ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

my dear……

 昼休みになっても、リアから出るのは溜息ばかり。これにはアイジスやクヌーリもお手上げで、本当の彼女を知っているシルビアでさえ、お手上げであった。彼女の溜息を消す方法は只一つ、それは『闇衲』をどうにかして連れてくる事。そしてこの教室に居る誰もが、その方法を知らない。そもそも、リア自身が積極的でありながら、自身の身の上は明かさない(シルビア、つまり事情を知る者にしてみれば当然である)ので、誰も、彼女がどうして溜息を吐いているのかという事に答えが出せていない。仮に知っていたとしても、やはり『闇衲』の居場所に見当がつかなければ助けようがない。男達はリアの心を惹こうと色々な事をやっていたが、何をしようと彼女は上の空で、男子達が必死に気を引こうとしている事なんか、壁の埃程も気に留めていなかった。
―――何とか、元気出してほしいな。
 リアが元気を無くしてしまうと、このクラスは途端に元気のないクラスへと変わってしまう。このクラスの活気の半分以上は、彼女が振りまく笑顔にあるのだと気が付いた。
 笑顔だけではない。そこにリアという文字が加わらなければ成立しない。シルビアが同じ事をやった所で、唐突な性格の変化に、皆不気味に思うだけである。なので個人的な思いがあるのは確かだが、それを抜きにしても、友人としてリアには元気になってもらいたい。
 以降、堂々巡り。
 結局何の事態にも関与していないシルビアが少しばかり頭を捻った所で、丁度良く妙案が生まれる筈がなかった。『赤ずきん』であれば自分以上の案を出してくれただろうが、当事者である彼女は現在、この学校には居ない。『闇衲』と一緒に居る。では彼女と連絡を取れば良いのかと言われたら、そうなのだが、それでは彼女の居場所をどうやって知る。今となっては、彼女の居場所こそ『闇衲』の居場所だ。条件は同じ。
 『闇衲』の位置を知るという事は『赤ずきん』の位置を知るという事であり、逆も然り。ならば最初から、『赤ずきん』を通す必要はない。これで策は行き止まりである。
「り、リア? 何があったかは知りませんが、そう落ち込まずに。ね? 私が居ますから」
「うん…………」
「あーこれは駄目だよフリントス。どう見たって視線が僕達の方を向いていない。これは結構な重傷だね」
「全く、こんな時にギリークは何をしてますの? リアが大変だっていうのに」
「フィー先生に何やら怒られているらしいが、彼は一体何をやらかしたのだろうね。まあ、僕達には関係のない事である可能性は大いにあるが」
 それにしても、リアは感情の落ち込みが随分と分かりやすい。『闇衲』に放置されたら泣き寝入り、来ないと分かったら意気消沈。それ以外は常にご機嫌。情緒豊かであるともいえるが、同時に人間味を感じない。こうも極端だと、彼女は果たして本当に人間なのかと、疑ってしまいたい気分だ。感情がハッキリ見えるのは結構だが、それにしては随分と極端である。まるで、最初からそう作られているみたいだ。
 いや、何を考えているのだろう。彼女が間違いなく人間の少女である一瞬を、自分は垣間見たではないか。シュタイン・クロイツなる男の人に連れ攫われて、連れ戻されたと思ったら、急に泣きついてきて。あれが一人の少女である以外に何だと言うのか。彼女は確かに人間だ、むしろ人間から外れているのは、そんな少女を一瞬でも人間ではないと思い込んだ自分である。シルビアは己の思考を深く恥じた。友人なのに、こんな事を考えるなんて。
「…………リア」
 贖罪としては、彼を連れてくる事が何よりである。だがそもそも事態に関与していない…………こんな調子だ。
 どんなに思考を転換してもふとした切っ掛けで話が戻ってきて、結局同じ結論でつまずく。そしてまた話を変えて、また戻って。いつまでもこんな調子だから、シルビアもつい嘆息の一つや二つは出してしまうが、どうか許してほしい。自分はこれだけ悩んでいるとアピールするつもりはないが、彼女をどうにか元気づけたいと模索していれば、自ずとこんな風にはなってしまうのだ。
 前提として、彼女はどうしてこんなに落ち込んでいるか。
 それは簡単である。彼女が唯一信頼できる異性が『闇衲』であり、彼女が唯一認めた父親が『闇衲』であり、彼女を唯一守る事を許されているのが『闇衲』だから。それに尽きる。リアは彼の事が狂おしい程に大好きで、誰にも渡したくないと思っている。ともすれば恋愛感情なのかもしれないが、彼女がそれを自覚する様になるのは、もう少し年齢を重ねた後になるだろう。今の彼女は、自分でもとにかく彼の事が大好きという事しか分かっていない。そんな彼が来ないから、彼女は不機嫌になっている訳で。
 彼女の機嫌を直す方法は二つある。一つは、先程から堂々巡りになっている話で、彼女の好意の注ぎ口である『闇衲」を合同授業までに(合同授業を見学する親は、それまでに校内を訪れる事になっている。大概の親は昼休みか、五限目までには訪れる)連れてくる事。これが一番確実で、連れて来た人間も漏れなくリアの好感度を獲得する事になる。難点は思考が堂々巡りになっている事から言うまでもないが、敢えて言わせてもらえば『闇衲』の所在地が不明であるという事。一番確実だが、ある意味で一番不確実な方法でもある訳だ。
 もう一つの方法だが、合同授業までに彼女の好意の注ぎ口を『闇衲』から逸らす事。これは……出来たら楽だが、そんな事が出来る人間はこの世に一人も存在しないと思われる。催眠術や暗示などの手っ取り早い手段はあるとはいえ、リアは『闇衲』からそれらの解き方を教わっている。
 確かあれは……『闇衲』が冒険者になる前の事。








『そう言えば、一つお前達に教えておく事があったな。お前達の様な美人を何としてでも獲得したいと、そう思って近づいてくる輩が居る。今回はそんなお前達が捕まらない様に、催眠術などの破り方を教えよう』
『パパは守ってくれないの?』
『俺が隣に居れば、な。いつも一緒に居る訳じゃないだろう。自分の身くらいは自分で守れないと困る。それで催眠術への対抗手段だが……ハッキリ言って、無い』
『へ? でも殺人鬼さん。それだとお話が進まないんですけど』
『話は最後まで聞けよ。世の中にはその手の達人が居るんだ。確実に対処出来る方法があったら俺が試している……いや、もう試している状態か。しかしお前達はそうじゃない。よって、これは相手が即効性の催眠術以外を使ってきた場合に限定される。不意打ち気味に、しかも即効性がある奴は駄目だ。俺が居なきゃ助けられん。けど、遅効性の奴ならば話は別だ。その場合は―――』










 ―――だった筈なので、そうと分かればリアは簡単に実行するだろう。即効性の奴ばかりはどうしようもないが、使い手が居たとしても世界に二人か三人程度らしいので、早々出会う訳ではないらしい。要約すると、素人の行えるような手段では、彼女の好意を逸らす事は不可能という事である。お金では勿論動かないし、食べ物で動く訳でもない。人権も、殺人鬼の娘である彼女には、元々あってない様なモノである(少なくとも、誰かに管理される形では)。既存の方法ではどうやったって、彼女の好意を逸らす事は出来ない。それくらい、彼女の想いは固い。
「そ、そうですわ! リア、一緒に食堂へ行きましょう? 美味しい物を食べれば、きっと元気が出る筈ですわ! クヌーリ、貴方も付き合いなさいッ」
「分かっているとも。リア、大丈夫かな?」
「うん…………」
 元々は高慢な性質のあった二人だが、今となっては只の良き友人である。二人がリアを慰めに連れて行ってくれるというのならば任せるが、事態の打開は、彼女の本当の顔を知っているシルビアにしか出来ない。
 学校を飛び出して、猶予は三十分程度として。当てもないのにどう探そうか。彼の臭いは非常にきついが、幾ら何でも街のどの位置に居ても嗅ぎ分けられる程じゃない。闇雲に外へ繰り出した所で、結局何の収穫も得られずに帰る未来は見えている。悪戯に疲労を増やすだけの行為は、出来ればしたくないモノだ。
 まるで妙案の思いつく気配がないので、シルビアは立ち上がった。他の皆も食堂へ行っている。もしかしたら、事情を知らぬ第三者に話を聞いてみれば、何かしらが閃くかもしれない。特別誰かと仲の良い訳ではないが、話せないという訳でもない。多少の勇気を持てば、それで済む事。
 心に決めてシルビアが歩き出すと、ふと足元に手紙の様なモノが滑り落ちてきた。思わず真上に視線を上げるが、梁しか見えない。そんな所に人が居たら驚きであるが、手紙の落ちてきた方向は、どう考えたって真上である。
 真相はさておき、問題は中身だ。手紙の表には、『親愛なる娘へ』とだけ書かれていた。
「…………………………えッ」
 もう一度、真上を見る。やはりそこには誰も居ない。だとしたらどうやってこんな手紙を届けたのだろうか。彼は魔術の素人だそうだから、手紙の転移なんて事が出来るとは思えない。が、今はそんな事、どうでも良かった。
 とにもかくにも突破口は開かれたのだ。後はこれをリアに届けるだけである!


 

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