幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

101話目 なんかいた

「それじゃあそこの背の高いお前さん、ちょっとこっちに来てくれ」


 大半の兵士が怯える子羊と化してしまった中、ガクガクと震えていない貴重な兵士の一人を近くに呼びつける。自分が指名されるとは考えていなかったのかやや戸惑いながらもやってきた彼に刃を潰した剣を渡す。この時点で俺が何をさせるつもりか大体察したのか、彼は少し距離を取り剣を構える。そして俺も同様に剣を構えると『お先にどうぞ』と挑発交じりに合図を出す。


 俺の言い草にカチンと来たのか彼はややムっとするとするも、それに反して姿勢を低くしてこちらを慎重に攻める事にしたようだ。何かが落ちる音だとかを切っ掛けにして互いに動き始めたりするのが定番だが、生憎とこの場にはそういった物は存在しないため中々動き出さない。


 単に立っているのではなく、相手の隙を探したり攻撃を警戒しながらのためこれはこれで意味はあるだろう。その証拠に今目の前に立っている彼は俺の隙を見つけることが出来ないためか険しい顔をしてほんの僅かにだが消耗している。


「来ないならこっちから行くぞ」


 とはいえ後がつっかえているのも事実なのでいつまでも睨み合いをするわけにはいかない。『ずりっ』と右足を地につけたまま動かし姿勢を前に傾けて攻めの意思を見せる。それでも尚攻めてこようとしない彼に痺れを切らしたためいい加減攻めようとしたその時、ようやく彼は動き出した。


 先程までとは打って変わり怒涛の攻めが始まった。いつか見た冒険者など比べようもない程にその太刀筋は鋭く、そして重い。下手をしなくても当たれば重症を負うのは目に見えており、今打ち合っている剣が折られていないのもひとえに俺の技術の賜物だ。


 まともに打ち合えば簡単に俺の剣をへし折ることが出来ると考えていたのだろう、彼の目つきは鋭くなり速度は更に一段階上がる。最早常人ではどう打ち合っているのか目で追う事すら不可能である。右かと思えば次の瞬間には下から、かと思えばフェイント混じりに蹴りを放ってきたりと単に剣を学んだだけでは出てこない攻撃も飛んでくる。


 正直に言えば会ったばかりの頃のリーディアよりも強い。更に言えば純粋な剣技だけであれば彼女の方が今では勝るが、殺し合いとなればどう転ぶか分からない。先程まで平然としていた兵士達もこのやり取りを見て顔を青くさせ始め、逆にガイウスなどはあからさまに安堵のため息を吐いていた。多分前者はこの兵士が俺を打ち負かすと考えていたから安心していたのに、予想を裏切る光景が繰り広げられている事に驚いているのだろう。後者は単純に巨大ロボと戦わされるわけではないという事が分かったからだろう。


「くっ!」


 自身の攻撃が一切通用しない事に焦りを感じたのか、兵士は苦悶の声をあげる。この兵士の攻撃は確かに苛烈であり『嵐のような』という形容詞がよく似合う。だがそれを俺は軽くいなし、こうして周りを見る余裕すらある。打ち合っていたのは五分か、それとも十分か。俺はそれ以上は無意味だと判断し、自分の剣を彼の剣に当ててあっさりと、実にあっさりとその剣先を切り飛ばした。


 その瞬間、彼は目を見開いてごくりと息を飲む。


「それじゃ、ここまでだな」


 にやりと不敵な笑みを浮かべながら俺はそう告げた。これが殺し合いであれば剣を切られた程度で止まることは無いだろう。しかし彼がいくらしようとしても出来なかった武器破壊を、それもへし折るのではなく切り飛ばすという形で実行されてはぐうの音も出ないはずだ。


 案の定彼も大人しく引き下がってくれたため、訓練をつつがなく続行することが出来た。他の兵士達とも彼と同様に戦い、そしてどの辺が弱点なのかを探る。そしてそこを突く形で攻撃するように設定した魔法生物を用意し、克服するまで戦わせる。


 例えば攻撃に集中するあまり周りが見えないようであれば砂を蹴り上げたりといった小細工を多用させたり、攻撃の重みが足りなければ守りの硬さを重視させたりといった具合だ。こうして即席で兵力を用意できるという手札を晒すことになるが、あんな巨大ロボを何体も用意出来る事を知られた時点で今更である。尚、これを見せた時にガイウスは顔を最初の時よりも更に青くしていた。


 そして最初に戦ったのがあの兵士だったこともあり大分基準が上がってしまったかもしれないが……、まあ強くなれるのであれば彼らも本望だろう。細かい事は気にするな!


 さて、今使っている魔法生物は元の強さと比べて大分弱体化させている。無論そう簡単に負ける程弱くは無いため、どうにも苦戦してばかりで一向に進展が見られなければ俺が直接アドバイスをしたりしている。だが最初に戦った兵士のように目立った弱点が見つからなかったヤツには単純に数を増やして戦わせるくらいしか出来ず……。


「おおおおおおおおお!」


 獣の咆哮のような声と共にべちゃりと魔法生物の頭部が壁にぶつかる音が聞こえる。どうやらあの兵士はこの短時間で何かを掴んでしまったようで、四体で相手をさせていたにも関わらず全ての首を切り飛ばしてしまったようだ。歳はよく分からないがそう若くも無いだろう。というのにこうも簡単に成長するとは中々に恐ろしいものである。


 そうこうしている内に時間は過ぎ、例の兵士が六体の魔法生物を相手に善戦出来るようになった頃に訓練を終了させた。当然ながら彼以外に魔法生物を倒せた人物は存在せず、そのほとんどが精も根も使い果たして息も絶え絶えといった様子で地に伏している。


 俺がこうやって指導している間、シャルは特に興味が無いのか取り出した椅子に座ってなんとなくこちらを眺めているといった具合であり、それに反してリーディアは興味深々にギラついた視線を向けている。ああ、そういやいつも俺が直接指導するだけで、多数の相手をさせたことは無かったな……。今度からメニューに取り入れるべきか。


 そしてボロスは彼女とは違う意味の視線をこちらに向けている。俺の手札を見る事が出来てご満悦といったところだろうが、俺はもう気にしないことにする。この程度の事を知られたところでどうという事もない。裏切る算段をつけているならば勝手にすればいい。


 ともかく訓練は終了したため、その事を兵士諸君に告げて俺と彼女達はその場を後にすることにした。まばらに聞こえてくる、『ありがとうございました』といううめき声を聞きながら出口に向かう。


「もう戻っていいよな」
「ああ、いいものを見させてもらった」


 出る前に一言だけ、胡乱げな視線を向けながらボロスに訊ねる。そのまま練兵所を出るが特に後をつけてくる様子も無い。冷やしたタオルと共に『お疲れさま。師匠』という言葉と笑顔をくれたシャルと、魔法生物による新たな訓練をどうするか嬉しそうに頭を悩ませているリーディアを連れてリーディアの部屋に戻るのであった。

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