ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

隠の英雄

 『闇衲』にだって礼節はある。だから誰かに付き慕う少女を無理やり自分のモノにしようとか、そういう感情は存在しない。存在していない筈だった。しかし、ドロシアという少女の能力を見ていると、どうしても彼女の様な存在が欲しくなってしまった。どんな原理かは知らないが、彼女の作る魔法陣を潜った瞬間、自分達はレスポルカの貧民街に移動した。魔術についてそれなりに教養のあるリリーでさえ、何とこのような魔術は知らないという。
 距離という概念を無視するこの移動方法。殺人鬼からしてみれば、とてもとても魅力的な代物ではないか。いざという時には別の大陸にだって逃げられるし、何なら手間もかからない。特にリアが何処かへ行きたいと喚いても即座に叶えられるのは、彼女の父親を務める人間であれば何においても優先されるべき利益だと思う。突然現れた事で周囲に異驚かれたらどうしようか不安に思ったが、アルド達は貧民街の中に出現してくれた。転移までの軌跡は一切存在しないらしいので、誰かがこの転移を目撃するというのはあり得ないそうで。
「着いたよ!」
「ああ、有難うドロシア。それじゃ、私達は別の用事があるからこの辺りで失礼させてもらう。暫くはこの街に滞在する予定だから、また何処かで会うかもな」
「会った時はどうぞ気兼ねなく話しかけてください。ただし、おかしな様子を見せればその時は容赦なく叩き切るつもりなので、その辺りはご理解を」
「ああ、分かっている」
 こんな危険集団の塊にわざわざ刃物を向ける事はない。たとえリアの目の前であったとしても、実力が離れすぎている相手に喧嘩は売らない。無駄死になんて、それこそ『闇衲』が一番見せたくないモノだから。
 能力の都合上、ドロシアが単独で動いている時があるとも思えないし、彼女のアルドへの好意が拷問や洗脳程度でどうにかなるとは思えない。洗脳に関しては、そもそも効くとは思えない。『イクスナ』を一度向けてみたが、彼女の持つ何らかの権利一つとっても、どうやら自分では価値を払えないらしい。全く効果を示さなかった。
 こちらが持ちうる中で最強の道具を使用してこれでは、薬などの類も全く効かない様に思える。何かしらの手段を講じてアルドから彼女を奪い取ろうという計画は、思考内ですら既に失敗していた。最善の策は実力行使では無かろうかと思う程に、全ての計画が悉く失敗している。思考内で。
 確かにアルド達の存在は問題だが、それ以上に問題なのが彼女もまた決して無力な存在ではないという事だ。彼との会話中に見えた魔術が彼女の使用したモノならば、実力行使に出たとしても『闇衲』に勝算は微塵もない。実際に戦わせない事には分からないが、シュタイン・クロイツが彼女と相対したとしてもまず勝てる見込みはないだろう。今だって、ドロシアはアルド以外と物理的接触を避けたいからか、身体を透けさせて半透明になっている。ではアルドと触れている部分ならば触れると思うだろうが、クリヌスから小さな帽子を受け取る際、普通に透過していた。一見して訳が分からないが、『イクスナ』を持つ自分に言わせれば、彼女に触れる権利を持っているのがアルドだけなのだろう。その後は普通に帽子を触っていたし。
「それじゃあな。ドロシア、カシルマ、クリヌス。行くぞ」
「はーいッ!」
「失礼します」
「それでは、また何処かで」
 四人の背中が見えなくなるまで、『闇衲』達は貧民街から一歩も動かなかった。いや、動けなかったという方が正しいだろう。あの四人の気配が離れない事には、何時まで経っても緊張が解けなくて疲れてしまう。
「私が思うに、あのドロシアって子とアルドさん。恋仲ねッ」
「そうなのか?」
「ええ♪ だって二人の腕の組み方、すっごくラブラブじゃない♪ 腕を組みながら、お互いに指を絡ませているのよ? 恋仲じゃないと出来ないわ♪」
 全く見ていなかった。そんな腕の組み方をしていたとは実に以外。先生、先生と慕われているから、単純に師弟の関係だと思っていた。というかその考え方をしないと、クリヌスやカシルマまで恋仲に……いやあ流石に無いか。元々師弟関係で、そこから恋仲に発展したと考えるのが自然である。同性愛について『闇衲』は別に否定はしないが、あの男がそうだとは思えなかった。何と言うか、ドロシアに対する扱い方がそんな感じだった。かなり漠然とした感覚で申し訳ないが、人生も感覚で生きている自分にしてみればかなり信用できる情報である。
「体の関係は……どうなのかしらね。そこまではちょっと分からないけれど、アルドさんが女性慣れしているとは思えないから、まだしていないのかしら。でもあの子の体つきって凄く魅力的だから、襲わない方が難しいと思うんだけれど。ねえ?」
「いや、知らん。大体、あのコートを着ているから体つき云々について俺が知る筈もないだろう。むしろお前がどうして分かる」
「ま、同じ女性ですもの♪」
 理由になっているかそうでないかは、議論の余地がある。女性の気持ちに一ミリでも配慮するつもりがあるのなら、もしかしたら理由になっているのかもしれない。
「それじゃ、私達も行きましょうか。嘘だって疑われたら力を貸してくれるそうだけど、一体何処に呼びに行けばいいのかしら」
「知らん。もしかしたら必要に応じて来てくれるのかもしれないな」
 『闇衲』が手を差し出すと、リリーは驚いたような表情で、その手を見つめた。それからこちらの表情を窺ってきたので、首を傾げる事でおどけてみせる。
「…………もうッ♪ ―――ったら♪」
 リリーは手を取り、腕を組んで歩き出した。まるでアルド達の真似事をするように、指を絡ませながら。




















 ギルドに足を踏み入れると、二人の姿が見えた事に冒険者達は驚いていた。自分達があの依頼を受けた事は既に周知の知る所となっており、内二人がこうして返ってきたのだ。色めき立つのも無理はない。何の迷いもなく受付へ歩む二人を、冒険者達は極力自然を装いながらも、注目していた。空気が露骨に緊張しているので、バレバレなのだが。
「依頼を達成してきた。もしかして、一番乗りか?」
「そうですね。して、何処の集落でしょうか」
 地図を出されたので、『闇衲』は端の方にある集落を指さす。予めアルド達に尋ねておいて正解だった。ここで詰んでいたら流石に助力も何も無いだろう。
「ああー……え~と。そこは現在、十六人の冒険者が攻略中の筈ですが、他の者は」
「全員死んでいた。戻ってきたのは俺達だけだ」
 嘘は吐いていない。常に解毒薬を持ち合わせている者でない限りは、あの霧の毒を吸い込んで指一本動かせなくなっている。霧が無くなる場合は依頼が取り下げられる時とアルドは言っていたが、その可能性自体僅かなモノだから、指一本動かせなくなった冒険者はあのまま餓死する運命にある。実質、全員死亡だ。
「……申し訳ございません。貴方がたを信用していない訳では無いのですが、なにぶん虚偽報告をする事で不正に報酬を得ようとする冒険者が居るのも事実。どうかその証を……例えば、ゴブリンの首などをですね―――」
 そんなモノを持っている訳が無い。彼らの助けを求める時があるとすれば、ここでしかないが、一体どうやって彼等を呼んだものか。
―――助けて欲しいんだけどな。
 棒立ちを続けると怪しまれるので、何となく懐へ手を入れると…………覚えのない感触が五指に伝わった。砂時計の様だ。誰がいつの間に入れたか気になったが、もしかするとこれが助力という奴なのか。
「どうかしましたか?」
 一か八かに賭けるしかない。周囲に見えない様に、『闇衲』はしっかりと砂時計を掌の真ん中に移動させて、握り潰した。
 その直後。『闇衲』の服の中で散った砂が足元で煌いた。その煌きは点から線へ、線から形へ。流れる様に煌き、一つの形を作り出す。何となしに拾い上げてみると、一部の煌きが紐のようにしなった。不思議に思って数秒間凝視していると、やがて砂の煌きは現実へと変容。何らかの骨を削り出して作った様な細工品が、首飾りとなって『闇衲』の手元に残った。
 本人でさえ理解の追いつかない現象だったが、ふと視線を上げると『闇衲』の周囲にも煌きが漂っていた。どうやらこの煌き、発現している最中は時間を停止させるらしい。リリーも受付係も、はたまたその他の冒険者も、皆、一様に動きを停止させていた。
 まさか心の中で助けを呼んだ事でこれが生まれたのだろうか。まさかそんな。いやしかし……アルドが隙を見てこれを入れたのだとしても、彼にはこの流れが完璧に読めていた事になる。それはそれで恐ろしい。
 あまり細かい事を気にしない方がいいかもしれない。虚空を薙ぐと、煌きはただちに消え去り、時間は再び動き出す。
「どうかしましたか?」
 何故か若干戻っていた。有難いから気にしない。
「……証拠だよな。だったらこれがある」
「これは?」
「ゴブリンの族長が掛けてた首飾りだ。これで証明にならないか?」
 本当にそうなのかは分からない。だがせっかく作られた機会だ。自身の認識が追いつかない事を優先してこの機を無駄にするのは愚かでしかない。至って平常心を心がけて差し出すと、受付は「お借りします」と言って受け取り、奥の方へと消えていった。
「いつの間にそんなモノを持ってきたの?」
 小声でリリーが尋ねると、『闇衲』は彼女の口に人差し指を当てて、僅かに首を振った。
「お待たせしました。フォビアさんの持ってきたこちらの首飾りですが―――」
 緊張の一瞬。この緊迫を知りもしない受付は、笑顔で書類を差し出した。
「本物であると証明されましたッ。どうぞ、こちらは依頼完了の書類です。サインを頂けますか?」




 生きた心地がしなかった。






















―――まあ、大丈夫そうだな。
 心配になったので見に来たが、手を貸すまでもないらしい。男は席を立って、傍らに立て掛けてあった大剣を持ち上げた。
「お、おう? 兄ちゃん帰んのか?」
「そういう訳じゃねえが、ちょっと用事を思い出してな! 失礼するぜ!」
 誰に注目される事もなく、男はギルドを去っていく。

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