ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

騙したツケは高くつく 前編

 人間の体の、何と脆弱な事か。自分も吹き飛ばされておいて何だが、つくづくそう思う。突如として吹き込んできた風に飛ばされた『闇衲』達は、身体の自由を奪われて、為す術もなく吹き飛んだ。リア達は目を瞑っていたから分かっていないだろうが、その時、自分達は確かに宙を飛んでいた。この不思議な感覚を、何と表せば良いのだろうか。空中を飛んでいると、妙な気分になる。少なくともこの気分は悪い気分では無いのだが、これ程の速度で吹き飛ばされていると、どんな気分であっても悠長に楽しんでいる暇は無い。手を繋いでいる二人ではまともに受け身も取れないだろうから、ここは自分が二人を牽引する形で、受け身を取ってやらなくては。
 暫しの空中浮遊を経て、三人は太陽の光を仰ぎ見た。一日も経っていないのは確かだが、何故だか随分久しぶりに見たような思いである。眩しさからか、一番目を開いてはいけない所でリアが目を開いてしまった。
「――――――ッ!」
 驚き過ぎて声も出なくなってしまったか、可哀想に。人間、本当に驚くと声すら出なくなると言うが、仮にそれが真実とするならば、今までどんな状況だったとしても、彼女は嘘を吐いていたという事になるが、ぶん殴っても良いだろうか。命の危機無しに自分の助けを求め、更に自分がその願いに応えたなどと分かった日には屈辱のあまり死んでしまいかねない。そうならない為にも、彼女を一度ぶん殴らなければこの辺りの疑問を払拭出来ない。
「そろそろ地面に激突するから、各自受け身を取る準備はしろよ」
 リリーの手を手放して、本格的に『闇衲』は受け身を取る姿勢に入った。彼女の手を繋いだのは、吹き飛んだ際に分かれない様にする為だ。ここまで進行方向が一緒なら、後は手を離しても大丈夫。むしろ、下手に手を離さないでいると、お互いに受け身が取れなくて自滅するだけだ。ただしリアに関しては、この勢いで吹き飛ばされての受け身など経験した事がないだろうから、自分がやる。幸いな事に、洞窟の周辺に死亡要因と成り得る障害物は存在しない。思う存分、平地を用いて受け身を取れば、無傷での着地は容易い事だ。
 空中で身体を捻り、三回転。地面に着いた足は、それでも勢いを止められず長い擦過痕を残したが、中々上手く着地出来た。リアも無傷だった。
「怪我は無いか?」
「け、怪我? ……う、うん。大丈夫よ全然あはははは!」
 相当怖かったらしい。このクソみたいな演技力も鍛え直した方が良いのだろうか。リリーを探すべく視線を巡らせていると、居た。こちらと同じく怪我は負っていないようだが、手を何度も払っている事から、両手も使って着地したのだと思われる。確かにその方が、安全性は上である。自分はリアを抱えていたから出来なかったが。
「リリー。大丈夫か?」
「ええ、一応ね。私達、外に出られたの?」
「太陽が照っているのにまだ体内とでも言うのか? 体の中を思いっきりぶん殴られたら誰だって吐きたくなるだろう。俺のやった事はそれと同じだ」
 言いつつ『闇衲』は、洞窟に擬態していた魔物の方を見遣った。体内で思いっきり衝撃を与えたせいで魔物が暴れた事で、魔物の擬態に一役買っていた山は崩れ去り、そこに洞窟など、最初から無かった。あんなのは、魔物が口を開けていたに過ぎないのだ。
「魔物は何処に行ったんだろう」
「あんなデカいからな。行き所があるとは思えないが……俺達は何も、あの魔物をぶっ殺しに来た訳じゃない。逃げたって事なら逃がすのもアリだろう」
 大きすぎて殺す算段がつかないという理由もあるが、恥ずかしいので秘密にしておく。しかし、あの魔物が居なくなってしまった事で、いよいよ依頼主と向かわんとした場所へは向かえなくなってしまった。依頼主の消息も、結局掴めていない。
「パパ、結局どうするの? 洞窟も塞がっちゃって、レスポルカに戻るの?」
 『闇衲』は頭を振って、リアの手を引っ張り徐に歩き出した。
「真相がどうあれ、俺にこんな面倒を与えやがったんだ。依頼はどんな手段を使ってでも成功させる。リリー、付いて来い」
「何処に行くの?」
「勿論村だ。洞窟が掘られる目的は様々だが、あの感じでは村への近道目的だったと思われる。つまり何が言いたいかというとだな、近道は無くなったが、そうでない道ならば残されているという事だ。そこから村に押し入って、今回のお礼をしてやる」
「お礼って……フォビア、村の場所が分かるの?」
「分からなくても調べればいい。リア、そのカードを返せ。そいつを使って村までの道を調べる」
 語調こそ何の変哲もないが、その場にいる二人は明確に感じ取っていた。『闇衲』の不機嫌な殺意を。不愉快な殺意を。リリーだけは彼がそういう殺意を出すのは、随分久しぶりの事であるとも分かっていた。本人にそれを告げても機嫌を悪くされるだけに終わるだろうが、彼はリアが居ると、非常に穏やかで、愉快な殺気しか出さない。彼女の存在が、『闇衲』にとって一種の抑止力になっているのだ。
 そんな彼が、リアの前である事も厭わずにこんな殺気を出す辺り、どれだけ怒っているか。
―――ゾクゾクしちゃう。
 下腹部の辺りが疼いて仕方ない。その殺気を感じているだけで、孕んでしまいそうだ。その殺気に曝されて殺されるなんて、これから向かう村の人々は、何て幸せな最期を迎えるのだろうか。彼に殺されるなんて名誉な事だ。自分も、死ぬならば彼に……と。本気でそう思っている。
 それ以上に何か嬉しい事があったかと言われれば、彼が求婚を受け入れてくれた事くらいだ。結局、いつもと関係性は変わっていないが、これで心おきなく、自分は彼と身体を重ねられる。彼がその気になってくれれば、だが。
「リリー。早く来い」
「今行くわッ」
 好きな人に殺される事程、幸せなモノは無いと思っている。彼に愛され、彼に犯され、彼に殺されるのならば、自分の人生はどんな存在よりも幸せであったと、リリーは胸を張って言えるだろう。
















 人を殺して良いのは、殺される事を了承出来るモノだけだ。同様に、人を欺いておきながら、自分は欺いて欲しくないなどという寝言は、どうか控えてもらいたい。『闇衲』は依頼主の村を、殺人鬼として殲滅する。冒険者と偽っていたのもバラして、徹底的に滅ぼす。
 自分を騙したツケは、高くつく。村の者にはそれを分からせてやらねば。
 

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