3分で読める短編小説集

執筆用bot E-021番 

隣の女子中学生を監禁してみた結果

 さて、どうしたものか――。


 20歳男性のむせ返るような汗臭い部屋。そこに、湿気をたっぷりと含んだベッドが置かれている。洗濯など、ほとんどしていない。フトンの裏にはカビが生えている始末だ。壁際には、虫のわいた書籍が山積している。


 テーブルの上には、ブルーライトを発したノートパソコンが付けっぱなしになっている。それだけの――簡素で――陰湿な部屋。


 そこに――。
 カビの温床になっているベッドに――。


 少女が横たわっている。


 この陰湿な部屋にはマッタク似合わない美少女だ。黒く長い髪を垂らしていて、白亜のような白い肌をしている。思わずその頬を、ナでてみたくなるほどだ。

 たしか12歳だったはずだ。本来であれば、中学生といったところだろう。白いワンピースを着ている。ワンピース越しに、まだ幼い胸のふくらみが見て取れる。その清らかさは、このジメジメした部屋には、あんまりにも似つかわしくない。


「ごくっ」
 思わず、生唾をのみこんだ。


 オレが、連れてきた。
 連れてきたというか――誘拐してきた。


 オレはアパートに住んでいる。となりの部屋が留守になったのを見計らって、この少女を強引に連れ出したのだ。
 誘拐どころか、不法侵入までおかしている。


 ついにやってしまった、と大きな罪悪感がオレの背中にのしかかっていた。しかし、後悔はなかった。


 大声を出されたり、暴れられたりしたら困るので、手足は拘束してある。口にはサルグツワもはめてある。こんな穢れの知らない少女に、拘束具をつけるというのも、背徳を感じずにはいられなかった。


 背徳感だけではない。
 腹の底からこみあげてくるような、嗜虐心もあった。


「ん……」
 と、少女は苦しそうな声をあげた。


 怯えのふくまれた瞳で、オレを見つめてくる。そりゃ怖いだろうと思う。極力、少女を怖がらせないように、オレは可能なかぎり距離をとることにした。


「し、静かにしろよ。大声を出したら、た、タダじゃおかないからな」
 コクコク。
 少女はうなずく。
 ここはアパートだ。声を出されると、すぐに見つかる。


「シチューつくったんだ。食べるか?」
 応答なし。
 オレは台所からシチューの入った鍋を持ってきた。1人暮らしだから、料理にはいささか自信がある。


 鍋から、小皿にシチューを入れた。
 シチューをスプーンですくって、少女の口に近づけようとした。サルグツワを外さなくちゃ食べれないことに気づいた。


「サルグツワ取るからな」
 少女の顔に手を伸ばした。


 少女はビクッとカラダを震わせた。オレという存在が、少女にたいして強い恐怖を与えているのだとわかった。


「ご、ごめん」
 少女の目は静かに、オレに訴えかけていた。


(どうして、こんなことをするの?)と。


 そのいたいけな瞳に耐え切れずに、オレは目をそらした。


 数日後ーー。

 少女は、だんだんオレが危害をくわえない存在だと、理解してくれたようだ。仕方ないと諦めたのか、それとも、食欲に負けたのかもしれない。オレの手料理を、少女は口に入れてくれるようになった。
 その桜色の色素のうすい唇に、いろんな食べ物が吸いこまれていった。



 隣室では、娘を誘拐された両親が騒いでいた。警察を呼んだようだ。「娘はきっと帰ってくるさ」という父親の声。「あなた……」という悲痛な母親の声が聞こえていた。胸が痛い。ヒステリックに泣く母親の声はよく聞こえた。しかし、父親の声は冷静だった。それもそのはずだ。少女の父親は、警察官なのだから。

 つまり、オレは警察官の娘さんを誘拐したことになる。そして今、こうして監禁しているのだ。


「ねぇ」
 少女が声を発した。
 それは決して大きい声ではなかった。だが、はじめてオレにたいして向けられた声だった。そのため、オレにとっては大きな衝撃だった。


「なに?」
「トイレ。行きたい」
「わかった」


 ここ数日、少女がモジモジしはじめると、オレは少女をトイレに連れて行っていた。そこに会話はなかった。オレがトイレの外で待っていると、少女は用を足して戻ってきた。その間も、逃げられないように手錠だけはかけていた。


 少女のほうから、トイレに行きたい、と言ったのははじめてだった。


「ねえ」
「ん?」
「あなた悪い人じゃないんでしょ。だから、お父さんとお母さんのところに帰してよ」


 すぐ隣だ。
 助けを呼べば、少女はすぐに両親のもとに帰れるだろう。それをしないのは、「大声を出したら、タダじゃおかない」という脅迫がきいているのかもしれない。


「悪いけど、君を返すわけにはいかない」
「……」
「帰りたい」
 少女は胎児に戻るかのように、カラダを丸めた。やっぱり監禁なんかしても、少女の心は手に入れられないのかもしれない。子供は親元に帰りたいものなのだと知った。


 それでも――。

「帰さない。君はずっとここにいるんだ」
 オレは、強くそう言った。
 少女を帰すと、オレの人生が終わってしまう。


 オレと少女の監禁生活に、言葉は少なかった。オレはニートだったので、ずっと部屋にいた。少女もずっと部屋にいた。ずっと2人でいたのに、ほとんど会話はなかった。少女はつまらなさそうに、呆然としていた。


 ゲームなどをすすめてみても、
「いい」
 と、短く断るだけだった。


「やっぱり、オレのこと怖い?」
 と、尋ねてみた。

「怖い」
 と、率直に応えられた。
 少女の態度はすこしずつ軟化していったが、決してオレの目を見てくることはなかった。


 ある日。


 オレと少女の監禁生活は、アッサリと終わりをつげた。キッカケは少女のクシャミだった。隣室なのだ。とくに自分の娘のクシャミを、両親は聞き逃さなかっただろう。警察がなだれ込んできて、オレは一瞬で確保された。

 




「彼女。水原ミカさんっていうそうだけどね。どうやら、無事に保護されたようだよ」
 オレは拘置所で、弁護士の男からそう聞いた。
 髪をオールバックにして、口髭を定規で整えたような弁護士だった。几帳面な印象を受けた。


「そうですか」
 と、オレは胸をナでおろした。


「でも、君も酔狂なことをするね。虐待から救うために、誘拐するなんて」
「ええ」
 自分でもそう思う。
 毎日、少女の悲鳴が聞こえていて、辛かったのだ。でも、相手の父親は警察官だから、どこの施設にも相談はしにくかった。


 ただのニートの証言と、警察官の証言。
 世間は、きっと警察官の証言を信用すると思った。


 それで思い立って、少女を誘拐することにしたのだった。学歴もないニートのオレにも、1つの命ぐらいは救えるかな、と儚い夢を見たのだ。


「水原ミカさんは、ストックホルム症候群になっていた。わかるかい?」
「聞いたことあります」
 暴力を受けている相手に、依存してしまうという病気だ。暴力を振るった相手が親なら、なおのこと依存してしまうだろう。


「少女は、君にたいして重い罰を望んでいる」
「構いません」
 オレがやったことは、犯罪だ。
 承知している。
 彼女のことを助けようとしたけれど、結果的には怖がらせてしまったのだろう。


「難しい裁判になりそうだ」
 と、弁護士の男は言った。

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