幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

103話目 依頼を受ける前に登録しろよ

「この依頼などはどうだろうか」


 リーディアは掲示板から一枚の紙を剥ぎ取り俺達に手渡す。まず俺達に相談してから取るべきじゃないかと突っ込むと『相談している間に誰かが取るかもしれないではないか』と真剣な目で返された。どうやら他の冒険者に後れを取ったことが相当に堪えたのか、警戒心が最大まで上昇しているようである。


 さて、と俺は依頼書に目を落とす。書いてある内容は依頼をこなす場所と大ざっぱな内容、そして報酬だけと非常に簡素だ。紙自体が高価なのか、それとも別の理由なのかは知らないが詳しく知りたければ受付に行けということなのだろう。


 依頼の内容は村に出たゴブリンの討伐と書いてあるだけでそれ以上の事は書いていない。報酬は金貨一枚とたかがゴブリン討伐にしては破格の値段が書いてある。この世界にはファンタジーにお馴染みのゴブリン、背が小さく醜悪な顔をした化け物が存在する。何故キラー何々といった適当な名前の化け物が多数存在する中でゴブリンが居るのかと疑問が生じるが今は脇に置いておこう。それにそれを言い出したらドラ助の存在にも疑問を……、あ、あいつはトカゲだからいいのか。


 ゴブリンは集団で生息し、基本的に一体一体は非常に弱い。駆け出しの冒険者が三人も集まれば倍くらいの数は相手取れる程度には弱い。しかし何の訓練もしていない村人が倒せる程ではないので依頼が出されているのは不思議ではないのだが、この程度の内容ならば半額以下、下手をすれば銀貨二枚程度が相場ではないだろうか。


「ゴブリンくらいじゃ暇潰しにならないんじゃないの?」


 依頼書を横から覗き込んでいたシャルがリーディアにそう訊ねる。そもそも俺達はお金のためではなく暇潰しのために依頼を受けに来たのだから、報酬の多寡よりも内容そのものの方を重視するのも当然だ。この世界に来たばかりの時や小さい頃のシャルならばいざ知らず、今の俺達ならば目隠しをして耳栓をして両足を縛ったとしても指先一つでユーはショック間違いなしである。


「いや、その、依頼主が一番困ってそうなのがこれだったから選んだのだが……。やはり駄目だろうか……?」


 そう言われて俺も掲示板に張られている依頼の内容を改めて見てみると『無くし物を探してほしい』とか『何とかという薬草を採ってきてくれ』とか『引っ越しの手伝いをしてくれ』といった緊急性が低そうな物ばかりである。おまけにそれらの報酬も銀貨数枚だったり銅貨だったりと手間の割りに安いため冒険者達が避けたのも納得のラインナップである。


 そんな中では手間や報酬の面で比較的マシな物を見つけただけよくやったと思うが、そんな物しか残ってなかった事に引け目を感じているのか見つけた本人はそう思っていないようで自信なさげである。なので『まあ、これでいいじゃないか?』という俺の言葉に彼女はあからさまにほっとした様子を見せた。シャルの方も最初からあまり気にしていなかったのか『師匠がいいなら私もいいですけど』といつもの台詞を言っただけで済ませる。


 とにかく受ける依頼も決まったため、依頼書をリーディアに返して俺達は依頼の詳細を聞くために受付へと向かう。受付に立っていた女性はこちらに気付いたのか、カウンターの向こうで愛想の良い笑みを浮かべてこちらを出迎えた。


「いらっしゃいませ。本日は当ギルドにどのようなご用件でしょうか」


 冒険者というならず者一歩手前の連中を相手にするには妙に丁寧な物腰での対応に違和感を覚えるが指摘する程のことでもない。リーディアは先程の依頼書をカウンターの上に差し出して応対する。


「この依頼を受けたいのだが構わないだろうか」
「へ? 委託ではなくて受諾ですか?」
「ああ、何か問題でも?」
「い、いえ、大丈夫です」


 受付嬢は驚きこそしたもののリーディアから依頼書を受け取ると依頼の確認をし始める。その時『貴族の使いじゃ無かったのね……』と小さく呟いていたのを俺は聞き逃さなかった。成程、依頼を受ける冒険者ではなく、依頼を出す側だと思ったからこその丁寧な対応だったのか。


「それでは会員証をお願いします」


 彼女は依頼書を軽く確認するとカウンターの上に戻して俺達にそう告げる。ああそういやそんな制度だったねと思うものの、当然ながら俺達の中でそんな物を持っている人間はいない。なので『冒険者の登録もお願いしたいんですけど……』と伝えると、彼女は棚から羊皮紙を取り出して名前と特技などを書くように言ってきた。


 特技は自己申告なので最初の内は目安程度にしかならないが、依頼を受ける度に受付がその結果などを書き込むことで精度を上げていくとのことらしい。それにより腕が良いと判断されればギルドから優先的に依頼を回されたりすることもあるとのことだ。他にも活動の場所を移すならば羊皮紙を送らなければならないから移る場所を教えるようにだとか、法に則って活動するようにとか色々言われたが……、ほとんど聞き流した。


 依頼を受けるのはこれっきりだろうというのもあるし、リーディアが真剣に聞いているので問題は無いはずである。そんなわけで俺達はそれぞれの名前を書き、特技としてリーディアは剣、俺とシャルは魔法を書いた。


 千年前であれば魔法使いは非常に珍しいが、冒険者として活動しているのがいないわけではなかった。今もそうであるかは知らないが、三人とも剣と書くのもどうかと思ったのでそうすることにしたのだ。


 そしてそれらを受け取った受付嬢が羊皮紙に目を通し、俺とシャルの分を見て軽く眉を上げたがそれだけだ。俺もシャルも『森の魔法使い』だとか『王国の魔女』だとかで知られているものの、名前まではそう広まっていないようであるし今は例の魔法も使っている。多分魔法使いという点が目を引いただけだろう。


 しかし三枚目の羊皮紙、つまりリーディアの分に目を通した時受付嬢の顔色が大きく変化した。目を見開いた後に何度か目を擦り、その後羊皮紙とリーディアの間で視線を何度か行ったり来たりさせ、そして口をぱくぱくと動かしてから絞り出すようにして言葉を吐いた。


「も、もしかしてリーディア様ですか……?」


 忘れかけていたがリーディアは皇帝の娘、つまりこの国では滅茶苦茶偉い立場なんだよな。間違ってもこんな場所にいていい人物ではない。受付嬢の『嘘だと言ってくれ』『何かの冗談であってくれ』という思いが言葉の端からありありと伝わるが、肝心のリーディアはそんなものを気にするはずが、というよりも真意が伝わるはずが無かった。


「ああ、私がリーディアだ」


 何か、問題でも? と言わんばかりに堂々と名乗りを上げ、その直後『ほわああああああああ!』という奇声が目の前から生じ、一体何事かと周囲の注目を集める事となった。ああ、また面倒な感じに……。

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