幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

66話目 転がされる

「それで、皇帝ともあろうお方が一体どういう要件でこんな所に来たんだ」


 前置きやら何やらをすっとばして単刀直入に要件を聞くが、俺の言葉は乱暴なものである。正直に言ってこの千年間剣と魔法の修行ばかりしていた俺ではまともに交渉を行うことなど不可能である。相手はこういった場を日常的に乗り越えた百戦錬磨であることが容易に想像でき、まともに相手をすれば良いように丸め込まれてしまう。


 それ故今まで俺がとってきた策とも言えぬ策は徹頭徹尾譲歩せず、言葉遣いも丁寧な物は使わずに相手がキレて強硬手段に出るのを待つというもの。絶対に譲歩しなければ、最悪でもこちらが不利益を被ることは無いだろうし、プライドの高い貴族は面白い程簡単に激昂してくれる。


 俺の態度に対して顔を赤くして怒る様等を『そんなに顔を赤くしてどうなさったのですか』とかわざとらしく聞いて更に煽って遊んだりしていたが、今回に限り遊ぶ意図は無い。人質を取られていたとはいえシャルは帝国の軍人を数多く殺したのだ。加えてその容姿は否が応にも目立つので、まず間違いなくこの目の前の男にもシャルについて情報を得ているだろう。


 俺にくっつているシャルを見るこの男の目に怒りの色は感じられないが、皇帝なんだし怒りを隠す程度の腹芸は出来て当然だろう。相手が帝国の皇帝であると分かり、やや表情が硬くなってしまったシャルのためにも早急にお帰り願いたい。危惧した通りシャルを引き渡す要求を、ただの交渉のカードとしてでも持ちだして来た時には塵に帰ってもらうことにするが。


 しかしボロスと名乗ったこの男は、敵意を隠さない俺の態度に気を悪くした様子も見せずに予想外の言葉を口にした。


「ああ、先に誤解の無いように言っておくが俺、というよりも現帝国はそのエルフの娘に敵意は無い。むしろ感謝しているくらいだ」
「はあ?」


 あっけらかんと言い放たれたその言葉は思いもよらぬものであり、魔法により嘘ではないことが分かったが、すぐに信じられるようなものではない。どこの世界に自国の兵が殺されて感謝する国があるというんだ。


「信じられん、という顔だな。だが本当のことだ。その娘が帝国を弱体化させてくれたお陰で俺らは大した損耗も無くクーデターに成功したんだからな」
「クーデター?!」


 予想外の言葉が連続で出てきたことでただ驚くだけの装置になりつつある。我ながら情けない。いやでもさ、え、クーデターってお前……。なんやねんこいつ絶対頭おかしいって。


 ボロスは続けて、情報の処理が追いついていない俺に事の顛末を説明する。長年の計画の末帝国内での根回しや武力の強化やらが完了し、以前から兆候のあった戦争に乗じてクーデターを実行する予定だったらしい。本来は帝国の兵力がある程度減った時点で実行するはずがここでイレギュラーな事態が、つまりシャルによる無双が発生してしまったのだ。


 予測よりも大幅に帝国の兵力が減ったことにより成功率が大幅に上昇した他、損耗が抑えられたこと、不満の溜まっていた帝国民がクーデターを好意的に受け入れる下地が出来たなど色々といい方向に転がったらしい。


「あわよくばその娘を帝国に迎え入れたいと考えていたが……、その様子では無理なようだな」


 ボロスが喋っている途中でシャルは表情を険しくして更に強く俺にしがみついてきた。『絶対に離れない』という意思がありありと表れており、説得は無駄だと考えたのだろう。そしてシャルの行動によりやっと我に返る。表情を引き締めてみるが今更というものであり、ドラ助と大して変わらないポンコツぶりである。


 そんな俺の醜態を見てボロスはニヤリと口を歪め、軽く鼻で笑いやがった。こいつ、殺してもいいかな? っていかんいかん、俺の方が煽られてどうする。


「まあそっちの事情は大体わかった。それはさておきとして、だ」
「わかっている。ここに来た要件だろ?」


 そう言いつつも、盛大に寄り道してしまったため何かもう集中力が切れてしまった俺の方はもうあんまりやる気は無い。もう面倒だしさっさと聞いてさっさと帰ってもらいたい。どうせ『部下にしてやる』だの何だのと碌でもない事しか言わないだろうし。


「魔の森の魔法使い、王国を攻めるのにお前に協力してもらいたい」


 だがまたしても予想外なことに、ボロスの提案は非常に魅力的な物であった。

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