ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

その為に生きてきた

「戦争……?」
 別に、驚くような事ではなかった。どんな理由があるにせよ、この世界は戦争のない平和な世界ではないのだ。戦争くらいあったって不思議はないし、その為に強者へ協力を募るのも、至極当然の事だ。では何に興味を示したかって、それは戦争の状態である。
「ここから北西の都市、レガルツィオが目標です。しかし兵力差は通常で考えてあちらの方が上。普通に戦えば返り討ちに遭うのは明白です」
「成程。その普通を覆す為に、お前達が呼ばれたと」
「ええ」
 何処からアルド達の情報を仕入れたかは定かではないが、有能と言わざるを得ない。彼らが加われば、確かに戦争は間違いなくこちらの勝利に終わるだろう。あちらにどんな戦力が居たとしても、確実に。
「で、受けたの?」
「まさか。受ける訳無いでしょ?」
 意外にも、クリヌスは即答した。
「私達にこの都市の命運を握る権利はない。いや、あったとしても、うんざりですからね。私達が何のためにこうしてここに居るのか。ここの王様は、その事を全然理解してくれない。非常に我が強く、身勝手な王様と感じたので、私達は直ぐに身を退きました。フィーがどうしたのかは知りませんが、彼も学校の校長であるならば、断ったのではないでしょうか」
 そんな風に訳アリである事は仄めかすも、クリヌスの表情にはこれ以上聞かないでほしいという願いが如実に表れていた。
 気になる事は気になるが、彼等の事情なぞ自分達にしてみればどうでもいい事なので、わざわざ逆らって寿命を縮めるリスクを冒す必要はない。その願いを聞き届けて、『闇衲』達は一旦会話を切った。
「王様が戦争を起こそうとする理由って何なの?」
「戦争は経済を回す。レスポルカを一層発展させる為にやるのだ、とか何とか言っていました。おかしな話ですよね。戦争をして儲かるのは、戦争に直接関与していないモノだけなのに。何だって戦争の当事者が発展出来るのか」
「むしろ物資を消費し続けるから、一時的に衰退するかもしれないな」
「ええ、その通り。あの王様は聞く耳持たんって感じでしたが。しかし私達が居なければ戦争を始めても負けるのは目に見えている筈ですが……多分、あの王様は止まりませんね。どうにかして強者を募って、戦争に行く筈です。もしかしたら近いうちに、冒険者ギルドの方に協力者を募りに来るかもしれませんね」
 冒険者であれば、わざわざ兵士を育成せずとも勝手に強くなってくれるから、傭兵の役割を代替するのには十分だ。冒険者数百人と彼等であれば、『闇衲』は彼等を取るが、自分と判断が違うという事は、王様は彼等の実力を直に見た訳ではないらしい。
 それは都合が良い。彼等が参加しないと言うのなら、自分達だって幾らでも目を欺く事が出来る。戦争の犠牲者として、こっそり冒険者達を滅ぼす事も出来る。普段は顔を出さない冒険者も、戦争はレスポルカの一大事だ。きっと参加するに違いない。
「お前達は、自分の強さに自信を持っているんだな」
「まあ。ここの騎士であれば、素手で事足りると思っています。誰も彼も、練度が足りませんから」
 正直なのは嫌いじゃない。彼等と変に敵対するのは、猶更止めた方が良さそうだ。やはり彼らが参加していたらどうなっていたか分からないが、参加せず、情報だけを流してくれるのなら問題ない。
 ……ああ、それと。
 彼らが襲わんとしている都市は、ちょっと滅ぼしてほしくない。なので、国殺しの目的がなくとも、『闇衲』はこちら側が負ける事に尽力するだろう。
「ねえ、ちょっと待って。私はその都市を知らないけど、そっちにもギルドの支部があったら問題になるんじゃないの?」
「それに関しては問題ない。レガルツィオは閉鎖的な都市だ。ギルドの支部なんか置かせる所じゃないさ」
「フォビアは知ってるの? その場所」
「まあな」
 好きな場所ではないが、理由があって三年間程滞在していた過去がある。既にあそこには顔馴染みも居るし、主である奴隷王とは飲み仲間だ。都市としての秩序が最悪だが、『闇衲』にとっては第二の故郷と言っても過言ではない場所だ。候補としてはトストリスも挙げられるが、居心地の良い故郷と言われたら、レガルツィオを指す事になる。
 勘違いしないでほしいのは、居心地が良いだけであって、好きな場所ではないという事。そこを勘違いしてくれると困る。
 暫くすると、アルド達が予め頼んでいたのか、酒とそのおつまみが運ばれてきた。かなり強い酒なのは臭いで分かったが、リリーの方に問題は無さそうだ。毒が無い事を確認して、慎重に手を付ける。
「レガルツィオってどんな都市なの?」
 『闇衲』は酒のカップを音もなく置いてから、舌先の麻痺を気にしつつ言った。
「閉鎖都市とさっきも言った通りだ。あの街はどんな身分であっても普通の方法で出入りする事は出来ない。あの街はな、住民に最高級の待遇を与える代わりに、恋人ないしは配偶者を奴隷として捧げなきゃいけないんだよ。捧げる者が無い独身は勿論入れない」
そんな法があるのは、あの都市を支配している存在が世界最大の奴隷商人だから。理不尽でも何でもない。売られた女性ないしは男性は、奴隷として別の所に売り捌かれる。或いは性処理人形として、達磨にされて道端に捨てられる。本業である奴隷売買も捗るし、住民はそれのお陰で最高級の待遇を受けられる。こうしてみると、案外理に適った都市である。
『闇衲』は反則技を利用して何事もなく入って滞在していた事があるが、中には数万人程度の人間しか居なかった。
 数が多い? 愛とは金がなくては成立しない事の裏返しではないだろうか。気にするような事でもない。
「じゃあ、フォビアも捧げたの?」
「捧げたと言えば捧げたが、そいつは無事だぞ。反則技だけどな」
 『闇衲』は空になったカップを置いて、リリーの肩に手を回した。
「大丈夫だ。お前からの求婚を受けたのにこんな意味はない。お前は俺の大切な友人……配偶者か」
 不安を見透かされたリリーは恥ずかしそうに頬を染めるも、しかし嬉しそうに、肩を寄せた。
「ありがと」

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