幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

71話目 警備隊

「あー、早く戦争終わらねーかなー」


 王都の守りを任されていたとある部隊長が王都の外壁の上でひとりごちる。つい最近始まった帝国との戦争は終始王国側の優勢であった。その立役者は国王が目をかけていたというエルフの女であり、その女が放つ魔法は正に規格外……、だったらしい。


 というのもこの男は別段出世に励んでいるわけではなく、その面倒見の良さなどで上司や部下からの評判が良かった故に流されに流されて今の地位に居るのだ。加えて、地位に見合った程度の能力は有していたため現在の地位についてからも使い勝手の良い駒として使われている。


 そのためこの度の戦争においても前線に行かされることも無く、占領地の治安回復や王都の留守を守るなどの手柄の少ない任務にばかり回されていた。エルフの魔法についても人づてに聞いただけに過ぎず、そのお陰で通常ならばあり得ない速度での侵攻が可能であったと言われてもいまいちピンと来なかったのだ。


 しかし最早帝国が滅亡する寸前というこの時にどうやらそのエルフが逃げ出したらしく、数日前に捜索部隊として駆り出されたが発見することは出来なかった。それに合わせたかのように帝国ではクーデターが行われたという情報も伝わっており、それを聞いた時男はどうにもきな臭いものを感じていたのだ。


 とはいえ具体的に何が危ないといった予測があるわけでもないのでその危機感も一瞬だけのものに過ぎず、結局は周りにいた同僚の『敵が目の前にまで来ているというのに、帝国も何とも悠長なことだ』という意見に同調するだけであった。


 そうしてエルフが居ないままではあるが戦争はそのまま続行され、現在は帝都を制圧すべく帝都近くの街に王都のほとんど全ての部隊を集結させているという状況である。男が率いる部隊は王都の守りを任された数少ない部隊の一つなのだ。


 それらの部隊が一体何から街を守るのかと言うと敵の軍……、ではなく魔物からである。今や帝国との戦争は終わりが見えており、それも王国が勝勢であるためここまで敵の軍がやってくることはほぼあり得ないだろう。そもそもここに敵の軍がやってくるためには前線にいるこちらの軍を撃破する必要があり、そんな事態になってしまえば抵抗するだけ無駄と言うものだ。


 外壁に見張りを立てて異変が無いかを確認し、魔物が居れば追い払うか討伐する。その異変もそうそう起こるものではないのでほとんど何もすることが無く、男は只管に暇なのである。これならば魔物の被害が出ている街に出向いて討伐を行う方がいくらかマシであり、そうするためにも早く戦争が終わって主力部隊達に一刻も早く帰還して欲しいのだ。


 男の独り言を聞いた部下の一人が気安い口調で男に話しかける。


「早く終わって欲しいなら隊長も侵攻部隊に志願すれば良かったじゃないですか」
「嫌だよめんどくせえ。どうせ手柄の少ない場所に回されて忙しくなるだけだし、それならこっちでゆっくりしてる方がマシだっつーの」


 そんな風に部下と駄弁りながら任務を終え、『本日も異常なし』と上に報告するだけの一日になるはずだった。


「隊長! た、大変です! 巨大な魔物が突然現れました!」


 部下の一人が男の元へ慌ただしく駆け寄りながらそう叫ぶ。彼の顔は蒼白と言って差支えが無く、余程の魔物が現れたのだと容易に察しがついた。


「あー、とりあえず落ち着け、その魔物ってのはどれくらいの大きさなんだ?」


 男はそう言いつつもある程度の計画を立てる。巨大な魔物は得てして凶暴かつ強大であり、外壁の上から弓で射掛けて追い払うだけなら簡単なのであるが、下手に刺激して王都の近くに居座られてはたまったものではないのだ。


 そのためそういった魔物は逃がさないように細心の注意を払いながら仕留めるのだ。部下の報告を聞きつつ男はその魔物の大きさを大きくても三メートル程度と考えつつ続きを促したのだが……。


「それが……、十メートル以上ということしか……」
「は?」


 男はまず自分の耳を疑い、次に部下が寝ぼけているのではないかと疑った。


「ほ、本当にとてつもなく巨大なんです! 隊長、指示をお願いします!」


 その顔は必死そのものであり、彼が決してふざけているわけではないことは確かに思えた。隣にいた部下と一度顔を見合わせた後、男はとにかくその魔物とやらをその目で確かめるべきだと考えた。


「わかったわかった、じゃあその魔物を確かめるからそいつが居る場所まで連れてけ。ああそれとお前、念のために攻城兵器をありったけ用意しろ」


 部下に指示を出した後、男は現場へと向かう。始めはそんな巨大な魔物がいるはずもないと考えていたが、その考えはすぐに改めることとなった。現場に近づくにつれて兵士たちが慌ただしく動いているのが見えてきて、一先ず部下が寝ぼけているのではないことを確信した後、それ・・を目にすることになった。


「なん、だ、ありゃあ」


 男は目を見開き、辛うじてそう言葉を絞り出した。あまりにも異様、あまりにも巨大なものがそこにはあった。先程の報告では十メートル以上と言っていたが、実際には二十メートル程はあるだろう。それ・・にはまるで人間のような手足と頭部がついており、果たして本当に魔物なのかすら怪しく思える。


 何故手足と頭がついていると判断できたのかと言えば、まるで騎士のように鎧らしきものを身にまとっているからだ。あれは巨大な魔物なのではなく、騎士の亡霊が肉を得たのだとか言われた方がまだ信じられる。


 しかし現実としてそこにはそいつが確りと存在し、しかもこちらに向けてゆっくりと、だが確実に歩いてきている。一歩一歩歩く毎にこちらにまで振動が伝わり、嫌でも現実を認識させられる。男はそんな現実離れした光景に呆然として、そして数秒して周りには自分の指示を待つ部下たちが居ることを思い出す。


「近くにいる民間人の退避! それから魔法使い全員と長くて丈夫な縄と攻城兵器をありったけ持って来い! あれを魔物だと思うな! でかい動く城を相手にすると思え!」


 幸いなことに男は亀のような魔物と相対した経験があり、その防御力の高さを知っていたが故に今目の前にいる魔物も高い防御力を有していることを一目で見抜くことが出来た。


 あの時は糞亀くそがめが顔を出した時を狙って仕留めたが、あいつはの場合は……、目か?


 相手が魔物、生物であるならば必ずどこか弱点となる部位が存在するはずである。男はそう自分に言い聞かせ、先立って到着した魔法使い達に指示を出す。頭部らしき部位は兜を被ったような形をしているので、目を狙うならば必然的に狭い隙間を魔法で打ち抜く必要がある。


 果たして本当に目があるのか? 目が有ったとしてそこに目があるのか? 人型なのはフェイクなのではないか? そういった疑問が頭を過ったが、時間に余裕はない。とにかく一分一秒でも時間を稼ぎ、その歩みを一歩でも遅くしなくてはならない。


 魔法使い達を位置につけ、運ばれて来たバリスタやカタパルト等で砲撃をする準備をする。そして魔物が射程範囲に入ったその時……。


「撃て!」


 男の掛け声とともに様々な攻撃が魔物へと向かう。魔法以外でどこかを狙い撃つのは困難なため、少しでも傷がつけば、怯ませることが出来ればと考えていたが、やはりと言うべきかほとんど効果は無いように見られる。


「目に魔法を当てても効果無しか……」


 目視で確認した分では目があると思わしき場所にいくらか火の魔法が当たっていたが、それでも怯む様子すら見せなかった。この時点で男は魔物を討伐することを諦めて動きを封じることに専念すると決定し、そのための指示を部下に行おうとしたその時、部下たちが一斉に悲鳴をあげた。


 何事かと思い男が魔物を見ると、魔物は先程までのゆっくりとした歩みと打って変わり、こちらに向けてかなりの速度で走っているのが目に入った。そのあり得ないほどの巨体が、そのような速度でぶつかればどれ程の衝撃が発生するか想像することすら難しい。


「全員何かに掴まれー!!」


 魔物が外壁にぶつかる直前に、男はそう叫んで指示を出すことに成功した。そしてその直後、何もかもがひっくり返る様な揺れが男たちを襲った。

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