ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

都市復興の始まり



 一年処か半年も過ごしていない街に思い出などある筈がない。普通ならばそう言いたい所だが、今回に限り……いや、このクラスに限っては違った。χクラスに所属してからというもの、リアは楽しくて仕方なかった。特に担任教師兼学校長フィーの存在は、『闇衲』を除けば初めての『大人』なので、彼の事は他の雄よりかは全然尊敬出来るし、好きだった。あの超然とした雰囲気が、自分にとって『男』を感じさせないのだ。

 事実として、イジナの際どい格好を見ても、フィーは何の反応も見せなかった。普通の反応であるかもしれないが、少なくともこの世界に来て普通じゃない反応をごまんと見たリアにとっては、あの反応こそ、彼を信用しても良いという証拠になっていた。

 普通の人間であれば彼の何処か超然とした雰囲気が受け付けないという事もあるだろうが、自分にとってみれば嫌悪の対象が一つ減っている様な物なので、別に構わない。人間であろうとなかろうと、嫌悪感さえなければ、気持ち良く付き合える。そういう意味で言うと、どうやら自分の事が好きらしいギリークの事は気持ち良く付き合えないという事なのだが、あれはそもそも男性として見ていないので除外する。他の大人達とは違い、リアは子供を恋愛対象の内に入れないのだ。

 なので彼に対する認識は、嫌悪する『男性』でも無ければ、フィーや『闇衲』の居る『大人』でもない。遊べそうな『玩具』だ。弄っていると楽しいし、自分を人殺しなどと言って大きく見せている彼を可愛いとすら思っている。死刑囚になっているくらいだから、確かに人を殺したのかもしれない。けれど、彼に人を殺す覚悟がない事は、初対面の時点で判明済みだ。

 校長室の扉を開けると、内部には―――果てしない草原と、それを見下ろすかのように広がる蒼穹が、二人を待ち受けていた。内側に入った筈なのに外側に出たかのような光景に、リアは一瞬困惑してしまった。が、数歩先で寝転がっていた人物が起き上がったのを見て、この場所が校長室なのだと確信する。

 そう言えば初めて呼ばれた時も、こんな感じの風景だった気がする。

「フィー先生ッ」

「お、来ましたかリア―――無事で何よりです」

「随分他人行儀なのね。まだ半年も経ってないのに、先生ったら私の事忘れちゃったの?」

 フィーはおどける様に首を傾げたと思いきや、一切の無音でリアの背後へ移動し、頭を撫でた。

「忘れる訳が無いだろ? お前は俺の生徒だからな」

「……先生ッ」

 あまり彼以外の人に身体を触られたくはないが、フィーならば特別嫌悪感を感じないので、良しとする。これの基準は、鳥肌が立つか否かだ。本能による判断と言い換えてもいいだろう。

 この学校長相手に、仮に本能が拒絶して抵抗した所で、勝敗は目に見えているが。

「ギリーは?」

「ギリークはお使い中だ。まあ少し待っていろ」

「死んでは無いのね?」

「卒業しない限りは俺の生徒だ。誰にも殺させやしないよ」

 リアはホッと胸を撫で下ろした。彼の事は出来れば自分が殺したいので、何処の誰とも知れぬ者に殺されたらどうしようかと思っていた。傍から見れば只友達の安否を確認しただけだが、流石に殺人鬼の娘は思考がずれている。

 だが、それも致し方ない事。世界殺しをするという事は、関係者以外の全てを殺すという事なのだ。かつての復讐心を忘れて生きていくなどあり得ない。その復讐心こそ、彼と彼女を結び付けた切っ掛けなのだから。

「それで、どうして私達を呼んだの」

「ああ。その事だったな。お前達には一度言ったと思うが、このχクラスは特殊な境遇や能力を持った奴等を保護し、影の治安部隊としてその力を鍛える場所だ」

「うん」

「街が崩壊した今、治安部隊は何をするべきだと思う? 守るべき秩序は無く、倒すべき悪もない。ギルドの支部があったお蔭で、被害状況は既に本部に通達されているだろうから、直に復興はするだろうが、それだけでは何時まで掛かるか分からない……」

 フィーは人差し指を会立てながら、草原の上を不規則に歩き回る。

「そう言えば本部って何処にあるの?」

「本部はかなり遠いぞ。本部が遠いから支部が設立されたんだ。この大陸の北端だったかな。転移魔術なんぞ無いだろうから、一か月、二か月……ここに来るまでに天候が悪くなれば半年はこのままだろう。しかし、俺としてもお前としても、このままこの都市が壊れたままなのは望まぬ事態の筈だ。俺はせめてお前達を卒業までは面倒を見たいし、お前達だってまだまだ学校生活を味わいたいだろう。ギリークに至っては社会の崩壊に伴い、死刑も無くなった訳だしな」

 足を止めて、こちらに振り返る。フィーの双眸には、少年期にのみ人が持つ無邪気な光が宿っていた。そこには名誉欲や人望欲の欠片も見当たらない。純粋に『やりたい事をやりたい』という意思に満ちていた。正にその光が宿った瞬間、リアは彼が自分達と同じ背丈の少年に戻ったのだと錯覚した。

「―――やろうじゃないか! 本部の奴らが来るまでに、この都市を復興させようじゃないか! なあχクラス諸君? この都市は俺達が住む都市だ。自分で復興出来なくて何が住民か、そうだろう!」

 声を張りながら嬉々として語り出すフィーを、リアはどうやって落ち着かせるべきか分からなかった。イジナに対応を任せると言わんばかりに視線を向けると、丁度彼女も自分を見つめていた。

 同級生だからか、考える事は同じらしい。

「ま、待ってよフィー先生。私のパパを含めても人手が全然足りないわよ? どうやって復興するの?」

「……そこは心配いらない。俺が居るからな」

「何が心配いらないのかさっぱり分からないんだけど」

「俺はこの世界において唯一、生と死の道理を覆せる男だぞ? 一度死んだ都市の復興など造作もない。お前達さえ居るなら、尚余裕だ」

「ねえイジナ、フィー先生ってこんな感じだったっけ」

「……キャラ、変わってる」

「だよね」

 超然とした雰囲気など今の彼には存在しない。自分も大概テンションが高い自覚はあるが、今の彼はそれ以上に子供っぽいというか、無邪気だった。例えるなら、英雄に憧れる子供の様であった。

 二人の冷めた視線が突き刺さっても、彼の熱は無限に上昇していく。いよいよ温度差が絶対的となり始めたが、リアにはどうしようもなかった。十中八九、何を言っても彼には届かない。

「ただいま帰りました―――って、リア!」

「あ、ギリー! お帰りッ」

「おうただいま……じゃない。フィー先生!」

「ああ、ギリーク。で、どうだった?」

「アンタの言った通りだった。俺達がどうにかしないと、多分このまま……放置されると思う」

 リアには知りようのない話題が目の前で勝手に転がされる。話に割り込んで状況の把握をしようとも思ったが、フィーの返しに割り込む隙は無かった。

「なら猶更だな。道具は準備してあるから、早速取り掛かるとするか」

「ちょ、ちょっと待って二人共。何が何だか全然分からないんだけど、どういう事?」

「本部の奴等はこの都市を見捨てたってだけの話だ。子供が気にする様な話じゃない。さて、そうと分かったならいよいよ俺達が動き出さないとどうしようもないな」

 フィーはポケットに手を突っ込みながら、校長室の外へと歩き出した。

「そういう事だから早速取り掛かるぞ。思い立ったら吉日ってな」  

  

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品