ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

歪んだ愛のカタチ



 未だにパパを奪還出来る目途は立っていないので、私達はどうしても行動に移る事が出来ませんでした。一年も期間があるとゼペットは言ってくれたけど、一年もパパと離れ離れになるなんて私は嫌でした。なので私は、パパの幻を作る事にしました。

「ねえパパ。あの女の人、どんな風に動いてると思う?」

「表層から中層にかけてを往復してるって所だな。まあ特に気にする必要は無いだろう。死角は幾らでもある。ちゃんと足音を消せば問題なく向こう側の通路に行けると思うぞ」

「そっか。じゃああっちは?」

「あれは…………」

 パパの幻は、結局の所幻なので、本当のパパじゃありません。けれど、本当のパパを取り戻すまでは、居てくれないと困ります。私はまだ殺人鬼として未熟で、仲間が居ても至らぬ所がたくさんあるからです。だから私は、パパを作ったのです。パパは私だけのもの。世界最大だとかそう言う事は関係ないのです。パパとは約束をしたのです。私はパパの娘なのです。だからパパを独占する権利は私にあるのです。シルビアにも、フェリスにも、『赤ずきん』にも、ゼペットにも渡さない。奴隷王マグナスなんかには絶対に渡さない。私だけのパパ。パパの生殺与奪は私が握る。パパを殺すのも私、パパを生かすのも私、パパを愛するのも私。私だけで良い。どうしても誰かがパパを欲しいっていうなら、邪魔だからソイツを殺す。だからパパを奪ったあのオンナは私が殺す。私の許可なくパパを奪おうなんて許さない。許可なんて死んでもしないけど。

 パパを好きになって良いのは私だけ。パパに抱きしめられて良いのは私だけ。私だけ私だけ私だけ私だけ私だけ。

 中層の巡回ルートを全て調べた後、私は一足先にゼペットの家に戻り、地図に書き込もうとした。けど、一か月前に書き込んだ巡回ルートと何も変わらなかったから、『同じ』という事を示すマークを書いて、私は休憩する事にした。偶然にも、今日は私が一番乗りだった。私はパパの外套で全身を覆い、夢の世界に逃げ込んだ。

 夢の内容は、他の少女と違って大それたものじゃない。只パパと平和に暮らすだけ。誰もいなくなった平和な世界で、パパと二人だけで暮らすの。

「リア。今帰ったぞ」

「お帰りなさ~い! どうだったの?」

 夢だから何か目的がある訳じゃない。何かをしている体で夢は進むけど、あまり気にしていない。辻褄が合わなくてもこれは夢だ。私は只、パパと一緒に暮らしているという事実を見たいだけだ。その他の事はどうでもいい。本当はシルビアが居てもいいけど、シルビアも時々パパを奪っちゃうから今は駄目。パパ以外にも、別に不快じゃない人は居るけど。これは夢だから。究極的な私の願いが反映されている。

「ん……まあいぶし銀って所だな。特に今は影響もないが、後々はって所か」

「ふ~ん。そっかー」

 パパと他愛もない話をしながら、私はパパに膝枕をしてもらうの。それが妙に反発力があって、とっても気持ちいいの。パパはそんな私を見て、微笑みながら頭を撫でてくれる。そう言えば今の時間帯を考えてなかった。昼という事にしておこう。

「それじゃあパパ、ご飯にしましょッ? 今日は頑張ってくれたパパの為に、頑張っちゃうんだから!」

「期待しないでおこう。お前が張り切って物事が良い方向に転がった試しがない」

「そんな事ないってばー!」

 私はエプロンを着用して料理を始める。今はまだまだかもしれないけど、夢の中の私は凄く料理が上手いの。暫くすると良い匂いが立ちこんできて、パパが台所に来る。

「随分上手くなったものだな」

「今度こそ全部食べてよ? パパが残した分を食べて太ったらパパのせいなんだから!」

「人のせいにするな。お前が太ったら脂肪を削ぎ落とすぞ」

「―――って事は、パパはむっちり体型が好きじゃないのねッ!」

「何処で覚えてくるんだ、そんな言葉……もう面倒だからそういう事でいい、早く作れよ」

「はーい!」

 料理が出来る。私とパパは並ぶ様に座って、一緒に料理を食べるの。作った料理は……考えてない。美味しいものっていう漠然としたイメージしかないけど、とにかく美味しい料理。パパも認めてくれる様な美味しい料理を作れたの。

「どう? 美味しい?」

「ああ、美味しい。まさか娘がここまで成長してくれるとはな、父親としても涙を流さずには居られないよ」

「それ、辛いからじゃないの?」

「お前何入れたんだ。全く辛いとは思えないんだが、そっちは辛いのか?」

「全然」

「じゃあ何で辛いだろうと思ったんだよ。刻むぞクソガキ」

 そんなこんなで昼食を終えた私は、お昼寝をする事にした。パパの服をシーツ代わりに、パパに子守歌を歌ってもらいながら眠るの。パパは私の希望で服の中に手を入れて、直に背中を撫でてくれる。その時の体温が、私にはとても愛おしく感じた。

 私はパパの胸に顔を埋めながら、小さい両腕でパパの腰を掴む。パパは特に何も言ってくれないけれど、代わりに力強く抱きしめてくれる。

「リア」

「何?」

「愛してる。あまり言うと、価値を失ってしまいそうだがな」

「……フフッ♡ やっと素直になってくれたのに、パパったら恥ずかしがり屋さん♪ 私も愛してるわよ、パパ。ずっとずーっと一緒に居ようね!」

「お前がそれを望むのなら」

 そんな風に一日を過ごすの。誰も居ない世界で、二人は幸せに過ごすの。外に出れば何万もの死体が転がっていて、辛うじて肉の残っている死体を鳥がついばみに来る。私はそういう世界で、パパと一緒に過ごしたい。永久に。その為だったら、たとえ世界が滅んでも構わない。世界なんかに、私とパパの絆は断たせない。こんな事は二度と起こさせない。


「起きろリア。おい、他人様に阿呆面晒して何が楽しいんだお前は」


「パパ?」

 不意に、夢じゃないパパの声が聞こえて、私は目覚めた。残念ながら何処を見てもパパは居ないし、代わりに居るのはパパを相棒と呼んで譲らないゼペットだけだった。

「おおリア、起きたか」

「……ゼペット。私の事呼んだ?」

「いや、俺は呼んでねえぜ? 他の奴もまだ来てねえし、お前の空耳じゃないのか?」

 違う。私がパパの声を虚空と間違えるなんてあり得ない。今のは間違いなくパパの声だった。私は立ち上がって、巡回ルートを通らない様に注意しながら外へ出る。絶対気のせいなんかじゃない。死角を的確に活用して中層の巡回をやり過ごし、ゼペットの家とは真反対の方向へ。声は何処から聞こえた? いいや、あの家に居た時点で聞こえたのなら参考にならない。私は私の身体が赴くままに進んだ。

 その先は行き止まりで、結局パパの声を見失ってしまった。もしかしたら、パパが奴隷王の目を盗んで会いに来てくれたのかもしれないのに。私が肩を落として戻ろうとすると、丁度真横にあった壁越しに、再び声が聞こえた。

「リア」

「………………パパッ? パパなのッ?」

 その声は答えようとしなかったが、低い声で自分の事を呼ぶそれを間違える事は無かった。もう幾度となく聞いてきたのだ。今更間違えるなんてあり得ない。私はフードを頭まで被り、違和感を持たれない様に背中を壁に押し付ける。

「久しぶり、という程でもないか。風の噂で聞いたぞ。俺の為にわざわざ人かき集めて、ご苦労な事だな」

 壁を超えれば直ぐに会える訳ではない。街の構造上、壁の裏側に行くには一度『下層』を経由して回り込まなければならなかった。今すぐにでもパパに抱き付きたい気持ちをぐっと押し付けて、私は情報を獲得せんと思考を切り替える。

「奴隷王は私達の動きに勘付いてるの?」

「いいや。気づいていないというか、相手にしていないな。お前達の事など歯牙にもかけていない様子だった。何でも、近い内に戦争を起こすそうだ」

 戦争……成程。恐らくそこにタイミングを被せて突入すれば、もしかしたら成功するかもしれない。この事は後で全員が集まった際に共有しよう。真正面から突っ込んで勝てないというのなら、唯一の突破口かもしれないから。 

「俺は今の所アイツに頤使されてる。今は仕事の最中で、抜け出してきた。お前を呼べるかどうか不安だったが、こうして来てくれて安心したよ。お前が……風邪でも引いていたら看病してやらないといけないからな」

「か、看病……? べ、別にいいわよ! パパを取り戻すまでは、完璧に動ける様に体調を整えておかないと、手遅れになっちゃうかもしれないし」

 けれど、パパに看病される光景を想像したら、中々悪くなかった。アイジス曰く、親は子供の体調が悪かったら優しくなるらしい。私もパパに一度優しくされたい。風邪を引いたらきっと一日中付き添ってくれるだろうし、いつもは罵倒しか出ないけど、その時は優しい言葉を掛けてくれるかもしれない。

 私が風邪を引いた時の事を想像しているとも知らず、壁を挟んでパパが話を続けた。

「何やら妄想に浸っていそうだが、俺の事なんて忘れろ。今回は相手が悪いぞ。お前達でどうにか出来る相手かどうか」

「出来るよ! 私、パパの娘だもん! それにパパを連れ戻さなかったら、パパに約束を破らせる事になるし……私、約束を破る人は大嫌いだけど、意図して約束を破らせる様な屑になった覚えはないの。だからパパ、待ってて。絶対に連れ戻すから。そうしたらまた、私のパパになってね?」

 パパは呆れた様に息を吐く。だがそれは嘆息ではなく、これからする発言の予兆とも呼ぶべき長い間だった。ゆっくり、ゆっくり。息を吐ききったパパは、意を決したように息を吸った。

「何を不思議な事を言っているんだ。たとえマグナスに頤使されていようとも、俺は俺だ。俺自身がお前を娘にした。だからどれだけ会えなくたって、俺とお前はこれからも父娘だ。改めてならなくても、一緒に寝てやるくらいの事はしてやるさ」

「ひょっとして、ようやく私に惚れてくれたの?」

「お前みたいなメスガキに惚れる奴の神経が分からんな。それじゃあ、そろそろ行くぞ。ここに手掛かりを残しておくから、後で取りに来い」

 私が何か言うより先に、パパは離れて行ってしまった。せっかく今、私がパパに抱いている感情の正体が分かったのに。パパが離れていくと共に、それも忘れてしまった。力の限り叫べば聞こえるだろうが、奴隷王の目を盗んできたというのならそれをするべきではない。それにここで大きな音を出せば、片方は行き止まりだ。奴隷王の部下にバレてしまえば、此度の密会もバレてしまうだろう。それはお互いに得策ではない。どうやら手掛かりを残してくれたらしいが、ここで自分が迂闊な行動を取れば、それも回収される可能性がある。巡回中の部下がそっぽを向いた隙に、リアは再びゼペットの家へと戻る。同時に、店に買い物へ出かけていた男が部下を引き連れて外に出てきたが、どうにも優柔不断な性格らしく、部下の女性に怒られていた。

 レガルツィオ全ての住民の動きばかりは把握しようがない為、ここで二人がこちらを向いてしまえば気付かれただろう。他にも監視を引き連れて談笑を楽しむ何とも図太い神経を持った男性二人を見かけたが、監視している部下達も談笑している為、やはり気付かれなかった。今回は幸運が連続している。パパにも出会えて、住民にも奴隷王の部下にも気づかれなくて。きっとこれは神のお告げだ。神が自分に味方してくれているのだ。

 私が家に戻ると、先程は姿を見なかった他の人が集っていた。

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