幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について
番外5
淡々と狩りに出て、いつも同じ頃に帰ってくる。ほとんど毎日狩りに出続け、それなのに怪我は無い。しかし男の節制、もとい心理的余裕の無さから稼ぎに見合っただけの荒い金遣いをしていないために、その異様さにも関わらず男は同じ宿の中ではちょっとした有名人という程度に留まっていた。有名人とはいっても『あいつ、毎日狩りに出てるけどどれくらい稼いでるんだろうな』と話題の端に上る程度のものではあったが。
男は休息日に街に出かけてみてはしたものの、目と足の不自由な男にとって街中を歩くというのはやはりそれなり以上に神経を使う行動であり、結局散策すら満足に行えず幾度か訪れた店に足を運ぶ程度に収まってしまった。
「やあいらっしゃい! 今日もいつものやつでいいかい?!」
「いや、ちょっとは見て回るさ」
顔馴染み、と言うにはまだ早いがどうやら相手は自分の顔を憶えているらしい。何度か名前を教えられたような気もするが、その辺りの記憶がどうにも曖昧である。心にしこりを抱えつつも男は店内に置かれた商品を見て回ったが、やはりというべきか何か余計な物を買おうという気にはなれなかった。結局男はいつも通りに必要最低限の物だけを買い揃えて店員に笑われたのであった。
買ったものを詰め込んだ袋を背負って男は宿に戻ってきた。朝早く出かけた甲斐もあって丁度昼時に戻ってこれたらしく、食堂はガヤガヤと喧騒に包まれていた。給仕をしていた看板娘がこちらに気付いたようで『あっ!』と声をあげるとこちらに声をかけてきた。
「おかえり! 昼はどうする?! いつも通り部屋に持って行くかい?!」
「ああ、それで頼む。それと――――」
人に溢れた食堂で食事をする気にはなれない男はいつも部屋で一人食事を行っていた。そして毎度、彼女に食事を持ってこさせていることに対して男はふと、戯れに、礼を言おうとした。『いつもありがとう』という言葉の後に彼女の名前を続けようとした。
「それと、何だい?」
男の頭は真っ白になり、言葉に詰まってしまっていた。彼女が怪訝そうに尋ねてこなければずっと固まったままだったかもしれない。男は自身の驚愕を表に出さないように気を付けつつ返事をする。
「いや、いつもありがとう、って言おうとしただけだ」
「良いって事よ! お客さんは上客だからね! 他の人らにも見習ってほしいくらいさ!」
男からの労いの言葉に一瞬きょとんとした後、そんな風に軽口を叩く。周りに居た宿泊客と思しき冒険者らからブーイングが飛んでくるも、彼女はそれを軽くいなしている。男はそんな光景に苦笑しつつ、内心ではこみ上げる吐き気を抑えながら、部屋へと向かう。
やっとの思いで部屋にたどり着き、男はベッドに座り込むと己を掻き抱いた。男がこの街に来てから一月が経った。それにも関わらず、男は誰一人として名前を憶えていない事に気づいたのだ。彼らの名前を憶えたくても、憶えようとしても、心が拒絶している事に気づいてしまったのだ。
どうせ、失うのだから。失った時、悲しみたくないから。
男が心に負った傷は男が思っていた以上に深く、他者との繋がりを求めながらも、他者との繋がりを拒んでいたのだ。孤独感を埋めることを望みながらも、埋めることを拒む自身の心。その矛盾に気付き、男の脳裏には『このまま一生孤独なのではないか』という考えすら浮かぶ。
「ははっ」
男は呆然としながら自嘲する。運ばれてきた料理の味は、彼には分らなかった。
男は休息日に街に出かけてみてはしたものの、目と足の不自由な男にとって街中を歩くというのはやはりそれなり以上に神経を使う行動であり、結局散策すら満足に行えず幾度か訪れた店に足を運ぶ程度に収まってしまった。
「やあいらっしゃい! 今日もいつものやつでいいかい?!」
「いや、ちょっとは見て回るさ」
顔馴染み、と言うにはまだ早いがどうやら相手は自分の顔を憶えているらしい。何度か名前を教えられたような気もするが、その辺りの記憶がどうにも曖昧である。心にしこりを抱えつつも男は店内に置かれた商品を見て回ったが、やはりというべきか何か余計な物を買おうという気にはなれなかった。結局男はいつも通りに必要最低限の物だけを買い揃えて店員に笑われたのであった。
買ったものを詰め込んだ袋を背負って男は宿に戻ってきた。朝早く出かけた甲斐もあって丁度昼時に戻ってこれたらしく、食堂はガヤガヤと喧騒に包まれていた。給仕をしていた看板娘がこちらに気付いたようで『あっ!』と声をあげるとこちらに声をかけてきた。
「おかえり! 昼はどうする?! いつも通り部屋に持って行くかい?!」
「ああ、それで頼む。それと――――」
人に溢れた食堂で食事をする気にはなれない男はいつも部屋で一人食事を行っていた。そして毎度、彼女に食事を持ってこさせていることに対して男はふと、戯れに、礼を言おうとした。『いつもありがとう』という言葉の後に彼女の名前を続けようとした。
「それと、何だい?」
男の頭は真っ白になり、言葉に詰まってしまっていた。彼女が怪訝そうに尋ねてこなければずっと固まったままだったかもしれない。男は自身の驚愕を表に出さないように気を付けつつ返事をする。
「いや、いつもありがとう、って言おうとしただけだ」
「良いって事よ! お客さんは上客だからね! 他の人らにも見習ってほしいくらいさ!」
男からの労いの言葉に一瞬きょとんとした後、そんな風に軽口を叩く。周りに居た宿泊客と思しき冒険者らからブーイングが飛んでくるも、彼女はそれを軽くいなしている。男はそんな光景に苦笑しつつ、内心ではこみ上げる吐き気を抑えながら、部屋へと向かう。
やっとの思いで部屋にたどり着き、男はベッドに座り込むと己を掻き抱いた。男がこの街に来てから一月が経った。それにも関わらず、男は誰一人として名前を憶えていない事に気づいたのだ。彼らの名前を憶えたくても、憶えようとしても、心が拒絶している事に気づいてしまったのだ。
どうせ、失うのだから。失った時、悲しみたくないから。
男が心に負った傷は男が思っていた以上に深く、他者との繋がりを求めながらも、他者との繋がりを拒んでいたのだ。孤独感を埋めることを望みながらも、埋めることを拒む自身の心。その矛盾に気付き、男の脳裏には『このまま一生孤独なのではないか』という考えすら浮かぶ。
「ははっ」
男は呆然としながら自嘲する。運ばれてきた料理の味は、彼には分らなかった。
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