ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

ずっと、ずっと。

 怖い。
 パパが居る。ママが居る。でもママは涙を流すばかりで、パパは私の首を絞めてきて。
 怖い。
 パパはどうしてそんな顔をするのかな。ママはどうしてそんな顔をするのかな。私は幸せだった。確かに幸せだった筈なのに、どうしてそんな顔をするの? どうして、どうして―――笑っているの? 
 嫌だ。
 パパとママが離れていく。私がどんなに足掻いても距離は縮まらない。二人の顔が見えなくなる頃、私の意識は真っ黒に染まった。
―――記憶は取り戻した筈なのに、ナニカワスレテル?


















 私の意識が目覚めても、視界が色付く事は無かった。どうしてか分からなかったけど、私の身体を抱きしめているのはパパ。視界が真っ黒なままなのは、私がパパの胸に顔を埋めたまま体を丸めているからだ。顔を上げればいつもの不機嫌そうな顔がある。ずっと私の事を見ていたみたいで、パパと目が合った。ベッドの上で見ると、何割か増して怖く見える。
「…………起きたか」
 私が覚えてる最後の記憶は、この体が鉄柵に叩き付けられた事だけ。それからどういう経緯を辿ってこうなっているのかを考える頭も無いけれど、パパが背中を擦ってくれたから気付いた。あの時、鉄柵は確実に私の身体を貫いていたけど、全然痛くない。パパが直してくれたのかな。それともフィー先生? 
「パパ。私ったらどうしてここに居るの? もしかしてパパが助けてくれた?」
「知るかよ。冒険者共が集まったのは知っていたが、お前が何に巻き込まれたのか、俺は一切関知していないからな。知る由もない。言える事があるとすればフィーがお前を運んできて、『優しくしてやってください』って言ってきた事だ。何があった?」
 そうか……もしもパパがやってくれたのなら感謝しなきゃいけなかったけど、フィーなのは当然か。あの人の方がパパよりも優秀で強大だ。私を助けてここまで運ぶ事くらい造作も無かっただろう。性格まで考えたら何もされてないとは思うけど、私は基本、パパ以外の男性を信じない。
 不安になって思わずパパを抱きしめると、パパの力が、少しだけ強くなった。
「何でもないの。私が弱かっただけ。せっかくパパに私の凄い所見せようと思ったのに……あはは、失敗しちゃった」
 無謀な戦いとは思ってない。あれは単純に私が弱かっただけ。私がもう少し強ければ、『吸血姫』を仕留める事が出来た。その筈だったのに、フィーに抱き抱えられている所を見られるばかりか、パパに慰められるなんて。
 情けなくて仕方なかった。私は殺人鬼の娘なのに、こんな情けない終わり方をしちゃ駄目なのに。パパに心配かけたくないから笑おうとしたけど、乾いた笑いしか出なかった。私の心を見透かしたパパが、また背中を擦る。それだけでこっちは情けなさのあまり涙が出そうで、悔しくて、悔しくて。
 やっぱり、泣きそう。
「気にするな。お前がこんな事になると分かっていたなら、俺も付いて行くべきだった。俺こそ……その、傍に居てやれなかった。済まない」
 それは本当に謝罪の気持ちを伝えたのかもしれないけど、パパに育てられた私はその気持ちを素直に受け取る事が出来なかった。
「……もしかして、何か企んでる?」
「は?」
「いや。だってパパが素直に謝るなんて、絶対におかしいし」
 まだ出会って一年も経っていないけれど、パパがどういう人物なのかくらいは良く分かってるつもり。それくらいは濃い日常を過ごしてきた。その上で言わせてもらうと、パパが素直な時は何かを考えている可能性が高い。勿論素直に気持ちを表した可能性もあるけれど、私はパパの娘。人の心は裏側から見る事を基本にしている。だから、そうとしか思えない。
「…………優しくしてやってくださいと言われたばかりだ。それに、俺の居ない所で頑張った娘を労ってやるのは、父として当然の事だとは思わないか」
 パパはそう言って、私の頭を後ろから梳くように撫で始める。
「結果はどうあれ、お前は抗ったんだ。それは偉い。偉い事だよ。何だか娘が自立したみたいで少しだけ寂しくもあるが、かなり嬉しくもある。だからまあ、一回くらいは素直になるのも悪くないと思ってな。嬉しいか?」
「全然ッ」
 私が即答すると、その速さには流石のパパも驚いてるみたいだった。それもその筈、だってパパが素直に優しいのって、何か気持ち悪くてしょうがないもの。こういうのを、見返りを求めない愛って言うんだっけ? 
「でも……ありがと、パパ! パパのお蔭で、何だか元気になってきちゃった。だから、一つだけ質問していい?」
「……内容次第だ」
「これからもずっと、ず~っと。私のパパで居てくれる? 私だけのパパで居てくれる?」
 見上げる様にパパと視線を合わせようとするけど、パパの方が完全に目を逸らしてるから、目が合わなかった。露骨に赤面している訳では無いけど、きっと恥ずかしいんだなって事は何となく分かった。だって、私もそういう意図で言ってるもの。パパが気恥ずかしく思ったって仕方がない。パパはその問いに暫く考え込んでいたようだけど、直に私と目を合わせて、頷く。
「……元々そういう契約だ。お前が望む限り、俺はお前の父親で居よう」
「本当ッ? 私、裏切りとか絶対許さないからね?」
「義理は通す。お前には命を助けてもらった」
「絶対絶対、ぜ~ッたい私から離れたら許さないからね?」
「しつこいな。どうしても言葉が信じられないのか」
「ええ!」
 即答したら、また硬直した。
「……嘘♪」
 悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言うと、パパは懐からナイフを取り出して、私の喉元に近づけた。
「刻むぞ」
 多分と言うか確実に、私の行いに怒ってる。これが一般人だったらまだ挑発もしたんだけど、パパは本当に刺してくるからそれが出来ない。何なら今も少しだけ刺さってる。
 だから私は―――それを無視して、パパの身体に近づく事にした。恐れなければパパは何もしない。そう信じて。案の定、その行動を私が取ったら、パパは呆れつつもナイフをしまって、また、抱きしめてくれた。
 血の臭いがする。男の臭いがする。嫌悪すべき臭いなのは確かなのに、パパのだって思うと、不思議と不快じゃなくなった。他の男と比べたらだけど。
「安心して? 私、パパだけは信じてる。パパだけは私の味方だって信じてる。だからパパの言葉も信じるし、優しくしてくれるなら嬉しい。優しいパパ、だーい好き!」
「……はあ。調子が良いな。流石にそこまで言われると裏を勘繰りたくなるんだが」
「私の言葉、信じられない?」
「ああ」
 てっきり私と同じように返すのかと思ったけど、それっきりパパが言葉を続けてこなかった処から、本心で信じられないのだと気付いた。こんな所で素直にならなくても……
「……なら、行動で証明しよっか?」




















 そう言われたら、最早頷くしか無いだろう。一応、武器の類は引き取る際に調べたが見当たらなかった。なのでどさくさに紛れて背中を刺してくるという可能性は無い。では一体彼女に何が出来るのだろう。まさかベッドの中から金的をする暴挙に出るのではあるまいか、いや彼女なら十分にあり得る話だから―――
 リアが行った証明は、『闇衲』の想定していたあらゆる行動から逸脱していた。
「…………はい、証明ッ! 信じてくれた?」
 一応、自らの名誉の為に補足しておくと、自分は縁起とか形式とか、或いは風潮とか。そういうのは基本的に無視している。処女は綺麗、とか。人間、その『ハジメテ』は愛する人に捧げるべきだとか。そういうの。
 しかし今回ばかりは、それを気にせざるを得ない様だ。何せ自分の胸の内で笑顔を浮かべる少女は、かつて子供教会と呼ばれた場所で性の玩具にされかけた少女なのだから。
「私の意思であげたのは初めてだから、もう誰にもあげられないわね! 私の『ファーストキス』!」



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