ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

聖なる花弁

 依頼を受けた事で、『闇衲』達は職人エリアに足を踏み入れる事になっていた。そう、『闇衲』が大好きなエリアの事だ。娘に趣味が悪いと罵倒されようとも構わないくらい、『闇衲』はここを気に入っていた。あまり良い噂を聞かないとはリリーの弁だったが、まさかこのエリアに居住んでおいてそんな情けない連中が居るとは思いたく無いモノだ。珍しく好ましい場所だけにそう思う。
 『闇衲』の受けた依頼は、馬車の警護。乗車人物は自称この町一番の鍛冶職人だ。自称と言うのは、依頼を受ける際に受付の女性が教えてくれたモノで、何でも自分より技術の高い職人を屠る事で、結果的に自身を一番にするという手段に出る人物らしい。技術力への追求が明らかに欠如しているが、己の事を世界一だと思っているのなら仕方のない事だ。全く、自分の事を一番強いと思っている奴程愚かな奴は居ないのである。人は満足した瞬間に、成長を永久に止めてしまうというのに、愚かな人物だ。
 そんな役に立たない人物は私情抜きでも殺してしまいたくなるが、これは護衛だ。焦ってはいけない。そいつの首を狩りとり、野晒しにするのは簡単だが、そいつを守るのが仕事であるのなら、それをやってはいけない……絶対に。
 お忘れかどうか分からないが、『闇衲』はこのくそったれ冒険者を皆殺し……じゃない、ギルドを機能停止させる為に冒険者になったのだ。冒険者を殺す事を第一目標として、その為には信頼を得なければならない。信頼とは即ち、ソイツと組みたいと思えるかという事だ。ではその信頼とやらはどうやって獲得するか。そう、実績を積む事だ。そうする事で他の冒険者達が寄生虫の様にくっついてくるのでそこを殺す。だから護衛対象を殺すなんて、そんなことをやってはいけないのだ―――相手がまともであったらの話だが。
 もしもその護衛対象が自作自演をしていたのなら、もうそいつを護る義務は合法的に消失する。その際は容赦なく殺させてもらおう。飽くまで秩序に従っているだけなので、誰かに責められる謂れは無い。例外的に、リアへ手を出そうモノなら合法であれ違法であれ殺すが、何。死にたくないのなら少しばかり性欲を抑えればいいだけの話だ。
 極々一般的な感性で言わせてもらうと、彼女はまだ齢十五も満たしていない少女である。それに欲情するなんて、おかしいとは思わないだろうか。確かに子供教会が選んだだけの事はあり、夢現の錯覚を強いる程度には美人かもしれない。しかし、所詮は子供だ。子供に過ぎない。子供でしかない。
 それに手を出せば違法とは言わないが、倫理的にどうなのか。殺人鬼が倫理を用いるなんてどうかとは思うが、それくらい他の男共の性欲が異常だから仕方ない。色々言ったが、要は腹が立つからぶっ殺すだけだ。その際は許してほしいとは言わない。勝手に恨め。これから死にゆく人間にだって、それくらいの権利はあるのだから。
「ううーここで待ち合わせなのお……」
 そう言えば自分と違ってリアはこのエリアを嫌っていた。自分に付いてきた事を若干後悔している節も見られたが、突き放そうとしても体にべったりくっついて離れないので、その意思はないらしい。
 それにしても、リアは眉間を八の字に曲げているもんだから、表情が見ていて面白い。一体どれだけこのエリアが嫌いなのだろう。確かに男臭い人物は目に見えているが、そんなの自分だって同じだ。今までに割と気味の悪い発言をしてきた彼女だが、アレは全て演技だったり、その場の勢いから出てきた発言だと『闇衲』は思っている。そうでなければ許容出来ない様な気持ち悪い発言が多々あるから、たとえ間違っていたとしてもそう信じたい。それが彼女なりの愛情の示し方だと分かっていても、こちらは拒絶せずには居られない。
 何だろうか。今更気付いてしまったが、肉体的接触を何よりも拒む彼女が、愛情表現において肉体的接触しか知らないのは皮肉な話である。キスだったりハグだったり。彼女の体質に問題が無ければ、性行為も含まれていたのだろうか。愛情表現の種類自体、肉体的接触が多いだろうという突っ込みは置いといて、もう少しプラトニックでも全然良いと思う。要は貴方を愛していますと伝えれば良いのだから、例えば『闇衲』の一部分を埋め込んだ人形を作って、それをナイフで滅多刺しにするとか。やり様は色々あるだろう。
 子供教会は良くも悪くも、彼女のそう言った価値観に多大な影響を与えてしまった様だ。あの教会は、死んでも尚こちらに被害を与えたいらしい。滅ぼしておいて正解だったと言える。
「普通こういうのって、先に待っているモノだと思ったんだけど」
「職人って事なら何かしらの作業中なんだろうな。或いは惰眠でも貪っているのか。どちらにしても依頼主の所在地を知らない俺達には待つ事しか出来ない。まあ良いじゃないか、こうやって文明が生きている様子を観察しているのも」
 とても穏やかな口調で諭す『闇衲』に驚いて、リリーは側面の髪を撫でた。
「……なーんか調子狂うわね」
「でしょでしょッ? パパったらこのエリアに来る時だけ頭おかしいのよ。まるでこのエリアに居る時だけ同性愛者になったみたい!」
 それは受け取り方によっては同性愛への差別にも繋がるが、彼女がここまで差別的だったのかとは思わない。子供教会はいわば異性愛の塊で、彼女の記憶にはその地獄が焼き付いている。同性愛という、別の形な愛を理解出来ないのも無理は無いのだ。それが子供教会というモノを知った少女の持つ障害。何よりもそれを嫌いながら、その形でしか愛を知らない。
 知り合いに一人同性愛者が居るので、『闇衲』はその愛の形について言及する気は無い。何であれ愛とは人を歩ませる力になる。そも今までの繁栄は、幾多もの愛が積み重なって生まれた歴史なのだ。それを馬鹿にするという事は、今までの歴史を否定するに等しい。そんな事をする気にはなれない。
「安心しろ。最初から一貫して俺は異性愛者だ。でなきゃお前みたいなメスガキは引き取らん」
「何でよ! 私ってば娘なんだから、パパが同性愛者でも引き取ってよ!」
「良いか? 俺は異性愛者で、美的感覚は一般人とそう大差はない。美しいモノは好きで醜いモノは嫌いだ。借り抜きに話させてもらうと、お前が女性で、且つ美人だったから俺はお前を引き取った。これが同性愛者だったら話は別だ。分かったかこの野郎」
 まるっきり嘘だ。『闇衲』は義理を何よりも重んじている。だから彼女の容姿がどうあれ、助けてもらったとあれば今までの様に付き合っていただろう。だがそれを言うのも癪なので、彼女には少しでも自分が彼女の嫌う俗な男と一緒だと思わせなければならない。
 これ以上くっつかれると、実に動きにくいから。
「野郎じゃないもん! 娘だもん!」
「腹立つな。それ、俺以外にやらない方が良いぞ。うっかりナイフで刺されても俺は知らないからな」
「ガッ! ―――パパ。それ、刺す前に言う言葉でしょ!」
 あ。
 うっかり刺されたのはリアというより、『闇衲』がうっかりナイフで刺してしまった。急所は避けておいた故に即死は無いが、刺さった個所は腹部だ。早い所治療しなければ死に至ってもおかしくはない。
 親子間で行われる歪なやり取りに、傍らに居るリリーは言葉を失ってしまった。特に彼女が言葉を失ったのは、
「悪いな。あんまりにも腹が立ったからつい刺してしまった」
「もう……気を付けてよね、これって結構痛いんだから! 死にたくないからパパ、止血して」
「ああ」
 理由もなく……強いて言えばあまりに身勝手な理由で刺されたにも拘らず、平然とするどころか相変わらず『闇衲』にくっついているリアの強靭な精神力だ。一体どれ程の好意を持っていたらこんな芸当が可能になるのか想像も付かない。そんなリリーの驚愕を尻目に、『闇衲』は慣れた手つきで己の袖を切り取り、リアの腹部を一周するように縛り付ける。ナイフは直前で直ぐに抜いた。袖で圧迫するまでの時間を加算しても一秒くらいだ。かなり痛いと思われるが、リアは泣き声一つ漏らさない。
「ありがと!」
「お礼を言われる筋合いは無いと思うんだが」
 ごもっともで。




















 依頼主らしき人物がこちらに来たのは、そんな不思議なやり取りを終えて直ぐの事だった。

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