3分で読める短編小説集

執筆用bot E-021番 

死者からのLINE

『お久しぶりです。お元気ですか?』



 オレは、その一文に悩まされていた。LINEの一文である。画面を開けているから、いちおう既読はついている。このまま既読スルーをするべきか。それとも、何か返事を書くべきなのか。



「どうかされましたか。お客さま?」



 ここはタクシーの中だ。
 運転手はビックリするほどの美女だ。



 黒い髪はショートカットにしている。肌は透き通るような白さだ。夜の陰りのせいか、青白くさえ見える。黒々としたマツゲが、目元を縁取っている。化粧っけはなくて、素朴な美しさがあった。ショートカットのおかげで、その飾り気のない清らかさが際立っている。



「あ、いや――」
「何か悩み事でもあるんでしょう?」



 よく話しかけてくる運転手だなと思った。相手が美人の女性なので、別に不愉快ではない。



「実はですね、LINEが来るんですよ」
 と、オレは正直に言った。



「詐欺ですか?」



 運転手の女性はバックミラーごしに、首をかしげた。そうすると女学生のように、若々しく見える。名札を確認する。日永ミコと書かれていた。




「詐欺じゃないです」
「迷惑メールみたいな?」
「いえ」
 と、オレは首を左右に振る。



 オレは後部座席にいる。首を振ったところでミコさんからは、見えていないかもしれない。逆にオレのほうからは、ミコさんのさらけ出された白いウナジが見えている。バックミラーに移るミコさんの顔が見える。



 ふふふ、とミコさんは妖しく笑った。



「じゃあ、登録したは良いけれど、ぜんぜん覚えてない相手からのLINEとかですか?」



「だったら、まだ良かったんですけど」
「愛人?」



「妻からのLINEです」



「あら。良いじゃありませんか。なぁんにも困ることなんて、ないじゃないですか」



 車が徐行する。
 赤信号だ。



「それがですね――。死んだ妻からなんですよね」



「お亡くなりになった奥さまからの、LINEですか?」



「ええ」



 妻のカヨは3ヶ月前に死んだ。交通事故だった。オレとカヨの2人でドライブをしていた。たまには2人でどこか遊びに行こうということになったのだ。



 水族館に行く予定だった。その行く道程でトラックに衝突した。運転していたのはオレだが、完全に相手方の不注意だった。



 赤信号で停まっていたところ、相手のトラックが激突してきたのだ。ショックはまだオレの中にあった。そのことをポツリポツリと、ミコさんに話した。初対面の運転手相手に言うことでもないように思うが、ミコさんは真摯に聞いてくれた。



「それは災難でしたね」
「ええ」
「その奥さまから、LINEが来たのですか?」



 怪訝に思われるだろうと思っていた。意外にもミコさんは興味津々といった様子だった。



「ええ」
 その文面が――。



『お久しぶりです。お元気ですか?』
 である。



 どう返せば良いのか、そもそも、この現象をどう受け止めれば良いのか。これは幽霊からのLINEと考えるべきなのか。



「ふつうに考えれば、イタズラでしょう」
 と、ミコさんは振り返って言った。



 赤信号で停まっているから、運転手が後ろを向いても平気だ。こうして真正面からミコさんの顔を見ると、ホントに美人だなと感じた。何故か、死んだ妻に申し訳ないようなヤマしさを感じた。



「イタズラ――ですか?」



「誰かが、奥さんのケータイを使ってるとかじゃないですか?」



「あぁ……」
 言われてみればその通りだ。



 誰が何のためにそんなことをしてるのかは謎だ。だが、幽霊からのLINEと考えるよりかは、イタズラのほうがまだ合点がいく。



 誰かが、かたっているのだ。



「奥さんのケータイはどうしたんですか?」
「えっと……」



 記憶があいまいだ。
 覚えていない。



 カヨが死んでからのショックが強すぎたせいだろう。記憶喪失というわけではないと思う。でも、ここ3ヶ月の記憶にはモヤがかかったような感覚だった。



 ミコさんは察してくれたようだ。



「すみません。厭なことを思い出させましたか?」



「いえ。でも、イタズラかもしれません。誰かが妻のケータイを使ってるのかもしれません」



 盗まれたのかもしれない。
 それはそれで気味が悪い。



「ところでそのLINE。いつ送られてきたんですか?」



「ついさっきのことです」



「なら、もう少し待ってみてはいかがですか? 他にもメッセージが送られてくるかもしれません」



「そうですね」



 これ以上のメッセージがない場合は既読スルー。もし、新たなメッセージがあれば、返信を考えようと思った。



 バックミラーには、哀れむような表情のミコさんが映されていた。




『水族館。行けなくて残念でしたね。来年は行けると良いですね。そのときは、一緒に行きましょうね』



 また、新たにLINEが来た。
 カヨからだ。



 後頭部を殴られたような衝撃をおぼえた。事故の直前、水族館に行こうとしていた。それは、オレとカヨしか知らないことだ。これはイタズラなんかじゃない。ホントウにカヨからのLINEなのだ。



「奥さまからLINEですか?」
 ミコさんが尋ねてくる。



「ええ。どうやらイタズラではないみたいです」



「幽霊からだと?」
「そうとしか考えられません」



 あの日――交通事故があった日。水族館に行こうとした。そのことを知っている人間はいただろうか? 否。どう考えても他に心当たりはない。



「奥さまが、誰かにしゃべったのかもしれませんよ。ネットにつぶやいたりとかしていたかも」
 言われてみれば、その可能性はある。



 LINE!
 着信音。



 ディスプレイに目を落とすと、またカヨからだった。



『あなたとは、他にも行きたい場所がたくさんありました。海にも行きたかったし、また花火も見に行きたかったです』



 花火。
 大学のときにカヨと知り合った。はじめて告白したときが、夏祭りのときだった。思い出すと鼻の奥がツンとした。



 水族館のこと。
 花火のこと。



「やっぱり妻からみたいです。このLINE」



 信号が赤から青に切り替わり、タクシーはふたたび走り出した。だが、車がけっこう混雑しているようだ。あまり速度は出ない。



「返信、してみたらいかがですか?」
 ミコさんは軽い口調でそう言ってきた。



「いいんでしょうか。返信しても」



 ヨモツヘグイという言葉がある。あの世のものを口にしたら、現世に戻れないと言う。それと同じで、あの世の人間と会話をしたら、何か良くないことになりそうな気がする。



 そもそも――。



「妻はどうやって、LINEしてるんでしょうかね」



 カヨは死んでいる。つまり、幽霊になってスマホをポチポチとイジりながら、LINEを打っているのだろうか。それとも、幽霊になると霊能力みたいなので、メッセージを送れるのだろうか。


「奥さまのケータイがないということは、やっぱり幽霊になってケータイをイジっているんじゃありませんか?」



「イジれるんでしょうかね」



 幽霊というと、物体に触れられないようなイメージがある。



「触れるんでしょう。幽霊は、物体に触れるもんなんですよ」



「幽霊について、詳しいんですか?」
 ミコさんからの返答はなかった。



 幽霊からのLINEなんか、とうてい信じられるようなことではない。でも、スッカリそういう方向で話が進んでいる。そのことにオレは奇異なものを感じた。



 しかし、運転手のミコさんにとっては、オレのLINEなんかどうでも良いことのはずだ。言ってしまえば、他人事なんだから。このLINEをカヨからのものだと確信しているのは、オレなのだった。



「仮に妻からだとするとですよ。どういうつもりでLINEを送ってきているんでしょうか」



「悪い意味ではないでしょう」
「そうでしょうか?」



「殺してやるとか、恨めしいとか――。そんなことは書かれていないんでしょう?」



「ええ」



 むしろ、恨み言を書いてくれていたほうが気分は楽だったかもしれない。オレの運転に問題はなかった。とはいえ、オレの運転していた車で死んだのだ。罪悪感はあった。



 普段から妻に何かしてやれていただろうかと思いかえしてみても、何一つ喜ばせるようなことをしていなかったんじゃないか、という気さえしてくる。



「自分が死んでいるということに、気づかずLINEをしていたりして」
 ミコさんは冗談めかすように言った。



 ありえるな、と思った。
 カヨはドジなところがあった。



 死んでると気づかずにLINEしている姿を想像すると、悲しくなった。



「返信してみます」
「きっと奥さまも喜びますよ」



 どう返そうか迷った。
 相手は死人なのだ。
 お元気ですか――というのも妙だ。



『カヨ?』
 と確認の意味もこめて、そう打ち込んだ。




 送信。すぐに「既読」がついた。返信までに間があった。まさか、オレが返してくると思っていなかったのかもしれない。



『あなたですか?』
 と、返ってきた。



『うん』
『ホントに?』
『うん』



『まさか、返事があるとは思いませんでした』



『こっちこそ、まさかカヨからLINEが来るなんて思ってなかった』



 しばらく間があった。
 そして――。




『お盆には帰って来られますか?』




「え?」



 思わず声をあげた。死んだ人はお盆の間は、現世に帰れると言う。それはわかる。だが、帰るのはオレではなくて、カヨのほうだ。




「逆なんですよ」
 と、運転手のミコさんが言った。



 バックミラーには、ミコさんの笑みが映っていた。



「どういう意味ですか?」
 ふと窓の外を見てみると、タクシーは真っ暗い闇の中を走っていた。



「交通事故でお亡くなりになったのは、奥さまではなくて、あなたのほうです」



「オレが?」



「奥さまはきっと、寂しかったのでしょう。そしてなんとなく、あなたにLINEをしてみた。まさか、返事があるとは思っていなかったでしょうね」



 幽霊からのLINEを、奥さまは受け取ったのですから――とミコさんは言った。



「死んでるのは、オレのほう?」
 ミコさんは振り向いた。
 タクシーは勝手に動いている。



「だから言ったじゃありませんか。幽霊はケータイに触れるって。それに、自分が死んでることに気づいてないこともあるって」



「あぁ――」
 オレのことを、言ってたのか。



「このタクシーは迷える魂を、あの世に連れて行くタクシーです」



「そんな……」



 怖いとは思わなかった。
 自分が死んでいるということに、衝撃を受けた。



「大丈夫。お盆には帰れます。だから、返事をしてあげてはいかがですか?」



 ミコさんの声音は、不思議とオレに冷静さを与えてくれた。



『愛してる』



 そう打ち込んだ。
 おそらくそれがカヨの受け取った、オレからの最後の言葉になったはずだ。

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