ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

与り知らぬ所で



 戦争に参加して欲しい。最初にそう言われた時は直ぐに断ろうと思った。けれど断ろうにも、断れば卒業まで執行猶予を設けられているギリークやイジナの立場が危うい……いや、イジナとは個人的な繋がりがあるから脅されても問題は無い。問題はギリークだ。自分が従わなければ、直ちに彼を死刑に処すと言われてしまい、さしもの自分も己の力に身を任せて動く事は出来なかった。このレスポルカの総力を以てしても、自分には傷一つ付けられない事が分かっている。ギリークだって守る事が出来るだろうが、違う。そうじゃない。自分は只。彼に学校生活を楽しんでほしいだけなのだ。χクラスで、この状況下で楽しんでほしいのだ。彼の犯した罪『親殺し』は冤罪で、それは彼自身も知っている。知った上で彼はその罪を被っている。そんな健気な少年を、自分がどうして見捨てようか。彼は大事なχクラスの生徒の一人であり、彼の想いを汲むならば、卒業するまでは彼の学校生活を保障しなければならない。そして学校とは基本的に唯一無二のものであり、たとえ彼を連れて他の場所へ行ったとしても、彼は今より学校を楽しむという事は無いだろう。リアも、イジナも、その他生徒も。ここでなければ出会えない人間だ。

 学校を作る事は出来る。平和な世界を作る事も出来る。ただ、それを作る事は出来ない。全く同じ人間を作り、何処か別の場所でもう一度学校生活を満喫させたとしても、それは彼という本物と、本物と全く変わらない偽物が過ごしているに過ぎない。それは違う。彼には本物の学校生活を楽しんでほしい。叶うかどうかはともかく、リアへの淡い恋心を抱き続けて欲しい。

 諸々の事情から、フィーは戦争参加を引き受けた。けれど、自分頼みになる事を最初から見透かしていた自分は、戦争開始の時間をこちらで決める事にした。普通に参加する気は無い。誰よりも戦争に巻き込みたくない者達が訪れているのもあるが、やはりこの世界で起きる戦争なのだから、この世界の者達が主となってやらなければ意味がない。

 暫くして、フィーは奴隷王と接触する事にした。この時の為に獲得した知名度ではないが、気難しいと噂の彼女も、こちらの正体が『フィー』と分かれば直ぐに接触してくれた。

「てめえがフィーか」

「ああ……そいつは?」

「俺のモンだ。いいだろ?」

 何が起こったかは全て分かった。殺人鬼である筈の彼が、空虚な瞳でこちらを見つめていた。フィーが学校長で、それでいて彼の娘が自分の生徒でなければ、きっと無視を決め込んでいただろう。もう厄介事は勘弁だ。自分の大事な生徒が関わっている場合でもない限り、手を出そうとは思わない。彼女の幸運を、自分は祝福しよう。

 奴隷王は気付いていない様だったので、フィーはこの戦争をあらゆる事象が収束する時期に始める事にした。こちらの目的は何事もなく戦争が終わり、ギリーク、イジナ、リアの三人が再び学校でじゃれ合う光景を見る事。それ以外には何も求めていない。内イジナはこちらが完全に保護しているので、どれだけ離れていようとも彼女を人質に取られる事はない。問題は二人だけだ。リアは完全に横から割り込んできた問題だが、別に構わない。どの道その問題は、戦争を上手く絡めれば一気に解決出来そうだから。

 こちらが狙っているのは、相打ち。お互いに戦争の主要人物が死ねば、戦争は自ずと止まるだろう。大事なのは殺す事ではなく、戦争を経て死んだという事実だ。主要人物とは要するに王様であり、言い換えればギリークを人質に自分を脅迫した人物。彼が死ねば脅迫の件は無くなるから、ギリークも今まで通り執行猶予の下学校生活を送れるし、奴隷王が死ねばリアも帰ってくる。主要人物が死ぬので戦争は止まるし、一石三鳥だ。これを狙わない手はない。幸い、どちらの陣営に口出しをしても大丈夫な、それでいて一定の信用を持っているという絶妙な立ち位置に居る。この立ち位置を利用しない手はない。

 だから自分はレスポルカに戒厳令を敷かせた。悲しい事に、ギリークを楯にされれば自分は従わざるを得ないが、一度彼が死んでしまえば人質としての効力を果たさなくなり、自分を縛れなくなってしまう。だからこちらのどんな要求にも、王様は応えなければならなかった。勿論反発くらいはするので、少し理由を戦争に結び付けてやれば直ぐに快諾してくれた。因みにこの戒厳令は、彼を取り戻さんと集結した者達が完全に都市を出ると同時に解除しておいた。この意味のない命令には流石の王も訝ったが、職人エリアの者達に緊急生産体制の準備を通告する事を伝えたら、勝手に何らかの下準備と勘違いしてくれた。

 この王様、根本的に素質が無いのかもしれない。見ず知らずの人間を勝手に司令塔にしている時点で底が見えている。精々上手い事利用して、それなりに派手に死んでもらうとしよう。ここまで馬鹿だといっそやりやすい。謎の信頼を背中に、続いてフィーは奴隷王へ助言。ついでにレスポルカが戦争をしたがっている事を教えておくと、彼女は随分と乗り気になり、レスポルカの状況を逐一報告する様にこちらへ求めてきた。彼女の信用を勝ち取る事はあちらの王と違って難しそうに思えたので、現在はその動きに終始している。

 これが二人の王の実力差。一人の王は強者というだけでこちらに全幅の信頼を置いたが、もう一人の王は他人という理由から決して信用はせず、利用するだけして捨てようという腹積もりで交流する。正しいのはどちらか、言うまでも無いだろう。現にフィーは、腹の中でこの戦争を台無しにする事を考えている訳だし。

 さて、自分に偵察まがいの事をさせて奴隷王が何をしているのかという事だが、どうやら部下を送り込んで、内部からレスポルカを混乱させようと企てているらしい。混乱で戦争準備に手が回っていない間に、先手を取って仕掛けようという事だろう。同じ事をレスポルカに仕掛けられても困ると思ったか、奇しくも彼女はフィーと同じ様に外出制限令を敷いた。確かにそうすれば反撃を受ける事はなく、一方的に相手を攻める事が出来る。レスポルカが混乱に陥るのは時間の問題である。だが、本当に難しいのはここからだ。

 フィーはこの戦争を事象が収束する時期に設定した。即ち外出制限令から一年後。その間に、出来れば彼を奪還せんと集った者達には目的を達成して欲しいのだが、彼等だけではどうにも不安が残る。そこで、何かしら助力をしてやろうと思ったのだが、その場合、フィーは奴隷王にもレスポルカの王にも、はたまた奪還メンバーのいずれにも気付かれる事なく動かなければならない。この戦争準備段階において唯一自由に動けるのは自分だけだ。上手く立ち回らなければ最高の結果は望めない。

「先生……忘れる事を選択しなかった貴方は、今の俺と同じ様な苦しみの中で生きてるんだろうな」

 フィーは席を立った。

「もう行かれるのですか?」

「ああ。世話になったなアルラデウス。暫くは忙しくて顔も出せそうにないが、今度顔を出すような事があったら、またよろしく頼むよ」

「畏まりました。貴方様のお仕事に幸運があらん事を。フィード・クウィンツ様」



 























 パパが私の下を離れてから、二か月が経ちました。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品