ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

私達の繋がり

 感情の機微に敏感ではない自分でもよく分かった。ここ二か月、日を追うごとにリアの気分は落ち込んでいて、つい最近に至っては『闇衲』の幻影を作り出し、朝までそれと会話していた事もあった。シルビアや『赤ずきん』を含めて、流石にその所業にはドン引きし、それに朝まで付き合ったフェリスは一体どういう神経をしているのか、イヴェノでさえも首を傾げた。しかし、たった今帰ってきたリアは誰がどう見ても上機嫌であり、喩えるならば、滅多に予定が合わない恋人と出会えた時の様な……そんな感じ。スキップまで踏んで、満面の笑顔で家に入ってくる事なんて一体いつ以来か。十中八九初めてだ。

 リアは何事も無かった様に開いている場所へ座り、中心に広げられた地図を覗き込む。座り位置は戻ってきた順番によって様々だが、基本的にリアはベッドの上、その他の幼女は本を背にして、残りは椅子や床と扱いに微妙な差異がある。もっとも、身長差を考慮すればこの扱いも妥当である。多少高い所に座らないと、机に広げられた地図に目線が届かない。

「何かあったのか?」

 誰かが決めた訳でもないが、このメンバーのまとめ役となるゼペットが率直に尋ねる。皆、それが気になっていると言わんばかりに少女へ視線を注ぐと、リアは恥ずかしそうに視線を逸らし、やがて断続的に言った。

「パパと……出会えたんだよね」

 その言葉を聞いた瞬間、家中が驚愕した。


「「「「「ええええええええええええええええええええ!」」」」」


「あ、違う違う! 会えたわけじゃないの、喋れたってだけで……」

 リアは自分の身に起こった事を話した。 狂犬のみさして興味が無さそう(ゼペットが脅迫して無理やり加入させたので当然だが)だったが、その他の人物は『闇衲』に好意がある事を抜きにしても、当人からの貴重な情報として耳を傾けていた。と言っても、語れる様な事は少ない。精々、戦争が始まりかけている事と、彼と話した場所に手掛かりが残されている事くらいだ。地図で示そうとリアはペンを持った。そして行き止まりの位置から彼と話した位置を逆算し、そこに目印を書き込んだ。ゼペットが地図を取り上げて、その目印をまじまじと覗き込む。

「ふむ、ここか?」

「ゼペット、行ける?」

「ああ。俺は少し席を外す。お前達は今後の計画でも練っておいてくれ」

 ゼペットは地図を机に戻すと、足早に家を出ていった。距離と巡回ルートの都合まで考慮すれば、戻ってくるまでに精々十五分といった所か。他の者達を置いて家を彼は家を出たが、ここでどんな計画を練った所で、果たしてそれを実行出来るかは誰にも分からない。頻繁に『闇衲』が外出しているならばまだしも、彼は奴隷王によって『最下層』から一歩たりとも出てこない。そして『最下層』の構造を知らない自分達では、無策で侵入した所で揃ってお縄に掛かる事は目に見えている。ミコトが居ればどうにかなったかもしれないが、何度も言う様に彼女は何処かへ行ってしまった。居もしない人物を当てにするのはいけない事だ。

 せめて『最下層』の地図があれば少しは計画も進むのだが、自分の城の構造を知らない王など居ないだろうし、わざわざ地図を国民に配布する意味はない。自分達が何よりも欲しているものが最初から存在していないと分かっているとは、何とも微妙な気分である。全員、特に話す事も無く彼の帰りを待ち続けた。この二か月の間に狂犬を除き六人は親睦を深める事に成功していたが、それとこれとは話が別。ずっとこの街に引き籠って淡々と作業していれば、話題が無くなるのは至極当然の理である。

「ふう~悪い。遅れたな」

 彼が家を出て来てからおよそ三十分。想定の二倍時間が掛かった割には何かに巻き込まれた訳でもなく、何故だか今日は『下層』の警備が厳重だったとの事。ならばどうやって切り抜けたのか気になるが、今は彼の残した手掛かりの方が重要である。

「それで、『狼』さんの残した手掛かりというのは?」

 彼が机の上に差し出したのは、一本のナイフ。何の変哲もないそれだが、ごく一部の人間だけがその正体に気付く事が出来た。

「これ、殺人鬼さんのナイフじゃないんですか?」

「あ、本当だ。よく見たらパパのナイフ……」

「でも待って! フォビアさんはどうしてこんなものを残したんだろう」

 フェリスの言う通りだ。ゼペットもそれには首を傾げて、あそこにはこれしか無かったとも付け加えた。イヴェノがナイフを手に取り、あらゆる方向から眺める。多少傷があるぐらいで、彼からの手紙が挟まっている訳でも、『最下層』の地図が送られてきた訳でもない。『闇衲』は一体何を狙ってこのナイフを置いていったのか―――

「おい。これって『最下層』の地図じゃないか?」

「は? いやいやそんな馬鹿な。俺だって色んな方向から見てみたが、地図なんて何処にも…………」

 それもその筈、地図はナイフそのものに刻まれており、光の加減が丁度良くなければ見えなかった。また、ナイフの大きさはたかが知れているので、如何な刻まれ方をしても地図は必然小さくなる。これを地図として機能させるには、改めて紙にそれを書き起こさなければならなそうだ。

「私に任せてください!」

 有無を言わさずシルビアがペンを手に取り、『赤ずきん』の補助を受けながら地図を書き起こす。紙が無かったので、街の地図の裏側に書き起こす。普段授業をノートに纏めていたお蔭か、シルビアはそっくりそのまま書き写す事に成功した(因みにノートは学校に置きっぱなしである)。リアも二つを見比べたが、傷跡として刻まれた地図は読みづらくて、何処に何が書いてあるかが非常に分かりづらい。しかし彼女の地図は非常に分かりやすかった。

「シルビア、やるじゃん!」

「えへへ……リアに褒められるなんて、なんか新鮮」

「はいそこ、いちゃつかない。しかしこれは非常に重要な手がかりだな。奴隷王の目を盗んでこっちまで来るなんざ考えられねえと思ったが、流石は相棒だ。こりゃ決定的な情報だな」

「突入出来るか?」

「うーん、そうだな。少し考えさせてくれ。巡回ルートと見比べて、どういった時期に動けばいいかを考える必要がある」

「戦争が始まった瞬間とかは? 兵力は幾らか割かれるだろうし、行けると思うんだけど」

「そりゃあ俺も思った。けどこの地図を見る限り、『最下層』の入り口は二つあるらしい。だが、本来の地図と照らし合わせるとその場所が見当たらねえ。ここの調査が必要だ。終わらない限り突入は出来ない」

 ゼペットは地図を折り畳むと、荒れたまま放置されている棚に突っ込んだ。

「お前達は一旦レスポルカに戻れ。どうやら俺達も戦争準備をしなきゃいけなさそうだ。俺も、この美少女の身体ではなく、別の身体に入れ替わらないとな」

「戦争がいつ始まるか分かるのですか?」

「戦争の当事者はレスポルカとレガルツィオ。一方の国がどんな状態かを見れば、自ずといつ始まるかは分かるだろ。……さ! 皆早く行って! 早くしないと行ってらっしゃいのキス、しちゃうよ?」

 見た目が美少女とはいえ、中身は『闇衲』と友人になれるくらいの爺。イヴェノも流石に遠慮したいらしく、残らざるを得ない狂犬の悲鳴を聞きながら、リア達は地下道へと戻っていく。 

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