ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

パパの足跡 その2

勝負はかつてない程に一方的だった。L字型の金属体から閃光が放たれるも、明らかにそれよりも素早く『闇衲』の拳が顎を砕き、男を再起不能にする。その隙を狙った男が短槍を掲げて背後を取ったが、当の彼は槍の一撃に合わせて転回し、柄と刃とを繫ぐ部分を握り潰すと素早く男の喉元へ突き立てる。一言の挑発も無ければ、溜息も無い。作業の如く虚ろに、つまらなそうに、『闇衲』は淡々と自らの仕事を遂行していた。

 いずれの攻撃も当たらない。槍も槌も剣も魔術さえも。否、魔術に至っては発動前に殺されており、そもそも発動すらしていない。巨大な斧を持った男が確実に『闇衲』を仕留めんと、大袈裟な声と共に薙ぎ払うが、この建物が縦長だった事が運の尽き。振りかぶった所で壁にめり込み、およそ一秒。動きが止まる。それを見逃す『闇衲』ではなく、斧の柄を踏み台代わりに跳躍して、空中で振り返りざま蹴りを放つ。どれ程に強力な蹴りでも顔を潰すに留まっていた蹴りは、一度首を狙ったと思いきや、その首を容赦なく切断し殺害。大量の血飛沫が飛び散って『闇衲』の姿を赤く染める。彼は掌に着いた血を払って目の前の敵数人の視界を潰し、肉迫。全員の目が開いた頃、既にその首は胴体から離れていた。

 発言通り、彼は一切の武器を私用していない。強いて言うならば徒手だけであり、首が離れていたのも、彼が顎を掴んで強引に首をぶっこ抜いただけである。人間とは思えない膂力に、階段から密かに様子を窺っていたイヴェノは呆然とその光景を見ているしか無かった。

 闇雲に戦うだけではどうしようもないと察したらしい男が、他の男達に目配せをすると、武器を持った男達は大袈裟なくらいに声を上げて、作業中の男へ襲い掛かった。その間に一人の男は息を潜めて距離を詰め、ただ一度しか訪れない好機を待っていた。『闇衲』に集中するあまり階段から様子を見るこちらには気付いていない様だが、どうやら捨て身覚悟で彼の背後に飛びつき、他の仲間に諸共殺してもらう算段らしい。

 手を貸すべきか?

 爆弾を一つ使うだけだから、吝かではない。しかしながら突然仕事に割り込んできた男がどれ程の実力かを見極めたいから、その場では敢えて静観を決め込んだ。『闇衲』は背後の男に気付いていないのか、大袈裟に立ち回る男に意識を取られていた。後は陽動役の男達が背後に一歩でも追いやればその瞬間こそ好機だろう。しかし、それを狙おうにも下手な大振りはかえって接近を許す。陽動役と言えども死ぬ気は無い男達は、どうしてもそれが出来なかった。そんな状態が続いて三十秒。男達が何をした訳でもないのに、『闇衲』は背後へ移動し、その時を遂に許した。

 中心の柱に隠れていた男が飛び出す。男の無謀な飛び込みは確かに『闇衲』を掴み、陽動役の男達が一転、攻勢に転ずる。彼の危険度を考慮するならば一撃で仕留めなければならぬと。その役を引き受けたのは大斧を持った男。

「うおらあああああああああああああああ!」

 大木さえも一撃の下に切り伏せてしまいそうな渾身の一撃。人っ子一人を断ち切るには少々過剰な一撃。背中を取られて為す術の無かった『闇衲』は、尚も虚ろな目線をやめる事はなく、急に身体を倒した。すると、背後に組み付いていた男が前面へと翻り、渾身の一撃をその背中に受ける事となった。先程は大木をも倒す一撃と表現したが、男の背中がまんま断ち切られる事は無かった。男の勢いが足りなかったのか何なのか、『闇衲』を殺す唯一の機会を男達は逃したのだ。

「太刀筋さえずらしてしまえば、どんな武器も只の棒だ」

 ここに来てようやく一言。斧を振り上げて、再び振り下ろそうと男が持ち上げた瞬間、『闇衲』が背後に組み付いていた男を顔面へ投擲し、男の体勢を崩した。重量系の武器を扱う人間はその都合上、重心を利用した攻撃を繰り出す事が多い。彼はその特性を逆手にとり、重心を崩させる事で周りの混乱すらも招いたのだ。斧使いの男が倒れた事で周囲の者達も怯み、その身体を硬直させた。そんな有様で散々仲間を殺害してきた男を止められる筈もなく、倒れ込んだ男の顔面が踏み潰されると同時に、残った男達も右方向に薙いだ蹴りで正に一蹴。吹き飛んだ男達はイヴェノの頭上を越えて階段を転げ落ち、入り口の方へと転がっていった。念の為に確認した所、階段を転げ落ちた事が致命傷だったのか、残らず死亡していた。これから死体を運び出す事も考えると合理的な判断である。確認したのはこちらなので、彼も確認しに来るかと思いきや、足音は再び上の階へと遠ざかる。完全に遠ざかり、またも戦闘が開始されたが、これ以上見る気にはなれなかった。縦に長い構造上、これ以上の深追いは仕事の遅延を招く。あの調子では手を貸さずとも始末してくれるだろうから、さっさと下りてしまおう―――










「アイツは宣言通り、十五分以内に全員を殺害して、死体を運び出した。依頼も問題なく完遂され、俺達は無事に仕事を終えた。それがアイツとの出会いだったな」

「……真正面戦闘は苦手だって聞いたんだけど」

「いやー知らないな。あの時俺が見た光景が幻覚じゃ無けりゃー、それこそアイツの嘘って事になるなー」

「ふーん。で、それ以降は?」

「俺が特定物破壊で、アイツがそれの運搬だったりして敵対する事もあった。けどもアイツに爆弾が当たった事は一度も無くてなあ。俺が勝つ事もあったが、まあアイツとの勝負は負け越しちまったなー。同じ国に住んでるだけはあって、仕事が無けりゃ酒場で出会う事もあった。そん時には普通に話してたな」

「怒らないの?」

「仕事は仕事だー。一々蒸し返してたら息が詰まるしなー。まあ、いつの間にか姿を消しちまったが、あれは天龍歴七四三年の時だったな」

「パパは?」

「…………さあな。でもアイツは、凄く辛そうな眼をしてた。生きてるのも面倒ってくらい、死にかけてたな。だから仕事の上で生じた因縁はどうでもいいんじゃねえかな。仕事さえ絡まなきゃナイフ出されようが酒引っ掛けられようが何もしなかったし」

 あの男にそこまでの我慢強さがあったとは。ひょっとして、トストリス大帝国で出会った時の彼とは違っているのか? 彼はとても優しいし、確かに暴力を振るってはくるが、それも彼なりの愛情と捉えれば苦ではない。他の男に性的暴行を加えられるよりはずっとマシだ。何だかんだ、ずっと守ってくれていたし。

 これ以上は知らねえよとの事だったので、続いてフェリスへと視線を移すと、まだ何も言っていないのに、彼女は言いたくて言いたくて堪らないとばかりに身体を震わせていた。

「それで、フェリスの方はどうしてパパのファンに?」

「よくぞ聞いてくれましたあ! 私がフォビアさんに持つ思いは、憧憬だけじゃない。どうかお傍でその雄姿を眺めさせてほしい、そんなグレイトフルな思いもあるんだから!」

「いや、だからどうしてファンなのかなって」

 言語中枢がおかしくなっている様な気がしないでも無かったが、ともかく彼女は話してくれた。

「私、シャート大陸全土を支配していた圧政大国『ナハトムルグ』って国の出身なんだけど、あそこ、体制がずっと前に壊れたじゃん? 三年前くらいかな?」

「いや、知らないけど」

 その頃には、リアは本当の父親と母親と過ごしていた。時間軸云々の考慮を抜きにしても、別世界に居た以上は知り得ぬ事実だ。しかし孤児院でその名前を聞いたような気がしなくもない。確か本には…………革命が起きたとか、起きてないとか。

「あれな。俺ん国じゃ大災害のせいで絶対王政が崩れたって話だったな」

「私、出身者だから知ってるの。あれはね、フォビアさんが一人で殺したの。圧政を強いていた王族の血統を絶やしてくれたから、あの国の体制は崩壊したの」

「因みにどんな国だったの?」

 好奇心で尋ねた事が運の尽き。少女の口から語られる一言は、一節ごとにリアの殺意を膨らませた。

 その国は王様の血族以外は須らく奴隷。一度女性が王城に呼び出されれば最後、孕ませられるまで監禁され、国を訪れた女性も、薬や器具などあらゆる手段を通じて精神を崩壊させ、只の孕み穴として調教される。そんな国だから非合法な手段を通じてしか訪れる事が出来ない様になっていたとはいえ、それでもあの日が来るまでは国として成立しており、民衆達も日々苦渋を味わっていた。

 あの日とは、『闇衲』が訪れた日の事である。

「国中の女性が王族の子供を産んでいたから、結果的には私もお母さんを殺されちゃったし、それが我慢ならなかったお父さんも殺されちゃったけど、私思ったの。凄く……カッコイイって! 結果的に全土を支配していた圧政は崩れて、今は分裂したし、私にとっては救世主なんだッ。もしあのまま大人になってたら、私も奴隷にされちゃっただろうから……ね。今でも覚えてるよ、あの光景。王族夫人の子宮が引っこ抜かれた状態で王様の局部に吸い付いてて、その王様の臀部の穴からは腸みたいなものが飛び出してて、入り口が無理やり拡張されてて、それを頭から被る大臣。で、その大臣からへその緒が伸びてて、それが夫人の臀部の穴に繋がってるの! 他にもまだあったけど、ううん、言葉だけじゃ語り尽くせない! とにかく、直系の王族はみ~んなそんな風に吊るされてたり、壁に磔にされていたり、五指を一本の指に接合された状態で馬に引きずり回されてたり、時には上顎をもぎ取られて飲み物の容器にされてたり色々されてたの。それを見てね、凄く……お洒落だなって思って」

 大概、彼女も価値観がおかしな事になっている。自分もそんな光景を目にしたら彼にときめいていまうかもしれないが、その時点でそもそも一般人としてどうなのかという話だ。どうやらそれなりに幸薄い人生を歩んでいた様だが、それでも彼女は子供教会に居た訳ではない。あの地獄に比べればまだまだで、あの地獄から自分を助け出してくれた『闇衲』には今も感謝している。

 何が言いたいかというと、リアの勝ちである。自分の方が彼を好いている。間違いない。心の中で喜びを噛み締めつつ、まだ続きそうなので耳を傾ける。

「だから弟子にして欲しいんです! どうしたらあんなに素敵な殺し方が思いつくのかなって!」

「娘はリアで埋まってても、弟子は居ないだろ? だからコイツも喜んでる訳なんだなー」

「今度はリアの話を聞かせて! 私、フォビアさんの事もっと知りたい!」

 期待に目を輝かせるフェリス。その光輝はあまりに眩くて、彼女の鏡面みたいな髪が反射してしまいそうである。だがリアに聞いてくれたのは好都合だ。こちらは語りたい事がたくさんある。

 どれだけ彼の事が好きか。

 どれだけ彼の事を愛しているか。

 どれだけ彼の優しさを知っているか。

―――パパの事が好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしく好て愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしく好て愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて大好き。

 そんな自分と彼への好感度を比べようなんて笑止千万。彼と出会ってからどれだけ彼の顔を見て来たか、彼への愛と共に夜が明けるまでリアは語り尽くした。その語りがあまりにも長く、且つ熱のこもった言葉だった事から、二人も最後まで耳を傾けてしまい、終いには一睡も出来なかった事に気付くのだが、それはまた別の話。

 『闇衲』の救出には関係ない。

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