ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

共に笑顔は好ましい

「ふむ……成程。私の贈呈した武器を蹴りの一発で壊した男ですか」
 せっかくイジナとデート……深い意味は無い……していたのに、誰かから連絡が来たと思っていたらギルド長ではないか。校長としての仕事に疲労を感じて、それを癒す為にイジナとこうして街を出歩いているのに……何度も言うが、深い意味は無い。教え子に手を出す気は無いし、そもそもイジナは厳密にはχクラスの生徒ですらない。自分は只、背の高いグラスに甘い具を詰め込んだデザートを美味しそうに食す少女の笑顔が見たかっただけだ。その笑顔を見るだけで、何故だろう。一日の疲れがパッと吹き飛んで、また明日も頑張ろうという気持ちになる。自分だけとは思いたくも無いが、笑顔は全てにおける原動力となり得るのだ。
「美味しい、です! こんなモノ、一体何処で見つけてきたんですか?」
「ん……ああ、ちょっと待て。それは後で話す」
 この笑顔。この笑顔が尊いのだ。この笑顔を見たいが為だけに、自分はわざわざこれを彼女に差し出したのだ。全ては明日への活力の為。一日でも半日でもこの笑顔を見続けられたのなら、それに勝る幸福は無いと思っているが、そこにギルド長のような存在が割り込んでくるとどうなる。全てが最悪だ。この石を渡したのは自分だから、自分の責任と言えばそうなのかもしれないが、彼にも掛け時というものを考えていただきたい。お蔭で台無しである。不機嫌そうに取ってみたが、石越しにそんな事は伝わらない様で、彼は用件を告げてきた。
「で、その男がどうしたのでしょうか」
「君なら何かを知っているんじゃないかと思ってな。本人曰く無名らしいが、あれ程の実力者が無名な筈が無い。何か知らないか?」
 知っている事は知っている。その旨をここで告げるのは簡単だが、しかしそれだと……個人的な都合が悪い。
「……私に聞くまでもなく、答えは真実でしょう。大体、考えてもみてください。それ程の強さを持つ男であれば、私以前に国がその存在を把握している筈ですよね。それなのに今まで認知されていないという事は、今まで山にでも籠っていたか、それとも全く別の力を使用しているという事ですよ。それ以前に、私の贈った武器が蹴り如きに壊される訳が無い」
 実際は魔術に対する絶対的耐性を持っているだけなので、少し力があれば誰でも壊せる。少し力があればというのは、分厚い土の壁に大穴穿つ程度の力だ。
「し、しかし……!」
「私も暇ではないので、この辺りで切らせて頂きます。もし、どうしてもこの件を追求したいという事であれば、また後日。直接学校にお伺いに来てください。その時は何時間でも話しましょう」
 そう言ってさっさと石から魔力を断つ。何気なく目の前を見ると、イジナは既に五杯目である。相当気に言ってくれた様でかなり嬉しい。
「美味しいか?」
「はいッ。でもちょっと満腹感を感じてきた、ので。腹ごなしに少し歩き回りましょう」
「そうかそうか。まあデートに誘ったのは俺だし、エスコートさせてもらおう」
 χクラスが秘匿な理由は、属性的に特殊だったり出生や現況に異常がある人物を守るというモノがあるが、やはりこちらの目的もあるだろう。
 一人の教師が生徒と懇意になる事を周りは許さない。だが、χクラスを隠しておけば、自分と彼女が教師と生徒の関係である事は誰にも分からないのである。フィーの知名度的には恋人と見られると問題があるが、この少女を見て『美人だな』とは思っても、二人は恋人だろうなとは思わない。どんな幼児性愛者が見ればそんな発想が浮かぶのかという話だが、この街にそんな特殊性癖者が居るとは思いたくないので、最初からあり得ないモノとしておく。どんなに上から見られても自分に隠し子が居るとか居ないとか程度だろうし、それであれば別に構わない。
 何にしても、せっかくの休日なのだから、楽しく行こう。彼女と過ごす時間は、出来れば誰にも邪魔して欲しくない。早速邪魔されてしまったから、これ以上邪魔されると自分は……怒りを抑えきれる気がしない。






























「パパただいま! 冒険者になったって本当? 街で結構な噂になってたよ?」
 たまたま下に降りていたから良かったが、自分の部屋に居たら狂犬が暴れ回っていた可能性がある。彼女はまるで気に留めていないが。
「噂……? どんなのだ」
「聞いた言葉をそのまま言わせてもらうけど『ドエロい雰囲気を醸す幼女を引き連れた醜い男が、冒険者になったらしい』って」
 醜い男……虚像を使えばその言葉は直ぐにでも撤回されるだろうが、撤回させた所でリア達が現実との齟齬に苦しむだけだし、やる意味は薄い。それ以前に容姿については本人が何よりも自覚しているので、どう嫌味ったらしく言われようが気にするつもりはない。むしろ気にするべきは、前者の言葉である。ドエロい雰囲気を醸す……と言えば、あの場にはシルビアしか居なかったので彼女の事だろう。個人的には、リアの方が内面的にも近いので彼女に使いたい言葉だ。シルビアはどちらかというと……綺麗な人。いやまあ、色気が全く無い訳ではない。子供教会という煩悩の渦の中を生き延びたのだ。魚で表せば、非常に脂ののっている魚がリアとシルヴァリアである。そんな幼女から多少の色気も感じ取るなという方が無理であり、つまり同年代と比べれば彼女達二人の精神年齢は著しく上昇しているという事である。男の醜さを知っているからこそ、その全身には言いようのない雰囲気が生まれているのだ。
 これは少し抽象的な話になるが、少女が少女たり得ているのは女の匂いがしないからであり、特殊性癖者でもなければまず恋愛対象に入らない。一方で彼女達二人が多数の異性から好意を抱かれるのは、その年の幼さにも拘らず女の匂いが漂っているからだ。この時点でまだ未成熟だというのに、気配ばかりは一人前に女性のそれだから、ドエロい等と言われる。これは無理からぬ事だ。しかし、何もこれはその噂とやらを擁護している訳では無い。言い方はとても悪いし、女の匂いを感じるからと言ってドエロいなどという言葉を安易に使うのはあまり好きではない。ドエロいというのは、媚薬を摂取して発情した『吸血姫』の様な存在を言うのだ。まだまだ青臭いクソガキ二人に使うモノじゃない。断じて違う。
「ああ、まあ色々とモノ申したいが本当だ。ちゃんと冒険者になってきたよ。何か言いたい事は?」
「無い! そんじゃ、適当に頑張ってくれたまえよパパ君!」
 『闇衲』の持つ嫌悪を知らぬリアは、満面の笑みでそう言った。冒険者ギルドなんてクソの掃き溜めの様な場所に行き、冒険者とか呼ばれるクソ野郎の一因になったのだ。もう少し労ってくれても良いとは思うのだが、彼女にこの事を知られたくない思いがある以上、自分の満足通り労われる事は無いのだろう。少しだけ、悲しい。
「あれ、そう言えばシルビアは? パパと一緒に居るもんだと思ってたんだけど」
「シルビア…………は。お前の部屋に行けば分かると思うぞ。多分、『赤ずきん』にでも見せつけてるんじゃないか?」
「え、胸を?」
「確かに胸の発育はアイツが一番著しいが、そんな変態じゃないのはお前も分かってるだろうに。まあ見に行け、因みに俺は見に行かないぞ。凄く面倒くさい事になりそうだからな」
 面倒くさい事を娘に投げるのは、父親の特権である。

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