幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

36話目 嫉妬に惑わされた男の末路

「こりゃ駄目だな。全員死んだわ」


 戦いとも言えない、蹂躙という言葉すら生易しい殺戮が眼前で行われ、ジルはいつもと変わらない軽い調子でそう漏らした。最早軍は軍の体をなしておらず、冒険者のほとんどは先程の魔法で焼き殺された。


 この軍の責任者である将軍もまた、逃げ出そうとしたところを背中からバッサリと真っ二つにされてしまった。魔法においても、剣においても勝機は一切見えず、このままでは恐らくあの男の言葉通り皆殺しにされてしまうだろう。


 あの強烈な魔法を見せられれば、数の差など何の意味も持たないことがわかる。だからこそジルは諦めの言葉を放ったのだ。


 されど、ほんの一握り、極々一部の人間だけは逃げ出せていることをデイビスは目敏く確認していた。まさかこれ程とは思っていなかったが、デイビスはあの男に英雄を見ていたため、戦えばかなりの被害が出ることは予想済みであったので受けた衝撃も少なく、周囲の観察が出来たのだ。


「ジル、ライオル、俺が何とかして気を引くからお前らは逃げろ」


 そしてこの結末は己の未熟さが呼び込んだ物であり、それに二人を巻き込むわけにはいかないとデイビスは結論付けた。


「はあ?! ふざけんなよ! 誰がてめえを置いて逃げ出すかってんだ!」


 デイビスの言葉にジルが激しく反対するも、デイビスは全く取り合わない。ジルはライオルに助け船を求めるために彼の方を向くが……。


――――ドスッ


 ひどく鈍い音を立ててライオルの拳がジルの腹に沈む。


「がっ! ライオル……、てめえ……!」


 ジルはそう呻きながら気を失う。そしてライオルはジルを肩に担ぐとデイビスに向き直り、一言だけ言葉を残した。


「デビー、死ぬなよ」


 言っていて自分でも無理があると思っているのだろう、ライオルは非常に情けない顔をしており、デイビスは思わず吹き出してしまう。


 死ぬ前に、珍しいもんが見れたな。


 彼はそんな場違いな感想を抱き、そして『そりゃ無理だ』と言おうとして、別の言葉に言い直す。


「お前らも死ぬんじゃねえぞ」




 デイビスは天才的な魔法使いだった。彼が幼少期に聞かされたお伽噺の英雄達。彼らに憧れたデイビスは彼らのまねをして魔法の詠唱を行い、彼の逞しい想像力はその魔法の実現を可能とした。


 普通の魔法使いならば三十秒はかかる長い詠唱をして使える魔法を、彼は一瞬の詠唱で使うことができた。同じ詠唱をしても、彼は他の魔法使いよりもより大きな効果の魔法を使うことが出来た。


 故に、彼は自分もいつか英雄になれるのだと信じ切っていた。幼馴染であるジルやライオルと共に旅に出て、自分たちもお伽噺のような活躍が出来るのだと疑っていなかった。冒険者になり、現実を知り、それでも英雄となるために人々を助けていた。


「その結果が、これか」


 嫉妬に突き動かされ、恩人を売り、仲間を巻き込んで、有象無象の如く殺される。


「だが、一撃くらいは当ててみせるぜ」


 そうしなければ、あの二人は生き残れない。


 一瞬で良い。あの男の気を引いて、二人を生き延びさせてみせる。


 周りの人間が次々と逃げ、倒れていく中デイビスはじっと男を見ていた。そして男の視線がジルとライオルの方を向いたその瞬間。


――――今だっ!


「猛き炎よ、我が敵を燃やし尽くし我が道を切り開け! 【ファイアランス】!」


 イメージするのは、彼が最も信頼する仲間の槍。口にしたことは無いが、あの二人とならば何だって出来る、どんな困難な道も切り開けると今でも信じていた。それ故に、彼の最も信頼する魔法もまた槍の形をとり、そして魔法が男に当たった瞬間……。


――――


 彼が最も信頼していた魔法は、音も無く霧散する。それを見たデイビスは己の中の何かがポッキリと折れる音が聞こえた。


「ハハッ」


 乾いた笑いが口から出る。


 まあ、顔に当ててやったから気を引くくらいはできただろ。


 彼の目論見通り男の注意はデイビスへと向けられ、男はデイビスに駆け寄るとその手に持った剣で彼の首目がけて切りかかる。


「やっぱり本物は違うわ」


 英雄に憧れ、英雄を目指し、英雄に嫉妬した男はその言葉を最後にその意識を永久に閉ざした。

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