ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

刹那に生きる少女 1/2

 触れてしまえばどんな鎧も関係ない。『剝妃』と呼ばれている自分がその程度の鎧で攻撃を止める筈もあるまい。自分を取り囲む騎士は大体一二〇人。仮にここで逃走を図ろうとしても失敗に終わるだけだ。それならば最初から皆殺しのプランで動いた方が良いに決まっている。この一二〇人というのは、飽くまで自分を狙える位置に居る騎士達というだけで、事態が長引けばそれだけ援軍が駆け付ける事になる。この都市に居る騎士の総数はフィーの情報によると三万。都市の大きさにしては随分と小規模な気もするが、その分精鋭なのだと考えれば十分な数だ。そして三万という数は、幾ら何でも相手しきれない。

 どんな弱者でも一瞬で勝てる方法を教えよう。それは徒党を組む事だ。十人が駄目なら百人、百人が駄目なら千人。千人が駄目なら一万人。一万人が駄目なら百万人。数を為せば大体の敵には勝てる。これは誰に教わらずとも分かる原初にして最強の戦法故、相手もこれを使ってくる事があるが、その状態が戦争だ。互いが数の暴力で攻め入る。そうして数が多かった方が勝つ……なんて決まりはないが、無策では基本的に数の多い方が勝利する。そうでもないのに勝てた場合は、その集団の中でずば抜けて強い奴が居たという事だ。その一人だけで百人を相手する事が出来れば、残りは百人差し引いた人数と戦えばいい。その一人が千人を相手できるのなら、残りは千人差し引いた人数と戦えばいい。

 結果に原因は付き物だ。全ては数字の上で成り立っている。イジナは百人を相手に出来る自信こそあるが、三万人を相手取る自信はなかった。取り敢えず百二十人殺すとして、それから逃走について思案しようか。

 脇腹目掛けて薙がれた剣を潜って躱し、背中の方で待機していた騎士の頭部に接触。その手を振りほどくよりも早く騎士の身体は重苦しい甲冑の中で爆ぜた。先程まで確かに人間だった存在が、突然出来の悪い泥人形みたいに崩れたのだ。甲冑には傷一つつけてないから、猶更それみたいに見える。内側から滲み出した臓腑が、泥の様に地面に染み込む。幼年の少女がするとは思えない攻撃に、騎士達の動きが全体的に止まった。

―――魂よ晒せ。魂魄那フェアレーター

 約束を破るなんて流儀に反する事だ。実力を隠し続けてそうなるくらいならば、全力を出して約束を守った方が良いに決まってる。殆ど詠唱破棄に近いので、捕まってしまえば魔術理論を吐かせられる事になりそうだ。

 その前に自分を捉えられるのかどうか、と言った所だが。

 次に殺された数十人、及びその周囲は、何が起きたかを理解出来なかった。少女が触れていないにも拘らず、また泥人形みたいに崩れ去ったのだから。武器すら持たぬ少女は、疲れた風に手首を振って周囲を睨めつける。

 人の目はとても優秀で、生物が出力出来る速度であればたとえ姿を捉えられずとも、少なからず映す事は出来る。それは凡庸な騎士にしても同じで、普通に動けばまず目視される。たかだか一二〇で数的有利を取られているなど屈辱極まるが、そんな状況で目視されているとその有利を以て上から叩き潰されてしまう。

 ならば目視されなければいい。自分の取った行動はそれを実行したに過ぎない。こちらを捉え切れていない騎士達が闇雲に剣を振り回すが、重さも速度も未熟すぎる。三つの刃が振り下ろされる直前、イジナは天高く跳躍し、両足を限界まで開いて左右の二人を蹴っ飛ばす。真正面に見据えた騎士の兜を掴んで渾身の頭突きを叩き込むと、頭部の爆ぜた騎士は後ろに倒れ込み、背後数人の体勢を崩す。その瞬間、またも少女に触れてもいない騎士達の身体が崩れた。

「な、何が起こってるんだ!」

 これできっかり七十人。この技の実態さえ理解出来れば簡単に無力化出来るのだが、騎士達にその時が訪れる事は無さそうだ。全員が全員ちゃんと動揺してくれたので、イジナは再び『魂魄那』を発動。今度は残っていた全員が死亡した。

「…………良かった」

 戦い自体はつまらなかった。しかし、お蔭で残った全員を仕留める事が出来て負担が軽くなったとも言える。

 『魂魄那』は恐怖に反応して使用者を瞬間移動させ、魂を引き抜く術だ。少しでも恐怖してくれれば魂を掴んだ状態で維持出来るので、頃合いを見計らって数十人を一斉に殺害する事も出来る。その現象に恐怖してくれればまた殺害の予約が出来るし、七十人全員が恐怖してくれれば御覧の通り。対策としてはこちらを恐怖しなければいいのだが、これが難しい様でかなり簡単だったりする。

 レスポルカに限った話でもないが、殆どの男性は常に女性を求めている。飢えていると言い換えてもいいだろう。だからこんな言い方をすると、一部の健常な男性に申し訳ないのだが、イジナは女性だ。ここの男達がその気になれば、性の対象としか見ない様にする事も出来る。あの状況下でそんな肝の据わった事を出来る人間が居たとは考えづらいが、されていればもう少しここを突破するのに時間を要しただろう。援軍のせいで負けていた可能性もある。結果を見ればこちらの圧勝だが、危ない橋と言えばそうだった。

 全員が死んだ事を確認してから、イジナはリアとの約束を果たすべく背を向ける。きちんとこの手で魂を抜いたので、フィーが敵側に寝返っていたりしない限りは、この騎士達が復活する事などあり得ない―――

 妙な胸騒ぎがしてもう一度背後を振り返る。死人は二度と起き上がらない。分かり切った事だ。

 それは気のせいだったと思い、援軍が駆け付ける前にイジナは姿を消した。














 それから間もなく、魂を抜かれた筈の男達は、何事も無かったように立ち上がった。 



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