ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

美しきは罪

「ノーヴィア先生……」
「久しぶりね、シルヴァリア♪ 今度は男の子に絡まれるなんて、リアばかり目立つけれど、貴方も大概モテるのね」
「嬉しくないですよ……」
「そう。それはそうと、トレス君。貴方も取り巻き連れて告白なんて、怖がりなのね。アーナーもそうだけれど、一対一という言葉を知らないの? それじゃあ、彼女が怖がっちゃうわよ」
「これは生徒間の問題だ。先生は黙っていろ」
「黙っていろとは随分な言い草ね。魔術使って、女の子縛って。こんなのは教師として見過ごせないわ♪ それじゃあシルヴァリア、私と一緒にお昼ご飯を食べましょうか」
「え……ア…………!」
 彼女に手を掴まれた瞬間、張り付いたように動かなかった体が急に動き出した。転ばない様に最低限走りながら、シルビアは背後を見遣る。上級生達も流石にこの学校では先生に楯突く事は出来ないらしく、追ってくる事は無かった。
「あ、あの。何処へ…………」
 別の方向から階段を上って、とうの昔に職員室は過ぎている。黙したままのノーヴィアに連れられてやってきたのは、屋上だった。最初はシルビアだって同じ場所に行こうとしていたので、都合が良いと言えば、都合が良い。二人は貯水庫の方まで歩くと、それを背中に、座り込んだ。
「どう? 日光が気持ちいいと思わない?」
「そ、そうですね……」
「でも二日後には雨。こんな事は出来ないから、こんな風に一緒に食べられるのも、案外貴重だったりするのかもね」
 ノーヴィアの語り口調は、まるで自分が旧知の友人である様な喋り方だ。変に敬語を使われるのも困ったが、これはこれで調子が狂う。手渡された箱を開けてみると、そこには何と、食堂で食べる様な煌びやかな料理が詰められていた。
「お弁当って言うの♪ 別の大陸の文化だけど、結構便利なんだよねッ」
 こんな文化があったとは……携帯食料自体は『闇衲』も良くやっているが、こんな形態での食料は見た事がない。渡された二つの棒を……えっと。どうやって使えばいいのだろう。横に視線を流すと、何やら指を器用に使って持ち、食材を挟んでいる。見様見真似でしようにも、どう力を込めればいいか分からないから、中々食材を掴めない。
 渡された棒の使い方に難儀していると、ノーヴィアがそれを止めて、教える様に棒を掲げた。
「こうするのよ♪」
「こう?」
「こう♪」
「…………どう?」
 不毛なやり取りが続く。教師と生徒とは思えない気軽なやり取りだった。シルビアの本意ではないやり取りだが、それくらいノーヴィアが気さくに話しかけてくれるから、思わず調子が移ってしまう。
 暫く教えてもらっていると、ようやく出来る様になってきた。普通に弁当の中身も掴めるし、やろうと思えば空中を浮遊する虫さえも……それは無理だが。
 ともかく、何の問題も無く昼食を摂る事は出来る。弁当の中身は彼女が作ったのだろうか、とても美味しい。味付けも、少々薄いくらいで、その誤差は好みの問題である。致命的とは言い難く、余程味に細かく煩い人間でも無ければ、この料理に口出しはしないだろう。自分的には、とても好みの味付けである。
「お口に合うか分からないけれど、どう? 美味しい?」
「はいッ。とても美味しいです。でも、どうして私を誘おうと?」
「こういうのって、誰かと一緒に食べた方が美味しいもの。それに、ああいう風に連れ出さないと、貴方を助けられなかった」
「……あの。さっきの人達は一体」
「ああ。あれは、五年生のトレス君よ。マースル家の長男で、五年生を掌握してる、実質的なリーダーとでも言えばいいかしら。最近、家の方で許嫁を壊しちゃったみたいで、家族間の関係が険悪になってるみたい」
「壊した?」
「子供、産めなくなったの。それと、目を潰しちゃったみたいで」
 何をしたらそうなるのか、とも考えたが、手段なんてシルビアやリアが一番良く分かっているではないか。
 即ち、暴力。
 『闇衲』が最も得意とする事であり、彼がその気になれば、自分達は直ちに殺される。彼の機嫌が最近はそれなりに良いので忘れがちだが、自分達は、どんな人間よりも危機的な状況で、日々の生活をしている。行動を一歩間違えれば、彼の持つナイフが首を切り裂く。こんな極限下で、自分達は良くそれなりに幸せな生活を送ってきたものだ。自画自賛に値すると言っても過言では無く、ここまで危機的な状況と隣り合わせに居て狂気に呑まれないのも、我ながら不思議である。
 あの男の許嫁は、どうやら一線を踏み越えてしまった様だ。そこまで徹底的に壊されるなんて、何だか他人事の気がしない。弁当を食べながら、シルビアは背中を這いずる感覚に意識を向けた。
「それで、許嫁を探してるみたい。最初は同級生にちょっかい掛けてたみたいだけど、彼って結構理想が高い人だから。リアかシルビア、どっちかに狙いを絞ったんじゃないかしら」
「……成程」
 美しきは罪、とも言うが、この場合に有罪なのは果たしてどちらなのだろうか。子供教会に選ばれる程の美貌を持っていた自分か、それとも許嫁を自分勝手に壊し、自分勝手にシルビアを嫁に選ぼうとしたトレスか。
 弁当は、空になっていた。
「……ご馳走様でした」
「お粗末さまでした♪ 彼の事が好きなら止めないけれど、そうじゃないんだったら酷い目に遭うから、やめておいた方がいいわよ? お金持ちと結婚したって、碌な事は無いから」
「……先生は、お金持ちと結婚したんですか?」
「ううん。私は自由で、優しい人が好きなの♪ 彼は……そうね。お金持ちとは最もかけ離れた人だし。あ、そうそう。彼の弟が同じクラスだと思うけど、彼の弟はとっても優しい子だから、辛く当たらないであげてね?」
「弟?」
「トックスって言う子。同じクラスなら知ってると思うけど」
 その名前に覚えは…………無い事も無い。自分の隣で授業を受けている男子が、確かそんな名前だった筈だ。これと言って特に交流も無いので苗字までは知らなかったが、あの上級生の兄だったのか。
「合同授業の時、彼の親にも目を付けられたら大変よ? その顔で目立つなってのは無理があるかもしれないけど、出来る限り誰かに隠れておいた方がいいかもね」
 可及的速やかに、『闇衲』には到着してもらいたいものだ。彼の後ろに隠れていれば、取り敢えず目立つ事は無いだろう。










 そして、六限目が訪れる―――。










 校庭に出るなんて、滅多にないから、こうして外で授業を受けるというのは、何だか新鮮な気分だ。今日、共にこの授業を受ける学校は『レスポルカ第二魔導学校』。居住区の中にも拘らずどうして分けられているかという質問には、フィーが教えてくれた。
「この学校は絶対不可侵の中立だ。俺が居るんだから当然だがな。で、世の中にはその制度を快く思わない奴が居て、第二魔導学校はその影響を諸に受けてる」
「と言うと?」
「貴族が子供使った代理戦争をしてるとでも言えばいいか? 一言で言って、凄く堅苦しい。当然だが、入る際はある程度の寄付金まで入れなきゃいけないから、平民にゃまずは入れない……事は無いが、奴隷としての身分で入る事になるだろうな」
「奴隷になるとどうなるの?」
「どんな命令も聞かなくちゃ駄目だ。まあ、あっちも『死ね』とかそういうのは駄目って制約があるが、裏を返せばそれ以外は全て合法という事。お前等みたいな美人が入ったらどうなるか……お前が一番分かってるんじゃないのか」
 全てを見透かす瞳に浮かぶ言葉は、リアが心の中で思い描いた最悪と合致していた。素性を知らぬ者の前だが、ついつい舌打ちをする所だった。世の中にはそんな男共しか居ないのか。その事実を知れば知る程、自分の父親がどれだけ異端で、どれだけ優しいのかという事を実感する。彼は少しばかり殺しが好きなだけで、少しばかり誰かを痛めつけるのが好きで、それ以外は全然普通なのだ。いや、この場合は普通ではないのだが。
―――そう言えば、パパはいつ来るんだろう。
 あんな手紙を渡しておいて、来ないとは言わせない。今はフィーの隣に居るから自己の防衛は出来ているが、授業開始の鐘が鳴れば、彼は先頭に立って、授業の指揮をする必要がある。イジナやギリークはχクラス所属の特殊生徒だから、それでも彼の隣に居られるが、リアはχクラスであると同時にBクラス。それは出来ない。力で解決して良いのなら別に来てくれなくても……いや、やっぱり来て欲しい。彼が自分の為に来てくれると言っているのだから、来てくれないと困る。
「それじゃあ、そろそろ私は、前に出るとしますよ。イジナ、ギリー君。行きますよ」
「はいはい。それじゃあ、リア。…………え、っと。頑張れよ!」
「何をッ?」
「リア。お父さん、来てくれると良いね」
「う、うん。じゃあね二人共」
 絶対安全領域が離れていく。この学校に黒髪は一人だけなので、孤立してしまえば、リアは必然的に目立つ事になる。視線を気にしすぎる事は時に自意識過剰とも言われるが、鈍感で居ては、この世界は生き抜けない。自分に向けられている視線を、冷静に分析する。
 劣情、劣情、劣情、劣情。劣情劣情劣情劣情劣情。
 分析するまでも無かった。どうなっている。誰か少しくらい、別の感情を持ってくれないのか。同性からは僅かなりとも嫉妬を感じられるが、劣情を感じるくらいならば、その方がずっと良い。嫉妬とは敵意、即ち殺意。リアが父親から受けている感情だ。
 全く以て汚らわしい。自分に劣情を抱くなんて、世の男共の脳みそは一体どうなっているのだ。これだから頭性器の男共は…………
 何でもない。彼は今自分を見てくれている。だからあんな手紙を渡してきた。それだけで十分なので、これ以上他の男達に意識を向ける必要はないだろう。するだけ精神がすり減るだけだ。視線を分析してみても彼と思わしき感情が見えないが、本当に彼は、来る気があるのだろうか。彼が来てくれないと、とてもじゃないがリアはこの視姦染みた拷問に耐えられそうもない。
「それでは、只今より第一、第二の合同授業を始めます。第二学校の生徒様にはどうも初めまして、学校長のフィーです。此度は実りのある授業になる事を願っています!」
 遂に始まった六限目。シルビアとは、視線が集中する事を避ける為に、敢えてくっついていない。そのせいか、遠巻きに見てもシルビアは挙動不審だったが、これもお互いの為である。リアは静かにその時を待った―――
「よう、リア。今日は頑張ろうな」
「え。ああそう…………え?」
 気さくに声を掛けてきた男に振り返って、リアは動揺を隠せなかった。その男は、クラスメイトでも無ければ、この学校の生徒でも無く、かといって保護者という訳でもなかった。
「ぱ、パパ?」
 明らかに大きさの合っていない服を着る、一種の変態だった。








      

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