3分で読める短編小説集
死者からのLINE
『お久しぶりです。お元気ですか?』
オレは、その一文に悩まされていた。LINEの一文である。画面を開けているから、いちおう既読はついている。このまま既読スルーをするべきか。それとも、何か返事を書くべきなのか。
「どうかされましたか。お客さま?」
ここはタクシーの中だ。
運転手はビックリするほどの美女だ。
黒い髪はショートカットにしている。肌は透き通るような白さだ。夜の陰りのせいか、青白くさえ見える。黒々としたマツゲが、目元を縁取っている。化粧っけはなくて、素朴な美しさがあった。ショートカットのおかげで、その飾り気のない清らかさが際立っている。
「あ、いや――」
「何か悩み事でもあるんでしょう?」
よく話しかけてくる運転手だなと思った。相手が美人の女性なので、別に不愉快ではない。
「実はですね、LINEが来るんですよ」
と、オレは正直に言った。
「詐欺ですか?」
運転手の女性はバックミラーごしに、首をかしげた。そうすると女学生のように、若々しく見える。名札を確認する。日永ミコと書かれていた。
「詐欺じゃないです」
「迷惑メールみたいな?」
「いえ」
と、オレは首を左右に振る。
オレは後部座席にいる。首を振ったところでミコさんからは、見えていないかもしれない。逆にオレのほうからは、ミコさんのさらけ出された白いウナジが見えている。バックミラーに移るミコさんの顔が見える。
ふふふ、とミコさんは妖しく笑った。
「じゃあ、登録したは良いけれど、ぜんぜん覚えてない相手からのLINEとかですか?」
「だったら、まだ良かったんですけど」
「愛人?」
「妻からのLINEです」
「あら。良いじゃありませんか。なぁんにも困ることなんて、ないじゃないですか」
車が徐行する。
赤信号だ。
「それがですね――。死んだ妻からなんですよね」
「お亡くなりになった奥さまからの、LINEですか?」
「ええ」
妻のカヨは3ヶ月前に死んだ。交通事故だった。オレとカヨの2人でドライブをしていた。たまには2人でどこか遊びに行こうということになったのだ。
水族館に行く予定だった。その行く道程でトラックに衝突した。運転していたのはオレだが、完全に相手方の不注意だった。
赤信号で停まっていたところ、相手のトラックが激突してきたのだ。ショックはまだオレの中にあった。そのことをポツリポツリと、ミコさんに話した。初対面の運転手相手に言うことでもないように思うが、ミコさんは真摯に聞いてくれた。
「それは災難でしたね」
「ええ」
「その奥さまから、LINEが来たのですか?」
怪訝に思われるだろうと思っていた。意外にもミコさんは興味津々といった様子だった。
「ええ」
その文面が――。
『お久しぶりです。お元気ですか?』
である。
どう返せば良いのか、そもそも、この現象をどう受け止めれば良いのか。これは幽霊からのLINEと考えるべきなのか。
「ふつうに考えれば、イタズラでしょう」
と、ミコさんは振り返って言った。
赤信号で停まっているから、運転手が後ろを向いても平気だ。こうして真正面からミコさんの顔を見ると、ホントに美人だなと感じた。何故か、死んだ妻に申し訳ないようなヤマしさを感じた。
「イタズラ――ですか?」
「誰かが、奥さんのケータイを使ってるとかじゃないですか?」
「あぁ……」
言われてみればその通りだ。
誰が何のためにそんなことをしてるのかは謎だ。だが、幽霊からのLINEと考えるよりかは、イタズラのほうがまだ合点がいく。
誰かが、かたっているのだ。
「奥さんのケータイはどうしたんですか?」
「えっと……」
記憶があいまいだ。
覚えていない。
カヨが死んでからのショックが強すぎたせいだろう。記憶喪失というわけではないと思う。でも、ここ3ヶ月の記憶にはモヤがかかったような感覚だった。
ミコさんは察してくれたようだ。
「すみません。厭なことを思い出させましたか?」
「いえ。でも、イタズラかもしれません。誰かが妻のケータイを使ってるのかもしれません」
盗まれたのかもしれない。
それはそれで気味が悪い。
「ところでそのLINE。いつ送られてきたんですか?」
「ついさっきのことです」
「なら、もう少し待ってみてはいかがですか? 他にもメッセージが送られてくるかもしれません」
「そうですね」
これ以上のメッセージがない場合は既読スルー。もし、新たなメッセージがあれば、返信を考えようと思った。
バックミラーには、哀れむような表情のミコさんが映されていた。
『水族館。行けなくて残念でしたね。来年は行けると良いですね。そのときは、一緒に行きましょうね』
また、新たにLINEが来た。
カヨからだ。
後頭部を殴られたような衝撃をおぼえた。事故の直前、水族館に行こうとしていた。それは、オレとカヨしか知らないことだ。これはイタズラなんかじゃない。ホントウにカヨからのLINEなのだ。
「奥さまからLINEですか?」
ミコさんが尋ねてくる。
「ええ。どうやらイタズラではないみたいです」
「幽霊からだと?」
「そうとしか考えられません」
あの日――交通事故があった日。水族館に行こうとした。そのことを知っている人間はいただろうか? 否。どう考えても他に心当たりはない。
「奥さまが、誰かにしゃべったのかもしれませんよ。ネットにつぶやいたりとかしていたかも」
言われてみれば、その可能性はある。
LINE!
着信音。
ディスプレイに目を落とすと、またカヨからだった。
『あなたとは、他にも行きたい場所がたくさんありました。海にも行きたかったし、また花火も見に行きたかったです』
花火。
大学のときにカヨと知り合った。はじめて告白したときが、夏祭りのときだった。思い出すと鼻の奥がツンとした。
水族館のこと。
花火のこと。
「やっぱり妻からみたいです。このLINE」
信号が赤から青に切り替わり、タクシーはふたたび走り出した。だが、車がけっこう混雑しているようだ。あまり速度は出ない。
「返信、してみたらいかがですか?」
ミコさんは軽い口調でそう言ってきた。
「いいんでしょうか。返信しても」
ヨモツヘグイという言葉がある。あの世のものを口にしたら、現世に戻れないと言う。それと同じで、あの世の人間と会話をしたら、何か良くないことになりそうな気がする。
そもそも――。
「妻はどうやって、LINEしてるんでしょうかね」
カヨは死んでいる。つまり、幽霊になってスマホをポチポチとイジりながら、LINEを打っているのだろうか。それとも、幽霊になると霊能力みたいなので、メッセージを送れるのだろうか。
「奥さまのケータイがないということは、やっぱり幽霊になってケータイをイジっているんじゃありませんか?」
「イジれるんでしょうかね」
幽霊というと、物体に触れられないようなイメージがある。
「触れるんでしょう。幽霊は、物体に触れるもんなんですよ」
「幽霊について、詳しいんですか?」
ミコさんからの返答はなかった。
幽霊からのLINEなんか、とうてい信じられるようなことではない。でも、スッカリそういう方向で話が進んでいる。そのことにオレは奇異なものを感じた。
しかし、運転手のミコさんにとっては、オレのLINEなんかどうでも良いことのはずだ。言ってしまえば、他人事なんだから。このLINEをカヨからのものだと確信しているのは、オレなのだった。
「仮に妻からだとするとですよ。どういうつもりでLINEを送ってきているんでしょうか」
「悪い意味ではないでしょう」
「そうでしょうか?」
「殺してやるとか、恨めしいとか――。そんなことは書かれていないんでしょう?」
「ええ」
むしろ、恨み言を書いてくれていたほうが気分は楽だったかもしれない。オレの運転に問題はなかった。とはいえ、オレの運転していた車で死んだのだ。罪悪感はあった。
普段から妻に何かしてやれていただろうかと思いかえしてみても、何一つ喜ばせるようなことをしていなかったんじゃないか、という気さえしてくる。
「自分が死んでいるということに、気づかずLINEをしていたりして」
ミコさんは冗談めかすように言った。
ありえるな、と思った。
カヨはドジなところがあった。
死んでると気づかずにLINEしている姿を想像すると、悲しくなった。
「返信してみます」
「きっと奥さまも喜びますよ」
どう返そうか迷った。
相手は死人なのだ。
お元気ですか――というのも妙だ。
『カヨ?』
と確認の意味もこめて、そう打ち込んだ。
送信。すぐに「既読」がついた。返信までに間があった。まさか、オレが返してくると思っていなかったのかもしれない。
『あなたですか?』
と、返ってきた。
『うん』
『ホントに?』
『うん』
『まさか、返事があるとは思いませんでした』
『こっちこそ、まさかカヨからLINEが来るなんて思ってなかった』
しばらく間があった。
そして――。
『お盆には帰って来られますか?』
「え?」
思わず声をあげた。死んだ人はお盆の間は、現世に帰れると言う。それはわかる。だが、帰るのはオレではなくて、カヨのほうだ。
「逆なんですよ」
と、運転手のミコさんが言った。
バックミラーには、ミコさんの笑みが映っていた。
「どういう意味ですか?」
ふと窓の外を見てみると、タクシーは真っ暗い闇の中を走っていた。
「交通事故でお亡くなりになったのは、奥さまではなくて、あなたのほうです」
「オレが?」
「奥さまはきっと、寂しかったのでしょう。そしてなんとなく、あなたにLINEをしてみた。まさか、返事があるとは思っていなかったでしょうね」
幽霊からのLINEを、奥さまは受け取ったのですから――とミコさんは言った。
「死んでるのは、オレのほう?」
ミコさんは振り向いた。
タクシーは勝手に動いている。
「だから言ったじゃありませんか。幽霊はケータイに触れるって。それに、自分が死んでることに気づいてないこともあるって」
「あぁ――」
オレのことを、言ってたのか。
「このタクシーは迷える魂を、あの世に連れて行くタクシーです」
「そんな……」
怖いとは思わなかった。
自分が死んでいるということに、衝撃を受けた。
「大丈夫。お盆には帰れます。だから、返事をしてあげてはいかがですか?」
ミコさんの声音は、不思議とオレに冷静さを与えてくれた。
『愛してる』
そう打ち込んだ。
おそらくそれがカヨの受け取った、オレからの最後の言葉になったはずだ。
オレは、その一文に悩まされていた。LINEの一文である。画面を開けているから、いちおう既読はついている。このまま既読スルーをするべきか。それとも、何か返事を書くべきなのか。
「どうかされましたか。お客さま?」
ここはタクシーの中だ。
運転手はビックリするほどの美女だ。
黒い髪はショートカットにしている。肌は透き通るような白さだ。夜の陰りのせいか、青白くさえ見える。黒々としたマツゲが、目元を縁取っている。化粧っけはなくて、素朴な美しさがあった。ショートカットのおかげで、その飾り気のない清らかさが際立っている。
「あ、いや――」
「何か悩み事でもあるんでしょう?」
よく話しかけてくる運転手だなと思った。相手が美人の女性なので、別に不愉快ではない。
「実はですね、LINEが来るんですよ」
と、オレは正直に言った。
「詐欺ですか?」
運転手の女性はバックミラーごしに、首をかしげた。そうすると女学生のように、若々しく見える。名札を確認する。日永ミコと書かれていた。
「詐欺じゃないです」
「迷惑メールみたいな?」
「いえ」
と、オレは首を左右に振る。
オレは後部座席にいる。首を振ったところでミコさんからは、見えていないかもしれない。逆にオレのほうからは、ミコさんのさらけ出された白いウナジが見えている。バックミラーに移るミコさんの顔が見える。
ふふふ、とミコさんは妖しく笑った。
「じゃあ、登録したは良いけれど、ぜんぜん覚えてない相手からのLINEとかですか?」
「だったら、まだ良かったんですけど」
「愛人?」
「妻からのLINEです」
「あら。良いじゃありませんか。なぁんにも困ることなんて、ないじゃないですか」
車が徐行する。
赤信号だ。
「それがですね――。死んだ妻からなんですよね」
「お亡くなりになった奥さまからの、LINEですか?」
「ええ」
妻のカヨは3ヶ月前に死んだ。交通事故だった。オレとカヨの2人でドライブをしていた。たまには2人でどこか遊びに行こうということになったのだ。
水族館に行く予定だった。その行く道程でトラックに衝突した。運転していたのはオレだが、完全に相手方の不注意だった。
赤信号で停まっていたところ、相手のトラックが激突してきたのだ。ショックはまだオレの中にあった。そのことをポツリポツリと、ミコさんに話した。初対面の運転手相手に言うことでもないように思うが、ミコさんは真摯に聞いてくれた。
「それは災難でしたね」
「ええ」
「その奥さまから、LINEが来たのですか?」
怪訝に思われるだろうと思っていた。意外にもミコさんは興味津々といった様子だった。
「ええ」
その文面が――。
『お久しぶりです。お元気ですか?』
である。
どう返せば良いのか、そもそも、この現象をどう受け止めれば良いのか。これは幽霊からのLINEと考えるべきなのか。
「ふつうに考えれば、イタズラでしょう」
と、ミコさんは振り返って言った。
赤信号で停まっているから、運転手が後ろを向いても平気だ。こうして真正面からミコさんの顔を見ると、ホントに美人だなと感じた。何故か、死んだ妻に申し訳ないようなヤマしさを感じた。
「イタズラ――ですか?」
「誰かが、奥さんのケータイを使ってるとかじゃないですか?」
「あぁ……」
言われてみればその通りだ。
誰が何のためにそんなことをしてるのかは謎だ。だが、幽霊からのLINEと考えるよりかは、イタズラのほうがまだ合点がいく。
誰かが、かたっているのだ。
「奥さんのケータイはどうしたんですか?」
「えっと……」
記憶があいまいだ。
覚えていない。
カヨが死んでからのショックが強すぎたせいだろう。記憶喪失というわけではないと思う。でも、ここ3ヶ月の記憶にはモヤがかかったような感覚だった。
ミコさんは察してくれたようだ。
「すみません。厭なことを思い出させましたか?」
「いえ。でも、イタズラかもしれません。誰かが妻のケータイを使ってるのかもしれません」
盗まれたのかもしれない。
それはそれで気味が悪い。
「ところでそのLINE。いつ送られてきたんですか?」
「ついさっきのことです」
「なら、もう少し待ってみてはいかがですか? 他にもメッセージが送られてくるかもしれません」
「そうですね」
これ以上のメッセージがない場合は既読スルー。もし、新たなメッセージがあれば、返信を考えようと思った。
バックミラーには、哀れむような表情のミコさんが映されていた。
『水族館。行けなくて残念でしたね。来年は行けると良いですね。そのときは、一緒に行きましょうね』
また、新たにLINEが来た。
カヨからだ。
後頭部を殴られたような衝撃をおぼえた。事故の直前、水族館に行こうとしていた。それは、オレとカヨしか知らないことだ。これはイタズラなんかじゃない。ホントウにカヨからのLINEなのだ。
「奥さまからLINEですか?」
ミコさんが尋ねてくる。
「ええ。どうやらイタズラではないみたいです」
「幽霊からだと?」
「そうとしか考えられません」
あの日――交通事故があった日。水族館に行こうとした。そのことを知っている人間はいただろうか? 否。どう考えても他に心当たりはない。
「奥さまが、誰かにしゃべったのかもしれませんよ。ネットにつぶやいたりとかしていたかも」
言われてみれば、その可能性はある。
LINE!
着信音。
ディスプレイに目を落とすと、またカヨからだった。
『あなたとは、他にも行きたい場所がたくさんありました。海にも行きたかったし、また花火も見に行きたかったです』
花火。
大学のときにカヨと知り合った。はじめて告白したときが、夏祭りのときだった。思い出すと鼻の奥がツンとした。
水族館のこと。
花火のこと。
「やっぱり妻からみたいです。このLINE」
信号が赤から青に切り替わり、タクシーはふたたび走り出した。だが、車がけっこう混雑しているようだ。あまり速度は出ない。
「返信、してみたらいかがですか?」
ミコさんは軽い口調でそう言ってきた。
「いいんでしょうか。返信しても」
ヨモツヘグイという言葉がある。あの世のものを口にしたら、現世に戻れないと言う。それと同じで、あの世の人間と会話をしたら、何か良くないことになりそうな気がする。
そもそも――。
「妻はどうやって、LINEしてるんでしょうかね」
カヨは死んでいる。つまり、幽霊になってスマホをポチポチとイジりながら、LINEを打っているのだろうか。それとも、幽霊になると霊能力みたいなので、メッセージを送れるのだろうか。
「奥さまのケータイがないということは、やっぱり幽霊になってケータイをイジっているんじゃありませんか?」
「イジれるんでしょうかね」
幽霊というと、物体に触れられないようなイメージがある。
「触れるんでしょう。幽霊は、物体に触れるもんなんですよ」
「幽霊について、詳しいんですか?」
ミコさんからの返答はなかった。
幽霊からのLINEなんか、とうてい信じられるようなことではない。でも、スッカリそういう方向で話が進んでいる。そのことにオレは奇異なものを感じた。
しかし、運転手のミコさんにとっては、オレのLINEなんかどうでも良いことのはずだ。言ってしまえば、他人事なんだから。このLINEをカヨからのものだと確信しているのは、オレなのだった。
「仮に妻からだとするとですよ。どういうつもりでLINEを送ってきているんでしょうか」
「悪い意味ではないでしょう」
「そうでしょうか?」
「殺してやるとか、恨めしいとか――。そんなことは書かれていないんでしょう?」
「ええ」
むしろ、恨み言を書いてくれていたほうが気分は楽だったかもしれない。オレの運転に問題はなかった。とはいえ、オレの運転していた車で死んだのだ。罪悪感はあった。
普段から妻に何かしてやれていただろうかと思いかえしてみても、何一つ喜ばせるようなことをしていなかったんじゃないか、という気さえしてくる。
「自分が死んでいるということに、気づかずLINEをしていたりして」
ミコさんは冗談めかすように言った。
ありえるな、と思った。
カヨはドジなところがあった。
死んでると気づかずにLINEしている姿を想像すると、悲しくなった。
「返信してみます」
「きっと奥さまも喜びますよ」
どう返そうか迷った。
相手は死人なのだ。
お元気ですか――というのも妙だ。
『カヨ?』
と確認の意味もこめて、そう打ち込んだ。
送信。すぐに「既読」がついた。返信までに間があった。まさか、オレが返してくると思っていなかったのかもしれない。
『あなたですか?』
と、返ってきた。
『うん』
『ホントに?』
『うん』
『まさか、返事があるとは思いませんでした』
『こっちこそ、まさかカヨからLINEが来るなんて思ってなかった』
しばらく間があった。
そして――。
『お盆には帰って来られますか?』
「え?」
思わず声をあげた。死んだ人はお盆の間は、現世に帰れると言う。それはわかる。だが、帰るのはオレではなくて、カヨのほうだ。
「逆なんですよ」
と、運転手のミコさんが言った。
バックミラーには、ミコさんの笑みが映っていた。
「どういう意味ですか?」
ふと窓の外を見てみると、タクシーは真っ暗い闇の中を走っていた。
「交通事故でお亡くなりになったのは、奥さまではなくて、あなたのほうです」
「オレが?」
「奥さまはきっと、寂しかったのでしょう。そしてなんとなく、あなたにLINEをしてみた。まさか、返事があるとは思っていなかったでしょうね」
幽霊からのLINEを、奥さまは受け取ったのですから――とミコさんは言った。
「死んでるのは、オレのほう?」
ミコさんは振り向いた。
タクシーは勝手に動いている。
「だから言ったじゃありませんか。幽霊はケータイに触れるって。それに、自分が死んでることに気づいてないこともあるって」
「あぁ――」
オレのことを、言ってたのか。
「このタクシーは迷える魂を、あの世に連れて行くタクシーです」
「そんな……」
怖いとは思わなかった。
自分が死んでいるということに、衝撃を受けた。
「大丈夫。お盆には帰れます。だから、返事をしてあげてはいかがですか?」
ミコさんの声音は、不思議とオレに冷静さを与えてくれた。
『愛してる』
そう打ち込んだ。
おそらくそれがカヨの受け取った、オレからの最後の言葉になったはずだ。
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