ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

対奴隷王攻略戦   scene3

「私ね、投擲が得意なの。殺そうと思ったらどんな場所にも一発で投げられるくらい得意なの。パパにも当てにされたくらい、得意なの」

「それがどうしたんだよ」

 説明よりも、直接その身で味わった方が良いだろう。最後の刻創咒天が発動している最中に会話などという行為は必要でない限り推奨されるべきではない。一秒でも早く決着をつけないと、リアは死んでしまうのだ。

 言葉で語るべきか、それとも刃で語るべきか。殺人鬼の娘としてリアが取るべき行動がどちらなのかは言うまでもない。会話を適当に切り上げると共にリアが動き出した。無造作に投げつけたナイフは放置して、マグナスの顔面に神速の蹴りをお見舞いする。衝撃に従って彼女の身体が吹き飛び、ナイフから手を離す。その瞬間、リアの姿が視界の中心に映りこむと同時に、彼女の全体重の乗せられた一撃がマグナスの心臓を突き刺し―――ていない。

「な―――」

 代わりにされた事と言えば、頭突きだった。マグナスにしても最初から刺されると思っていたので躱せる道理はない。甘んじて受ける。これまた人間の出せる速度とは思えない速度で叩き付けられたので、マグナスの額は割れていた。

 治る様子はない。しかし流血はしていないし、彼女が苦悶の声を上げる様子も見られなかった。傷口の奥にはたくさんの歯車が見える。




「やっぱりアンタ―――人形だったのね」




 あまりにも攻撃が通用しないからおかしいと思っていたが、確信したのはあのナイフを投げつけた瞬間だった。投擲の達人であるリアはどの角度からどういう捻り方でどういう速度を出せば到達時にどんな向きになるかまでを全て計算する事が出来る。あの投げつけは一見すると無造作に見えたが、実はあの投擲では、絶対に柄を掴む事など出来ないのである。より正確に言うと、内側に刃を向けて掴む事は出来ないのである。何故ならば、あれを上手く掴める瞬間は丁度刃が外側に行っているから。内側に向いた状態で掴む事が出来るとすれば、それは最早人間ではない。人間以上の精密な動作が出来る機械……機械人形か。

 にも拘らず、マグナスは内側に刃が向いた状態で掴み、さもそれを押せと言わんばかりに攻撃を誘っていた。これが何を意味するかというと―――彼女は機械であり、彼女に推測される様な攻撃は通用しないという事だ。

 中身を見れば現実味も糞も無いが、ゼペットという存在が居たのだから、人形や、人間と人形の複合などに非現実なんてものはない。それでも信じがたかったが、あの投擲で確信し、そしてこの頭突きによって真実と判明した。当然の事実として、人間の頭に歯車は無い!

 リアは大人しく距離を取って、彼女が立ち上がるのを待った。あの状態ではどんな攻撃も想定され無力化されるので、殴った所で無意味だ。ここは舐めていると言われようが距離を取って仕切り直す必要がある。

 奴隷王マグナスの正体はどこぞの人形師と同じく人形だと、先程の行動で分かった。彼と違う点を挙げるとするならば、彼は人形そのものに宿っているが、マグナスは肉体を人形に改造し、己の肉をカラクリとして使用しているという事か。

 これ以上は説明だけでは分かり辛いと思うので、実戦的に説明するとしよう。それに自分も、間違いないだろうとは思っていても、やはり不安なのだ。仮にそうだとした場合、この女はどれだけ自分の身体を道具として扱っているのか。

「はあッ!」

 彼女が立ち上がるや否やリアは高速の前蹴りで顎を蹴っ飛ばして視界を逸らす。この間は胴体ががら空きなので、通常であればそこを狙うのだが、今は違う。カラクリが分かった以上、それに従ってやる道理はない。

 刻創咒天による身体能力向上に物を言わせてリアは転回と共に彼女の後ろに回り込み、その両足を払った。

「うおッ!」

 一応、違和感はあった。シルビアが彼女の目を潰す少し前の事。敵の休憩を許さんとリアが接近した際の事だ。彼女は全く息が上がっていなかった。あの時だけを切り取ればべらぼうな体力を持ち合わせていたという事でも説明が付くが、実は何一つとして攻撃が効いていなかったのであれば納得出来る。

 流血も、怪我も、彼女によって想定されていたものは全て効いていないのだ。それこそ正に、彼女が己の肉体を用いたカラクリ。俗にいう『効いたフリ』。損傷が直ぐに回復するのはカラクリとして仕込む際に何らかの魔術でも施したのか。きっと、これによって彼女は相手が疲弊するのを適当に待ちながら、遂に動けなくなった所を狩るのであろう。そうに違いない。

 通常、通用する攻撃には怪我が伴うし、激痛が伴う。けれどもこの奴隷王はその当たり前の認識を逆手にとって、本体となっている作り物の身体と、カラクリとして使用されている肉体とを切り替えて、全ての攻撃をシャットアウトしているのだ。壁や床が妙に柔らかいのもそう思わせないようにする為のプラフであろう。

 つまり対奴隷王の戦いにおいて効いていない攻撃程流血し、真に効いている攻撃程何も無いのだ。それも当然、この女の身体は大半が人形……つまりは作り物。痛覚など通している訳がない。果たしてそれが効いているというのかどうかは正しいが、少なくとも先程付けた額の傷は残り続けている。カラクリとして機能している肉体と違って、回復していないのだ。これは通用していると見て間違いないだろう。今の足払いで、奴隷王の後頭部が更に損傷した。

 刻創咒天によって『本来では出来ない事をしている』という点ではリアも同じだ。それを十分に活かした結果がこれ。強引に身体の向きを変えて動き回る事で、彼女からは想像もつかない角度から攻撃を入れられる。実際、前蹴りを打った直後に回り込んで足払いというのは、通常の人間に出来る芸当ではない。

 今までの理論を証明する様に、マグナスの後頭部も剥落するばかりで一向に修復されなかった。

「このインチキ野郎!」

 心からの罵倒を浴びせてやると、マグナスが下品な笑い声を浮かべた。

「ふっひゃっひゃっひゃっひゃ! インチキか? まあそうだろうが、インチキして何が悪いんだよ。それにクソガキ、俺の身体が人形であると分かったからと言って突破法はあるのか? 確かに今となっては俺の本体である人形の身体は直せねえが……じゃあどうやって殺す? 壊しただけじゃ俺は死なねえぜ?」

 わざわざインチキと言ったのはリア自身もその事について思考を巡らせていたからである。一言で整理すると、マグナスは肉体と作り物の身体を分けて攻撃を受ける事で驚異的な耐久力を発揮している。手傷が入るのは作り物の身体の方だ―――


 で、どの様に殺す?


 肉体がカラクリに使用されているとは言ったって、やはり彼女の身体は肉体である。だが先程からの展開で分かった様に、奴隷王に対して肉体への攻撃は虚無に対する攻撃と同義である。意味を為さないのだ。

 木っ端微塵に吹き飛ばせれば話は別だろうが、生憎とリアは爆弾を所有している訳ではない。まさかここに来てイヴェノの存在が欲しくなるとは皮肉な話だが、この女と決着をつけるべきは自分だ。彼に入る余地はない。

 最後の刻創咒天が切れる前にという焦りが、リアを突き動かした。あんな挑発をしてきたのに、喰らいっぱなしは性にでも合わないのか、マグナスも構える。今の流れにより、彼女はあり得ない方向からの攻撃も想定しているに違いない。もう先程の様な手段は封じ込められたも同然だ―――

「ゴオッ!」

 ならば今度は素直に攻撃すれば良い。只突っ込んできて素人丸出しの大振りなパンチを喰らうとは夢にも思っていなかったようで、今度は頬が剥落した。刻創咒天による速度向上も相まって、向こう側の頬までをぶち抜いている。その過程で舌が吹き飛んでしまったらしい。カラクリにしても肉体にしても、彼女の口内から舌という機関は何処かへ消え去ってしまった。

 ここまで一方的に叩きのめせると、また何かを画策しているのではないかと思ってしまうが、恐らく彼女は動揺しているのだ。投擲を受け止めた『だけ』で、己のカラクリを見破られてしまった事に。

 口ではあんな事を言っているが、彼女も壊されたくないのだろう、本体を。だからカウンターを決めようと躍起になって、その結果攻める事が出来ず、こうしてこちらから一方的な攻撃を受ける事になっている。

「必死こいて作ったカラクリをぶち壊される気分はどうだあ、奴隷王! さっさと俺のパパを返さねえと……五体不満足にして掃き溜めにでも捨てんぞ!」

「…………あまり、調子に乗るなよ。クソガキ」

「負け犬の忠告程惨めなものは無いって聞くぜ?」

「負け犬かどうかは……この勝負が終わってから決まる事だろッ!」

 刻創咒天が続く時間は残り五分。それまでに何としても……終わらせなければ。

 二つの口上は互いの闘志に火を灯すには十分すぎた。ぽっかりと開いてしまった穴には目もくれず、欠損だらけのマグナスが飛びかかってくる。それに応じて、リアもまた肉迫した。意趣返しの様に足を払われるが、構わずそれに従い、己の腹部に拳を叩き込まれる瞬間に身体を曲げて威力を減殺。そのまま握力に物を言わせ、彼女の鋼鉄じみた腕を握り潰した。聞こえたのは骨の折れる音でも肉の擦れる音でもなく、硬質な素材がパキパキと折れた音だった。こういう芸当はもとより『闇衲』の得意とするもの。娘である自分が使うとは、思わなかったのだろうか。

 それ以上はさせまいと頭上から拳が振り下ろされ、リアは凄まじい衝撃と共に地面へ叩き付けられた。床が柔らかく衝撃を吸収しやすかったのは幸運である。頭を踏み砕かんと彼女が足を持ち上げた瞬間、リアは素早く転がってマグナスの軸足に突進。よろめいたマグナスは、そのまま倒れ込んだ。

「ハッ!」

 それに合わせてリアが後転の要領で体を持ち上げて、その爪先を大鎌の軌道を描き彼女の顔面に振り下ろした。爪先が突き刺さり、流血。これは効いていないが、視界を奪うには十分だ。今度は前転して立ち上がる。そして回収済みのナイフを彼女の肩目に投擲。見事に突き刺さり、夥しい量の血液が一瞬にして飛散した。



 たとえ回復されようとも、視界を奪う為であれば肉体を狙う事も辞さない。あちらが認識を逆手に取ってきたのだから、カラクリを逆手に取ったからって文句は言われまい。



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