ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

人に作らせた城



 ふん。利口な娘じゃねえか。てっきり、直ぐにでも立ち向かってくると思ったんだがな。

 マグナスは座天使より届けられた情報に目を通して、誰に見られる訳でもなく高らかに嗤った。奴等は水面下で自分達が動けていると思っているらしいが、それは違う。いや、違わなかったというべきか。彼らの立場にしてみれば自分の忠臣と接触したのはまずかった。特に座天使との接触はまずかった。あれによって智天使は彼女の殺害を知り、そして自分にまで伝わってきたのだから。その後の彼女達の動きは全く分からないが、ともかくあの生意気な娘が彼を奪還せんと動いている事は分かっている。

「へ……面白いじゃねえか! この奴隷王様から物を盗ろうなんざ、なあ?」

 傍らの男に声を掛ける。男は死にきった双眸で一点を見据えたまま動かない。自我を縛り過ぎた結果だ。下手すると操られた振りをされかねなかったので、敢えてこうした。お蔭で会話が殆ど成立しなくなり、彼は命令にしか従わない文字通りの傀儡となったが、今はこのままでいい。真に彼を自分の物とする時はまだ来ない。

―――早く来いよ。

 大事なのは、彼が、彼の大事な物を、彼自身の手で壊してしまったという事実。その事実を突きつけてやれば自ずと彼は自分に寄り添うしかなくなる。完璧な作戦、いや完璧な人生計画だ。そこには一点の曇りもなく、また失敗も許されない。

 あの生意気な少女はきっと、自分が優位に立っていると思っているのだろう。しかし違う。実際はこちらが優位に立っているのだ。それは約束を破って動いている事を知っても尚、制圧しに行かない事からも分かるだろう。これも全ては、隣の男の身も心も自分の物にする為。決して手加減でも無ければ舐めている訳でもない。

 その証拠に、警備だけは厳戒態勢を取らせてもらっている。さあ、誰に協力を仰いでいるかは知らないが、この警備を潜り抜ける事は出来るのだろうか。お手並み拝見と行こうか。










 心臓移植の手際は鮮やかだが、それにしても心臓を移動するという絵面が非常に宜しくない。イヴェノとフェリスに見守られながら、ゼペットは自身の身体を入れ替えていた。

 リアはまだ眠っていた。 

「どうよ?」

 大人の身体に戻った事もあり―――いや、少女の身体だった時期が長すぎて、身体に違和感を覚えているだけだ。体も重いし、首も重いし肩も重い。胸が重い。巨乳か貧乳かの指定をした覚えはなかったが、貧乳であれば手間も省けて何かと効率的だったので、出来ればそっちの方が良かった。が、我儘を言っている場合ではあるまい。既に人形は完成して、心臓もこちらに移植した訳だし。

 新しい服を見せるみたいに、ゼペットはその場で一回転。二人は何となく拍手をしてくれた。

「何処からどう見ても普通の人間だぞー」

「凄い、凄い! お師匠、私にも出来るかな?」

「多分無理。とはいえ俺は素人だから、出来れば専門家的な意見を聞かせてもらいたいね」

「お、俺の技術を受け継ぐ気があるのか? だったら教えてやるよ、その身体にたっぷりと刻み込んであ・げ・る! まあ、今は相棒を取り戻さなきゃな」

 その為の共同戦線だ。無駄に恰好つけてるとか言わない。人形師である以上、一定の方向に突出させる事は必須の技能だ。そうする事で一定のニーズを掴み、顧客を獲得出来るから。

 何処かに不備がないかを調べる為に、ゼペットは自身の身体を手で弄り、切れ目などの粗を確認する。流石は最高峰の人形師を自負するだけはあって、全身を確認してみたが、存在しなかった。

「そんじゃあ、行ってくるけど―――」

 ゼペットは壁に凭れ掛かるかつての身体を指さして、釘を刺す様に言った。

「その身体、結構気に入っているんだ。触ったりするのは構わないが、ぶっ壊してくれるなよ?」

「分かってるよ」

「私がお師匠を見張ってますから、安心してください!」

「俺ってそんなに信用無いのかー…………」

 二人のやり取りを背中で感じ取りながら、ゼペットは『最下層』に向けて歩き出した。出来る限り自然に、且つ平静を装うのはそうそう簡単に出来る事ではないが、もう何百回と他人になり替わってきたのだ。本物を演じる事くらいは訳ない。

 たとえ、自分がその人間を詳しく知らなくても。

 一切の躊躇なく最下層まで突き進み、その入り口へ。同僚と思わしき人物が二人立っていたが、仮少し前で面を被ると、特に追及される事もなく通してくれた。会話してくればそれに応じるつもりだったが、今のやり取りから推察するに、部下同士の仲は悪いのかもしれない。

 自分のやるべき事を思い返す。確か、最下層に存在する隠された入り口の真偽について調べる筈だ。その為には最下層全体を一度歩き回らなければならないが、万が一奴隷王に遭遇したら気付かれる恐れが少なからずある(結局偽物なので)。慎重かつ自然な足取りで、ゼペットは最下層を巡回する。かなりの厳戒態勢を敷いている様なので、適当に巡回でもしておけばまず怪しまれない。まずは一階からだ。

 因みに、ここで仮に『闇衲』と接触する様な事があっても、自分は連れ出す気は無い。洗脳を受けているだろうから、下手すると殺される恐れまである。リア達には告げていないが、実はゼペットが彼と知り合ったばかりの頃、彼の本気の腕力が見たいと思い、それとなく挑発して、彼に岩を殴らせてみた。

 するとどうだ。岩が消し飛んだではないか。魔術は素人とも言っていたが、最早その人外じみた腕力は魔術でも使っていないと説明のつかないものだった。しかし実際に彼は魔術を扱えない(魔力を持っていない訳ではない)し、説明がつかないとはいえ、そうとしか言いようのない事実でもあった。

 そんな彼に一度でも殴られてみろ、この身体は戦闘用でも無ければ至って普通の女性の身体だ。岩が消し飛んでこの身体が吹き飛ばない道理が何処にある。心臓さえ無事ならと思ってはいけない。洗脳状態でも無意識に自分を見破ってきた場合、彼は間違いなく鳩尾を殴ってくる。別に鳩尾の真下に心臓がある訳ではないが、単純に大きな部位として考えた場合……殴られた箇所が木っ端微塵になると考えた場合、『胴体』を殴られた時点で終わりである。

 入口という面で考えると一階にあると思っていたのだが、すっかり予想を外してしまった。こうなると二階か、それとも地下か。街の設計を考慮すると後者の方が可能性が高そうだが、一般に知られていないという事はそれ程使う頻度が少ないという事。というか基本、奴隷王の部下は一般に知られた入り口から出入りしている。

 ここで地下へ行ってしまえば、自分は本物ではありませんと告げている様なものだ。目の前でうろつく訳にもいかず、ゼペットはそのまま通り過ぎた。

―――聞こえるか?

 しかし直ぐに足を止めて、辺りを見回す。『誰だ』と心の中で問うと、その声は問いに応じる様に続けた。

―――今から十秒後に、騒動が起きる。その隙にお前は地下へ行け、分かったな?

 やけに高圧的な口調と、余裕のない雰囲気。何処を見ても隠れ場所が判明しないが、その声の主が彼である事は直感的に理解した。出来れば詳細な説明を貰いたかったが、言葉の早さからその余裕が無さそうである事を理解する。

 果たしてその十秒後、言葉通り、二階の方で爆発音がした。肩を通り過ぎかけた部下達が、血相を変えた様に二階へと上り出す。まさかとは思うが、彼は洗脳された振りをしているのか? 演技を見抜けない奴隷王では無いと思うが……

 思考を一時中断。ゼペットは地下への階段に足を掛けた。











 







 その日、世界は変わった。俺が愛しいと思った全てが奪われ、俺が守りたかった全てが破壊され、俺の生きる理由になっていた全てが無くなった。

『お前の為』

『アレ等が居なくなる事でお前も本来のお前に戻る』

 本来の俺とは何なのか、俺自身も分からないものに戻りたいとは思わなかった。俺が欲したのは唯一愛しいと思えた存在である。退屈だった世界を一瞬で色づけてくれたアレを、ただ近くで見ていたかっただけなのに。奴等はそれを奪い去った。俺の平和をぶち壊しにしてくれた。

 だから俺は俺を簒奪させた。奴等はそれを咎めるだろうが、俺は気にしない。全ては何処かへ消え去ったアレの為。腐った世界なんかよりも、ずっと価値のある物の為。ずっと綺麗なままでいて欲しいから、俺はアイツの為に穢れを背負う。


 いつの日かまた、三人で暮らせる日が来る事を願って。

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