ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

狩人狩り ~猟人

 『闇衲』には珍しく、現在は発情状態だ。いや、言い方が悪いか。確かに今は発情状態だが、一般的なそれとは大きく違う。『闇衲』にとっての発情状態とは言い換えれば『殺戮欲求の不満』であり、決して発情したからと言って女を襲うような不埒な真似はしない。
 そこだけを聞くと、物凄く自分が紳士的に見えるが、精神的に相手を辱める為であれば無理やりにでもする場合もあるだろう。普段やらないのはリアのトラウマを掘り起こすかもしれないからという理由から、今回はそんな事よりもずっと楽しい殺しの時間だからやらないだけだ。嘆かわしいのは、こんな薬でも使わなければ殺しを素直に楽しめない自分が居るという事。彼女が強い効力の媚薬を持っていて本当に良かった。これで何の迷いも無く殺戮を楽しめる。
「闇衲ッ♪」
 相変わらず目に劣情を浮かべる『吸血姫』が隣に座り込む。自分達は現在、高等エリアの屋根に上り冒険者達の動向を観察している。その様子を一言で言わせてもらえば『素人』であり、探し方が魔物退治のそれと全く一緒とはどういう理屈だろう。こちらは殺人鬼だから人ではない……つまり魔物だとでも言いたいのだろうか。そう思ってくれるならとても殺しやすいので別に構わないが、何だか舐められているみたいでとても腹が立った。トストリス大帝国は自分が度々被害を出した為、夜中には外出禁止令を敷くという対策を取っていたが、こちらは『吸血姫』がまだそれ程被害を出していないからだろう、完全に舐められている。狩りとは己が狩られるかもしれないという極限の緊張感を持って、一切の隙を隠し、相手を仕留めその命が尽きる瞬間を見届けるまでの事を言うが、様子を見る限りじゃ談笑している者もいる有様で、全くその緊張感が感じられない。
「…………そろそろ行くか」
「ええッ♪」
 音も無く通路へ飛び降りて、高等エリアの入り口から堂々と接近。気配はお互いに消しているので、相手がこちらを向いてさえ居なければ気付かれる事は無い。隙を窺って素早く飛び込むと、誰にも怪しまれる事無く冒険者の集団へと紛れ込む事に成功した。こういう事があるから、大々的に人を募る作戦は良くない。そういう集め方はお手軽に人を集める事が出来る反面、一体どういう人物が集まったのかを統率者が把握しきれないという欠点がある。大多数を冒険者が占めるにしても、その姿は統一されていない。今回に限っては『吸血姫』もいつもの格好をやめて青色の外套を羽織っているので、まず確実に彼らが自分達の存在に気付く事は無い。それどころか、仲間とすら思っているだろう。
 もう会う事は無いだろうが、もしも生き延びる事が出来たのなら覚えておいた方が良い。こんな雑な集め方では、仲間の中に殺人鬼が紛れ込んでいても気が付けない事を。恐らく彼等は自分達から逃げる存在を探しているのだろうが、明らかに実力が下の奴を相手に逃げる馬鹿は居ない。『闇衲』と『吸血姫』を舐めた代償は、たっぷり支払ってもらうとしよう。主に命で。
 傍らを歩く彼女に目配せすると、彼女は小さく頷き返して、前方を歩く男を拘束。突然羽交い絞めにされた男はすかさず声を上げようとしたが、それよりも早く『吸血姫』のナイフが首を抉った為、死んだ事にすら気付いてもらえず男の生涯は幕を閉じた。男を引き剥がした事で空いた場所はすかさず『闇衲』が詰めた為、一人消えた事は傍らの男すら気付かない。少しだけ歩みが遅れた程度の認識だろう。これは決して相手が間抜けとかそういう事では無く、意外に気を張らなければ視界の端に映っていた景色の変化には気付けないだけだ。彼らの意識はまだ『自分達から逃げる存在』に傾いている為、些細な変化は問題じゃない。悲しいかな、彼等は自分達の思い込みに謝った導きをされているのだ。
 少なくともその思い込みが変化するまでは同じ手法を繰り返す。隣で歩いていた男を今度は『闇衲』が拘束。すかさず喉を切り裂いて声を塞ぎ、何となくムカついたので更に心臓を一突き。的確に急所のみを突かれた男は間もなく絶命。横道に放置して、これを繰り返す。
「済みませんッ、どうして『吸血姫』の居場所と言われている廃屋へ行かないのでしょうか?」
「んん? 誰も姿を見ていないのに『吸血姫』があそこに居るとどうして分かるんだ? 俺が思うに、あれは『吸血姫』が流した偽の情報……本物は俺達が狩りに来てるとも知らずに、何処かでまた吸血を繰り返しているだろう! だから俺達はそれを探して手柄をあげる! 仮にあっちで発見したとしても……別動隊もとい雑用係に行かせてある。まあ、どうせ何も居やしないだろうがなッ」
 耳障りな笑いが夜闇に響く。こちらの発情状態も相まって、それだけでも彼が死ぬには十分な理由だった。特に……その発言内容。
 別動隊というのは分からないが、リアの姿が見えないので、彼女はそっちの方に居ると思われる。取り敢えずはこちらの部隊に彼女が居ない事に安堵しつつも……しかしその一言で、『闇衲』の殺意は頂点に達した。彼女を馬鹿にする事は結構。実力不足は親である自分が百も承知だ。馬鹿にされたって仕方ないとすら思える。
 だが、だが。
 実力不足だからと言って最初から何も無いと思えるような場所に彼女を行かせるのは我慢ならない。だって、それは彼女の成長に繋がらない。やってみて無様にも失敗するのなら笑い話にもなるだろうが、そもそも何もさせる気が無いのであればわざわざこちらが敵対した意味がない。
 元々そんなつもりは無かったが、少しだけ気分が変わった。彼らの命は有効活用させてもらおう。六十人が群れて歩く様は中々見応えがあったが、背後から徐々に消えている事にも気づかない彼らは、気づけば四十五人程になっていた。本当はもう少し殺しておきたかったが、これ以上は楽しみが無くなる。集団の前方にナイフを投擲しつつ、二人は再び家屋の上に退避。どうでもいい話だが、高等エリアと違って素材が悪いので、少々座り心地が悪い。
 数秒後、集団の統率者と思われる男の前方に、ナイフが落下した。
「止まれ! どうやらあちらも……こっちの存在に気が付いているようだぞッ」
 地面に刺されば見栄えも良かったのに、そう上手くはいかない。その指示と共に集団は即座に停止。あらゆる方向を見渡して、敵の攻撃に備える。その時、殿の位置に就いていた冒険者がある事に気付いた。
「おい……何か、少なくなってないか?」
「何ッ?」
 統率者たる冒険者はその言葉に納得しかねていたが、やはり不自然を拭いきれない冒険者が少し後ろまで後退すると―――当然、そこには自分達の仕留めた死体が転がっている。
「し、死んでるッ! 嘘だ……いつの間に!」
 彼らからすればそれこそ見えない何かによって殺された様にしか思えないだろうが、その真実は只後ろにくっつきながら前方に居る人間を殺しただけである。情けない。こんな単純な手にも引っ掛かるなんて。因みに今回は冒険者達が無能すぎて後ろを振り返る事は無かったが、仮に後ろを振り返られたとしてもそれに合わせてこちらも後ろを振り返ればバレない。先程も言ったように、この集団には個々を確実に識別する規則、統一性が無い故。自分達と同じ行動を取っていればそいつらは仲間だろうという認識である。
 冒険者達はそれから面白いくらい予定通りに動いてくれた。辿ってきた道を戻り始めて、一人ずつ死体を確認。合計十五人の死体を確認した所、いよいよこちらの作戦は本格的に動き始めた。
 とある冒険者が何気ない調子で言う。何故か見覚えがあったが、リアに絡んできたあの男だった。
「なあ、これってもしかして、俺達の中に『吸血姫』が居るんじゃねえのか?」
 その発言から間もなく、また冒険者が言った。
「…………そ、そうか! それだったらこの死体にも説明がつくぞ! 死体は最後尾から消えていて、先頭には何の被害も出ていない。つまり…………」
「ひ、ひっ! ま、待てよ俺じゃねえよ! 俺じゃねえって―――ガッ!」
 必死の弁明も空しく、事実上の殿となっていた冒険者は頭をかち割られて死亡した。ああ、これだ。これがやりたかったのだ。仲間だと思っていた者への不信感、徐々に死んでいく者達。もしかしたら今度は自分もという想像が気持ちに余裕を無くし、正常な判断を麻痺させていく。それがあまりにも順調にいったらどうなるか……次の一撃で分かるだろう。『闇衲』は再び集団の後方……今は全ての者が背後を向いているので、先程までは先頭だった場所……に音も無く移動。『吸血姫』を殺せたと思い込んでいる統率者に、必殺の一撃を叩き込んだ。
「…………ゥッ!」
 若干声を出されてしまったか。しかし、最後尾に居た冒険者を『吸血姫』と判断した者達は揃いも揃って過剰攻撃を開始。こちらの声よりも遥かに声量が大きいので、聞こえる事など有り得なかった。そのままぐるりと道を回って元の場所に戻ると、丁度過剰攻撃も停止。不幸にも『吸血姫』と断定させられた彼は、バックリと割れた頭部から脳漿をぶちまけ、手足もあらゆる方向に折れるくらいには踏みつけられており、当然だがその原型を留めていなかった。更に自分が殺しに行っている間に用でも足されたか、体中に糞尿が引っ掛けられている。可哀想に。
 そう仕向けたのは自分だが、あそこまでしたのは彼等だ。あの死体一つで、如何に人間の繋がりというモノがちっぽけなモノに過ぎないかが良く分かる。彼らの個人事情までは詳しく知らないが、彼もまた、冒険者にとっては共に夢や仕事、これからの人生を語り明かした仲間だろうに。それを想えば、悲しくて、悲しくて、悲しくて……笑いが込み上げてくる。
「ヒヒヒ…………ヒヒヒヒヒヒヒ」
 面白いのはそれだけではない。全てをやり終えた表情で冒険者たちが前方を振り返ると、そこには自分達を統率していた冒険者の死体があるのだ。これに驚かない冒険者ではない。
「が……ガドルフさんッつ!」
 あの男はガドルフと言うのか、全く覚える価値も無いが、誰かに慕われるくらいには人望があったようだ。一人の冒険者が駆け寄って死体を抱き起した。青年は呼びかけようとしたが、首はこれ以上ないくらいに滅茶苦茶に抉り回した。生きていたら驚きだ。
「ああ……あんな雑に抱き起こして、勿体ない! 新鮮な血液が地面で汚れちゃうわ」
「全滅した後にでも飲むといい。もうすぐ始まるぞ」
 欲求不満な彼女を黙らせつつ、視線を再び集団へ。ガドルフと呼ばれる男の死亡を認めた青年は、次に血走った目を集団へと向けた。
「誰が……誰が殺した! 誰がガドルフさんを……!」
 そこで彼が言葉を切ったのは、ガドルフに続いて歩いていた男が、他の者と比べて露骨に動揺していたからだろう。まるで犯人の様な動揺ぶりだが、冷静に考えれば目の前に居た人が振り返ったら死んでいるのだ。あれくらいは動揺してもおかしくない。尤も、不審な死が連続した事で既に正常な判断が出来なくなった青年は、出し抜けに抜剣するや、目前の男を右肩から斜めに両断。腰の入った重い一撃を叩き込んだ。
「な、何をしてるんだ! こいつは何もしてない! 何で殺した!」
「いや、こいつだ、こいつがガドルフさんを殺したんだ! こいつこそが『吸血姫』何だ!」
「違う! こいつは俺の隣に居た! 何もしてな……そうか、貴様何だな。貴様が『吸血姫』何だな!」
「俺は『吸血姫』じゃない! 俺は只ガドルフさんを……ああ、そうか。皆、コイツを信じるな! コイツが『吸血姫』何だ」
 残念ながら真の『吸血姫』は隣に居る。そんな事を知る由もない冒険者達は、言った言わないやったやらないの水掛け論に我慢の限界を悟ったのか、同士討ちを始めた。ある人を殺せばソイツと関係のあった人物が『違う』と言い、でもソイツを殺した奴は『こいつこそ』と確信を持っているから理屈が噛み合わず、お互いに正しい事を言っていると思っているので(厳密には片方の言葉は正しいが)、最終的にはお互いを『吸血姫』と思い込み、殺し合う。これが一つの流れであるのなら中立を保つ第三者が止めればいい話だが、先程の過剰攻撃からも分かる様に、この集団からは正気が失われている。誰もが同じような流れを発生させ、その流れが同じように流れを紡ぎ、新たな流れを作り上げる。
 さて仕上げだ。これが狩りの体裁を持っている以上、自分達が参加しない訳にはいかない。ここまで混沌としていれば、外部から一人加わろうが二人加わろうが同じ事である。
「舞踏会が始まった。用意は良いかな、お嬢様」
「―――ええ。それでは私達も参りましょうか!」
 二人は互いのナイフを交換すると同時に、意気揚々と屋根から飛び降りた。

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