ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

純白に隠された才気

―――今、何が起きたの?
 時間に割り込んで自爆させた自分が言う事ではないが、何をしたのか全く分からなかった。彼女の気配が変わった事は分かった。だがそれだけだ。まるで『闇衲』みたいな殺気を放ったと思ったら、手刀を相手に向けて、良く分からない言葉を発して。そうしたら対戦相手の少年が失神してしまった。殺気だけで人を気絶させるなんて聞いた事がない。怯えさせるだけならば見た事があるが、そんな技術が、可能だと言うのか。それもあの少女に。
「凄いと思わないか、リア」
「うん、まあ……ってパ…………フォア。いつの間に戻ってきたの?」
「視線を切ればいいだけなら簡単な仕事だ。それより先程の技、凄いと思わないか?」
 対戦相手が失神してしまった以上、勝利したのはシルビアだ。彼女がBクラスの人ごみに戻ると同時に、三人にとって合同授業は意味のない物へとなり果てた。後は言っては悪いが、消化試合みたいなものである。興味が無いので、続こうが続くまいが至極どうでも良い。また、リアは知る由は無いが、この合同授業自体、本来は存続の危うい授業なのだ。何せ生徒が何者かの保護者を突然殺害し、自害までしてしまったのだから。エトワール公の子供について判然としていないのは、恐らくその子供は試合に見入っていて、周辺で起きた事態なぞ耳に入っていないのだと思われる。そうでなければ、今頃彼の男の死体に泣きついている筈だ。
「凄いとは思うけど…………あれは何なの? 全然、見抜けないんだけど」
「……俺も、解説について自信がある訳じゃないがな。あれは殺意のコントロールを極めた先にある技だよ。何故あんな技を使えるかは知らないがな」
「フォアも出来るの?」
「相手にもよるがな。ミコトなんかには全然通じないし、逆に適当な冒険者には出来る」
 少々、『闇衲』は嘘を吐いた。あれは殺意のコントロールなんかじゃない。いや、同じ事は出来るのだが、あの少女がやったのは、もっと別の事である。自分自身の特殊能力では無いので確実な事は癒えないが、恐らく、未来視を攻撃に利用したのだ。
 もう少し分かりやすく言い換えると、あの瞬間、シルビアは己の未来視を他人に擦り付けたのだ。その直前に相手は膨大な殺気によって心をへし折られているから、見える未来も当然相手が想像する最悪のもの……大概は死となる。あの少年が失神したのは、己の未来に死を見てしまったからだろうと思われる。
 本人に聞くのが一番良いと思われるが、シルビアの気配は見慣れたそれへと戻ってしまった。今の彼女に何を聞いたって無駄であろう。尋ねるならばあの時の少女で無ければ。
「シルビアッ!」
 手招きと共に呼んでやると、彼女は嬉しそうに駆け寄ってきて、『闇衲』の胸に飛び込んだ。その表情は何処かはればれとしており、まるでようやく、自分は仲間になれたのだと言わんばかり。彼女を仲間にしたのはトストリス大帝国なので、全く的外れな見解だと思うが。
「さつじ……フォア。見ていてくれましたか?」
「ああ。ちゃんと最後まで見届けたよ。何だろうな、リアにしてもお前にしても……学校に行かせた意味は、ちゃんとあったんだな」
「ふふふ♪ …………良かった」
「ああ、本当に。良かった」
 傍から見れば女の子が女の子に抱き付いているだけ。それは何とも微笑ましい展開で、周囲で人が死んでさえ居なければ、より信憑性の増す光景だっただろう。実際は女子生徒の服を着る変態が、制服の良く似合う女子二人と抱き合っているだけだが。
 これ以降、三人は普通に授業を受けて、無事に合同授業は終了した。適当な所で『闇衲』は離脱したので、これにて完全犯罪は成立した。同時に、エトワール公の死亡が確認され、彼の子供と思わしき少年が、その胸を枕に、すすり泣いていた。 
























 一人は特別な属性を利用して舞台演出的に相手を殺害し。
 一人は限界まで恐怖を演じる事で相手の心を掌握して気絶させ。
 魔術戦と呼ぶにはあまりにも酷い結果だったと、宿屋で冷静に考えてみて思った。リアはともかく、シルビアは魔術を使用してすらいない(魔法陣は出鱈目だったらしい)。あんなので許されるのだろうかと思ったが、授業自体は滞りなく終了したので良かったのだろう。二人は許されたのだ。
「かんぱ~い!」
 だから、こうして祝勝会を挙げている。二人の発育関係上酒を飲んでいるのは自分だけだが、雰囲気だけでも二人は十分に酔いそうなので、それこそ問題は無い。許すも何も、何となくそれっぽい雰囲気が出来れば祝杯は成立するのである。
 流石に問題があるので、部屋の中ではあるが。
「まずはお疲れ様とでも言っておこうか。色々労ってやりたい気分もあるが、魔術戦。どうだった?」
「クソつまらないわね!」
「そこまで言うんですか」
 言い忘れたが、この祝勝会には『赤ずきん』も参加している。ただし、彼女は今回合同授業に参加していないので、『闇衲』と同じで、飽くまで聞き手として参加している。彼女の愚行を二人は許しはしなかったが、暫く大人しくする条件付きで許された。彼女が奇抜な事をしないのは、それが理由である。
 空のカップを持ちながら、リアは不機嫌そうに続けた。
「お互い立ち止まった所から魔法陣書き上げて魔術撃つだけの戦いなんて何が楽しいのよ! 何も楽しくないでしょっ」
「シルビアはどうなんだ?」
「……楽しいとは、ちょっと」
 彼女に関しては楽しいも何もないだろうというのが本音である。だって魔術使ってないし、そもそもあれは幾ら彼女と言ったって相当神経をすり減らした筈なので、余程の酔狂でもなければ楽しいなどとは、口にしない筈である。
「やっぱり、私は思うのよ。戦いって言うのはもっとこう、お互いに命を懸けるものであるべきで、あんなお遊びを戦いと言われちゃあ―――」
「アアアアアアアアアア!」
 背後から飛びかかってきた狂犬が、偶然にもリアの胸に触れてしまったのが運の尽きだった。背後を取られて不利かと思われたが、リアは身体を丸めると同時に狂犬の腕を掴んで、投げ飛ばす。偶然にもその方向には『赤ずきん』が居たので、狂犬は不幸にも彼女がたまたま持っていたナイフでもう一撃を貰う事になってしまった。
「思ったんだけど。そこの子、まだ女性に対して殺意持ってるの?」
「そうみたいだな。俺からも危害は加えられている筈だが、いっつも殺意を抱いているのは女性だけなんだ」
 とは言ったって、何の修行もしていない素人の実力はしれている。リアには軽く捻られるし、『赤ずきん』からは致命傷を貰うし、それでいて傷を治療してくれているシルビアには噛みつこうとするし、もう滅茶苦茶である。ここまで見境が無い辺り、やはり狂犬と言い表したのは的確であり、もう長い時間を過ごした筈なのにその狂いっぷりが消えていないとなると、いっそ清々しい。
「何だか、少し気になってくるわね」
「……殺人鬼さんは、リアの練習相手として連れて来たんですよね?」
「ああ。そろそろ用済みだから殺そうかなとは思っていたりするんだが、俺も少し気になってきた。こいつの女性に対する憎悪は、一体何処から来るんだろうな」
 今の狂犬の価値は、居ても居なくてもいいくらいと言えば分かりやすい。殺してもいいのだが、放置したって、別に邪魔では無いのだ。むしろこうして放置していたらリアの興味を引いたので、その分お得になった様に見える……多分、体感。
「一体誰よ、この子から舌消した奴」
「俺だよ。悪かったな」
 そう言えば、どうして舌を噛み切ったのだったか。如何せん昔の事過ぎて覚えていない。普通に煩かったからだったような……ああ、そうそう。確か口答えが鬱陶しかったからである。 
「……調べてみるか?」
「え?」
「丁度、遠出をしようと思っていた所だ。せっかくだから、こいつが女性をここまで嫌う理由について調べてみようかと言ったんだ。気になるだろ? 見知らぬ人の過去って奴はさ」  

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