ダークフォビア ~世界終焉奇譚
それぞれの準備
男の人が女の人を見つけ次第襲い掛かる街なんて、この世で最も居たくない街の一つだが、何にしても自分で様子を確認しておきたくて、リアは二人に待機を命じてから外に出た。彼女はあんな事を言っていたが、貧民街にその影響は出ていないのか、女性を襲っている男性などという不潔な存在は見当たらなかった。いや、見当たらないと言えば、そもそも人影自体見えていないが。そんな事はどうでもいい。そもそも貧民街自体、住人は夜でも無ければ姿を隠しながら生活している。特にその手の捜索に慣れていない自分が見つけられる道理はあるまい。これでは確認のしようがないので、貧民街の入り口の方へ歩くと、レスポルカの門に向かって走るシルビアを見つけた。
その手前に倒れている二百人程度の男性については、今の所無視しておく。
「あ、シルビアッ!」
「リアッ?」
こちらの存在に気付くも、彼女は無理に方向転換をしたせいで、倒れ込む男の身体に躓いて転んでしまった。駆け寄って助け起こすと、彼女の首に掛けられている首飾りに目が行った。この首飾りは、確か『闇衲』におねだりをして貰ったもの。彼についていく際、そのまま忘れて行ってしまったが、彼女はわざわざこれを取りに行っていたのだろうか。
「どうかしたの?」
「あ、『赤ずきん』が大変なの! とにかく、助けに来て!」
「へ? 何でアイツが大変?」
「いいから、早く! あ、あっちの方で―――」
少女が指をさす方向には、何らかの原因で屋根の大破した小屋があった。気が動転していながらも、物事をしっかりと伝えられるシルビアの精神力には評価せざるを得ないが、リアは敢えて何を言っているか分からない振りをしておいた。
「一回落ち着いて! ね? はい呼吸。すー……はー……すー」
決して『赤ずきん』を見捨てた訳じゃない。自分だって助けに行けるものならば助けに行ってやりたいくらいだ。しかし、彼女との実力差を考えても見て欲しい。彼女は一人でシュタイン・クロイツを屠る程度の実力がある。そんな彼女が大変になるという事は、彼女の力でも対処の厳しい事態という事。単純に考えて、そんな事態に自分が対応出来るかと言われると……全く出来ない。出来る訳が無い。強者を助けに行く弱者など只の足手まとい。ここで自分に出来る最善の手助けは、とにかく介入しない事に限る。
「すー…………はー……ほら、落ち着いた?」
「……すー……はー……すー……と、とにかく大変なの。助けに行って!」
「うんうん。分かった。それはいいんだけど一つ聞かせて? どうしてシルビアがそれを持ってるの?」
「あ、これ? 何だか知らないけど、これを敵の手に渡らせたら二度と殺人鬼さんを元に戻す事は出来ないって言われて……逃げてきたんだけど」
「…………ちょっと貸して」
あの時、どうして気が付かなかったのだろうか。自分の事だから『闇衲』の温もりに集中していて気が付かなかったとかどうせそんな理由だろうが、この水晶から、見た事のある魔力を感じる。これ程綺麗な魔力は一人しか居ない。この魔力を自分は間近で感じた事がある。
―――ミコトお姉ちゃん?
シルビアも『赤ずきん』も、表情を見る限り彼女の魔力とは気付いていない様だった。自分だけがどうやら気付いているらしい。彼女と別れて久しいとまでは言わないが、どうして彼女の魔力が残るこれが、『闇衲』を正気に戻す手掛かりなのだろうか。
「リア?」
「ねえシルビア。これ、私が貰ってもいいよね。元々私の物だし」
「い、いいけど。『赤ずきん』は?」
「私ならここに居ますが」
『赤ずきん』は大した傷もなく、至って普通の状態で立っていた。シルビアはホッと安堵した様子だが、自分にしてみればまあ当然だろうとしか思えない。彼女が負ける筈がないとは言わないまでも、シュタイン・クロイツをたった一人で屠った彼女の実力は知っているつもりだ。この程度でやられてもらっては自分が困る。
リアは紐の長さを調整し、頭から被る様に身に着ける。着けたからと言って特別な能力を得られる訳では無かった。別に期待もしていなかったが。
「『赤ずきん』? あの男は?」
「殺しましたが」
さも当然の様に言い放ってのける『赤ずきん』に、シルビアは一々表情を変えて彼女を楽しませた。殺人鬼とそれなりに行動を共にしているのに、まだ彼女にはそんな新鮮さが残っていたらしい。自分には最初から無かった新鮮さは少し羨ましい。新鮮過ぎて、逆に不気味とも言い換えられるが。一般人のままであった方が価値がある。そんな理由からシルビアは生かされているが、幾ら何でも耐性が付かな過ぎである。殺しの理由なんて、殺人鬼と一緒に居る自分達には実に軽い響きとしてあるだろうに。敵だから殺す。ムカつくから殺す。殺したいから殺す。愉しみたいから殺す。人を救う事に理由なんて必要ないと偽善者は言うが、ならば人を殺す事に一々理由は必要ないと自分達は言うだろう。
命には何にも代えがたい価値がある。それを救う事に理由が必要ないと言うのならば、それを捨てる事に理由が必要なんて道理はあり得ない。そこに意味があったとしても、それは救う、殺す以上の意味なんてない。『どうして』も『こうして』も、殺したから殺したのだ。
「それで、どうしましょうか。貴方が何処へ行っていたかは定かではありませんが、この首飾りを手に入れた以上、この都市に用はありません。残り二人を待ちますか?」
「あ、それなんだけど『赤ずきん』。この都市の中で絶対に安全だって言える場所は無い? 匿いたい人が居るの」
無論、二人の事である。連れて行っても良いのだが、イジナはともかく、ギリークを連れて行っても足手まといになるだけの可能性が非常に高い。ならば二人を安全地帯に匿い、事態の収束まで無事を約束する方が得策だろう。
『赤ずきん』は目を瞑ってから、街中を探るみたいに首をゆっくりと動かす。五分も経ってようやく半分程回った首は、不意に高速で戻り、刮眼した。
「今の位置が一番安全でしょう。下手に街の奥へ行っても催眠術にやられている者に襲われるだけですから」
「あ、もしかして私達の足元に倒れてるのって」
「そういう事です」
外傷が見当たらないが、シルビアの殺気で気絶させたのだろう。彼女は唯一『闇衲』の殺気を完全再現出来る存在だ。どんな才能があればそれが出来るのか、全く以て不思議である。
「じゃあ私、それを伝えに行くから、二人は外で待ってて。全員が集まったらしましょうか」
夜に出発しようというのは飽くまで予定だ。早くあちらに戻る分には何も都合は悪くない。レスポルカに入ってから一度も城門の前―――即ち外には一度も戻っていない。もうフェリスとイヴェノは待機しているかもしれないが、優先事項というものがある。あらゆる意味で崩壊したこの街の中でも、二人だけはどうしても守りたかった。
ギリークと、イジナと、フィーと、それから自分。四人そろってχクラス。せめて自分を繫ぎ止めてくれる様な楔を用意していないと、リアは二度とこの街に足を踏み入れたりはしなくなる。まだ学校も卒業していないのに、そんなのは御免だ。
―――それと。
―――これを準備出来る時間は、ここぐらいしかなさそうだ、というのもある。
その手前に倒れている二百人程度の男性については、今の所無視しておく。
「あ、シルビアッ!」
「リアッ?」
こちらの存在に気付くも、彼女は無理に方向転換をしたせいで、倒れ込む男の身体に躓いて転んでしまった。駆け寄って助け起こすと、彼女の首に掛けられている首飾りに目が行った。この首飾りは、確か『闇衲』におねだりをして貰ったもの。彼についていく際、そのまま忘れて行ってしまったが、彼女はわざわざこれを取りに行っていたのだろうか。
「どうかしたの?」
「あ、『赤ずきん』が大変なの! とにかく、助けに来て!」
「へ? 何でアイツが大変?」
「いいから、早く! あ、あっちの方で―――」
少女が指をさす方向には、何らかの原因で屋根の大破した小屋があった。気が動転していながらも、物事をしっかりと伝えられるシルビアの精神力には評価せざるを得ないが、リアは敢えて何を言っているか分からない振りをしておいた。
「一回落ち着いて! ね? はい呼吸。すー……はー……すー」
決して『赤ずきん』を見捨てた訳じゃない。自分だって助けに行けるものならば助けに行ってやりたいくらいだ。しかし、彼女との実力差を考えても見て欲しい。彼女は一人でシュタイン・クロイツを屠る程度の実力がある。そんな彼女が大変になるという事は、彼女の力でも対処の厳しい事態という事。単純に考えて、そんな事態に自分が対応出来るかと言われると……全く出来ない。出来る訳が無い。強者を助けに行く弱者など只の足手まとい。ここで自分に出来る最善の手助けは、とにかく介入しない事に限る。
「すー…………はー……ほら、落ち着いた?」
「……すー……はー……すー……と、とにかく大変なの。助けに行って!」
「うんうん。分かった。それはいいんだけど一つ聞かせて? どうしてシルビアがそれを持ってるの?」
「あ、これ? 何だか知らないけど、これを敵の手に渡らせたら二度と殺人鬼さんを元に戻す事は出来ないって言われて……逃げてきたんだけど」
「…………ちょっと貸して」
あの時、どうして気が付かなかったのだろうか。自分の事だから『闇衲』の温もりに集中していて気が付かなかったとかどうせそんな理由だろうが、この水晶から、見た事のある魔力を感じる。これ程綺麗な魔力は一人しか居ない。この魔力を自分は間近で感じた事がある。
―――ミコトお姉ちゃん?
シルビアも『赤ずきん』も、表情を見る限り彼女の魔力とは気付いていない様だった。自分だけがどうやら気付いているらしい。彼女と別れて久しいとまでは言わないが、どうして彼女の魔力が残るこれが、『闇衲』を正気に戻す手掛かりなのだろうか。
「リア?」
「ねえシルビア。これ、私が貰ってもいいよね。元々私の物だし」
「い、いいけど。『赤ずきん』は?」
「私ならここに居ますが」
『赤ずきん』は大した傷もなく、至って普通の状態で立っていた。シルビアはホッと安堵した様子だが、自分にしてみればまあ当然だろうとしか思えない。彼女が負ける筈がないとは言わないまでも、シュタイン・クロイツをたった一人で屠った彼女の実力は知っているつもりだ。この程度でやられてもらっては自分が困る。
リアは紐の長さを調整し、頭から被る様に身に着ける。着けたからと言って特別な能力を得られる訳では無かった。別に期待もしていなかったが。
「『赤ずきん』? あの男は?」
「殺しましたが」
さも当然の様に言い放ってのける『赤ずきん』に、シルビアは一々表情を変えて彼女を楽しませた。殺人鬼とそれなりに行動を共にしているのに、まだ彼女にはそんな新鮮さが残っていたらしい。自分には最初から無かった新鮮さは少し羨ましい。新鮮過ぎて、逆に不気味とも言い換えられるが。一般人のままであった方が価値がある。そんな理由からシルビアは生かされているが、幾ら何でも耐性が付かな過ぎである。殺しの理由なんて、殺人鬼と一緒に居る自分達には実に軽い響きとしてあるだろうに。敵だから殺す。ムカつくから殺す。殺したいから殺す。愉しみたいから殺す。人を救う事に理由なんて必要ないと偽善者は言うが、ならば人を殺す事に一々理由は必要ないと自分達は言うだろう。
命には何にも代えがたい価値がある。それを救う事に理由が必要ないと言うのならば、それを捨てる事に理由が必要なんて道理はあり得ない。そこに意味があったとしても、それは救う、殺す以上の意味なんてない。『どうして』も『こうして』も、殺したから殺したのだ。
「それで、どうしましょうか。貴方が何処へ行っていたかは定かではありませんが、この首飾りを手に入れた以上、この都市に用はありません。残り二人を待ちますか?」
「あ、それなんだけど『赤ずきん』。この都市の中で絶対に安全だって言える場所は無い? 匿いたい人が居るの」
無論、二人の事である。連れて行っても良いのだが、イジナはともかく、ギリークを連れて行っても足手まといになるだけの可能性が非常に高い。ならば二人を安全地帯に匿い、事態の収束まで無事を約束する方が得策だろう。
『赤ずきん』は目を瞑ってから、街中を探るみたいに首をゆっくりと動かす。五分も経ってようやく半分程回った首は、不意に高速で戻り、刮眼した。
「今の位置が一番安全でしょう。下手に街の奥へ行っても催眠術にやられている者に襲われるだけですから」
「あ、もしかして私達の足元に倒れてるのって」
「そういう事です」
外傷が見当たらないが、シルビアの殺気で気絶させたのだろう。彼女は唯一『闇衲』の殺気を完全再現出来る存在だ。どんな才能があればそれが出来るのか、全く以て不思議である。
「じゃあ私、それを伝えに行くから、二人は外で待ってて。全員が集まったらしましょうか」
夜に出発しようというのは飽くまで予定だ。早くあちらに戻る分には何も都合は悪くない。レスポルカに入ってから一度も城門の前―――即ち外には一度も戻っていない。もうフェリスとイヴェノは待機しているかもしれないが、優先事項というものがある。あらゆる意味で崩壊したこの街の中でも、二人だけはどうしても守りたかった。
ギリークと、イジナと、フィーと、それから自分。四人そろってχクラス。せめて自分を繫ぎ止めてくれる様な楔を用意していないと、リアは二度とこの街に足を踏み入れたりはしなくなる。まだ学校も卒業していないのに、そんなのは御免だ。
―――それと。
―――これを準備出来る時間は、ここぐらいしかなさそうだ、というのもある。
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