幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

92話目 初心

「遅くなってすまない!」


 バタン、と勢いよく音を立ててリーディアが扉を開ける。シャルを撫でるのに夢中になってぼーっとしていたため彼女の気配がここに近づいている事に気付かなかったため、俺達は抱き合ったまま扉の方を見やることとなる。そしてそんな俺達を見たリーディアは固まったかと思うとその顔を見る見る間に真っ赤に染めて『し、失礼した!』と上ずった声を出すと扉を閉めるのも忘れて自室へと去ってしまった。


「見られちゃいましたね……」


 リーディアの劇的な反応に面食らいつつもシャルがそう呟き、先程までの甘い雰囲気が霧散してしまったので俺達は離れることにした。彼女がこいうして過剰とも言える反応を示したのは実は予想はしていたのだ。まあ反応の大きさは予想以上であったが。


 シャル曰く奴隷とご主人様、俺の認識では恋人となった俺達だが、リーディアの前で堂々といちゃつくのは憚られたので彼女の前では大分控えていたのだ。例えば手を繋ぐぐらいであったり、ちょっとした時に彼女の頭を撫でてあげたりするだけで『あーん』すらしていなかったりする。


 そんな小学生並の行為しかしていなかったのだが、そんな俺達をリーディアは頬を赤らめながら横目でちらちらと盗み見ていたのを俺は知っている。その程度の事でも過度に反応している彼女の事が気になって結局それ以上堂々といちゃつく事が出来ずにいたのだが、そう自重していたのはどうやら間違ってはいなかったらしい。


 その事はシャルも分かっていた……、というよりも同じ女性であるシャルの方が俺よりもそういうのに敏感なのではないだろうか? ともかくシャルと俺の間には『昼間は自重する』という共通の認識が出来ていたが、今回は旅先という事と時間帯が重なってすっかり油断してしまったわけだ。


「あー……、飯にするか」
「はい」


 別に衣類が乱れてはいないのだが、なんとなく確認をしてからリーディアが入っていった部屋へと向かう。扉を叩いてリーディアを呼ぶとひどくゆっくりと扉を少しだけ開け、隙間から顔を覗かせて全力で目を泳がせているリーディアが現れた。


「そ、そそ、その、先程は邪魔をしてすまなかった。私は家に、いや、この部屋に居るから存分に続きを――」


 顔を見せるや否や彼女はそう捲し立てるが、慌て過ぎである。普段の快活な雰囲気からは想像も出来ない程におどおどとしているというか、目をこちらに向けようともしていない上に喋っている内容も的外れな物だ。


「いや、飯にするから部屋に来ないかって誘おうと思ってたんだが……」


 そのまま喋らせると一人で勝手に納得して扉を閉めてしまいそうなので、彼女の言葉を遮るようにしてこちらの要件を切り出す。すると彼女は合点がいったのか『あー、あー、あー』と言うとまたしても顔を朱に染めてしまう。


 そうしたやり取りがあったものの、無事になんとかリーディアを俺達の部屋に連れて来る事に成功し、事前に亜空間に保存しておいた食事を取り出して普段と遜色ないレベルの食事をする。常識から外れた魔法ではあるが、かれこれ数か月は一緒に居るため幾度かこの魔法を見ているリーディアが驚くようなことは無い。


 普通は『旅先では現地ならではの食事を』と考えるものだが、あまりにもレベルが違い過ぎて食べたくない、という思いが無い訳でも無いが、今のリーディアが何を口走るかわかったものではないため食堂で食事をするのは危険だと判断した結果である。先程の工業区とでも言うべき場所での体験から『もしかすると』という期待が多少はあったので少々残念だが背に腹は代えられない。


 事実、今こうして食事をとっている最中な訳だが彼女の目はやはり泳いだままである。そしてこのまま放っておけばまた何か変な事を言い出しかねないのでこちらから先に話題を振る事にした。


「なあリーディア」
「な、なな、何だろうか?!」


 俺はただ声をかけただけなのだが、声をかけられた彼女は背筋をピンと伸ばしてどもりながら返事をする。それはまるで職質を受けてしまったオタクのような挙動不審さであり、見ているこっちが恥ずかしくなる有様である。


「や、やはり私はお邪魔だっただろうか? 今からでも私は部屋に戻っても大丈夫――」
「いや、そうじゃなくて、今の情勢について聞きたいんだけど」
「な、成程」


 それから食事をしながら彼女は皇帝から聞き出した情報を教えてくれた。今のところ侵攻は非常に順調であり、人間の主だった国は既に攻略し終え、残すは取るに足らない小国ばかりのため次は獣人の国に攻め込むのだという。何故たった数か月という短い期間でそれ程の成果を出せたのか疑問に思えたが、補給がほとんど必要無いキラーエイプによる攻撃とドワーフ謹製の強力な武具があるからこそそのような無茶も可能になったのだろう。


 もちろんその他にも色々とやっているのだろうが、俺にとって重要なのはエルフやドワーフといった種族等が搾取されてそれが行われているのではない事と、その結果だけである。リーディアはその他にも次はどこの国に攻めるとか、誰が出撃するだろうといった事も教えてくれたが、そんな機密事項を俺に話してもいいのだろうか?


「リョウ殿が敵に回った時点でこちらに勝ち目は無いからな」


 俺が相手にそれらの情報を渡したらどうするのかと尋ねたらそう返されてしまった。まあ確かにそうだろう。それならいっそこちらの機嫌を取るのに使うという事か。


 それからもあれこれと話をしていたが、真面目な話題というのが功を奏したのか話し終える頃にはリーディアもようやく落ち着きを取り戻していた。まあふとした時に発作のように挙動不審になる事もあるかもしれないが、一先ずはこれで大丈夫だろう。

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