たちはこの歌になぞらえてあったか。
 白いお人形。そういえば。あの人形は、白い肌に、黒い髪。六番目以外は、白いワンピースを纏っていた。
 ……、まさか。


「一人の白いお人形さん。寂しく過ごしてた。結婚して、そして誰もいなくなった」


 心陽ちゃんは後ろで手を組むと、振り返って言う。髪は大きく揺れるのに。大人しいスカート。
「残念でした。平和には終わらないの」


 にやりと笑みを浮かべる。黒かった瞳は紅く光り、長い髪は蠢く。
 何処からか、ヒグラシの鳴く声が聞こえてくる。煩いほどに響くその声。うまく息が吸えなくて、私は胸に手をあてる。


「そもそも、このお人形さんっていうのはね。ある女の子たちのことを差すの」


 美しい、十人の少女たちがいたらしい。
 彼女たちは仲が良く、いつも一緒に居た。しかし、一人、また一人と亡くなってしまった。


「最後の一人は、寂しくて。みんなを生き返らせたくて、ある呪いを生み出した。その身を犠牲にね」


 彼女は窓枠に腰掛ける。月影に照らされた彼女の体は、半透明。
 光に覆われた彼女は、女神のような美しさを持っている。だが、それに見とれるような余裕など最早ない。それに、瞳は笑っていないし、怒りを湛えている。


 そして、先ほど、彼女は『呪い』言った。となれば、噂は本当だったのか。嘘であってほしかった。


「方法は簡単。身代わりを作るの。でも。身代わりが、同じ方法で抜け出せちゃったのね」


 彼女は一枚の写真をこちらに投げる。何処かで見たことのある写真だ。白いワンピースを着た、黒髪少女の写真。
 あぁ、そうだ。妖崎さんの部屋で見たんだ。飾ってある、あの写真。


「この子が最初に呪いを作った子。名は、なんだっけ。花惟かいとかいったっけ」
「花惟……?」
「201号室の人の孫だっけ。ほかの子助けて、自分は死んじゃったっていう悲しい子」


 だから、教えてくれなかったのか。この子が一体誰なのか。
 それより……。白い肌に、黒く長い髪。それから、白いワンピース。心陽ちゃんと同じ。


「私は、呪いに捕えられた××番目の少女。この呪いにかかるとね、こんな姿になるらしいよ」
「は……?」


 そ、そんなはずはない。だって、それじゃあ……? 妖崎さんの年齢は幾つになってしまうの?
 ××番目。その異様な数字に、呆然としていると、彼女はけらけらと笑い声をあげる。


「びっくりするでしょー? 実は私、並行世界の貴女なの」


 この呪いに捕えられた少女は、次に捕える少女を含めて十人の身代わりを探さなくてはいけない。
 そして、身代わりをすべて集めた少女は、捕えられた時間に返される。


 並行世界のうちどれかの、あの家に越してきた少女が、捕えられる少女になる。心陽ちゃんも、もとは大学生で、あの家に越してきたのだとか。
 だから、私は何処かの世界から九人の身代わりと、私の家に引っ越してきた少女を捕えれば、元の世界に帰れるということだ。


 私が引っ越してきてから、今まで、三年。心陽ちゃんが三年で終わったなら、私もそう長くここに居ることはないはずだ。


「身代わり全員集めるのに、×××年もかかっちゃって、もう大変」
「……、え」
「あぁ、外の世界だと一応三年くらいなんだっけ。私の中では×××年なの」


 三年というのは、最初の少女が呪いを完成させるまでにかかった年数らしい。
 それまでに身代わりが見つからなければ、成果はそのまま引き継いでループ。
 成果を引き継ぐというのはつまり、一度殺した身代わりは、何もしなくても死ぬ、ということらしい。
 そうやって繰り返し、九人を殺せば、次に捕える少女に手を出せるようになるらしい。
 そして、あの猫は。手を出せるようになった、という合図らしい。捕えられている少女のために動いてくれるらしい。つまり、私を嵌めるため。


「気が狂いそうな日々だよ、ほんと。楽しみにしてて」


 そんなの、嫌だ。ドアノブを揺らすけれど、びくともしない。蹴破るには、少し強度が高すぎる。
 後ろから、笑い声が響く。いつの間にか窓枠から降りていた彼女は、私の肩を掴む。


「逃がさない。そしたら私、やり直しだもの。残念だねぇ。逃げるタイミング、たくさんあったのにね」
「い、嫌……」
「嫌も何もないよ。私だって嫌だったんだから」


 彼女は、私の首に手をかける。耳元で、声がする。


「ようこそ、地獄へ」




















 起き上がると、窓には分厚いカーテンが掛けられていた。
 壁伝いに歩き、電気を付ける。鏡を見て、絶句する。
 肌は記憶の中の自分よりも白くなっていた。髪もずっと長くて、さらさらとしている。着ているのは白いワンピース。顔は子供の時の私のそれだ。
 それから、マフラー。これは、首を絞められた痕である『痣』を隠すためのもの。


 扉が開き、妖崎さんが入ってきた。彼女は素早く扉を閉めると、私に笑みを向ける。


「幽谷さん、おはよう。あの家に住んでいた大学生『霊山かみやま 心陽こころ』さんは引っ越すらしいわよ」
「え、あ」
「新しく引っ越してきたのは、『狐島こしま出雲いずも』さんよ。写真をあげましょう」


 一枚の写真を投げられた。ボブヘアの、朗らかそうな女性だ。
 彼女は私に背を向けると、顔だけこちらを向き、紅い瞳を向ける。


「貴女は、何週目でクリアできるかしらね?」

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