ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

救国者に似たり

 大きな瓦礫は素手で壊せる程に脆かった。こんな脆い壁で良く文明を維持し続けられたものだ。自分の様な剛力と中々出会う事も無い為、そんな心配をする意味が無いと言えばそうなのだが、それでも万全を期しておくのが国というものだろう。未だ訪れないとはいえ、訪れない可能性が全くないと言い切れる事は無いのなら、可能性を考慮するべきだ。そういう危機感が足りないから、この国は滅んだとも言える。

 国全体に洗脳が掛けられて、自分を奪い返そうとする娘への対応に当てられる、など。まず想像しろという方が無理だろうが。

「ちゃんと運べよ」

「パパ、ちょっとこれ雑じゃない?」

 『闇衲』の壊した瓦礫は、神話に存在する巨人族でも無ければ運べない大きさよりは小さくなったものの、その『破片』と呼ばれる部分は、少女が持つには大きすぎた。その大きさは優に少女たちの体長を上回っており、これを持ち上げるとなると、文明の利器を最大限活用した方法を使わなければ無さそうだ。こんなものを人に持たせるなんて正気の沙汰じゃない。馬鹿力に定評のある殺人鬼ならまだしも、リアはいたいけな少女なのだから。

「何がだ。小さくしてやったろ」

「重すぎるのよ! こんなの『赤ずきん』しか運べないじゃない!」

「ちょっと。それどういう意味ですか」

「そのままの意味で言ってんの。ねえパパ、一緒に運んでいこうよ」

「俺は壊すから駄目だ。シルビアに手伝ってもらえ」

「私もシルビアも似たり寄ったりじゃない! もっと小さく壊してよー」

 子供達というか全体的にリアだけが煩いので、『闇衲』は彼女を呼び寄せて、脳天に拳骨を叩き込んだ。

「いたッ!」

「運べ」

 娘に対して好きに甘えてくれとは言ったが、それとこれとは全く別だ。これくらいの仕事が出来ない様ではこれからが思いやられる。それでもギャーギャー煩いが、対処は勝手に『赤ずきん』がしてくれるだろう。引き続き人が持て余しそうな瓦礫を粉砕して、協力者達に運ばせていく。シルビアは特に非力なので、彼女に運ばせる際は特に念入りに破壊しなければならない。

「ちょっと、何でそっちにだけ贔屓するのよ!」

「シルビアは女の子だからな。優しくしないと」

「私も女の子なんですけど!」

「お前は『娘』だ。甘えさせるとは言ったが、扱いが違う」

 濃密な出会いが幾度となくあるので忘れてしまいそうになるが、『赤ずきん』も含めて、まだこの子供達とは一年も過ごしていない。最初からそういう契約をしているリアはともかくとして、他の子供達に『娘』判定を下すには早すぎるというものだ。如何にシルビアの方が百倍大人しくて、物分かりが良くて、可愛らしかったとしても、こちらとしても彼女が『娘』になってくれるならば願ったり叶ったりの話だったとしても、『娘』ではないものはどうしようもない。飽くまでリアの友達、または『闇衲』にとっての道具。

 それ以外の価値観が築かれるにしては、あまりにも時間が足りなさ過ぎる。

 シルビアの目線に併せて屈みこみ、『闇衲』は首を傾げながら尋ねた。

「運べるか?」

「あ、はい。これくらいなら」

 因みに砕いた際のサイズは小石くらいだ。その分、量も多いが彼女が持てる限界くらいには調節してあるつもりだ。現に彼女は両手であれば問題なく担げている。

「しっかり運べよ」

 頭を撫でながら、可能な限りの笑顔を向けると、シルビアは笑顔を輝かせて力強く頷いた。

「はい!」

 ご機嫌状態のまま石を運んでいくシルビアを看ながら、リアは頬を膨らませた。

「ずるいずるい! シルビアだけそんな扱い受けるなんておかしいわ!」

「うるせえ仕事しろ。刻むぞ」

 同じ子供でも、その子供によって扱いを変えるというのはよくある話だ。たとえ三人兄弟を生んだ母親と言えど、三人全てに同じ扱いをする訳ではない。何故ならその三人は、違う三人だから。親という存在になって日の浅い自分が何を言っても怒られるだけだが、親には子供に対して個別に向き合う事が求められる。子供視点では理不尽にも聞こえてくるが、親視点ではそうしなければならない。でないといつか、子供は歪む事になる。

 これが所謂『愛に飢えた』状態。

 引き続き飲み物で例えると、親は水のボトル、そして子供達はそれぞれ形の違うカップだ。大きいカップ、小さいカップ、中くらい、もしくは穴の開いたカップ。そこにそれぞれ水を注ぐと―――どうだろう。

 大きいカップにすれば小さい量。けれどその量は、小さいカップにとっては大量。

 中くらいにとって丁度良い。けれど大きいカップにとっては僅かな量。

 穴の開いたカップなんて論外だ。どれだけの量を注いでも、止む事のない飢餓に悩まされている。

 個別に向き合うという事は、そのカップにとっての適量を見極めるという事。穴が開いているなら、その穴を塞ぐ方法から考えるのだ。

 シルビアにしても『赤ずきん』にしても自分にとっては『娘』ではないが、しかしカップではある。個別に見るべき対象だ。今まで殺してきた人物の如く、しっかりと見極めるべき存在なのだ。

「しかし……砕いても砕いても終わらないな」

 拳を痛めるには早すぎるが、これだけの瓦礫が積もっているとなると頭が痛くなってくる。人は先の長い未来を見た時、その人の考え方にもよるが、多くの人間は面倒くささを先んじて受け取る筈だ。

 『闇衲』はそういう人間だった。生物であればリアに見せるという教育的名目が作れたのに、物言わぬ物体を壊し続けるのでは、空しいだけだ。実際にやってみるとそれ程労力が掛からないかもしれないが、それにしても面倒くさく感じてしまったものは仕方ない。端的に言ってやる気が出ない。こんなつまらない物を相手にしているなら、眠って夢でも見た方がマシだ。

「『狼』さん」

「ん? 何だ?」

「復興する為には、まずこの邪魔なゴミをどかさないといけない訳ですけど。どれくらいで終わるんでしょうね」

 『闇衲』は瓦礫の山を見ながら目を細めた。

「…………そうだな。予測も立てられないくらい長くかかるだろう。年数は確実に行く」

「一年くらい?」

「もっとかかる。不眠不休で三年が最高値か。しかし今の所空腹が辛いから、不休が無理だろう」

「あーーーーーーー! せっかく忘れてたのにお腹減った! 何か食べないと力が出ないかも!」

「黙れ。あんまり煩いとお前を食べるぞ」

「性的に?」

「物理的に。その冗談が言えるならまだ大丈夫そうだな。さっさと働けクソガキ」

 真面目な話。少女なんぞ食べても特に美味しくなさそうなので、頼まれたって食べたくない。カニバリズムの嗜好は無いものの、美味いか美味くないかくらいは見定められる。何せ、殺人鬼だ。リアは性的な意味で抱けば最高かもしれないが、肉体的な話だと多分不味い。かなり不味い。根拠も無いから信用力に欠けるが、『闇衲』には何となく分かる。

「まあ多く見積もって十年かそこらか……最低値は二十年と言った所だな。あの気に食わない学校長の実力次第で幾らでも縮まるが、さて……どうなるか」

 憂いにも似た『闇衲』の予測は、背後から近づいてきた人物によって明確に否定された。








「安心しろ。そこまでは掛からない。少なくとも五年以内には終わる」

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