幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

番外7

 風に乗って届いたその臭い、明らかに不穏な空気を孕んだものであったが、それでも男は足を止めなかった。否、正確にはそれ自体では足を止める理由に足りえなかった。そもそも、冒険者という職業そのものが荒事と密接な関係にあり、その上今己が居るのは安全とは程遠い街の外なのだ。強いて言えば近くに魔物の気配を感じないことが不思議と言えば不思議だが、それも近づかない理由にはならない。


 男は逡巡することもなく、臭いの元へと足を引きずる。果たして何がそこにあるのか、血の臭いが漂い、動かずにいる二人分の気配とくれば察するには十分であった。何があるのか知りたいという好奇心は半分以上満たされた形となったが、「念のために確認しておこう」と自分に言い聞かせながら、男は足を引きずる。


 単なる野次馬根性であればまだマシであったかもしれない。男にあったのは薄暗い愉悦への期待。誰かの無残な姿を眺め、「ああ、自分でなくて良かった」と安堵の息を漏らす。「自分はあいつらとは違うんだ」と自分を慰める。そしてそれを期待している事を認めずに自分に言い訳を行いながら足を動かす。


 男が歩くこと少し、今度は男の耳に声が届き、そして男は今度こそ歩みを止めた。


「お願い――! 死なないで! もうすぐ――が薬を持ってきてくれるから! お願いだから目を覚まして!」


 恐らく魔物に襲われたのだろうか、その声から滲み出る必死さからは単なる冒険者の仲間に対してではなく、親しい友への思いを感じさせるものであった。


 聞こえてきたのは予想通りの内容だった。こうした場面であろうことは男も予想していたし、片方がまだ元気であることも想定の範囲内であった。だがその声の質が予想外だった。甲高く、耳に触る、明らかに子供の声。呼びかけている側が子供であれば、パーティーを組んでいる相手も子供であろうことも簡単に予想が付く。


 これが大人であれば、死の瀬戸際でもがいている様を遠巻きに眺め、死んでしまえばご愁傷さまと一言呟き、運よく助かれば舌打ちでもしながら男は去ったかもしれない。だが、今そこに居るのはまだ幼い子供。見殺しにするのはあまりに簡単だが、寝覚めが悪すぎる相手だった。


 見知らぬ他人の死に期待を抱く程度の悪辣さを備えてしまっていたが、幸か不幸か、男はまだその程度には良識を残していた。そしてこれもまた幸か不幸か――――。


 男は顔を盛大に顰めながら、先程までは感じていなかった足の重みをひしひしと感じながら、彼女らの方へと足を引きずっていった。

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