ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

憎悪と愛情を紡ぎつつ 2

 お互いにこう思った。目の前には一人の男が居ると。片や五十人以上もの被害を出したばかりなギルドの、長。片や一般人だが、その正体はトストリス大帝国から渡り歩いてきた正体不明の殺人鬼。しかしその見た目は、貧民に近い平民といった所で、朝っぱらからギルドを訪れるような風貌ではない。今が朝の何時だと思っている。詳しい時間は分からないが、取り敢えず正式なギルドメンバーが誰一人来ていない状況から来ていると言えば、この男がどれだけ早く来ているのかが良く分かるだろう。それはギルド長たる彼にも同じ事が言えたが、自分の事は全然取り上げないのが人間というモノである。
 少々の緊張している様に装う『闇衲』の目の前で、ギルド長は語られた要件について真面目に思案している様子だった。こんな申し込み方も中々無いから、動揺しているとも言い換えられる。本来、ギルドへの加入を申し込む際は受付を通して自分に渡ってくる筈なのだが、まさかの直談判。その度胸と行動力には感心するモノがあるが、だからと言ってこの男の頼みを簡単に引き受けて良いモノかと。それはそれ、これはこれだ。
「加入したい理由については問わないのが原則、だからそれは問いません。加えてこちらもつい最近痛手を被ったばかりですから、そのお願いは願ったり叶ったりですが、本当に大丈夫なんですか? 私にはとてもじゃありませんが、貴方が実力者とは思えないのですよ。魔術適性は?」
「知らん」
「は?」
「知らんと言っている。俺は魔術素人だ、適性がどうのとかは調べていない。元々貧民なんでな」
 ギルドは貧民か貴族か等の身分的差別を基本的に行わない原則だが、こういう場合は話が違ってくる。魔術適性すら調べられていないという事は、彼は貧民も貧民。大貧民。そんな男がまともな教育を受けている訳が無く、この時点で道徳性や常識性に問題がある。そして教育を受けていないという事は知能も低いという事なので、有能性にも大きく欠ける。つまり何が言いたいかというと、重大な欠陥を抱えている人材を採用する事はあり得ないという事だ。
「申し訳ございませんが、貴方の様な低能力な人間は、冒険者になった所で直ぐに死んでしまうと思われます。私といたしましても、無闇に命を散らすような真似はしたくないのです。そういう事ですから、どうかお帰り―――」
 ギルド長が言葉を止めたのは、出し抜けに刃物を突き付けられたからでも、その場で男が土下座をしたからでもない。壁に立てかけてあった剣を、蹴りの一撃で叩き壊したからだった。耳障りな金属音が幾つも重なると共にそれは砕け散り、床に只の金属片として降り積もる。男の壊したその剣は只の剣ではない。友好の証としてフィーより贈られた、特殊な力を持つ武器なのだ。それはギルドの中でも指折りの実力者に破壊を試みさせても、結局傷一つ付けられなかった代物。たった一人の男が容易く壊せて良い代物じゃない。
「……これでもまだ、実力が無いと?」
「……失礼。筋肉を見せてもらっても」
 腕の時点でかなりの筋肉質なのは分かっているが念の為。男は言われた通り軽く服を脱いで見せたが……一目で異常と分かる程の筋肉は無かった。ただし、限りなく澄まされた筋肉は、鋼鉄であるとばかりに錯覚させる。
 魔術は男が言った通りに違いないのだろうが、この男は何者なのだろうか。あらゆる魔術を行使しても破れなかった武器をたった一撃で砕くなんて。貧民であった事が真なら、そこまでの肉体を作り上げられる環境が無い様に思える。ならば貴族、というのも違うだろう。貴族であれば相応の教育を受ける事になるだろうし、受けているのなら魔術適性すら分からないというのはあまりにも不自然な話だ。中間の存在である平民でも同様。やはり魔術適性を受けていない事が引っかかる。
「別の大陸では著名であったりするのでしょうか?」
「何故そうなる。俺は不惑を迎えてから数年のおっさんだよ。娘が一人と、それらしき人物が二人、ペットみたいなのを一匹持ってるだけだ」
「それらしき人物?」
「娘……では無いんだがな。出来れば察して欲しい。事情がややこしいんだ」
 男はあまり話したくない様子を顔に浮かべて、視線を逸らす。加入したい理由については問わないのが原則。訳アリだったり、聞くだけでも不味いような事情を抱えていた場合、他の被害を生んでしまう恐れがあるからだ。その原則の範囲を拡張して考えてみれば、この男の生活事情もまた、他の人が知ったらややこしい事になる可能性を孕んでいる。男の要望通り、突っ込まない方が賢明だろう。「そうですか」と言ってその話は一旦終わらせる。
「で、俺を冒険者にしてくれるのか?」
「………………先程の光景を見せられて一体何を言えと仰られるのでしょう。ただし、魔術適性はこの場で調べてもらいます」
 そう言ってギルド長は足元の引き出しを開けて、魔力感応紙を足元へ。乗って下さいと促されたので、『闇衲』は素直に紙の上に足を乗せて、判別を待った。それから五分程経過したが、どうしたのだろう。魔力感応紙が一向に反応しない。これには『闇衲』自身も、はてと首を傾げる。入学の際の光は一体何処へ。興味は無いから別に何色でも良いのだが、そもそも何の色も光らないのは流石に予想外だ。
 ここで勘違いしないで欲しいのは、何も魔力が無い訳ではない事。というか魔術の存在する世界において、そんな人間が居たら欠陥品もいい所だ、肩身が狭い処の話じゃない。そして自分は、それ程肩身が狭いとは思っていない。
「……?」
 こんな事態は初めてなのだろう、自分も初めてだ。まさかこんな所で感情が一致するとは思わなんだ。ギルド長は何度も目を瞬かせたが、それでも魔力感応紙が光る事は無く、そこに最初からあったように佇み続けている。
「適性が……ない?」
「さあな。で、俺は入れてくれるのか? まさか適性が分からないから入れないなんて、そんな馬鹿な話は無いよな。俺の記憶が正しければ、冒険者ギルドは実力主義の筈だ。俺はそこの安物で実力を示した。証明はそれで十分な筈だ」
 言いたい事は常にこれだけだ。入れてくれるのかどうか。その為に『闇衲』は直談判をしに来て、目の前で実力まで証明してみせた。これで拒絶されたら嘘だ。その時は一体どうしようかと悩んでしまうくらいには、もしもの事など全く考えていない。魔術適性が見えない事に未だギルド長は首を傾げていたようだが、こちらが何度も問い詰めてくるので遂に限界が来たのか、無言で書類を手渡してきた。
「流石に時間帯が早すぎるので、此度はそれを一度持ち帰って、また改めてこちらへお越しください。その時、貴方を改めてギルドメンバーとして招待しましょう」
「きっとだな」
「嘘は申し上げません」
 二、三度こちらを睨んでから、男は部屋を出て行った。それと同時に部屋の空気が張り詰めていたのが、一転緩和したのを感じ取って、ギルド長は安堵する。ここまで露骨に場の雰囲気が変化するなんて、どう考えても無名な筈はない。隠しているのだろう、きっと。
 となれば、これ以上ギルドに余計な被害を与える訳にはいかない。机から『転信石』と呼ばれるモノを取り出すと、ギルド長は繋がった先へ用件を述べた。
























 上手い様に言いくるめられた様な気がしなくも無いが、まあその時はその時だ。これで自分は完了として、『吸血姫』は一体どうやって冒険者になるつもりなのだろう。今の職業を辞めるとは思えないが、辞めなければ満足に冒険者としての仕事を果たせない可能性が……いや、飽くまでギルドを完膚なきまでに叩き潰すのが目的だから、別にそれはいいのか。彼女の方も、あまり心配無さそうだ。何より自分が問題にすべきは、懇親会なる邪悪な会合の存在である。
 期日について彼女へ聞くのを忘れていたが、あの言い草だと今すぐにという訳ではない。最低でも一か月以上先の事だと思われる。そして彼女の言い草から更に深い考察をするに、自分は懇親会までにある程度名を挙げなくてはいけない事になる。それが出来なければ彼女に大恥をかかせてしまう事になり、翌日彼女からの文句が殺到する事は言うまでもない。一方で達成できたのなら、あの娘も少しは自律してくれるかもしれない(珍しく、根拠とかは用意していない。何となくだ)。
 何にしても、一年だけ可愛い娘の為にやってやると言った手前、最善は尽くさねばならぬ。名前を挙げる為には何よりも困難な依頼を達成する事が近道であるだろうし、困難な依頼に死者は付き物。自分に隠す意味は無いので言わせてもらうと、その依頼の最中に仲間を殺しつつ依頼を達成すれば、もっと言えば、仲間が勝手な行動ばかりして、結局依頼は自分一人で解決したと広める事が出来れば、知名度は究極的に上がる事になる。懇親会がいつなのかは後で詳しく尋ねるとして、少なくともこの一年間、自分は冒険者として心を狂わせなくてはならない運命にあるらしい。
 『闇衲』が最も憎む存在に染まらなければならないというのは、運命の悪戯かそれとも神々の暇潰しか。どちらにしても迷惑極まりなく、リアさえ絡まなければ殺しに行っていただろう。
 果たしてこれが父親らしいと言うのか否か。自分で考え、『闇衲』は苦笑する。一年も経っていないのに自分は変わったのか? だとするならばこの人格の、何と移ろいやすい事かと。

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