3分で読める短編小説集
隣の女子中学生を監禁してみた結果
さて、どうしたものか――。
20歳男性のむせ返るような汗臭い部屋。そこに、湿気をたっぷりと含んだベッドが置かれている。洗濯など、ほとんどしていない。フトンの裏にはカビが生えている始末だ。壁際には、虫のわいた書籍が山積している。
テーブルの上には、ブルーライトを発したノートパソコンが付けっぱなしになっている。それだけの――簡素で――陰湿な部屋。
そこに――。
カビの温床になっているベッドに――。
少女が横たわっている。
この陰湿な部屋にはマッタク似合わない美少女だ。黒く長い髪を垂らしていて、白亜のような白い肌をしている。思わずその頬を、ナでてみたくなるほどだ。
たしか12歳だったはずだ。本来であれば、中学生といったところだろう。白いワンピースを着ている。ワンピース越しに、まだ幼い胸のふくらみが見て取れる。その清らかさは、このジメジメした部屋には、あんまりにも似つかわしくない。
「ごくっ」
思わず、生唾をのみこんだ。
オレが、連れてきた。
連れてきたというか――誘拐してきた。
オレはアパートに住んでいる。となりの部屋が留守になったのを見計らって、この少女を強引に連れ出したのだ。
誘拐どころか、不法侵入までおかしている。
ついにやってしまった、と大きな罪悪感がオレの背中にのしかかっていた。しかし、後悔はなかった。
大声を出されたり、暴れられたりしたら困るので、手足は拘束してある。口にはサルグツワもはめてある。こんな穢れの知らない少女に、拘束具をつけるというのも、背徳を感じずにはいられなかった。
背徳感だけではない。
腹の底からこみあげてくるような、嗜虐心もあった。
「ん……」
と、少女は苦しそうな声をあげた。
怯えのふくまれた瞳で、オレを見つめてくる。そりゃ怖いだろうと思う。極力、少女を怖がらせないように、オレは可能なかぎり距離をとることにした。
「し、静かにしろよ。大声を出したら、た、タダじゃおかないからな」
コクコク。
少女はうなずく。
ここはアパートだ。声を出されると、すぐに見つかる。
「シチューつくったんだ。食べるか?」
応答なし。
オレは台所からシチューの入った鍋を持ってきた。1人暮らしだから、料理にはいささか自信がある。
鍋から、小皿にシチューを入れた。
シチューをスプーンですくって、少女の口に近づけようとした。サルグツワを外さなくちゃ食べれないことに気づいた。
「サルグツワ取るからな」
少女の顔に手を伸ばした。
少女はビクッとカラダを震わせた。オレという存在が、少女にたいして強い恐怖を与えているのだとわかった。
「ご、ごめん」
少女の目は静かに、オレに訴えかけていた。
(どうして、こんなことをするの?)と。
そのいたいけな瞳に耐え切れずに、オレは目をそらした。
数日後ーー。
少女は、だんだんオレが危害をくわえない存在だと、理解してくれたようだ。仕方ないと諦めたのか、それとも、食欲に負けたのかもしれない。オレの手料理を、少女は口に入れてくれるようになった。
その桜色の色素のうすい唇に、いろんな食べ物が吸いこまれていった。
隣室では、娘を誘拐された両親が騒いでいた。警察を呼んだようだ。「娘はきっと帰ってくるさ」という父親の声。「あなた……」という悲痛な母親の声が聞こえていた。胸が痛い。ヒステリックに泣く母親の声はよく聞こえた。しかし、父親の声は冷静だった。それもそのはずだ。少女の父親は、警察官なのだから。
つまり、オレは警察官の娘さんを誘拐したことになる。そして今、こうして監禁しているのだ。
「ねぇ」
少女が声を発した。
それは決して大きい声ではなかった。だが、はじめてオレにたいして向けられた声だった。そのため、オレにとっては大きな衝撃だった。
「なに?」
「トイレ。行きたい」
「わかった」
ここ数日、少女がモジモジしはじめると、オレは少女をトイレに連れて行っていた。そこに会話はなかった。オレがトイレの外で待っていると、少女は用を足して戻ってきた。その間も、逃げられないように手錠だけはかけていた。
少女のほうから、トイレに行きたい、と言ったのははじめてだった。
「ねえ」
「ん?」
「あなた悪い人じゃないんでしょ。だから、お父さんとお母さんのところに帰してよ」
すぐ隣だ。
助けを呼べば、少女はすぐに両親のもとに帰れるだろう。それをしないのは、「大声を出したら、タダじゃおかない」という脅迫がきいているのかもしれない。
「悪いけど、君を返すわけにはいかない」
「……」
「帰りたい」
少女は胎児に戻るかのように、カラダを丸めた。やっぱり監禁なんかしても、少女の心は手に入れられないのかもしれない。子供は親元に帰りたいものなのだと知った。
それでも――。
「帰さない。君はずっとここにいるんだ」
オレは、強くそう言った。
少女を帰すと、オレの人生が終わってしまう。
オレと少女の監禁生活に、言葉は少なかった。オレはニートだったので、ずっと部屋にいた。少女もずっと部屋にいた。ずっと2人でいたのに、ほとんど会話はなかった。少女はつまらなさそうに、呆然としていた。
ゲームなどをすすめてみても、
「いい」
と、短く断るだけだった。
「やっぱり、オレのこと怖い?」
と、尋ねてみた。
「怖い」
と、率直に応えられた。
少女の態度はすこしずつ軟化していったが、決してオレの目を見てくることはなかった。
ある日。
オレと少女の監禁生活は、アッサリと終わりをつげた。キッカケは少女のクシャミだった。隣室なのだ。とくに自分の娘のクシャミを、両親は聞き逃さなかっただろう。警察がなだれ込んできて、オレは一瞬で確保された。
「彼女。水原ミカさんっていうそうだけどね。どうやら、無事に保護されたようだよ」
オレは拘置所で、弁護士の男からそう聞いた。
髪をオールバックにして、口髭を定規で整えたような弁護士だった。几帳面な印象を受けた。
「そうですか」
と、オレは胸をナでおろした。
「でも、君も酔狂なことをするね。虐待から救うために、誘拐するなんて」
「ええ」
自分でもそう思う。
毎日、少女の悲鳴が聞こえていて、辛かったのだ。でも、相手の父親は警察官だから、どこの施設にも相談はしにくかった。
ただのニートの証言と、警察官の証言。
世間は、きっと警察官の証言を信用すると思った。
それで思い立って、少女を誘拐することにしたのだった。学歴もないニートのオレにも、1つの命ぐらいは救えるかな、と儚い夢を見たのだ。
「水原ミカさんは、ストックホルム症候群になっていた。わかるかい?」
「聞いたことあります」
暴力を受けている相手に、依存してしまうという病気だ。暴力を振るった相手が親なら、なおのこと依存してしまうだろう。
「少女は、君にたいして重い罰を望んでいる」
「構いません」
オレがやったことは、犯罪だ。
承知している。
彼女のことを助けようとしたけれど、結果的には怖がらせてしまったのだろう。
「難しい裁判になりそうだ」
と、弁護士の男は言った。
20歳男性のむせ返るような汗臭い部屋。そこに、湿気をたっぷりと含んだベッドが置かれている。洗濯など、ほとんどしていない。フトンの裏にはカビが生えている始末だ。壁際には、虫のわいた書籍が山積している。
テーブルの上には、ブルーライトを発したノートパソコンが付けっぱなしになっている。それだけの――簡素で――陰湿な部屋。
そこに――。
カビの温床になっているベッドに――。
少女が横たわっている。
この陰湿な部屋にはマッタク似合わない美少女だ。黒く長い髪を垂らしていて、白亜のような白い肌をしている。思わずその頬を、ナでてみたくなるほどだ。
たしか12歳だったはずだ。本来であれば、中学生といったところだろう。白いワンピースを着ている。ワンピース越しに、まだ幼い胸のふくらみが見て取れる。その清らかさは、このジメジメした部屋には、あんまりにも似つかわしくない。
「ごくっ」
思わず、生唾をのみこんだ。
オレが、連れてきた。
連れてきたというか――誘拐してきた。
オレはアパートに住んでいる。となりの部屋が留守になったのを見計らって、この少女を強引に連れ出したのだ。
誘拐どころか、不法侵入までおかしている。
ついにやってしまった、と大きな罪悪感がオレの背中にのしかかっていた。しかし、後悔はなかった。
大声を出されたり、暴れられたりしたら困るので、手足は拘束してある。口にはサルグツワもはめてある。こんな穢れの知らない少女に、拘束具をつけるというのも、背徳を感じずにはいられなかった。
背徳感だけではない。
腹の底からこみあげてくるような、嗜虐心もあった。
「ん……」
と、少女は苦しそうな声をあげた。
怯えのふくまれた瞳で、オレを見つめてくる。そりゃ怖いだろうと思う。極力、少女を怖がらせないように、オレは可能なかぎり距離をとることにした。
「し、静かにしろよ。大声を出したら、た、タダじゃおかないからな」
コクコク。
少女はうなずく。
ここはアパートだ。声を出されると、すぐに見つかる。
「シチューつくったんだ。食べるか?」
応答なし。
オレは台所からシチューの入った鍋を持ってきた。1人暮らしだから、料理にはいささか自信がある。
鍋から、小皿にシチューを入れた。
シチューをスプーンですくって、少女の口に近づけようとした。サルグツワを外さなくちゃ食べれないことに気づいた。
「サルグツワ取るからな」
少女の顔に手を伸ばした。
少女はビクッとカラダを震わせた。オレという存在が、少女にたいして強い恐怖を与えているのだとわかった。
「ご、ごめん」
少女の目は静かに、オレに訴えかけていた。
(どうして、こんなことをするの?)と。
そのいたいけな瞳に耐え切れずに、オレは目をそらした。
数日後ーー。
少女は、だんだんオレが危害をくわえない存在だと、理解してくれたようだ。仕方ないと諦めたのか、それとも、食欲に負けたのかもしれない。オレの手料理を、少女は口に入れてくれるようになった。
その桜色の色素のうすい唇に、いろんな食べ物が吸いこまれていった。
隣室では、娘を誘拐された両親が騒いでいた。警察を呼んだようだ。「娘はきっと帰ってくるさ」という父親の声。「あなた……」という悲痛な母親の声が聞こえていた。胸が痛い。ヒステリックに泣く母親の声はよく聞こえた。しかし、父親の声は冷静だった。それもそのはずだ。少女の父親は、警察官なのだから。
つまり、オレは警察官の娘さんを誘拐したことになる。そして今、こうして監禁しているのだ。
「ねぇ」
少女が声を発した。
それは決して大きい声ではなかった。だが、はじめてオレにたいして向けられた声だった。そのため、オレにとっては大きな衝撃だった。
「なに?」
「トイレ。行きたい」
「わかった」
ここ数日、少女がモジモジしはじめると、オレは少女をトイレに連れて行っていた。そこに会話はなかった。オレがトイレの外で待っていると、少女は用を足して戻ってきた。その間も、逃げられないように手錠だけはかけていた。
少女のほうから、トイレに行きたい、と言ったのははじめてだった。
「ねえ」
「ん?」
「あなた悪い人じゃないんでしょ。だから、お父さんとお母さんのところに帰してよ」
すぐ隣だ。
助けを呼べば、少女はすぐに両親のもとに帰れるだろう。それをしないのは、「大声を出したら、タダじゃおかない」という脅迫がきいているのかもしれない。
「悪いけど、君を返すわけにはいかない」
「……」
「帰りたい」
少女は胎児に戻るかのように、カラダを丸めた。やっぱり監禁なんかしても、少女の心は手に入れられないのかもしれない。子供は親元に帰りたいものなのだと知った。
それでも――。
「帰さない。君はずっとここにいるんだ」
オレは、強くそう言った。
少女を帰すと、オレの人生が終わってしまう。
オレと少女の監禁生活に、言葉は少なかった。オレはニートだったので、ずっと部屋にいた。少女もずっと部屋にいた。ずっと2人でいたのに、ほとんど会話はなかった。少女はつまらなさそうに、呆然としていた。
ゲームなどをすすめてみても、
「いい」
と、短く断るだけだった。
「やっぱり、オレのこと怖い?」
と、尋ねてみた。
「怖い」
と、率直に応えられた。
少女の態度はすこしずつ軟化していったが、決してオレの目を見てくることはなかった。
ある日。
オレと少女の監禁生活は、アッサリと終わりをつげた。キッカケは少女のクシャミだった。隣室なのだ。とくに自分の娘のクシャミを、両親は聞き逃さなかっただろう。警察がなだれ込んできて、オレは一瞬で確保された。
「彼女。水原ミカさんっていうそうだけどね。どうやら、無事に保護されたようだよ」
オレは拘置所で、弁護士の男からそう聞いた。
髪をオールバックにして、口髭を定規で整えたような弁護士だった。几帳面な印象を受けた。
「そうですか」
と、オレは胸をナでおろした。
「でも、君も酔狂なことをするね。虐待から救うために、誘拐するなんて」
「ええ」
自分でもそう思う。
毎日、少女の悲鳴が聞こえていて、辛かったのだ。でも、相手の父親は警察官だから、どこの施設にも相談はしにくかった。
ただのニートの証言と、警察官の証言。
世間は、きっと警察官の証言を信用すると思った。
それで思い立って、少女を誘拐することにしたのだった。学歴もないニートのオレにも、1つの命ぐらいは救えるかな、と儚い夢を見たのだ。
「水原ミカさんは、ストックホルム症候群になっていた。わかるかい?」
「聞いたことあります」
暴力を受けている相手に、依存してしまうという病気だ。暴力を振るった相手が親なら、なおのこと依存してしまうだろう。
「少女は、君にたいして重い罰を望んでいる」
「構いません」
オレがやったことは、犯罪だ。
承知している。
彼女のことを助けようとしたけれど、結果的には怖がらせてしまったのだろう。
「難しい裁判になりそうだ」
と、弁護士の男は言った。
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