ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

トレジャーキラー

 『赤ずきん』が戻ってくるまでの間、特にやる事もないので、『闇衲』は地図とにらめっこしながら、この都市の復興には何が必要かを考えていた。シルビアを連れていたお蔭で、リアの遊び相手は不自由していない。彼女をトストリスに置いてきていたら、自分がリアと遊んでやらねばならなかったので、やはり彼女を連れてきて正解だったと言えるだろうと。こんな所で確信するのもおかしな話だが、そう感じていた。

 しかしこの魔術都市、土地の面で言えば資源が潤沢とは言い難い。近くに川は無いし、森も無い。レガルツィオは暴走した自分が全て壊してしまったし(まあ元々長続きする様な政治体制では無かったので、いつかは崩壊したとは思うが)、全てが集結した今となっては周りは何処もかしこも死体だらけ。死体なんて資源的には何の利用価値も無いので、復興という点においてこれ程無駄な資源は存在しない。一体これだけの死体を何に利用すれば良いと言うのだ。

―――皮肉なものだな。

 文明を壊す側の自分が、一度でも文明を築く側に回るなんて。最終的に壊す……殺す事には違いない。けれどその殺す筈の都市を、自分達が再生しようとしているのだ。こんなおかしな話は無い。殺人鬼を名乗る男のする行いではないが、娘が望んだ事なのだ。父親としては、叶えてやるのもまた教育の一環である。

 ―――しかし、何かが足りない気がするのは気のせいか。

 自分達だけで用意出来るもの……ああ、そういう事か。何かおかしいと思っていたが、そうだ。そもそも『街』から復興させようと思うのが間違いだった。こうしてすっかり全てが崩壊した今、始めるべきは村……否、集落からではないだろうか。幸い、レスポルカの外壁は殆ど残っているから、これを囲いとして集落をつくっていけば、いずれは元通りの魔術都市になる筈だ。前述した通り、ヒト、モノ、カネ、土地、秩序が成立すれば、そこには社会が生まれる。土地というのは住む為の場所ではなく、自然の産物に満ちた空間の事……たとえば川や森の様な空間の事である。洞窟や迷宮でもいい。場合によっては魔物も自然の産物と言えるだろう。要は、生き残った少数の民が自給自足を持続的に成立させる事の出来る供給源を確保出来ればいいのだ。

 それさえ確保出来れば、再び文明として成り上がる事が出来る。『赤ずきん』を調査に向かわせたのは、そういう目的もあった。

「お待たせしました」

 『闇衲』の思考に進展が生まれた時に同じく、『赤ずきん』が戻ってきた。手には古ぼけた地図を握りしめていて、こちらが睨めっこしていた地図の上に無粋にも広げてくる。いや、この場合は無神経と言った方が妥当か。

 地図には三個の×印が付いており、どれも距離はそう遠くなさそうだった。一点、不自然な個所にあるが、それへの言及はまた後ででいいだろう。

「この情報は信用出来るのか?」

「当たり前ですッ! この情報、『狼』さんが三時間も用意してくれたお蔭で得られたんですから!」

「というと」

「また力を使い過ぎると暫く動けなくなるので使いたくなかったんですが、ここに来てから散々迷惑を掛けてしまったので……私の手で、大陸全土を調べてきました。試行回数二三〇〇回、所要時間二時間三〇分。間違いありません」

「成程。お前の力か。確かにそれなら信用してやらないとな。じゃあこの地図もお前が作ったって言うのか?」

「勿論です」

「ほお……そうか」

 地図の端を擦って感触を確認。材質は羊皮紙。十分に乾燥しているようだ。よく見てみると、かつてそれが動物だったという名残がある。毛側と肉側の差異もあるようだ。羊皮紙作りに心得が無い割にはあまりにも上手に作れている。それにインクも染み込んでかなりの時間が経っている様だ。×印はともかく、大陸まで書き込んだと言うには無理がある。もしも彼女が地図を作ったのなら、ここまで全体的に古ぼけている筈がない。 

「嘘を吐くな」

「あ、バレました?」

 悪気の無さそうに舌を出す『赤ずきん』に軽く拳骨を入れる。最近は加減が分かってきたので、痛くはない筈だ。悪戯がバレた子供を叱りつけるだけならこれで十分。これ以上は暴力の域になるので、リアにしかやらない。

「地図は嘘だろ、どう考えても。あからさまな嘘に何の意味がある」

「『狼』さんが褒めてくれたらしてやったりかなと」

「何がしてやったりかな、だ。そんな下手くそな嘘で褒める俺じゃない。褒めて欲しいならもっと上手な嘘を吐くんだな。さて、話を戻すぞ。この×印は迷宮か? 洞窟か?」

「この辺りに迷宮なんてありませんよ。全て洞窟です。余った三〇分を使って少し調査してみましたが、崩壊以前にもこれらの洞窟は認知されていない様です。なので地図的には何の名称もつけられていません。言い換えると、確実に人の手は入っていないという事です」

「成程。しかしそれは、公的にという前置きがつく筈だ。盗賊が手を付けていないとは限らない」

「抜かりありません。洞窟付近の入り口を試行回数中に調査しましたが、足跡は確認出来ず、魔力濃度にも変化はありませんでした。通常多くの人間が立ち入ると、人体の自然吸収によって濃度にムラが生まれるのですが、それが無いという事は、誰一人入っていない証明です。もしくは……立ち入ったが、洞窟の奥で土に還ったか」

 脅しのつもりもないだろうが、そういう文句にはこの場に居る誰も怖がらない。唯一怖がりそうなのはシルビアくらいだが、その彼女はリアの遊び相手として進行形で弄り倒されているので、怖がる暇がない。

 今の所『闇衲』は、レスポルカから南方の方に位置する洞窟が気になっている。三つの中では一番距離があるが、問題はこの洞窟を挟んでいるものだ。先程、森が無いと言ったが、それは砂漠の如く何も無い訳ではない。飽くまで近くにないというだけで、この洞窟を超えた先にちゃんとある。

 森というものは人が文明を築き上げる以前から存在する自然の文明とも呼ぶべき場所で、そのような場所の付近には大抵、人知の到底及ばぬ宝物が眠っている。それを観光名所として据える事が出来れば、徐々に人も集まってくるのではないだろうか。

 いや、それは後だ。取り敢えず自給自足が成立する程度に土地を確保する。洞窟内の資源が潤沢であればレスポルカと洞窟の内部を繋げればいいし、そうでないのなら森とレスポルカを洞窟の内部を利用して繋げてしまえばいい。構造に工夫を加えれば、供給も容易になる。ゼペットが協力してくれれば、自給自足なんて原始的な事は言わず、全自動的に供給できるかもしれない。

「どうしますかッ? 何処に行きますか?」

 己の成果が認められて、『赤ずきん』はとても嬉しそうに尋ねてきた。リア達はこの手の話に加わっても話の腰を折るばかりで邪魔。彼女にとってこれ以上に至福な時間など無いのだろう。女心などまるで分からない『闇衲』だが、シュタイン・クロイツと対峙した際のやり取りといい、この少女はかなり独占欲が強いみたいだから、間違っているとは言い切れない。独占欲という点では彼女に引けを取らない少女が『娘』として傍に居るのだ。その気持ちは、手に取る様に分かったり、分からなかったり。

 赤の他人よりは間違いなく分かる。

「そうだな……この洞窟とか、行ってみるか」

「リア達には聞かないんですか?」

 『闇衲』は真横で遊んでいる二人の少女を見遣る。シルビアはひたすらに額を小突かれて倒れ込み、起き上がっていた。傍から見ると何が面白いか分からないが、リアは結構楽しんでいる。感性の違いだろうか。

 『赤ずきん』の方に視線を戻し、諦めた様に地図へ落とした。

「あの二人は何の事情も把握してなくても勝手に来るからな。こういう難しい話はお前とだけ行った方が効率が良いだろう。そうそう、もう一つ頼まれてもらえるか?」

「はい、何でしょうかッ?」

「後でいい。多分生き残ってると思うが、フィーに聞いてきてくれ―――『吸血姫』は居るのか、と」

 もしも死んでいたのなら、それもまた時の運。人の死に対してお金も敬意も払うつもりはないが、彼女が死んでいたのなら……その時は手厚く葬るとしよう。

 『闇衲』は真横で遊ぶ二人に声を掛けて、徐に歩き出した。

「行くぞ二人共」

「あ、終わったの? 何処に行くのかしらッ! ちゃんとした場所よね?」

「勿論だ。精々楽しみにしていろリア、シルビア。大人げないかもしれないが、俺も楽しみにしている。こういう前向きな探索は初めてだからな」

 残念な事に人が勝手に死に過ぎた。流れに身を任せ過ぎた結果ともいえるだろう。これでは殺そうにも殺せない。故に、殺人業は暫く休止となる。『闇衲』は、暫くリアの父親として振舞う事になるだろう。

 本当に何でもない、善良な親を。

「トレジャーハントなんてやった事も無いが、良い響きだ。果たしてこれからの行いが盗掘かどうかは知らないが、復興の為だ―――殺してばかりじゃ飽きるからな、たまには良いこともしないと」

「―――パパ。それって!」

 リアは驚いた様に目を見開いてから、『闇衲』の腰に抱き付いた。 






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