ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

 鉄拳制裁



 最上階にようやく辿り着き、後はその最奥を目指すまで。遂に二人きりとなった少女達は、僅かな間、互いに思考を巡らせる。

 始まりは、ゼペットからだった。ゼペットとの共同戦線からフェリス、イヴェノ、『赤ずきん』、シルビアが集まり、彼を奪還する為のチームが出来上がった。狂犬? あれは積極的ではないので、除外とする。

 最初は上手く行くと思っていた。けれど最大級の奴隷商人というだけはあって、その実態はリア達の想像を超える強敵だった。こちらに実質的な被害はないが、奴らのせいでレスポルカは都市として完全なる機能停止を迎えてしまった。楽しい学校生活を何もかも破壊されてしまった事も、リアは許していない。彼の件も含めて、あの糞女は一番惨たらしく殺したいとすら考えている。

 一方のシルビアは、この件でリアが壊れてしまわないかを心配していた。無事に『闇衲』が戻ってくれば良いが、彼女の精神はあまりに彼へ傾倒している。彼という壁が無くなれば、彼女の精神はそのまま傾き続けて、やがて奈落の底へと落ちてしまうだろう。まがりなりにも彼女の友達として、心配しない訳にはいかなかった。失敗は許されない。何としても彼を取り返さないと、目の前を走る少女は……それまでの強さを無くし、只腐敗を繰り返す様になってしまうだろう。

 その走りを阻む扉が現れたが、リアは今までの勢いを込めて蹴っ飛ばし、遂に最奥の部屋に突入した。


「よう。待ってたぜガキ共」


 部屋の奥に鎮座する玉座に座る女性。下品にも性器をこちらに見せつける様に足を広げており、その隣には少女達が何よりの動機としていた男―――『闇衲』が立っていた。そしてその隣には、見た事のない女性が一人―――いや、正確には見た事がある。イジナと二人で組んで喉を叩き潰したあの女だ。どういう訳か、生きている。

「アンタが……奴隷王だな?」

「おうよ。まずは改めて自己紹介だ。俺の名はマグナス。世界最大の奴隷商人とも呼んでくれていいぜ? お前は……」

「アンタをぶっ殺しにきた女で良いわ。単刀直入に尋ねるけど、とっととパパを返しなさいよ」

「やなこった」

「返せ」

「誰に向かって口聞いてんだああああん!?」

「人の大好きなモン分捕る盗人野郎に向かって言ってんだよお!」

 リアは腕に刻んだ刻創咒天を発動。自身に影響する時間を最大まで加速させ、余裕ぶった奴隷王の頬をぶん殴る。速度に伴い威力の向上した拳は、たとえ少女と言えども馬鹿に出来るものではない。時間が加速している関係上、奴隷王は一切の反応を見せられない。

 傍らの『闇衲』が拳を止めなければ、確実に殺す事が出来ていただろう。

「……パパッ?」

「悪いが、そいつはもう俺のモノだ。やれ、フォビア」

 時間を加速させて回避するも早く、『闇衲』の拳がリアの鳩尾を捉えた。叩き付けられた衝撃は今まで感じてきたどれよりも重く、鋭かった。

「ゲハッ…………!」

 リアの身体は大概軽い方だが、それでもここまで吹っ飛ぶとは思わなかった。一瞬で壁まで吹き飛び、人皮に覆われた壁ごと背中が破壊される。

「アアアアアアアアアアッ! …………んァっ」

「リア!」

 分かり切っていた事だが、『闇衲』は馬鹿力だ。とても人間が出せるとは思えない出力が平然と出る。今までもリアは殴られてきた訳だが、それが果たして加減していた事を今になって思い知る。恐らく一切の容赦がない一撃は、暴力に耐性が付いた筈のリアを一撃で再起不能にせしめる。シルビアが駆け寄るも、魔法陣を描く暇が無ければ治癒は出来ない。

「全く惨めなもんだなあ? どうだ、大好きな『パパ』に裏切られた気分は」

「…………パ、パ……………」

 奴隷王が立ち上がり、こちらにゆっくりと近づいてくる。シルビアは前に立ちはだかろうとするが、『闇衲』の殺気に当てられて、その場にペタンと跪いてしまった。為すすべなくリアは乱暴に髪の毛を掴まれ、奴隷王の顔まで持ち上げられる。

 それにしても醜い顔だ。こんな女が『闇衲』の好みとは到底思えない。ゼペットが素体としていた少女の方がまだ可愛らしい。こんな女のモノになるくらいなら、いっそ自分の物になって欲しいのに。

「ふむ……成程なあ。フォビアもいいもん拾ったなあ。こりゃあとんでもない高値で売れそうだぜ。お前が孕んだ姿……見てみてえなあ?」

「…………死ね」

 苦し紛れの挑発も、マグナスは笑って受け流す。

「ははは! 威勢だけは立派な様だな。おもしれえ。そんならその意地が何処まで続くか見てやる。コウ、こいつらをあそこに連れていけ!」

「仰せのままに」

 髪の毛が離されて、リアは再び地面に叩き付けられる。残った力を振り絞って見上げるが、その視界も間もなく、『闇衲』の足に塗りつぶされた。













 下品な男共の歓声。

 或いは、女に飢えた男共の自慰の音。汚らしい水音がぐちゃぐちゃと耳元で聞こえる。リアの意識を回復させたのは、あまりにも低俗な音の数々だった。

 状況を把握するべく、目を開こうとしてみる。が、無理だ。目は封じられていて開かない。何か帯の様なもので縛られている。続いて手を動かしてみるが、これも無理だ。手首を一纏めに縛られており、完全に自由が効かない。

 幸い、口は封じられていないものの、先程から耳を刺激するこの音。そしてこの歓声。何処に連れてこられたのかは、自ずと理解出来た。

「……闘技場」 

 答え合わせをするように呟く。その言葉と共に自分の周りにいるであろう男達が騒ぎ出し、観客からの歓声も一層騒がしくなった。

 闘技場とは読んで字のごとく、技を競い合う為の場所だが、自分をここに連れて来たのは奴隷王マグナス。果たしてこの闘技場で何が行われようとしているのかは、目が見えずとも確かに感じ取れた



「お目覚めの様だなあ!」



 調子の良さそうな声が聞こえてくる。歓声を遮っての大音声は、何らかの魔術を併用しなければ成し得ない声量である。

「……こんな事をして、何になるって言うの」

「ああんッ? おいおい、昔からこう言うだろう? 女は子供を産むだけの機械。良い女はそれだけ良いガキを出産する。はーいはいはいはい! クソ野郎共静粛に! たった今からあ―――輪姦ショーを始めるぜえええええええええええ!」

 歓声が遂に最高潮となった。その声に聴覚を完全に支配されている内に、リアの両目を遮っていた帯が外され、視界が回復。

 意識が回復して初めて見た光景は、最悪を通り越して、醜悪だった。観客席から降りてくる無数の男達。その誰もが局部を卑しく露出し、自分を見て限界まで興奮している。その数、およそ五百人以上。後ろからも声が聞こえるので、そのくらいの筈だ。

「…………い、いや!」

「おいおい? さっきまでの強気はどうしたんだあ? まさかこの数の男を見て怖い……とか。思ったのか? ぎゃはははははは!」

 その通り。先程までの強気は、視界が見えていなかったからである。局部を実際に突き付けられるのと想像するのとでは大分違う。今は至る所に見える醜悪な物体が、それだけでもこちらの精神を侵食していた。

 嫌だ。嫌だ嫌だ。これじゃあ子供教会と……何も変わらない!

「まあ俺も鬼じゃねえ。ここに居る全てのクソ野郎のガキを産んだら……フォビアを返してやるよ! 精々、全員を満足させる事だな!」

 嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌。

「返す気なんかない癖に!」

「おおん……そんな事言っちゃっていいのかあ? 大丈夫だ、安心しろ。男共の中にはフォビアも居る。運が良けりゃ、大好きな『パパ』に身体を使ってもらえるかもなあ! ひゃはははははははははははは!」

「クソ外道! この売女野郎が!」

「何とでも言え。これから男共の便所になる奴の言葉なんぞ俺は聞かねえ。さあ好きなだけ狂え! 壊せ! 今からその女を、性器狂いにしてやれ!」





「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」






「いやあああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


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