ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

男共の大いなる妄想

 幸運なのかどうかも疑わしいが、リリーはまだ来ていなかった。リアのせいでかなり遅くなったと個人的には思っているのだが、彼女にも何かしらの問題があったらしい。何となくホッとした。一時的にでも問題を回避出来たかと思うと、心なしか足取りも軽くなった気がする。空いている席に座り込むと、遅れてやってきたリアが隣の席に座った。体を押し込まれたので、壁とリアとで挟まれて、かなり狭い。
 自分が冒険者になる所を見ていた冒険者達はこう思っただろう。あれ、前連れていた少女と違うな、と。シルビアとリアを見間違う人間は居ないと思われるので、大半の人間がそう思ったことだろう。そしてまた思っただろう。何だこのどえらい美人はと。もしくはシルビアと同じでドエロい少女とでも思っているのだろうか。どっちでもいいが、あまり下劣な視線を向けてくれると、リアのストレスがとんでもない速度で溜まっていくので、その反動を『闇衲』が受ける事になってしまう。やめてほしいものだ。リリーが来てくれたら少しは和らぐのだろうが、不思議と彼女が遅い。祝勝会の時の話がまだ続いているのなら、今回彼女が持ってくる依頼は……ん? それはおかしいか。あの時は彼女が先に来ていたから依頼を予め受けていたという状況があり得たのであって、今の状況であれば依頼を受けるのは自分である。しかし依頼を受ける際はパーティとしてその際のメンバーを記載しなければならないので、今依頼を受けると、リリー抜きでリアと二人きりでする事になる。彼女にしてみれば都合の良い展開かもしれないが、リアと二人きりで仕事など冗談じゃない。そんな状態になったら、それは今までの再現に過ぎない。もう暫くは待つとしよう。
「ねえパパ。依頼を受けないの?」
「冒険者になってから協力関係にある人間が一人居てな。そいつを待っているんだ。だからもう少し待て」
「じゃあ私、お酒飲んでいい?」
「駄目に決まってるだろ刻むぞ」
 彼女にお酒を飲ませたらどうなる事やら。別に法律に従っている訳では無いが、身体の成熟しきっていない少女に酒を飲ませたら成長にどんな障害が表れるか分かったモノじゃない。人体構造そのものの知識はあるが、医学に知識がある訳では無いので、出来ればそういう危ない事は避けておきたい。仮に彼女の酒癖が悪い事が判明した場合、それはそれで非常に面倒な事になってしまうという理由もある。
「お待たせ~ッ!」
 随分と待たされた。時間にして一時間弱で、正確な時間は数えているだけ時間の無駄だった。リアが居なければ退屈が極まって死んでいたと思うと、彼女を連れて来た事にも少しは意味があったのだなと思える。それ以上に彼女の存在が面倒なので、意味があったとしても帳消しであるが。多少息を切らした様子でこちらまで駆け寄ってきたリリーは、椅子に座る直前で息を整えて、『闇衲』と向かい合う様に席へ座り込んだ。
「何やってたんだ?」
「ちょっと、アルドさん達と出会ってね。どうやらお城に行くみたいだから、それとなく情報を引き出してきたの…………って、その子は?」
「初めまして! この男のパパです!」
「は? 娘の間違いだろ」
「多分娘です!」
「自信失くすな」
 リアなりに緊張してしまったのだろうか。意図的に間違えたのだったら性質が悪いが、もしもそうだったのならば愛らしい。それにしても今のを指摘しなかったら一体どうなっていたのだろうか。もしかして本当にリアが『闇衲』の父親に…………まず性別が違うし、年齢が違うし、そもそもこいつは父親じゃない。言葉尻に重ねる様に否定したのはきっと間違いじゃない。
「面白い娘さんなのね♪」
「頭花畑の間違いだろ」
「酷ーい! 誰が精神異常者よ、誰が!」
「誰もそんな事言ってねえよ」
 頭が花畑なのは事実である。一般常識的に考えて、蹴られたりぶん殴られたり投げ飛ばされても自分にくっついてくるのは異常としか言いようがない。頭が花畑でなければまずあり得ない思考方針だ。決して精神異常者と言っている訳では無い。その枠は『赤ずきん』で埋まっている。これ以上増えてくれると憤死する自信があるのでやめてもらいたい。
「まあこんな馬鹿はほっといて、引き出した情報ってのは?」 
「うーん。どうやら王様に呼ばれたらしくてね。全く知名度が無い人達だから不思議なんだけど……もっと不思議なのは、何でも他に呼ばれてる人が居るらしいのよね」
「他の人?」
「フィー先生が呼ばれたらしいの。あの人が呼ばれる時なんて、いつも大事が起きるから……もうすぐ、大事が起きるんじゃないかなって。具体的には分からないけれど……今夜、アルドさん達と酒場で会う約束を取り付けたから、フォビアも一緒に来ない?」
「フォビア? え、パパの名前って―――むぎゅ」
 それは言わない約束だ。リリーだって本名を言うのを抑えてくれているのだから、彼女にもそれは徹底してもらいたい。軽く口を塞ぐと、リアはこちらの言いたい事を察してくれたらしい。言葉が途中で切れて不自然だが、そのまま言ってくれるよりかは随分マシである。
「パパ、今夜も何処かに行っちゃうの?」
「アルドとの交流はとても重要だからな。なるべく早く帰るから、そう機嫌を悪くするなよ」
 あの集団が居たら、出来る国殺しも不可能なモノになり果ててしまう。ただでさえフィーの存在があるせいで困難なのに、これ以上国殺しを難しくする必要は無い。する必要のない苦労ならしない方が良いに決まっているだろう。楽を追求するのが人間の性というモノだ。
「その話だが、行かせてもらうぞ。アイツ等とは是非とも太い関係を紡いでおきたい。今後の為にも、絶対な」
 自己防衛でもあり、世界殺しの踏み台でもあり、リアへの教育の為でもある。機会があれば彼女にも会わせていいだろう。あのアルドという男は、何やら他の男とは明らかに一線を画している。いつも見ている様な俗な男よりは何倍も超然としていてマシである。リアが適応出来れば、彼に押し付けてやってもいい。そうすればリアも寂しくないし、『闇衲』も自由に行動出来る。
 あの集団と仲良くなる事に利益はあっても不利益は無い。不利益が生まれたとしたらそれはこちらの行動やら言動に問題があったという事だ。自分の問題を人に擦り付けてはいけない。自覚した上でそれをやったとしても、惨めになるだけだろうから。
「そろそろ現在の話に戻そう。やっぱり今回受ける依頼は、あれという事で良いんだな?」
 立ち上がりつつ尋ねると、顔の前で指を組んでリリーは頷く。
「ええ。もしかして、もう受けといてくれた?」
「一応、お前が来るまで待っておいた。まあ、パーティだからな。やっぱり詳細としては、難易度が低い割には報酬が豪華で、その他にも様々な利益が示されている、如何にも怪しい依頼か?」
「そうそう。良いのを頼むわよ」
 基本的に依頼はリリーが見る方針なので、その辺りの見分け方について『闇衲』は知らない。だが文面を見てあまりにも話が上手すぎるというのは直ぐに分かる。そういう欺瞞は、殺人の一環で自分もやった事がある故。
 初めて依頼文書の文面を見てみたが、探そうと思えばあからさまな依頼というモノは視界を穢してしまう程に見つかった。特に酷いのは、『自分の夜の相手をしてくれる女性の冒険者募集』というモノ。日付を見るに出されたのは五年以上前、未だに残っている所を見ると、やはり受ける様なモノ好きは居ないという事か。当たり前だとは思う。報酬が依頼者の精液と書かれていれば、誰だって受けたくは無いだろう。破格の金額が提示されているならばともかく―――これで良く、人が釣れると思ったものだ。依頼者の神経が理解出来ない。殺人鬼だからだろうか。
 こういう頭のおかしい依頼は例外として、丁度良くあからさまな文面。こちらの程よく都合が良くて、且つ頭のおかしくない依頼文書と言えば。
「……失礼。これを受けたいのだが」
 忘れてはいけない。今日の夜はあの少女の様子を見に行く時である日。それすらも忘れて飲み明かせばまたリアを泣かせる事になる。この依頼がどれくらいの時間で終わるかも問題だが、彼女の存在は常に頭の片隅くらいには入れておかなければ。
「―――有難う。では確かにこの依頼、受けさせてもらうぞ」 















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