ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

壊した先に紡いだモノ

考えなしに突っ込もうという気にはなれない。今回はおふざけ一切なしで、『闇衲』を取り戻さなければ。そうと決まればまずは彼を連れ去った奴の情報が必要で、その為には協力者が必要である。最初に訪れた場所は、距離的にもまだ馴染みのない、人形師ゼペットの家だった。

 リアが扉を開けると、ゼペットは入り口に背中を向ける形で、自分達が仕留めた男を加工している処だった。

「……おう。娘ちゃん。死体を適当に放置するなんて良くねえな。お蔭で俺が回収する羽目になっちまったじゃねえか」

「ゼペット。今はそんな事、どうでもいいの。ねえお願い、協力して?」

「ああ、分かっている。言わなくていい。俺の相棒が連れ去られたってんだろ、奴隷王に」

 飽くまでゼペットは冷静に、こちらに視線を向ける事もせず、淡々と死体を加工している。何やら凄まじい事をしているのは分かるが、リアにはどうでもいい事だった。父親を失った今、人形にしても殺人にしても興味が湧かない。当初からの目的だった世界への復讐さえ、今はどうでも良かった。

 失って初めて気が付いた。最初こそ、確かに目的は世界への八つ当たりだった。けれど、まだ一年も経たぬ短い時間、しかしどんな時間よりも濃厚だった今までを過ごしている内に、目的は若干すり替わっていた。世界は憎い。けれどそれ以上に、彼の事が大好きだった。彼が隣に居て、初めて目的は目的と成り得ていた。

 そんな風になったのはいつからだったのか。それは問題じゃない。問題なのは、そんな彼が居ないとどうにかなってしまいそうという事であり、この事態を放置すれば自分の精神が壊れてしまう。お忘れだろうから改めて宣言させていただくが、『闇衲』は自分のモノだ。自分の近くになくては話が通らない。

「何か知ってるの?」

「知ってるも何も、俺の相棒が盗まれた事は、俺も看過してはいない。幾らここの頭だからって限度があるんだよ。ここは無法都市だけどな、無法にも無法なりに秩序がある。アイツは俺の相棒で」

「私のパパ」

「その通り。それを侵した奴には報いを受けさせないとな。……と。ひと段落ついたか。それじゃあ娘ちゃん、共同戦線を張ろうじゃないか?」

「…………きょーどーせんせん?」

 剣呑な雰囲気からは想像もつかない間抜けな声を出したリアを、ゼペットは心底愉快そうに嗤った。それが友愛から来るモノと判別できる程度には、分かりやすく。

「一緒に戦いましょうよって事だよ。何度も言うが、アイツ程綺麗に死体を持ってきてくれる奴は早々居ねえ。ま、今回はちと質が悪かったが、そんなのは、連れ戻した後に文句言えゃいいだけの事…………私も知ってる情報全部話すから、リアも、知ってる情報はぜーんぶ話してねッ?」

「―――分かった。それじゃ、情報共有しましょうか」

 おどけた風に口調を変えた少女を見て、リアは予期せず微笑んでしまった。自身の持ち合わせていた雰囲気も穏やかに、全身を僅かに硬直させていた緊張感は、何処かへ吹き飛んでしまった。遊んでいる様にも見えるが、たくさんの人間を加工してきたからこそ、彼は感情の機微に敏感だった。それ故、リアが焦りと怒りから緊張していたのも全てお見通しだった。背中越しでも分かるくらいと言えば分かりやすいだろうか。分かりやすいのは彼女の感情だが。

 連れ攫われた程度と言う気は無いが、ここまでの激情を、生憎とゼペットは持ち合わせていない。相棒の娘は存外に、新鮮な人間だった。

 それから二人はお互いに知っている事を話し合った。リアは『暗誘』から貰った本の話、それとミコトの存在を。ゼペットは過去に『闇衲』と過ごしていた日に彼から聞いた事、またこの街に滞在していて知った事を。

「天龍歴、七五三年。世界最大の奴隷商人である奴隷商人に接触する事にした。もしかしたら、流通ルートに乗っているかもしれない。乗ってくれていないと困る。もう手掛かりはない。これ以上闇雲に探したって、見つかる可能性なんて無いんだ…………か」

 彼に死に土産として渡された本は、実は肌身離さず持っている。宿屋に居た頃は置いていたが、今回は彼についてきた形なので、持ち出してきた。ゼペットは本を閉じ、背後の山へと投げ込んだ。正気を疑いかねない行動だったが、あの本の色は一色しかなく、被っている色を持った本は無い。多少埋もれた所で、直ぐに見つけ出せるだろう。

「どう? パパが何を探してたか分かる?」

「分かるぜ。俺も聞いてるから。けど、教えるのは無し。こればかりは口止めされてるし、何より今回の件と関係ねえ。けど……」

「けど?」

「あの奴隷王が目を付けた理由が分かった。恐らくはここだ。ここでアイツは目をつけられた」

「どういう事?」

「『リア』。聞いて驚くなよ? あの奴隷王、配下の者を見りゃ分かるが、女性しか居ねえんだよ」「……それって」

 答えを得た様子のリアを見て、ゼペットは満足そうに頷いた。

「男性恐怖症ってこったな」

 言い換えれば、自分と同じ女性。直ぐに気絶させられたので話した事は無いが、同じ状態にあったとは思わなかった。そしてゼペットの言葉を信じるならば、『闇衲』と相対した事で、初めて男性に興味を持ったという事になる。いや、正確には彼という人物だが。

 この事実を総合すれば、即ち。

「私と一緒……って事?」

「そういう事だ。一体何があの売女に興味を持たせたのかは知らん。けど、間違いない。くくく……そういう事なら、実に面白いな」

 彼の笑っている理由が理解出来ず、リアは心情的には一人取り残された様だった。彼を攫われた事は全く面白くないし、彼が隣に居ない事も全く面白くない。何も面白くない。

 不機嫌を直ぐに察したゼペットは、笑うの止めて、脈絡なく本の山を掘り始めた。

「俺はちと用がある。お前は他の協力者でも探しに行け。住民共には気をつけろよな」

「……ねえゼペット。一つ思ったんだけど、貴方の最高傑作の人形を取引に出せば、パパも返してくれるんじゃないの?」

「そりゃ無理ってもんだ。確かにあの女も取引相手だが、そう易々と相棒を手放す訳がねえ。考え方が違うんだ。人型だから欲しかったんじゃない。相棒が相棒だったから欲しかったんだ。そら、そんな寝言ほざいてる間にも、対策をうたれちまう可能性がある。もう一人くらい協力者は集められるだろう? 居たじゃねえか、俺の相棒が持って来た少年がさ」

















 再び酒場に顔を出すや否や、正気に戻った狂犬が飛びかかってきた。カウンター気味にその顔へ拳を叩き込んでやると、少年はカウンターの縁で上体を反らして、そのままずるずると下へ崩れ落ちた。

「随分と物騒でございますね」

 このまま気絶されると時間を食うので、素早く頬を叩いて起こし、真っ向から睨みつける。目が覚めた少年がその殺意に支配されるよりも早く拳を繰り出し、見事リアの頬へ命中したが、彼女が一向に怯む事は無かった。

「おい、狂犬。取引しないか?」

「…………あ?」

「流石に正気か。お前、女殺したいんだろ。だったらさ、私のパパ取り戻すの手伝えよ。そしたら……」

 リアは自身の胸に指を突き立て、それから首を掻き切る動作を見せた。

「私の事、殺しても良いぞ」

「…………」

 犬の実力がどうであれ、彼の目的が女性を殺す事になるならば、従わせる為に命を懸けるのは当然の事。これくらい、彼を失う事に比べたら何でもない。使えるモノは使う。どんなに弱くても使う。奴隷王も女性だから、彼の殺害対象には含まれる筈だ。彼の為にもこの狂犬は使い潰すとして、少なくとも攪乱ぐらいには役立ってくれるだろう。

「だから、それまで私の言う事を聞け。分かったな」

 頭を振った少年を見、リアは椅子を思い切り叩き付けた。足が歪み、もう椅子としては機能しそうもない。

「分かったな?」

 それでも頭を振ったので、今度は扉の間に顔を挟み、何度も何度も扉を閉じた。何度も何度も。何度も何度も。少年の頭の形が変わるくらいに勢いをつけて、扉に罅が入ろうともお構いなしに叩き付ける。

「いう事を聞けよ! 聞いてくれよ! お前が居ないと、パパが助けられないんだよ…………!」

「それ以上すると、死んでしまいますよ?」

 ハッと我に返って狂犬を見ると、既に彼は意識を失っている処か、頭部からドクドクと血を流して、床を真っ赤に染めている。また頬を叩くが、今度ばかりは目覚めない。三十発程叩いたが、まるで反応が返ってこないんで、これ以上の暴力も無駄である。

 せっかく命まで懸けたというのに、どうして断るのか。少し考えてみたが、自分への嫌がらせ以外に考えられない。この狂犬は、己が理性を無くしているように見せかけて、実はこちらの元気を削ぎ落とし、その隙に殺そうという卑劣な作戦を考えていたのだ。流石は女性嫌いの少年。考える事がクソ以下だ。

「随分遅えと思ったら、こんな所で何してやがんだリア」

「あ。ゼペット。別に、誘ってただけだけど」

 キョトンとした顔で平然と言ってのけるリアを見てから、続いて足元の血溜まりを見遣る。

「甚振ってる様にしか見えないんだけどな。全く、それがアイツの娘がやる事かよ。いいか? 恐怖の刻み方には順序ってもんがある……生きてるみたいだな。よし。この少年は俺に任せろ。お前は他の奴に協力を頼みに行け」

「え、でもこの街って……」

「俺が何とかしてやるよ、良いから行け! 外から来たんだったら、友達の一人や二人連れてこい!」

 何も説明していないのに、まるで全てを分かっていた様に物事を見透かすゼペットには、流石のリアも、全く叶わないのであった。

 しかしてそれは、人以上に人を見てそれを基に人形を作る人形師の、面目躍如とも言える。

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