ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

破壊の救済者



 ミコト達が何処かに行ってしまったせいも無くはないが、レガルツィオからレスポルカまでの道のりをこうも長く感じた事が果たしてあっただろうか。全力で走ってようやく数時間、ゆっくり歩いて大体一日程度。どっちを選んでも自分は長いとは感じない。

 しかしそれは道が万全であった場合の話だ。地割れがあらゆる方向に生まれ、大量の死体が道を塞いでいるこの状況では、最短距離を歩く事など夢のまた夢。まともな通行もままならないこの状況では、果たして一週間以内にレスポルカに辿り着けるかどうかすら怪しかった。操られていた自分には何が起こったのか訳が分からないが―――大量の兵士がここに居る理由は把握しているが、それがどうしてこうなったのかまでは知らないのだ―――リア達も唖然としていた。

「嘘…………」

「い、一体誰が…………」

 レスポルカ全体に洗脳が掛けられた事で、兵士達は戦争の名目でレガルツィオへ出発。リア達を殺す為に挟み撃ちをした……までは分かる。その兵士達を一瞬で全滅させたのは誰だ。そしてこの地割れは何だ。人がやったものとは思いたくないが、こうも都合よく天災が発生し得るものなのだろうか。

「リア。俺が操られていた間でもいい。地震とかはあったか?」

「え、無かったと思う。流石に地面が揺れたら私でも気付くし」

 それはそうだ。地面に足を着いて我々人間は生きているのだから、その地面が揺さぶられようものならばどんな人間でも感知する事が出来る。リアも例外ではないので、天災の可能性は低そうだ。嘘を吐く意味がないので、その可能性については考慮しないものとする。だがこうなると、地割れを起こした上に、この兵士達を全滅させた理由は『個人の手によるもの』と考えた方が良い。あり得ない? いや、あり得ないかどうかはこれから判断されるべき事だ。早くレスポルカに行きたい気持ちもあったが、『闇衲』は近くの死体に接近して、その死因を調査する。

「どうだったの?」

 結果が待ちきれなくなって、リアがこちらに近づいてくる。せっかちな娘だ。まだ一分も経過していないのに待ちきれなくなるとは。或いはそれだけ事態の納得いく解決を望んでいるのかもしれないが、ちょっと待って欲しいものである。

「…………」

「―――パパ?」

「ああ。死因だよな。死因…………死因か。分からん」

「え?」

 信じられないと言わんばかりに我が娘は眼を見開いて詰め寄ってきたが、自分を見るよりも死体を見ろと促すと、渋々彼女は言う通りに。そして『闇衲』の心情と同じ様に―――固まった。

「死因は何だった?」

 意趣返しの様に尋ねてみる。リアは顔を引き攣らせながら、目の前の現実が受け入れがたい事を眉で示した。

「わ、分かんない」


 そう。この死体には死因が無いのだ。


 語弊がある言い方だが、少なくとも外傷的なものではない。内的要因による死亡の可能性はあったが、そんな可能性は他の死体に視線を移した瞬間に消え去ってしまった。どの死体も外傷的な死因が何処にもなく、それから百体程視てみたが、全員が全員、五体満足のまま死んでいた。何の外傷もなく、何の脈絡もなく。心なしか、死体は何が起こったか分からないと言っている気がした。長い事殺人鬼をやってきたが、こんな死体は初めてである。一人二人ならば持病が突然悪化したくらいで納得出来たが、仮にこの人数での死亡が持病の悪化によるものだとするならば、レスポルカは何らかの持病持ちが多すぎる国だ。まあ考えにくい。

 やはり個人の手によるものと考えた方が良いだろう。たった一人で戦争を止めるなんて神話でもない限りはあり得ないが、そもそもレスポルカに居る全ての兵士(死体の数的にそう判断しただけで、生き残りの怠けものは居るかもしれないが)を集めれば小国を楽に落とせる程度には兵士たちの練度は高い。そんな兵士達を相手に個人も集団も大差はないが、それでも数は揃えば揃うだけ力になるから、より可能性の高い方法を見据えるならば精鋭集団による虐殺と通常は考えるべきだが、集団であれば殺し方に差異が生じる筈なので、全く同一の手口で殺されたという事は、つまりそういう事だ。

 この数の人間をたった一人でどうにかして殺す化け物が、居たのだ。相打ちで死んだか、自爆したか、まだ生きているのか。それは分からないが。

「パパでも分からないの?」

「さっきそう言った。俺は医者じゃないからな。体の内側に要因があるとすれば分からないし、殺人鬼なぞに死因特定を期待しないでくれ」

「役立たず!」

「黙れ。刻むぞ」 

 これ以上死体を見ても得るものはないので、本来の計画通り『闇衲』達はレスポルカへと歩き出した。死体ののさばる道は歩きにくい事この上なし。リアの頬を引っ張りながら進むと、その到着は地割れの無かったポイントをたまたま見つけた幸運によって、二日後になるのだった。 













 人間という生き物は一日二日飯を抜いた所で死ぬ事は無いが、それでも余程断食か飢餓に慣れているものでなければ、この堪えがたい苦痛には文句の一つも零してしまうだろう。極度の空腹から無口になっていたリアも、レスポルカに辿り着いた瞬間、赤子の様に騒ぎ出した。

「お腹減ったー! パパ、私ご飯食べたいんだけど!」

「宿屋にでも行くか?」

「壊れてるじゃないッ!」

「じゃあ無理だ。我慢しろ」

 洗脳されていたせいで、自分にしてみれば記憶が突然吹っ飛んだような衝撃を受けた。あれだけ平和で栄えていたレスポルカだったが、今の所、目の前の瓦礫達にその面影を感じない。ここが本当にレスポルカなのかどうか、一瞬疑ってしまった。学校は無傷の様なので、あれすらも無ければ、何処か別の都市に来てしまったと勘違いしたかもしれない。

「お腹減ったお腹減ったお腹へ―――ぎゃんッ!」

 外野が煩いので、手刀で黙らせる。リアは痛そうに頭を抱えながら、大分前から無言になっていたシルビアに「うわあああああん! パパが虐めるよおおお!」と安っぽいウソ泣きをしていた。それだけ出来るのならまだ余裕がある証拠なので、猶更無視して正解だった。

「お父さんッ」

「何だ?」

「その―――リアが泣いてますよッ」

「そうか。知った事じゃないから勝手に慰めてやってくれ」

 今はそれ処ではない。取り敢えずレスポルカの被害状況を見て回らなければ、復興にどれくらい時間が掛かるかも分からない。ギルドがあったので、恐らく本部の方からも支援が来る事を考えると…………うーむ。

「パパはやっぱり巨乳好きなんだわ。シルビアが泣いてたら慰めるのに、私が泣いてもちっとも慰めてくれないんだから!」

「またそれか。そろそろ反論する気力も失せてきたんだが、お前は自分に原因があるとは欠片も思わないんだな」

「原因があっても、私は可愛いから許されるのです!」

 ここに来てから一度も背後を振り返っていないが、今の発言でリアが自信に満ちた表情で胸を張ったのは何となく分かった。理論の破綻した理屈をこうも自信満々に見せつけられると、僅かなりとも残っていた気力も消え失せる。後の相手は連れの二人に任せる事にして、『闇衲』は意識を目の前の景色にだけ向けた。

 見れば見る程、校舎が無事な理由が分からない。外程ではないが、レスポルカの内部にも地割れは進行していた。にも拘らず、校舎はおろか、学校の敷地内には一片の傷も見当たらない。これは自然法則的にもおかしい事だ。まるで災害がこの学校を避けたみたいに、あまりに露骨に校舎が守られている。あの気に食わない学校長の仕業だろうか。

「見なさいリア。貴方がうざったく絡むせいで『狼』さんが無視する様になったじゃないですか」

「わ、私は悪くないわよ! 悪いのは『赤ずきん』だから!」

「は? アンタ身の程弁えなさいよ。どの口がそう言ってんのよどの口が。そもそもアンタが『狼』さんに付いていった時にドジ踏まなかったら―――」

「お、落ち着いて。『赤ずきん』も、ね? 終わった事なんだから…………」

 仲が良いのか悪いのか。女性の気持ちなど欠片も知らない自分には分からない。只、殺意が見えていないので、今の所は放置だ。本気で殺し合いにまで発展する程仲が悪くなるまでは、基本的には無視を一貫する。

 レスポルカを構成していたエリアを大体回り終わり、被害状況は大体把握出来た。後は『吸血姫』の無事が確認出来ればそれで良いのだが、校舎に居るのだろうか。校舎からはリアの嫌いな臭いを感じるので足を踏み入れたくなかった。さっきの今でこの少女と離れられる程、『闇衲』は無情ではない。

 彼女が執拗に自分へ声を掛けてくるのは、今まで空っぽだった心を満たす為であり、それだけ自分が洗脳されている間、彼女の感じた心の飢餓は深かったという事だ。むしろ過剰に肉体接触を仕掛けてこない分、彼女は良い子だと思う。どんな個所にキスされる事になっても、文句は言えないのだが。

 それを教えてしまうと絶対に奴は調子に乗るので教えない。誰が自分から望んで彼女にキスをするというのか。求められない限りは―――するつもりはない。変な誤解を生むと面倒だ。

「リア。俺は校舎の中に行きたいんだが、お前も来るか?」

「え…………こ、校舎? い、行くわよ」

 露骨に詰まったので、一応逃げ道は与えておく。

「無理はしなくてもいいんだぞ」

 これで彼女の背後には逃げ道が生まれた。どちらを選んでも俺は怒らないし、彼女も己の中で『そういう選択肢があったから』と正当化する理由が生まれる。数秒の間を挟んで、リアが言った。

「…………行く」

「そうか。お前達はどうする?」

「私達は残ります。シルビアも残るそうです」

「え、私まだ何も言ってない―――」

「静かにしてください」

 そういうやり取りは出来れば静かにやって欲しいものだ。自分だけならばいざ知らず、どんな馬鹿でも気を遣われたと理解出来るやり取りなのだから。そこで初めて背後を振り返ると、リアが恥ずかしそうに視線を逸らしていた。当然だが、気を遣われる事には慣れていない様だ。特に『赤ずきん』からは。

 『闇衲』は有無を言わさずリアを抱え上げて、校舎へと歩き出した。

「―――ふぇッ? ちょっと……え?」

「さっさと歩かないお前が悪い。悪いが色々な意味で立ち止まっている暇はないぞ。今の所生存者は俺達だけだからな」

 自分達が動かなければその分復興が遅くなる。ゼペット達は死体を運んでいるので当分こちらには来ないだろう。幼女の持て余した感情が整理されるのを待ってやれる余裕はない。校舎の入り口を蹴破り、派手な足音を立てて中を覗く。

「……嫌な臭い」

 リアは『闇衲』の胸に顔を埋めて、そのまま動かなくなった。これだけ密着していると、精子よりも先にこの身に染みついた臓腑の臭いを感じる筈なので、無断でやるのはどうかと思うが、正しい対処手段だった。

「…………リア。俺が居ない間、お前はどう思ってた?」

「……寂しかった」

 彼女にとって、この世界における父親とは自分である。親が居なくて寂しくない子供が何処に居る。そんなの、よっぽど歪んだ教育を受けた子供だけだ。皮肉な事に、この世界で最も歪んでいる自分の子供は、真っ当に育ってしまった。殺人に対する躊躇は無くても、至って普通に育ってしまった。

「――――――もう、寂しい思いはさせない。好きに甘えてくれ」

 それが自分に出来る、償いだろう。

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