ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

最高峰人形師

「ただいま戻りました……」

 成人女性を抱え上げる事は訳なかったが、そんな『赤ずきん』でさえ身長という絶対的な問題は解決出来なかった。限りなく綺麗な状態で死体を運びたかった思いもあり、全力を行使して帰還した。奴隷王の洞察力は未知数だが、流石に足元が擦り傷だらけだったら違和感を覚えるだろうから、これは致し方ないものである。

 極力身体を傷つけない様に扉を潜ると、シルビアと一緒に眠るリアの間抜けな寝顔が真っ先に飛び込んだ。何故彼女まで眠っている。出番がないから別に良いが、これはこれで眠らないイヴェノとフェリスが馬鹿みたいではないか。ゼペットの方を見遣ると、彼の周りには幾つもの材料が器に入れられて置かれている。

「おう。とっくに準備は出来てるが……どうした? まさか活動時間を超過したのか?」

 『赤ずきん』は素体となる女性を床に置くと、本の山を掻き分けながら、己の身体を山の中に入れ始めた。時々崩れた本がリアの頭部に命中するが、彼女は少しも起きようとはしなかった。一体何の夢を見ているのだろうか。シルビアの背骨が悲鳴を上げている所を見ると、大体想像が付いてしまうが。

「私は暫く眠るので、後はよろしくお願いします」

「奪還戦には参加しないつもりか?」

「全力が再び使えるようでしたら参加しますが、如何せん制約を付けられたのは初めてなもので。どれくらい休憩したら戻るのかが分かりません。ただ、身体に染みついた疲労は尋常なものではないと言っておきましょう…………そろそろ眠ります。お休みなさい」

「ああお休み。手が空いたらお前も調整しといてやるよ」

 意識を失った『赤ずきん』が頭を垂らすと同時に山の均衡が崩壊。少女の身体を覆い隠す様に崩れ落ちて、間もなくそこには改めて本の山が築かれた。その中に一人の少女が埋まっている事など、その過程を最初から見届けていた者以外が知る術はない。どの距離から見ようとも、それは変わらない。

「あいつも人形なのかー?」

 脳が腐ったら手遅れなので、早々にゼペットは死体を所定の位置に固定して、作製を始める。まずは白色の液体を刷毛に刷り込んで、死体の全身にムラなく塗り始めた。

「いや、アイツは人形って言うか……何だろうなあ。その定義にも因るな。人工的に作られたって意味ならそうだし、俺の様な人形師に言わせれば違う。そもそもな、本当に動こうが肉で作られてようが、人形は人形なんだ。人間みたいに動いたって、飽くまでそれは人形に過ぎない。人間じゃない。分かるか?」

「…………分からんな。全然」

「じゃあ分かりやすく言おう。俺はもう人間にはなり替われない。どれだけ身体を入れ替えても、俺は俺で一体の人形って事だ。うーん……そうだな。そもそも俺が死体を素にして作る理由が分かるか?」

「肉体を調達する為じゃないのッ?」

「まあそれはあるんだけどな。じゃあ一つ問おう。たった今、『赤ずきん』は眠った。じゃあ、今の俺は『赤ずきん』の肉体に乗り移る事が出来るか?」

「それは……」

 出来ない。精神的な話を全て除いたとしても、あの少女はまだ生きている。脳があり、心臓があり、臓器がある。先程の会話が真実だとするならば、心臓を突っ込む隙間の無い少女の身体に、ゼペットは乗り移る事が出来ない。

 全身を塗り終えた後、ゼペットはナイフで腹をかっさばき、血抜きと並行して臓器を取り出した。肋骨を力任せに砕く様は少々乱暴にも思えるが、それで臓器が傷つくような事はない。取り出された臓器は、底面に魔法陣の描かれた箱に入れられた。中からゆっくりと飛び出してくる冷気に手を当ててみると、ひんやりと冷たい。腐らないように冷凍保存するらしい。

「答えは出来ない。どんなに精巧に作っても人形は人間にはなれないんだ。分かるか? 最高峰の人形師こと俺に言わせても、人間は神様以外には作れない。偽物と全く変わらない本物が作れたとしても、それは偽物なんだ。『赤ずきん』になりたかったらアイツをこの場で殺し、今みたいに臓物抜いて腐らない様に処理して、物にしなきゃならない。けど、それは『赤ずきん』に乗り移るとは言えないよな。言えるとしたら、『赤ずきん』を模した人形を本人を素に作っているだけだ」

 白色の液体を、身体の内側にも塗っていく。自然界に存在しない不自然な白色は、一目見ただけで塗り残しの有無を理解出来る。体中が白くなると、続いてゼペットは形状記憶の特性を持った流体を取り出して、それを首の方に手を突っ込んでいく。

「ほらこれだ。使う素材が人間と違う。だったら今作ってるこれは人間じゃなくて人形なんだよ。だけど『赤ずきん』は違う。アイツは使ってる素材も人間と同じで、特に今の性格は……何だか知らないが、相棒に毒されたか? 昔は『良い子』を演じていて無機質な感じだったと思うんだが、そんな変化があるくらいだ。人間だよアイツは。作られた存在には違いないけどな」

「童話シリーズってのは何なんだ?」

「作られた人間達の事だな。俺が知恵を貸したから奴等の事は詳しく知っている。それぞれ『ラプンツェル』、『ヘンゼルとグレーテル』、『赤ずきん』、『白雪姫』、『手無し娘』。あいつらは完全な人間であり、不完全な神様だ。いずれにしても、人形師たる俺には一体たりとも作れないね。それを模した人形、となれば話は別だが」

 首は人形に取っても非常に重要な部位であり、ここの形成を甘くするといざという時に首が捥げる。そうなると人体構造に忠実ならば活動不能となるので、人形としては三流の駄作が出来上がる。ここが正念場だ。何度もやっている事だから特別緊張はしないが、ここばかりは無言にならざるを得ない。

 たったそれだけ。されどそこに一時間。滞りも無く加工は終了した。下半身は上半身と同じ様にやればいいし、顔は部位ごとに血抜きと防腐加工を施せばいい。後は会話しながらでも失敗はしないだろう。

「特徴はあるのか?」

「ま、雰囲気が違うな。そう心配しなくても、『ヘンゼルとグレーテル』以外は狙ったりしねえよ」

「狙ってくるんだなッ!」

「その人形はどんな子なの?」

「双子の男女一組とだけ言っておこう。そうそう居ないから、直ぐに分かる筈だ」

 下半身はこれで終了。男性と違って局部が無いので、女性は非常にやりやすい。自分がこの少女の身体を気に入ったのには、そういう理由もある。これは戦闘用ではないので、出来る限り自然の物を使用している。それ故、全く手間が掛かっていない様に思えるかもしれないが、これが戦闘用となると武器を仕込む必要があるので、防腐加工、金属加工が必要なので、ここから後もう一日は掛かる事になる。

 ゼペットは一度作業をやめて、全体を睨めつける。血抜き、臓腑処理、防腐加工、金属加工。首の骨が折れていたので残りはそれの治療と、肌に防腐加工が馴染むまで待つ事くらいか。それが済んだら後は心臓を移植して、切り開いた箇所を縫合すれば終了だ。こうして改めて考えると、割とまだ仕事は残っている。一つは時間が解決してくれるとして、さっさと首の骨を直すとしよう。

「それにしても、まさか人形師たる俺が、相棒の為に人肌脱ぐなんてな。これも全部、相棒に素体集めを丸投げにした罰ってか。やれやれ。そろそろ足を洗う時なのかもな」

「人形師をやめるのか。因みにやめた場合は何をやるとか、決まってたりするのかー?」

「さてな。もう遊んで暮らせるだけの金はあるし、一生山に籠るのを悪くはないが……少なくとも、俺は俺の意思では人形師をやめられないよ。今止めちまったら、一体誰があれを止められるってんだ。俺が作った最高傑作『ピノキオ』。俺がこの手で壊すまで、少なくとも俺は人形師を続けるさ。今回はその為の第一歩と言ってもいい。奴隷王に通じる様な戦闘用の身体が作れたら、そこから発展させていけばいいんだ。俺がリアを助けたのは何も義理や温情からじゃない。俺自身の為でもあるんだぜ?」

 首の接合が完了した。かつての頃に比べると少々駆動に問題がありそうだが、何とかなると信じておく。今回行うのはあくまで潜入だ。首なんて中々動かさない。一番最初に塗った部位はとうの昔に乾いているので、そこから触れて、素体を持ち上げた。家の中は湿っぽくていけない。外に出して風に当ててやれば、少しは乾燥も早まるだろう。

「…………ずっと聞きたかったんだけど、いいかー?」

「おう。何でも聞いてくれや」

「お前は結局、男なのか、女なのか。はっきりしてくれ。対応しづらくて困ってるんだよー」

「それはお前達に任せる。私は『闇衲』の事大好きだしー! 一緒に仕事をする間柄としても、相性が良いと思ってるからな。殺しのプロは望めばどんな状態の死体でも持ってきてくれる。素体集めにこれ以上適任の人物が居るかよ。適材適所という言葉を俺と相棒程表しているコンビは居ないと思っているが……どうだ?」

 それにどう返してやればいいのが最善なのか。イヴェノは少々悩んだが、気の利いた答えを返せる訳でも無かったので、淡白に『そうだな』と返しておく。爆弾を主武装とする自分とは相性がまるっきり対称的だ。フェリスは…………自分よりは良い筈。

「お師匠? どうしたの?」

「いや、何でもないぞー」

 レスポルカで出会って間もないから当たり前だが、まだ誰もフェリスが戦った処を見た事がなかった。隠しているつもりもないのだが、このままだと変に期待を掛けられそうなので、リア達が目覚めた後にでも自分から説明を入れておいた方が良さそうだ。

 彼女は強い。確かに強いが、洗脳された『闇衲』とタイマンで勝てる程に強くはない。かつて見た彼の強さから言わせてもらっても、彼女は恐らく傷一つ付けられない。それは温さでも何でもなく、単に彼が強すぎるから。そして洗脳とは、得てして深層に眠っていた力をも掘り起こしているものである。

―――勝てる奴、居るのか?

 どんなに作戦が上手く行ったとしても、彼一人に全滅させられたら元も子もない。時間が過ぎるのを待つのみの今、それだけがイヴェノの頭に引っかかっていた。




















 この世に神が居るのなら、どうか私のお願いを聞いて欲しい。聞いてくれないのなら殺す。何処に隠れようと必ず見つけ出して、私が感じた悲しみと同じくらいの苦しみを味わわせる。

 お前はどうして、そこまでアレを求める。アレは本当の姿じゃない。アレはお前と出会うべきでは無かった男だ。

『確かにそうかもしれない。けれど私はパパの娘になったの。だからパパが欲しいの』

 お前の為にならない。

『為になるかどうかは私が決める事。パパにだってそれは決めさせない』

 私はお前の為を思って…………!

『為為うっさいのよ! 本当に私の為を思ってくれるなら放っといて! 助けに来てくれもしなかったアンタ達なんかより、私はパパの傍に居る方がずっと心地いいの!』

 ……娘が誘拐されたと知れたら、どれだけ私達が恥を被るか、お前も考えてみろ!

『知らねえよ! 考えたくもない! 私は、くっだらない体裁とか名誉に怯えて生きるアンタ達なんかより、私の事を第一に考えてくれるパパの方が、ずううううううううっと好きなんだから!』

 だから―――











「夢の中にまで出てこないでよお!」

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